もしも彼が生きてたら   作:憧れのまつたんぼ

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彼等

 

「……………」

 

 

痛々しくヘルメットを窪ませた怪人は、眼前の男を見やる。

正確に言えば「目」がないため顔を向けているだけだが、じっと見つめたまま静止している。

 

 

 

「…何か伝えたい事でもあるのか、

せめて文字書き程度の知能が有れば良いが……脳が無いのではどうする事もできんな」

 

 

彼がボロスの配下になる事を認めたかは不明だが、先刻のように暴れることもなく展示品の如く佇んでいる様子を見るに、少なくとも攻撃対象とは認識していないのだろう。

 

 

薄暗い雲がぽつぽつと地面を濡らす。

これもまた、ボロスにとっては新鮮な光景だった。彼の故郷には「雨」というものが無い。

すると"錆びた剣"が徐に立ち上がり、何かを探し始めた。ボロスはその様子を黙って見ていたが、ふと彼が錆を気にしていたことを思い出し、辺りに散乱している丸太を組み、簡素な屋根を造る。

 

 

「そこで大人しくしていろ。お前は貴重な幹部候補だ。こんなことで死なれては困る。」

 

 

"錆びた剣"は、再び命が抜けたように静止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気配も隠さず近づいてきたのは、長髪を束ねた無精髭の男。

腰に刀を携えた出立ちは、まさに侍そのものである。

 

 

「どっちが噂の一つ目なんちゃらだ?」

 

 

S級4位ヒーロー「アトミック侍」

全身から立ち登るオーラは自信の表れであり、災害レベル"竜"に認定される特級の危険生物に対する最大の警戒だ。

化物揃いのS級においても攻撃力だけ取れば最強の一角である。

 

本来は童帝、タツマキ、ゾンビマン以外のS級には「一つ目の細胞」に関する情報は共有していない筈だが、彼は独自のルートで情報を仕入れていた。

 

 

 

「ほう、これは強そうな個体だな。

恐らくお前が探しているのは俺だろうが……丁度良い。

甲冑の怪人よ、この男を蹴散らせ」

 

 

 

丸太で出来た雨除けの中から、怒りに満ちた鈍い金属音が響き渡る。

アトミック侍はその禍々しい怒気を瞬時に察知し、臨戦態勢をとった。

 

次の瞬間、鼻が触れるかという距離に急接近した"錆びた剣"は、アトミック侍の喉笛に鋒を突き立てる。

が、すんでのところで身を捩って躱された。

 

 

 

「ッ…!!またやばいのが出たな…!!」

 

 

"錆びた剣"の戦闘力は生前の持ち主の強さに依存する。そのため彼の戦闘は一般的な怪人とは根本から異なるのだ。

アトミック侍は普段、圧倒的な巨体と膂力に任せて暴れ回るような怪人と闘うことが多く、この手の人間的な戦い(・・・・・・)をする怪人には慣れていない。

 

(想像してた相手と違ったなァ…というかコイツ後ろの怪人の手下か?じゃあアイツはこれより強いって事かよ…!)

 

"錆びた剣"だけならば、強敵ではあるがアトミック侍にとってそれほど分が悪い相手ではない。勝てる可能性はあるだろう。

ただ、そもそもこの怪人は当初の目標でないのだ。アトミック侍にしてみれば乱入者に等しい。

後に控える怪人の強さを考えれば、劣勢どころか無謀な闘いである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘開始から20分程、一進一退の攻防は続いていた。

完全に互角に打ち合う両者には、決定的に異なる点がある。

 

"錆びた剣"には、体力の概念がないのだ。

 

この怪人を斃すためには身体を完全に破壊する必要がある。

しかし、錆でボロボロに見えても怪人化により甲冑の強度は非常に高く、並大抵の攻撃では傷一つ付けられない。

 

 

「ハァ…!ハァ…!!まったく、じゃじゃ馬野郎が…!」

 

 

徐々に圧されるアトミック侍。完全に劣勢に持ち込まれ、斬撃の応襲の中で一瞬の隙を作ってしまう。

次の瞬間には、アトミック侍が腑を撒き散らして斃れる。

ボロスにすらそう思わせる演技(・・)は、やはり研ぎ澄まされた剣法家なればこそ成せる技か。

 

"錆びた剣"が渾身の居合を繰り出すため剣を引いた時、既に攻撃は完了していた(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

「アトミック一文字斬」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"錆びた剣"には3つの傷があった。それは、全身に広がる錆と胸に空いた穴。ボロスに凹まされたヘルメットの右頬。

 

彼の運命が決まるとき、必ず何処かに傷を負う。

 

胸に穴が空いた時には、最愛の主人を失った。

 

錆びた腕を眺めていたら、いつの間にやら自我が芽生えた。

 

頬を叩かれた時には、新たな主人に出会った。

 

残念ながら彼とともに過ごした時間はほんの僅かだったが、悪い物ではなかったと思う。

 

 

そして今日、袈裟掛けに走った一文字の傷は、

怒りと焦燥に満ちた、短い夢を終わらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




思ったより早く退場してしまいましたね。

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