「ハァ…ハァ……クソッ…」
視界が霞む。手足の感覚が殆どない。
闘っていた時間はそれ程長くないが、コンマ一秒の遅れで命が吹き飛んでしまうような、壮絶な闘いだった。
肩から切断された"錆びた剣"は、今にも立ち上がってきそうな程の強い怒気を纏っている。
「そうか……少しこの星を過小評価していたな。
ーーー良い。甲冑の怪人を失ったのは痛いが、収穫はあった」
(あとはこの男が人間社会に於いてどの程度の位置付けなのかが問題だな…
前回闘った人間…あの念動力使いには到底及ばんが、そこらの有象無象とは比較にならん。)
アトミック侍は眼前の怪人"ボロス"を睨みつけるが、はっきり言って限界だった。
災害レベル"竜"との連戦など、S級であっても自殺行為である。
それこそ、タツマキやキングなどの例外を除いて。
しかし、震える脚に鞭を打って立ち上がる。
諦念も絶望もしない、何故なら彼は、ヒーローだからだ。
(こんな格好悪い姿、イアイ達には見せられねぇよな)
「…よォ化物、待たせた。次はお前だ。」
ボロスは相手の生命エネルギーを視認できる。
アトミック侍がどれだけ見栄を張ろうが、とうに限界を超えていることは隠しようがない。
ゆっくりと近づく男を暫く見つめ、張り詰めた口角を緩める。
「…仇討ちという気分でもないな。お前の気迫に免じて今回は見逃してやる。」
くるりと背を向けた怪人を呆然と眺めるアトミック侍。
やがてその背中が見えなくなったとき、糸が切れたように倒れる。
「…へっ、逃げやがったか…」
彼が去った時、情けなく安堵した自分を隠すように、強気な捨て台詞を吐いて意識を手放した。
◆◆◆
「アトミック侍さん、起きられますか」
聞き覚えのある子どもの声に、重い瞼を持ち上げる。
身体が動かない。何かで縛られているのかと思ったが、直後に鈍い痛みが襲ってきた。
「…そうか…なんとか生き延びたな…」
彼の顔を覗き込む少年は、ほうと安堵の息を漏らした。
「まったく…アトミック侍さんは貴重な戦力です。あまり無茶をして死なないで下さいよ」
「へっ大した事じゃねぇよ。
…しかしあいつは何なんだ?結局戦えず終いだったが、並大抵の怪人じゃねぇだろ」
童帝は手元のタブレットに資料を映し出す。
そこにはヒーロー協会の上層部しか知らされていない情報が並んでいた。
「ヒーローでこの資料を閲覧できるのは僕とゾンビマンさん、あとはメタルナイトだけです。…アトミック侍さんにはまだ見せる予定ではありませんでしたが、こうなっては仕方がない。」
アトミック侍が如何にして"一つ目の細胞"の情報を得たのかは、あえて追求しなかった。
おおかた協会幹部の誰かが、軽い口を滑らせたのだろう。
タブレットには、脱走したサンプル「ボロス」の解剖データや生物学的知見から予想される彼の弱点などの情報が羅列されているが、童帝はすぐに画面を暗転させる。
「このデータはあくまで数値上の話です。あまり当てにならない。
…実は、戦慄のタツマキが既にボロスに敗れています。」
アトミック侍は目を見開いた。
「タツマキは、生きてるのか…?」
「安心してください。一緒にいたゾンビマンさんの報告では特に外傷もなくピンピンしていたそうです。
…ただ、彼女が勝てない相手となると、僕らも机上の空論ばかり練っているわけにもいかない。
…アトミック侍さん、協力して頂けますか」
ボロボロの身体をゆっくりと持ち上げ、不敵な笑みを零すアトミック侍。
彼は是非を口にしなかったが、その顔が答えを表していた。
「…心強いです。」
地球人類の反撃が、始まろうとしていた。
◆◆◆
「これは…集落ごと消し飛ばしたのか…!」
そこはボロスと"錆びた剣"が出会った荒野。
元々は50人ほどが暮らす静かな村だったが、今や見る影もない。
遺体が見つかっている数名の子どもを除き、村民全員が行方不明者に登録されているため、おそらくは全滅したものと考えられる。
荒野に一人立つ女は、いわゆる怪人であった。
家猫として生涯を終えた彼女は、木板が立てられただけの質素な墓より復活を果たし、ヒトの体と超常的な怪力を得たのだった。
そうして復活した元・猫たちは、すべて楽園に集結する。
その楽園の名は「ネコカン王国」。
怪人化、彼女らは神格化と呼んでいるが、Z市よりはるか辺境に構える怪人たちの巣窟である。
彼女はかつて、この地で生まれ、そしてこの地で一度目の生涯を終えた。
故郷にも等しい拠り所を失った怒りと悲しみは、彼女を奮い立たせる。
「絶対に見つけ出すぞ…!」
災害レベル「鬼」
ーーー女王アマゾネコーーー