◆❖◇◇❖◆
【空】
リリス・スカーレット。
そう名乗った少女の言葉は、意外とすんなりと受け入れることが出来た。
記憶をなくす前の私。
元々は一つの存在だからか、知らないはずの映像を見て薄々気がついていたからか……私にもわからなかったが、特に動揺を見せることなく、そうかと受け入れることが出来た。
「…その様子じゃ、薄々気がついてた?」
「何となく、ですけど」
リリスは私の反応に少し驚いたのか、関心気味に私に聞いた。
あの知らないはずの映像は、リリスの記憶だ。かつて私が『リリス・スカーレット』として生きていた頃の、過去の私の記憶。
「それじゃ、どうしてあなたが生まれたのか…それはわかる?」
「え……?」
リリスの質問に、私は言葉を詰まらせて、疑問に気づく。
リリスが記憶をなくして私が生まれた。現に私はリリスと同一人物なのに、リリスの記憶を持ってない。記憶をなくして私が生まれたことに対しては何も疑問はない。
だが、その原因だ。なぜ、リリスが記憶をなくし私が生まれたのか。
私も知りえないその真実。知らない私はリリスの質問に答えることが出来なかった。その反応を見たリリスはそれはそうかと苦笑いし、静かに語り始めた。
「数年前、私は家族を…妹を守るためにある人物と決着をつけに魔界に向かったの」
「…その人物って」
「そう、死の天使サリエルだよ」
リリスの口から死の天使…サリエルの名前が出てきたことに少し驚いたが、すぐさま受け入れることが出来た。サリエルが私のことを知っていたということは、それで辻褄が合う。
「私は魔界の神と地獄の仏の力を借りて、道連れという形で倒した」
「道連れ…?」
「そう、サリエルをこの心象世界に封じ込めたの。私の全てを掛けてね」
でも、とリリスは続ける。
「サリエルの力は強大だった。だからどうしても内側から抑えるものが必要だった。サリエルを抑えられるのはこの私しかいない」
流れ込んだ記憶の中にあった、一つの情報が浮び上がる。
リリスは創造、サリエルは破壊。この二つは元々ひとつであり、破壊を抑えられるのは創造だけ。その逆も然り。
サリエルの強大すぎる力を抑えられるのは、リリスの力のみ。つまり、リリスは自分ごとサリエルと共に封印したのだ。
「私がサリエルを抑えている間は表に出れない。表に出れない私の代わりとして、私は一つの人格を創った」
───それが。
「それが、
「そういうこと」
───リリスが裏でサリエルを抑えている間、表で仮の人格を創り振る舞わせる。
つまり、私はリリスが復活するまでの仮の人格。
「とはいえ、私は貴方を一から創った訳じゃない。私のある部分を具現化して、人格という型にはめ込んだだけ」
「……それは?」
「『負の感情』よ」
人は、多種様々で一人一人の個性がある。だがそんな人間でも共通する点はある。
それは、人に芽生える心だ。自我とも言えるそれは、己の意思。その意思は大きく二つに分かれる。
一つは、喜びや嬉しさ、温もりや優しさを与える光。
一つは、怒りや憎しみ、恨みや殺意を与える闇。
自我はその中立にあり、外の変化を受けてどちらかに傾く。それによって起こる己の変化も、これもまた多種様々。
その傾きは性格によって左右される。性格とは自我の根本にある『自分の本能』だ。例を挙げるとすれば、心優しく純粋な性格ならば、光に傾きやすく、いたずら好きで邪な思いを持つ性格ならば闇に傾き安い。
リリスの言葉と重ねるのならば、リリスは心の光と闇を分断し、闇に人格という器を与えたのが私ということになる。
「サリエルは闇そのもの。一億も超える時を生きたせいで、世界への憎しみや恨み、探究心が大きくなりすぎて闇に染った存在。私に闇があれば、隙あらばと乗っ取ってくる。だから、分断したの」
けれど……とリリスは続ける。
「私の
私の頭の中に聞こえたあの声。つまり、あの声は私を乗っ取ろうと考えたサリエルが、私を支配しようと声をかけてきたのだ。
「貴方が強かったから乗っ取られることは無かったけれど……」
「…私が、強い?」
「…えぇ、まぁ、育ちがいいというのもあるけどね」
「育ちが、いい?」
「そう、貴方を拾ってくれた妖怪達はあなたを愛した。だから、闇だけだった貴方に光が芽生えた。それがサリエルを拒絶したの」
今思えば、私は拾われた当初は何も考えることが出来ず、何もされても嬉しくはなかった。どれだけ名を呼ばれ、愛されても喜ぶという感情は沸きあがることはかなった。
けれど、記憶を辿ったことでようやく理解する。だんだんと、藍様や紫様に両親のような感情を向け、嬉しいことも嬉しいと感じることができるようになっていく私が浮かんだ。
その感情が光。闇だけだった私に芽生えた、唯一無二の光。
だからこそ、その光を与えてくれた人達を守らねばならない。
「…でも、貴方がサリエルを抑えたということは……」
「………」
サリエルを抑え込んだリリス。リリスがサリエルを抑え込んでいる間の仮面が私ならば、抑え込んだ時点で私の役目は終わり。
つまり………回帰。
元々は一つ。光と闇は同じでなければならない。同一でなければならない。
「……貴方の記憶は、私の中に残る。貴方の残したものは、私が死なない限り消えることは決してない」
それが怖かった。リリスに還れば、私は消える。
それと同時に、私が残した絆や記憶も、全て無になってしまう気がして。全部無駄になるのが怖い。
けれど───
大切な人達が居なくなるのは、もっと嫌だ。
私が還ることで皆が救われるのなら。
私が消えることで皆を守れるのなら。
私は、構わない。
「…後は、任せました」
「…うん、任された」
リリスが、私をそっと抱きしめる。全く瓜二つの顔が目の前に迫った。
あぁ、体の感覚が消えていく。視界が霞む。
もう、手足も、動かない。
もう私は、何も出来ない。だから、お願い。
「……うん、分かったよ」
なんか某王国心と喰種系漫画みたいですね………。
ですが、あの心のくだりは、今後重要な部分になってきます。
次回は……まぁ、言わなくてもわかるか。