《全ての世界を焼き尽くす鳥を従えさせたいなら全ての屈辱を受け入れて知れ。でなければその鳥がお前を食い尽くすだろう》
(まだ足りないと言うの…)
Jの言葉にアンジュは歯噛みする。このアルゼナルに来てから多くの事を知って乗り越えてきたつもりだった。このノーマの成れの果ての場所で辛酸を多く舐めてきた。だがそれでもJはアンジュの事を無知だと言い切った。
「お悩みかなアンジュ?」
「J……」
そうして悩みながら食事を取っていると当の本人が登場する。
「ひっ!」
それを見てモモカは小さく悲鳴を上げる。無理もない一度、彼に殺されかけたのだ。怖がるのは当然だ。
「誰のせいだと!」
「カリカリするなよ。カルシウム全部胸に持っていかれたか?」
「この変態!」
「男は皆、変態なのでね」
アンジュの鋭いボディーブローをヒラリと避けたJは調子を崩さずに笑う。
「サリアが頭を抱えてたぞ。お前が隊の規律を乱してるって」
「他の奴等が無能だからでしょ?」
「まぁまぁ…」
怒りを抑えないアンジュの首に腕をかけて引き寄せるとJは囁く。
「その無能どもが死なないように立ち回るなんてなぁ。流石は元皇女殿下、民草の事に関しては慈悲深い」
「あんたのそう言うところが腹立つわ」
「連れない事言うなよ。アルゼナルの中じゃ俺と一番仲が良いじゃないか」
「アンタ以外にこんなにしつこく絡んでくる奴は居ないからね!」
「連れないこと言うなよ。そんなにタスクの事が気に入ったか?」
「っ!?」
予想外の言葉に思わず言葉を失うアンジュ。それを見たJはおもちゃを見つけた子供のような笑みを浮かべる。
「なんで名前を?」
「互いに面識はないけどな。知ってるんだよ名前をな」
「その理由を!」
「それは俺に勝ってからだなぁ~」
声質も表情も変わらずに放たれた言葉。何時ものようにとぼけたようなJの言葉だったがアンジュは口を紡いだ。
これ以上踏み込めば殺されると頭のどこかで察知してしまったのだ。
「分かったわよ…」
「いい子だねぇ」
文字通りJは化け物だ。しかも得体の知れない分、ドラゴンよりたちが悪い。
(踏み込みすぎたって事ね)
恐らく、あそこまで踏み込まなければJにこれほど恐怖を抱くことも無かっただろう。この瞬間、アンジュは己の無鉄砲さを呪ったのだった。
ーーーー
「風呂で大喧嘩!?」
「うん、二人ともすごい剣幕だったのよ。見てて楽しかったけど」
「はぁ…まぁ裸の付き合いって言葉ががあるぐらいだしな良いんじゃないか?」
エルシャと優雅にティータイムを楽しんでいたJは予想外の出来事に思わず声を上げた。そこはアルゼナルの端、Jが所有している庭園の中心部に設置された場所。そこは彼個人が余った金で買った安らぎの場所であった。
「でもそれでアンジュちゃんが風邪をひいて…」
「そりゃ大変だ。でも皆は大喜び」
「…うん」
「正直、お前も少しは嬉しいんだろ?」
「え、そんなこと…」
Jの言葉に一度は否定するエルシャだが黙ってしまう。金の使い方は様々なれど、この金で全てが解決するアルゼナルでは金をどうやって稼ぐかが重要。第一中隊の儲けを総取りしていたアンジュが出撃不能となった今、稼ぎ時なのは変わり無い。
「確かにそうね。フェスタが近いし子供たちにもプレゼントを買ってあげなくちゃ」
「無理するなよ。死んだら元も子もない」
「そうね、私もJみたいに稼げたら良かったんだけど」
「止めときな。俺の真似しようとした奴は一人残らず死んでるよ…」
そう言ってJはミルクたっぷりの紅茶を楽しむ。こうして居るとJはまともに見えるのだがよく分からないものだ。
「ねぇ、この庭園に来たのって私で何人目?」
「三人目さ、サリアとヒルダ。でも正式に招待したのはお前だけだよエルシャ」
「ふぅん、じゃあ。期待して良いのかしら?」
「もちろん、男が俺だけとはいえお前のような女をほっておけるか」
「口が上手ね」
Warning!Warning!
エルシャといい感じになっていた瞬間。アルゼナルに警報が鳴り響く。良いところで邪魔されたJは若干不満そうだったが仕方がない。
「ごめんなさいね。続きはまた今度で!」
「全く、久しぶりに抱けると思ったのなぁ…」
エルシャが急いで自身のパラメイルのところに向かうのを見送っていると後ろから気配がする。
「隊長…」
「Kか……」
フルフェイスの戦闘服に身を包んだ長身の女性はJの前に出ると綺麗な敬礼をする。
「例の物は準備できました。マナを使わない特注品です。こちらが座標になります」
「これでヒルダの依頼は達成か」
「では…」
「ん…」
用件が終わると何事もなかったの用に消える女性。それを見届けたJは面白そうに笑うのだった。
その後は無事、新種の竜を討伐したサリア隊と風邪のアンジュが帰投。ヒルダを除く隊の者たちは結束を深めることとなった。それにより孤立するヒルダを見てJもまた楽しそうに煙草に火を着けるのだった。
ーー
「準備は?」
「完璧。これが座標」
アルゼナルのお祭り《フェスタ》の前日。ヒルダはJの所に密かに足を運び。必要なものを手に入れていた。ヒルダが依頼したのはこのアルゼナルから脱出するための道具や情報の提供。それをJはそつなく受け入れ、用意したのだった。
「アンタ、本当に何者なの?」
「恩人に大層なことを言うじゃないか」
「脱出した先の足まで手に入れるなんて…外にコネクションでもあるの?」
「なかったら出来ないだろ?」
「それもそうね」
完璧すぎる仕事に疑問を覚えるがヒルダは深入りするほど馬鹿ではない。仕事さえこなしてくれればそれでいいのだ。
「まぁ、成功するかしないかはお前次第。武運を祈るよ」
「あぁ、ありがとな」
気分よくその場から去るヒルダ。それを見送ったJは先程の笑顔を納めて酷く冷めた表情を作る。
「まぁ、帰ってくるのが落ちだけどよ」
結局はヒルダも夢見る少女と言うことだ。
こうしてアルゼナルのお祭り《フェスタ》が開幕するのだった。