君がいた物語   作:エヴリーヌ

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うそすじ

奈良から帰ってきた京太郎を待っていたのは、また地獄だった。
破壊の後に住み着いた竜巻とカン。
夏休みが生み出したホモの街。
悪徳と野心、頽廃と混沌とをコンクリートミキサーにかけてブチまけた、
ここは長野の清澄。

次回「ツモとロン」
来週も京太郎と地獄に付き合ってもらう。



七話

「お、きたきた! こっちこっちー!」

 

 

 とある九月の土曜日。俺は愛車を走らせて青空が透き通る吉野の地に再び訪れていた。そして待ち合わせ場所に行くと、そこには俺より先に到着していたらしく赤土が手を振りながら待っていた。

 ここら辺は人が少ないとはいえ、恥ずかしいからやめて欲しいぞ……。

 

 

「おう、久しぶり。すまん、待ったか?」

「うん、久しぶり。んー? 30分ぐらい待ったけど、私はすぐ近くだったから問題ないよ」

「なんだ、本当に待ったのか。大体の到着時間は知らせてたんだから普通にその時間に来れば良かったんじゃないか」

「いやいや、長野からわざわざ来てくれた須賀君を待たせるわけにはいかないし、待ってるのも結構楽しいしね」

「そうか、なんか悪いな」

 

 

 10時ぐらいに着くとメールは送っていたんだけど、それでも待たせたことには変わりないので謝るが、待ち合わせにおける定番的やり取りで赤土はたいして気にもしていないようだ。

 既に夏は過ぎたと言えども、未だに気温は高いので待つのは結構つらいと思うんだけどな……。

 

 そんなことを考えつつ赤土の服装が気になり視線を向ける。赤土の奴もお洒落するんだな……いや、年頃の女だし普通にするか。

 以前見ていた時と変わらずパンツルックだが、流石に本格的に出かけるためか、どことなくおしゃれに感じるし、薄くだが化粧しているように見えた。

 

 

「ん? どうしたの?」

「あ……いいや、なんでもない。とりあえずここは暑いし行くか」

 

 

 マジマジと見てしまったせいか、視線に気づいた赤土に尋ねられるが誤魔化す。思わず見惚れたとか言わない。と言うか言えない。ハギヨシのようにこういった時サラッと褒めたりできれば良いんだけど、そこまでの度胸はない。

 多少慌てて否定したため少し挙動不審だったが、赤土は特に気にする様子はなかった。

 

 

「だね。でも休憩とかしなくて大丈夫?」

「ああ、一応途中で休んで来たし全然行けるぞ。それに早くいかないと見れない所とかあるかもしれないしな」

「あはは、別に焦らなくても大丈夫だって。私がきっちり調べて来たから安心していいよ」

「そうか、それじゃあ道案内とか任せるから行くか」

 

 

 どこか自信ありげな赤土に不安を感じるが……まあ、大丈夫だろう。

 そして以前と同じように未だに照れる赤土を後ろに乗せ、目的地へと向けて出発する。

 

 

 

 さて、そもそもなぜ俺が再び奈良に来て赤土と再会しているかと言うと、事の始まりは数週間前にあった新学期初日の電話の内容にあった。

 

 数週間前の赤土との電話の際、唐突に自分の地元の大学に来ないかと言い始めた赤土に詳しく話を聞くと、なんでもその大学は教育関係に力を入れている大学であり、近いうちに一般公開の学園祭があるとのことだった。

 確かに名前を聞いてみると聞き覚えのある大学であり、距離的に離れてはいたがそれでも俺の中では一応候補の中の一つにあった所だ。

 

 しかし試験を受けに行くだけならともかく、見学に行くだけで長距離の移動は強いられるのはキツイものがあり悩んだが、このまま他の手短な大学になんとなくの気分で見学などに行くのも考え物だったので、とりあえず赤土への返事を保留にしてその時は終わったのだった。

 

 それからその大学の資料を洗い直し、担任にも聞いてみた所、やはり教師の間でも日本において有数の大学であると認識されており、興味があるなら行ってみると良いと勧められたのでとりあえず行くことに決めたのだ。

 おまけに、もしそれで休むなら休み扱いにしないと言うことだったので渡りに船だと思ったのもあった。

 

 そんなわけでその後赤土にそれを話すと、自分も興味があるから案内を兼ねて一緒に行くと言うことになった。

 なので、学園祭がある週末。金曜日の放課後に長野を出発し、夜には途中の宿に泊まりつつも昼前には赤土と合流することとなったのだ。

 

 そして現在、赤土を後ろに乗せて道案内をしてもらいつつ、大学に向けて移動中。調べたところ赤土の言っていた通り吉野からはあまり離れていなく、電車でも30分かからない距離なので道が空いているのもありどんどん目的地に近づく。

 

 

「次はどっちだー!」

「もう少し走ってから右ー!」

 

 

 それなりにスピードを出しているので大声で話す。

 しかしこうやって密着していると汗とかの不快じゃない匂いがするな……赤土の香水かな?香水とかのキツイ匂いはあまり好きではないんだけど、これはどことなく落ち着く感じがする――って、人の匂いを嗅いで落ち着くとか変態かよ!

 

 

「ちょ、須賀君速くない!?」

 

 

 恥ずかしくなってきたので思わずスピードを上げてしまうと、それに驚いた赤土が悲鳴を上げるが気にしてられない。

 そしてそのスピードのまま俺達を乗せたバイクは大学へ向けて進む。

 

 

 

「もう!びっくりしたなー」

「あー、すまんすまん」

 

 

 あれから十数分後、俺達は目的地である大学に到着した。後ろから降りてプンスコ怒っている赤土に謝りつつも辺りを見回してみる。

 目の前にある大学は、まさにこれが大学である!というようなお手本通りの見た目をしており、それなりに広い敷地の中庭に自然を残しつつも、講堂や研究棟などの建物が多く見える。

 

 そして大学の敷地の外も先ほどまでいた吉野と違い、それなりに人も多く住んでおり、電車やバスの往来も多い為かそれなりに栄えているように見える。

 来る途中もそれなりの数の店があったし、もしこの近辺に住むようならそこまで不便じゃないだろうな。

 

 

「こら、謝りながら一人だけ見学するの禁止。ずるいぞ」

「だから悪かったって。それに折角来たんだし、早く見ないと思ったいないだろ」

「確かにそうだけどね……まあいっか! それじゃあ行こう」

 

 

 機嫌を直した赤土が歩き始めたので、そのまま後に続いて駐車場を出る。門の所でパンフレットを配っていたので貰って中に入ると、流石に学園祭らしく人が多い。

 それなりに敷地も広い為か人にぶつかると言うほどではないが、それでも逸れない為に先ほどよりも赤土が隣に近寄ってくる。

 

 

   手を繋ぐ

  >手を繋がない

 

 

 いや……考えるまでもなくこっちだろ。流石にまだ早い……いや違う、そういう場面じゃないって。

 そんなアホな事を考えている間に座れる場所を見つけたので、一度休憩してからこの後の方針を決めようってことになった。

 

 しかし座ったかと思ったら、もう一度立ち上がり赤土がどこかに行く。声をかけようとしたが、すぐ目の前の自販機目当てだとわかったので止めて少し待つと、戻ってきた赤土の手には二本の飲み物があった。

 

 

「はい、ここまで運転してきて喉乾いたでしょ」

「ああ、ちょうど買いに行こうと思ってたしありがとうな」

「どういたしまして。ここに来るまでの電車賃も浮いたし、奢りだからね」

 

 

 財布を取り出そうとした俺の先手を打つように言う赤土。まあ、それならいいか。

 それから隣同士でベンチに座ってしばしの休憩。だけど俺達らしいと言えばいいのか、少しは喉を休めればいいのに、道端で話しているおばちゃん達の如く直ぐに会話を始める。

 

 

「さてと、それじゃあどこ行こうか。数も多いし、時間も限られてるからしっかり決めないとね。須賀君はどこ行きたい?」

「あーそうだな……まず講堂とか学校の施設を見てみたいし、ゼミのフォーラムとかやってるだろうからそれの見学もしたいな。あとは入るかわからないけど適当にサークルとかかね……赤土はどこ行きたい? あ、屋台とかは後回しにしても大丈夫だよな、それとも腹減ってるか?」

「しっかり食べて来たからそこは無問題。そうだなー個人的には学食とか見てみたいかも」

「結局飯かよ」

「ほほう……そんなこと言っちゃう? 大学って基本四年以上通うわけだし、食事に関してはすごく大事らしいよ」

「あー……確かにいちいち外に食いに行くのも面倒だし正論だな」

 

 

 ちゃんと調べてきたぞーとばかりに自信満々な赤土に言われて、パンフレットを見ながら食堂があると思われる方向へ視線を向ける。

 

 大学生相手の店とかもありそうなもんだけど、場所的に駅から少し離れてるのもあって、食べる所も近くにはあまりなかったぽいしな。コンビニも近くにない為、食べるとしたら学食以外には途中のコンビニで買ってくるか、弁当でも作るしかないな。

 家事は嫌いではないけど、毎日作るのは手間だ。無論作ってくれる彼女もいない。やばいちょっと落ち込みそうだ……。

 

 

「ふむふむ、それじゃあまず近い所から行こうか」

「そうすっか……」

 

 

 アホな事で落ち込む俺を尻目に、この後の予定を決めた赤土の提案でとりあえず近くの建物から入っていくことになった。パンフをしまい、飲み物を飲み干して立ち上がる。

 ――っと、そうだ。

 

 

「探すの面倒だから迷子になるなよー」

「高校生にもなってなるわけないっしょ」

 

 

 一応人が多いため言っておくが、軽く流される。赤土はこう言ってるが、あれなんだよな……照達とは違うが、こいつからもどこかしらポンコツ臭がするんだよな……。

 まあ、携帯もあるし大丈夫か。どうかフラグとかじゃありませんように。

 

 

 

 

 

 それから数時間ほど施設を巡っていると昼を回り、流石にお腹もすいてきたので、主に野球部などの運動部がやっている出店で食事となった。

 

 

「改めて見ると大学って広いよねー。普通の教室だって高校とかに比べて五倍ぐらいあったし、大講堂だっけ? あれも相当広かったね」

「そりゃ大学生ってかなり人数多いからな。全学部合わせたら軽く一万人超える大学もあるらしいし。それに外の人間を呼んだり貸し出しもするわけだから、そりゃ建物も立派になるさ」

「なるほど確かにねー。んー結構これイケるわ」

 

 

 買ってきた料理を赤土が賞賛する。素人が作っているのだが、高校までの文化祭と違い、各部の活動費となったりするためか力を入れているみたいでそれなりに美味いな。

 ちなみに俺が奈良の郷土料理らしい飛鳥鍋で赤土が水餃子だ……なんで水餃子?

 

 

「だってニンニク入ってないって言うし美味しそうだったんだもん。あ、そっちもちょっと頂戴……うん、これもイケてるね」

「だから良いって言う前に取るなっつーの……まぁm良いけどよ。俺も貰うな」

 

 

 以前と同じようにこちらの了承を得る前に食べる赤土に呆れるが、別にかまわなかったし、こいつらしいと思い流す。うん、餃子うめー。

 

 

「それで次はどうする? いくつか主な施設は見て回ったけど」

「そうだなー……見たいフォーラムは夕方からだし、今度はサークル中心に適当に回るか」

「サークルね。そういえば須賀君はなにか部活とか入ってないんだっけ?」

「ん? 高校の話だよな? うん、高校はアルバイトとか中心だったから帰宅部だったな」

 

 

 腹ごなしの会話と言った感じで、サークルからの連想からなのか赤土が部活の話題を振って来るのでとりあえず答える。

 

 中学は兎も角、高校では入りたい部活がなかったのもあって、最後まで帰宅部で通しちまったな。まあ、バイクを買うって目的もあったからバイトに専念できてよかったけど。

 そんな答えに赤土はどこか羨ましいそうな表情で返してくる。

 

 

「アルバイトかー……こっちじゃ出来るバイトも少ないし、私は短期間のアルバイトをたまにしてたぐらいだったな」

「いやいや、こっちのバイト先もあんまりないから変わらないって。そういえば聞いてなかったけど、赤土も帰宅部なのか?」

「……え? あー……うん……私も帰宅部だよ」

 

 

 気になったので同じように部活の事について聞いてみたら、途端に口ごもる赤土。視線はこちらに合わせず別の方向を見ているし、表情も明るいとは言えない感じだ。

 

 見るからになにか隠している感じなのだが、あまり答えたくなさそうな赤土に聞くことができない。それなりに仲が良くなったと言ってもこうして顔を合わせたのはまだ数回だけだし、俺に話せないことも沢山あるんだろう。

 とりあえずこのまま気まずい空気が流れるのは嫌なので、今度はこちらから赤土に別の話題を振ることにする。

 

 

「ふーん……それじゃあ飯も食ったし、見学の続きするか」

「あ……うん、そうだね!」

 

 

 なるべくさりげない感じで話を流そうとし、次に行こうと提案をすると、赤土も一瞬ためらった様子を見せたがすぐに笑顔で返してくれた。

 あんまり演技とかはうまくないんだが、赤土自身が気も漫ろだったせいかうまくいったようだ。

 

 その後、ゼミやサークルが出展物を展示している建物へ移動すると、多くの大学生や、恐らく俺達と同じように見学に来た高校生と見られるようなのがたくさんいた。

 それにやはり室内のためか体育会系のサークルとは違い、文科系のサークルが多くあって混雑しており、全部を見て回るのは苦労しそうだ。

 

 手当たり次第入るのは愚策だと考え、とりあえず赤土と相談することにする。

 

 

「うーん、どこ見て回るかね?」

「映画研究同好会、漫画研究同好会、サバゲー部、現代視覚文化研究会、カポエラ部……色々あるねー」

「まあ大学だしな。俺にもちょっと見せてくれ」

 

 

 パンフレットを見ながら高校とは桁が違う数のサークルに驚く。というかカポエラ部はなんでこっちなんだよ。違う建物に空手部とかの格闘技系が集められてるんだからそっちでいいだろ。

 

 

「古典部、科學部、自らを演出する乙女の会、と……変なサークル多いな」

「大学だからね」

「まあな……お、やっぱり麻雀部もあるのか」

 

 

 赤土のパンフを見ながら色んな部活を探していると、その中に今をときめく麻雀のサークルもあった。世界中で人気の競技である麻雀らしく、麻雀部のゾーンは他のサークルよりも広くとられている。

 

 うちの高校にも一応麻雀部はあるみたいだけど、長野には他に強豪校があるせいかあまり活動はしていないと聞いたことがあった。

 まあ、同じ麻雀部でも大学なら部員も多い上に設備とかも充実しているだろうから、うちとは全然違うだろうけどな。

 

 そんな事を考えながらパンフレットを見ていると、横から視線を感じたので顔を上げると、なにやら複雑そうな顔をしながら赤土がこちらを見ていた。

 

 

「どうしたんだ?」

「いや、その……」

 

 

 流石に気になったので聞いてみたのだが、赤土は視線を逸らし口ごもる。先ほども似たような様子を見たが一体どうしたんだ?

 

 

「ええと……須賀君は、それ……麻雀に興味……あるの? というか……実はやってたり?」

「麻雀に? 全然ないな。周りにやってるやつはいるけど、正直役とかが覚えられないし、ルールもチンプンカンプンだぜ」

「そ、そうなんだ……」

 

 

 なにを言われるか構えていたが、赤土から放たれた言葉は全然たいしたものでもなく、サラリと答えられた。

 

 しかしそれを聞いた赤土は嬉しいような悔しいような、本当に良くわからない表情をしていた。どういうことなんだ?実はここの麻雀部になんか問題があって入部させないようにしてるとか?

 

 ……そうか!実は昔彼氏が麻雀をやっていたのだけど、事故で色々あったとか――――ねーな……我ながらショボイし、展開も薄っぺらい発想だな。

 でも……なら一体この赤土の様子は……。

 

 

「あ、いや……なんでもないよ! ほら、早く行こう 「あれ?もしかして赤土晴絵さん?」……え?」

 

 

 訝しんだ顔をしている俺に気付いたのか、頑張って取り繕うとする赤土だったが、突如後ろから声がかけられたので思わず振り向き、俺も同じように振り返る。

 すると、そこには俺達と同じぐらいか、若しくは少し上ぐらいの綺麗な女の人が驚いた表情で立っていた。赤土の名前を呼んだってことは知り合いか?

 

 

「うわー! 懐かしいー! 私のことは……えっと……まあ覚えてない……というか知らないか。二年前の一回戦で一度戦っただけだしね」

「二年前……一回戦……ってもしかして県大会で……?」

「そうだよーあの時同じ卓で打ってたメンバーの一人だよ。といっても一回戦で完全にボコボコに負けたから覚えてないのも無理ないって、あはは」

「ええと……」

「ああ、二年も前のことだし気にしないで。三年最後の年で悔しかったけど、むしろあの阿知賀のレジェンドと戦えたのはむしろいい思い出になったよ」

 

 

 どこか誇らしそうに言う女性に何とも言えない表情を浮かべる赤土。機関銃の如く喋りかけるのに流石に困っており、微妙にこちらに視線を向けて助けを求めてくる。いや、でもどうしろと……。

 だけどこの会話でなんとなく掴めて来たが、現帰宅部の赤土は何かの部活で二年前に県大会?だったか、それに出てたってことか?

 しかし……阿知賀のレジェンドってなんだ?

 

 

「いやーでも二年前は惜しかったねー。全国まで行ったのに準決勝であの小鍛治健夜に当たったのは運がなかったね……そういえばあれからあなたの話聞いてないけどどうしたの?」

「その……部活は……辞めました……」

「あー……そっか、しょうがないよね……それで今日はうちの大学の見学に?」

「はい……友人と一緒に」

 

 

 二人の視線がこちらに向けられる。この人も綺麗だし、赤土も可愛いから見られると微妙に照れる。いや、そんな場合じゃないっぽいけどな。

 

 

「おおー、彼氏さんだと思ったら友達かー。なるほどねー……そうだ! 二人ともサークル見学に来たんだよね? それだったらうちのサークル寄って行かない? 私としても、もう一度赤土さんと打ってみたいし」

「……え?」

 

 

 良いこと思いついたと言わんばかりに女性が俺と赤土に話しかけてくる。

 

 二人って……俺も含んでるよな?なんだかよくわからんうちに話が進んでいるが、それよりも隣で借りてきた猫のように大人しくなっている赤土が気になる。

 ここは―――

 

 

「あー……すみません。俺達さっきまで回り続けてたから昼に何も食べてないんですよ。だから残念ですけど、時間もないんで今回は遠慮させてください」

「あ、そっかー……そうだったんだ、ごめんね引き留めちゃって。それじゃあ私は戻るけど時間があったらいつでも来ていいからね」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

「それじゃあまたねー」

 

 

 赤土の代わりに断ると、女性は残念な顔もしつつも納得してくれて、言葉通りすぐにその場から去って行った。

 社交辞令……ってわけではないんだけど、ほんとに思いつきレベルだったみたいだな。

 

 

「あー……なんか疲れたし、ちょっと外で休憩するか」

「…………そうだね」

 

 

 さっきの人がテンション高めだったこともあり、少し疲れたから休むことを提案すると、同じようにどこか疲れた表情をした赤土も頷いたので、少し前に入ってきた入口からもう一度外に出て、なるべく人が少ない所を探す。

 

 それから表の敷地からはあまり見えない位置に、普段は学生用に使われているだろうベンチがあったので、誰もいないみたいなのでちょうど良いと思い座り込む。

 普段ならすぐに会話が始まるんだけど、先ほどから赤土が黙り込んでいる為にこちらも無理に話すのもなんなので、とりあえず赤土が回復するのを待つことにした。

 

 

「……さっきはありがとうね」

「ん、気にすんなって」

 

 

 しばらくすると落ち着いた赤土がいつもと違った笑い方をしながら礼を述べてくる。未だ表情の中に暗い部分もあるが、先程よりはマシだろう。

 なにせ短い付き合いとはいえ今までに見たことないぐらい思いつめた感じだったからな。

 

 落ち着いた赤土にさっきの事を詳しく聞いてみたいが、安易に人の内側に入り込むのは失礼だし、心配する気持ちもあるが、結局は好奇心の部分も多い為に聞けずにいた。

 

 すると俺の様子を見た赤土がなにやら思いつめたようにいきなり立ち上がって空を見上げる。何事かと思って見ていると、一度赤土は深呼吸をした後もう一度座り、こちらを見つめながら口を開いた。

 

 

 

「ちょっと愚痴……なのかな? 話してもいい?」

「……休憩中だしな。でも言いづらかったら言わなくてもいいぞ」

「ううん……ちょっと外に出したい気分だから……」

「そうか」

 

 

 どこか躊躇いがちに言った赤土に対し、気を使うようにぶっきらぼうに言う。まあ、中にため込むより外に吐き出したほうがいいこともあるよな。

 しばしこちらを見つめていた赤土だが、深く座り直してもう一度空を見上げながら語りだした。

 

 

「私、昔から麻雀やっててね……これでも結構腕に自信があったんだ。それで高校生になった時に阿知賀高校の麻雀部にも入って大会に出たんだけど、そこでまさかの県大会優勝。それで全国大会まで行ったんだ」

「そりゃすげえな、さっき赤土が阿知賀のレジェンドって呼ばれてたのもそれの関係か?」

「うん……奈良には晩成高校っていう、全国大会に何十年も出続けてる高校があってね、他の高校が晩成に勝つことなんてなかったんだ。だけど私がいた時の阿知賀麻雀部が勝ったからそう呼ばれるようになったみたい。もちろん私以外のメンバーも強かったんだけど、その中で一番強かったのが私だったから」

 

 

 どことなく自虐的に言う赤土に何て言っていいのか言葉が思いつかない。

 

 野球とかでもそうだけど常連校ってのは強い人材が集まりやすく、簡単に倒せるものではない。しかもそれが数十年単位の相手ならば、確かに周りからすれば伝説と呼びたくなるのも分かるが、言われる本人からすれば……な。

 赤土はお調子者だがそういったのをあまり見せびらかすタイプじゃないし、戸惑っただろう。納得する俺の様子を見てから赤土は話を続ける。

 

 

「そこで全国に出てからも阿知賀の勢いは止まらずに一回戦と二回戦も勝利。調子も良くて初出場で準決勝までいったんだけど…………」

 

 

 そこまで話すと少しは明るかった表情が途端に曇り、言葉が詰まった。

 そんな赤土になにか声をかけるべきか悩んだが、無理に話させるのも駄目だと思い赤土が話してくれるまでゆっくり待っていると、決心がついたのか赤土が再び口を開く。

 

 

「……だけど、その準決勝で、ね……私が大量失点してチームは敗退……後援会とか周りの皆も期待してくれてたんだけど、そんな結果だったからね…………私もその時の対局のせいで麻雀が怖くなっちゃって、退部したんだ……」

 

 

 言い終わるとすっきりしたどころか、先ほどよりも一層憂鬱な顔をし、赤土は顔を俯かせてしまった。

 

 なるほどな……阿知賀の皆の期待を背負おって、しかも伝説呼ばわりまでされていたのに、その自分が負けた原因だってことに罪悪感を感じてるのか……しかもそれで退部もしてるぐらいだから逃げ出したようにも感じるのだろう。

 

 そして――なによりもそのトラウマのせいで、全国に行くぐらい好きだった麻雀と向き合えないのがつらいんだろう……。

 だけどな―――

 

 

「なあ……ぶっちゃけて言うと、それって赤土が悪いのか?」

「え……?」

 

 

 思った事をそのまま口にすると、驚いた表情でこちらを見る赤土。いや、だってなあ……。

 

 

「まあ、ぶっちゃけ俺は麻雀のことなんて全然わからないしその時のチームメイトじゃないから詳しいことは知らん。だけど晩成だったか? その全国常連校倒して、準決勝で負けたとはいっても、今まで無名だった阿知賀がそこまで行ったのは十分スゲーじゃん」

「でも……」

「それに赤土は自分が失点したのを気にしてるけど、そもそも赤土いなかったらまずそこまで行けなかったんじゃないか? レジェンド呼ばわりされるほどその時の赤土は強かったんだからな」

「それは……他の皆もいたから」

 

 

 色々と言葉を重ねる俺に反論する赤土だけど言葉は重く反論はイマイチだった。

 

 正直あんまりこういったのは得意じゃないけど、落ち込んでいる赤土を見るのは嫌なのでなんだか嫌だったので無理にでも言葉をひねり出す。

 赤土自身が麻雀に対して抱えているコンプレックスみたいなのは無理だろうが、せめて今も感じている責任については少しでも気にしないでほしいと思う。

 

 

「ああ、勿論それもあるだろうけど、やっぱり一番勝利に貢献したのは赤土だろ? 俺はそれをすごいと思うし友達としても誇りに思うわ。さっきの人だって赤土の事を馬鹿にしないで尊敬してる感じだっただろ? だから周りの変な声なんか気にしないで、その極僅かにしか膨らんでない胸を張っとけって」

「そう……かな…………って、誰の胸が抉れてるのさ!? これでもそれなりにあるんだからね!」

「ぐふぅ……そこまで言ってない…」

 

 

 色々と励ましているうちにシリアスになってきたので軌道修正しようとしたら、怒った赤土からボディーに一発食らわされた。

 

 一発決めた後、プンスコ怒りながら赤土は横を向いて、ベンチの上に倒れ込んだ俺に背中を向けてしまう。帰宅部のくせに結構力あるなこいつ……でも、少しは元気でたみたいだな。

 腹の辺りをさすりながら起き上がるが、隣に座っている赤土は未だに向こうを向いたままだ。失敗したかな……?

 

 

「………………ありがとうね……なんか元気出てきた」

 

 

 しかし心配する俺を余所に、少し鼻声になった赤土がこちらに背を向けたまま礼を言ってきた。

 月並みなセリフだったし、説教臭すぎたからダメかと思ったけど、少しはなんとかなったみたいだ。

 

 

「気にすんなって、俺達ダチだろ?」

「うん……ありがとう。残念だったとか、惜しかったかは言われたことはあるけど、そんな風に言われたのは初めてだから」

 

 

 赤土はそう言うけど、多分当時周りのチームメイトや友達も俺と同じようなことは言ってくれんじゃないかと思う。ただ、その時は負けたばかりだから赤土も今ほど気持ちに余裕がなくて、そう言った声が届いてなかったんだろうな。

 

 とりあえず後ろを向いたまま泣いている赤土の為にポケットからハンカチを取り出す。

 

 

「ほら、これ使っとけ」

「べ、別に泣いてないし」

「嘘つけ、思いっきり鼻声だろ」

「こ、これは目から汗が出てるだけだし」

「はいはい。つーか泣いてるとまでは言ってないぞ、ったく」

 

 

 途中で墓穴を掘る赤土の手に無理やりハンカチを握らせて、万が一にも赤土の顔が見えないようにこちらも背を向ける。

 そんな強情な俺の態度の観念にしたのか、突っ返すこともなく涙を拭き始める赤土。

 

 

 

 それからしばらく俺達の間には会話はなかった。

 だけど、それは先ほどのような気まずい空気ではなく、どこか気持ちが落ち着く感じがした。

 




おかしい…今回で奈良に行ってイベントこなさせてさっさと長野に帰る予定だったのにまだ終わらない…。
最初の方を書いているうちはまだ3000字ぐらいなのか、って思ってるといつの間にか10000字超えてるから結構慌てる。


とりあえずレジェンドの過去イベを消化。ちょっと豆腐メンタルじゃないかって思うけど、10年もトラウマ引きずってるしこれぐらいはね…。
ちなみにお互い未だ恋愛感情はありません。どっちもこれで落ちるほどチョロくない。

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