「はい、アンジュちゃん」
「…ありがとう」
「あらあら」
無事に救助されたアンジュは回収機の中で迎えに来たヴィヴィアンとエルシャたちの対応に少しだけ軟化の姿勢を見せていた。
「そう言えばずっと聞きたかったんだけど…」
「あら、珍しいわね。なに?」
「Jって何者?」
アンジュの疑問にエルシャとヴィヴィアンは互いに目を合わせて困る。何者かと問われれば彼に関しては困ると言った方が正しい。
「詳しくは言えないけど。Jはとにかく異常だったわ…」
「Jは凄いんだぞ。11の時にはドラゴンを全滅させたんだからね!」
「全滅って、一人で?」
「えぇ…彼の異名は多くあるわ。ドラゴン殺し、戦闘凶、変態、黒い鳥」
「黒い鳥?」
エルシャの言葉に疑問を持ったアンジュだったがすぐにその意味を理解した。彼の黒い機体、四枚の翼を持つ機体はまさしく黒き鳥と呼んでも不思議ではない。
「私の知る限りの話をするわね」
Jの初陣はそれはもう酷いものだった。彼の配属された第三中隊はその初陣の日に全滅したのだ、彼を除いて。当時、初物に遭遇した彼女らはドラゴンに対して攻撃を開始。初物食いを狙ってのことだった。
当時、初物であった紫のドラゴン。謎の結晶を大量に放出してくる攻撃は実に驚異であった。当時の隊長含めベテラン隊員さえも死んだ中。彼はたった一人でドラゴンを全滅させた。
「それも新兵に支給されてるノーメイクでね」
「ノーメイクって…」
ノーメイクとは、新兵に支給されるごく一般的なグレイブ、その無改造状態の事を指す。彼は返り血を浴びたグレイブでドラゴンの首を持って帰ってきた。その光景を見て何人の子がトラウマを抱えたことか。
彼は唯一の男性だったのもあって注目度が高かった。当時は色んな臆測が飛び交った。仲間を殺して分け前を独り占めしたとか、仲間を盾にしてドラゴンを狩ったのではないかと。
「彼も冷遇されてたわ。今の貴方のようにね…」
「……」
でも彼は次の出撃も一人で出撃し、ドラゴンを殲滅した。これによって彼の嫌疑を全て、実力で否定したのだ。
「その後も彼は六年間。一人でドラゴンを蹂躙し、殲滅した。そして突然、整備士に転向した。理由は分からないわ…」
彼の思考を理解できる者は少ないだろう。だが彼の圧倒的な実力のみがこうして皆の中で共有されている。
「あれ、でもJってミスルギ皇国から連れてこられたんじゃなかったけ?」
「そうだったかしら?」
「ミスルギ皇国から…」
謎の多いJの事を聞き出したアンジュはしばらく考え込むのだった。
ーー
「よお、帰ってきたか」
出迎えに来ていたJはアンジュを見つけると手を振る。
「相変わらずね、J」
「そういうお前は柔らかくなったな。男でも出来たか?」
「な、なによ…」
彼の言葉におもわず島で一緒に過ごしたタスクの事が思い出される。その反応を見たJは笑いながら話す。
「人が大きく変わる理由の一つは恋だ。いいじゃないか恋、その対象が俺だったらもっと嬉しかったんだがな」
「それは残念ね」
「こればっかりは向こう任せだからな…」
仕方なしと言わんばかりに肩をすくめるJは笑みを崩さずにその場を去るのだった。
ーーーー
アンジュ、ヴィルキス失踪事件から数日。アルゼナルは通常運転に復帰していた。
「また随分と大量に物資が搬入されたな」
「損傷機が多かったからね」
ノーメイク5機分のパーツとその他、アーキバス、ハウザーの予備パーツの山。これを地下の整備デッキに運ぶので一苦労だ。
「運送班、モタモタしてると飯までありつけんぞ。気合い入れてけ!」
「「「イエス、サー!」」」
置くから出てきたのは翼のないノーメイクたち。これはJがパイロットを失った損傷機たちをリサイクルしたものだ。飛行形態の機能を完全に失ったが整備の運搬用としてはこれで充分だ。
先程、ドラゴンの撃退から第一中隊が帰投したばかりで整備班の忙しさはピークに達していた。
「ったく。タイミングが悪すぎるんだよ」
「仕方ないよ。運が無かったと思うべきだよ」
愚痴をこぼすJをメイが励まし作業に戻る。物品リストの照合をしていたJは背後に知らない気配が動くのを感じた。
「誰だ!」
Jはツナギの袖から拳銃を手に滑らせると即座に発砲。気配は慌てて逃げる。Jの突然の発砲にその場にいた全員が目を疑った。
「侵入者だ。警報を鳴らせ!」
「警報を!」
Jの言葉はすぐに伝播しアルゼナル内にけたましい警報が鳴り響く。
「上層甲板に侵入者発見。付近に居るものは捕縛に協力せよ!」
アナウンスがアルゼナルに響き渡る。
「見つけた俺が言うのもなんだけど。こんな所に来るなんて物好きも居たもんだ」
「頼むから次は声をかけてくれるなかな?」
「すまん、その点は反省してる」
いくら知らないやつだからっていきなりの発砲はやりすぎだ。これでは話し合いもなにもならない。メイに怒られ反省するJ。
警備隊も出動し侵入者を追い詰める。
「殺すか?」
「いや、それはやめた方がいいと思う。ジルの話も聞かないと」
「へいへい」
マナを使ってうまく抵抗しているがJなら即刻、彼女の眉間に穴を開けられる。
「止めてください、私は。アンジュリーゼ様に会いに来ただけです!」
「ほう…」
アンジュリーゼ。確かここの有名人がそんな名前であったような。
「モモカ?」
「もしかしてアンジュリーゼ様!」
案の定、アンジュを見つけたモモカは彼女に抱きつき大泣きする。その光景にその場にいたものは呆然とするのだった。
ーーーー
「侍女ねぇ。本当にここまでやって来るとは慕われてたんだね」
「ここの存在は最高機密。それを自力で調べ上げてやって来る。並みの執念じゃないわね」
「文字通り。世界の果てに追放されたお姫様を助けに来る侍女。いい話だ」
「その侍女を秒で殺そうとした貴方は悪役ね」
「そんなつれないこと言うなよ」
アンジュの側に控えているモモカの姿を見ながらサリアとJたちは食事をとっていた。
「本当に私たちとは住む世界が違うのね」
「最初だって筋金入りの箱入り娘だったんだろ?そんなもんさ、今やアンジュはこのアルゼナルのトップライダーだからな。世の中なんの才能があるか分かったもんじゃない」
「貴方はランキング外だものね。強すぎて」
「もしかして、アンジュとやりあってたの見てた?」
「まぁね」
「あれは機体性能だよ。お前が落ち込む理由なんてない、ヴィルキス。やっぱりアイツは化け物だ」
もっとも度胸に関してはアンジュは凄まじい。今の彼女だけを知っているのなら皇女様なんて思わないだろうな。
「さぁ、面白くなってきた!」
役者が揃いつつある。何が起きるかは知らないが面白いことが待っているのはJでも分かる。それが楽しみで仕方がなかったのだ。