半端者が創造神となる日   作:リヴィ(Live)

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四十五話 言いたかった言葉

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

【リリス】

 

 

 ──紅霧異変から約1日が経過した。

 レミリアとフランは未だに眠り続けている。レミリアは悪魔に取り憑かれたフランに重症を負わされ、フランは取り憑いていた悪魔の影響でまだ眠っている。

 とはいえ、命に別状がある訳では無い。あと数分とすれば目覚めるだろう。元々吸血鬼は再生能力に長けた一族。通常なら致命傷な傷も一瞬でも回復してしまう。

 ──けれど、そんな再生能力をもつ吸血鬼でも、心の傷は癒せないのだ。

 零れ落ちた心の悲鳴が、人というのを殺していく。渦めく感情の暴走、精神崩壊…種類は様々だが、その心故に人は死んでいく。

 私達姉妹は繋がりを絶たれ、それぞれの茨の道へ進んで行った。決して無傷では済まない険しい道を。

 

 一人は怨敵を打ち倒したと同時に寄生され、記憶を失い偽りの人生を歩み。

 一人は力を欲した結果悪魔に取り憑かれ、幽閉という形で封印を施され。

 一人は繋がりを絶たれた二人の肉親の重責を背負い、運命に抗った。

 

 ──そんな姉妹が再開したところで、すれ違わないはずがない。

 私は少なくともそう思っていた。きっと彼女らはいまさら(・・・・)助けに来た私を酷く恨んでいることだろう。私は事実、妹を見捨ててしまったのだから。

 

 

「我ながら最低な姉ね…」

 

 

 ──そんな私が、姉として彼女らの前にいていいのだろうか。

 私だって、昔みたいにレミリアとフランと仲良く過ごしたい。もう一度抱き締めたかった。

 でも、こんなことをしておいて……私にそんな資格はない。レミリアとフランの姉であるという資格なんてないんだから。

 

 

「失礼します」

「…どうぞ」

 

 

 そんなことを思っていれば、部屋のドアをノックし許可を求める声が耳の中に入った。

 私は自然と低い声で許可をすると、ドアを開けて入ってきたのはレミリアが従えていた人間の従者…十六夜 咲夜だった。

 

 

「お嬢様達がお目覚めになられました」

「…そう。わかった」

「…リリスお嬢様」

 

 

 その発声からか、今の私が気が沈んでいるということに気がついた咲夜は私を呼び止めるように声をかけた。

 ──恨み言だろうか。

 レミリアの従者として、主を見捨てた私を問い詰めるつもりだろうか。

 でもそれは……───

 

 

「…ありがとうございます」

 

 

 ───……意外にも、感謝の言葉だった。

 

 

「え…?」

「お嬢様達を助けてくれてありがとうございます。貴方がいなければ、私達は今頃妹様の手で葬られていたことでしょう」

 

 

 予想していない言葉を発した咲夜に、私は思わず戸惑った。

 だからだろうか。つい─……

 

 

「…憎くないの?」

「はい?」

「…レミリアとフランを見捨てた私が、憎くないの……?」

 

 

 私の心情が表に出てしまった。

 主であるレミリア達を追い詰めたのは他でもないこの私。きっと従者として問い詰めたくて仕方が無いはずなのに。

 どうして、私なんかに──……

 

 

「はい。私にとっては、お二人を救って頂いた恩人ですから」

「……」

「…だから、そう思い詰めないで下さい。少なくとも私や美鈴は、貴女に感謝しています」

 

 

 ──私がしたことは、許されることではない。

 姉妹の繋がりを絶つことになったのも、私のせいなのだ。私があんな無謀なことをしなければきっと2人は苦しまずに済んだ。

 もっと最良の選択肢があったはずなのに、私はそれを選ばなかった。ただ、私のエゴ(・・・・)で二人を苦しませた。

 遺された人の苦しみなんて容易に想像できるのに。私はその方法を選んでしまった。

 

 ──私が、2人を歪ませたのだ。

 

 

「では、失礼します」

 

 

 咲夜はそう言うと手早く部屋を去っていった。

 残された私はどうしようもない感情が渦巻き、どうすればいいのか分からなくなってしまった。

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【レミリア】

 

 

「…そう。分かったわ」

「では」

 

 

 ──私が目覚めてまだ数時間。

 異変の集結や状況は咲夜が全て教えてくれたおかげで、私はどういう経緯で眠っていたのかが検討ついていた。

 咲夜によれば、フランに取り憑いた悪魔はお姉様が払ったらしい。そのあとの紅魔館復旧や怪我人の手当などはお姉様が私の代わりにしてくれたようだ。

 ──思い詰めている。

 咲夜は、お姉様が一連の出来事で負い目を感じていると話していた。

 

 私達が力を欲してフランが取り憑かれてしまったこと。

 私に姉としての重責を負わせてしまったこと。

 

 私はお姉様にそんなことを思わせてしまっている自分を強く恥じた。

 

 

「レミリアお姉様…」

「大丈夫よ。きっと、昔みたいに仲良くいられるわ」

 

 

 安心するように言いつつ、心配する妹の頭を優しく撫でる。

 ───直ぐに元の関係に戻れる、という確信はなかった。

 私達は姉妹とはいえ、数百年もの間別の道を歩み、身も心もボロボロだった。そんな姉妹が再開したところで、今まで通りの関係を築けるとはとても思えなかった。

 でも、いずれ面と向かって話さなくては互いにすれ違ったまま。せっかく会えたのにすれ違ったままの姉妹なんて、私は死んでも嫌だ。

 

 

「…失礼します」

「どうぞ」

 

 

 ───こうして面と向かって顔を見たのは、何年ぶりだろうか。

 私が憧れた愛すべき人。私が最も尊敬し、愛する最愛の人物。

 

 …───リリスお姉様が、そこにいた。

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

【リリス】

 

 

「お姉様…」

「…おはよう、二人とも。調子はどう?」

 

 

 ──こうして面と向かって話すのは何百年ぶりだろうか。

 あの時よりも二人は一回り大きくなったような雰囲気をしていた。そして二人が背負っていたものが見え、私の胸を締付ける。

 そんな心情で、どうやって声をかけるべきか冷静な判断さえ出来なくなっていた。

 

 

「ええ、こうして喋れるくらいは大丈夫よ」

「…そう」

 

 

 ──本来なら、こうして話すことさえ許されない。

 私の身勝手な行動が二人の心と人生を歪ませ、繋がっていた姉妹がバラバラになってしまった。私の(エゴ)が、二人を苦しませた。

 今更姉として彼女達と共に生きるなんて、許されないことなのだと、私は思っていた。

 

 

「…ごめんなさい。私の勝手な行動が貴女達を苦しませた」

「…」

「私が身勝手な行動を取らなければ貴女達に酷な重責を負わせずに済んだ」

「お姉様…」

 

 

 ──謝って済むのなら、どれほど良いだろうか。

 許されないであろう返事を私はじっと待ち続けた。私にはその時間は恐ろしいほど長く思えて仕方がなかった。

 そして、レミリアはゆっくりとベッドから立ち上がり、私に歩み寄り………───

 

 

 

 

 

「そんな顔をしないで、お姉様」

 

 

 

 

 

 その瞬間、私の身体が暖かい感触に包まれた。

 

 

「え……?」

 

 

 抱き締められた、というのはわかっていた。けれど、それを理解するには私の心が理解出来ていなかった。

 私の罪悪感が理解を遅らせたのだ。

 

 

「お姉様は私達を守ろうとしてくれたんでしょ?謝るのは私達の方よ」

「そんな──」

 

 

 ──そんなことはない。

 そう反論しようと口を開こうとしても、レミリアの言葉でそれは遮られる。

 

 

 

「力が足りなかった。あのとき止められていれば、お姉様は記憶を失わずに済んだ」

 

「私の力が足りなかったから、お姉様は身を呈して私たちを守ってくれた。だから今の私たちがある」

 

「でも、お姉様を土台にして生きている私が許せないの」

 

 

 

 ──ごめんなさい。

 

 レミリアは涙ぐんだ声で私に謝った。私はどうすることも出来ず、すっかり立場が逆転してしまったと心の中で思っていた。

 ここまで思い詰めてさせているのは、他でもないこの私。私が1番悪いのに、それでもレミリアは自分が悪いと頑なに謝る。

 

 

「…辛かった。フランも失っちゃうんじゃないかって…怖くて怖くて、仕方なかった……!」

「……」

「記憶をなくしたお姉様に会った時は、夢じゃないかって思った。でも、私がわからなくなってもお姉様は私を守ってくれた!それが、どんなに嬉しかったか……!」

 

 

 ──館にサリエルが創り出した謎の魔物が襲撃した時。

 記憶がなかった私は、ただがむしゃらにサリエルに立ち向かった。

 理由が無いわけではない。でも、それは理由とは呼び難く本能に近いものだった。

 

 ──この子だけは何としても守らなきゃいけない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 レミリアという存在の記憶が無い私の本能がそう叫んでいた。偽りの人格であっても、私は何としても彼女のことを守りたかった。

 

 

「…もう、失いたくないの……だから、お願い……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう私の前から消えないで…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──あぁ。やっぱり、苦しんでいたんだ。

 レミリアとフランが私の要のように、レミリアもまた、私とフランを要としていたんだ。私はそんなことも考えず姿を消し、支えを失ったレミリアはずっと苦悩していたんだ。

 大切な人を失う悲しみと焦り。それはレミリアが一番わかっている。いや、わからざるを得なかった。

 

 だって、一度(大切な人)を失ってしまったから。

 

 

「…お姉様ぁ!」

 

 

 耐えきれなくなったフランがベットから飛び出し、私に抱きついてくる。フランも涙で顔がぐしゃぐしゃで、酷く顔を歪めて私の身体に顔を埋めていた。

 ──彼女達の数百年にも及ぶ孤独を癒せるのは、私だけだ。

 せめて、彼女達に寄り添って孤独を癒せるのは私だけだ。リリスという姉としての務めであり、罪の償い。

 

 

「…うん。もう、貴女達の前から消えたりしないよ」

 

 

 ──視界がぼやける。

 瞳から暑い何かが零れているのが分かる。それと同時に、私が抑えていた数々の感情が溢れ出す。

 会いたくて仕方なかった。もう一度、貴女達の温もりを感じたかった。

 

 同時に、私達はもう一度昔みたいに仲良く居られるのだという安心感が、私の涙を強くさせた。

 

 

「辛かったよね…苦しかったよね…っ」

「うぅ…ぐずっ…」

「お姉様……お姉様ぁ…!」

 

 

 数百年間も抑えていた感情が涙となって溢れ出る。

 

 ──私達は泣き止むまでずっと、強く抱き合っていた。




やっとここまで来れた…()

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