百夜の吸血鬼 -パプティマス・シロッコ異聞ー   作:臣 史郎

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V road to theⅤ 第4話

 翌朝、ユニとシロッコは、クリスカとは別の技術少佐を訪ねた。

(うわ……)

 これが、ユニ・マリエ伍長の、テム・レイという名のその少佐に対する第一印象であった。

 軍人を思わせるものは希薄だった。軍服ではなく研究者然と白衣を着こなし、弾丸が止まりそうなほど分厚いレンズのはめ込まれた細い銀縁の眼鏡の奥に、焦点があちこちする、落ち着かない瞳がある。皮膚は白い、というよりはどす黒く、脳以外の肉体に血液が循環しているのか怪しまれるほどだった。

「ああ。クリスカ君から聞いているよ。君が例の天才設計者か」

「恐れいります。こちらは私の秘書兼侍従の、ユニ伍長です」

「まあ、座り給えよ。ああ君は特尉なんだから、佐官待遇だろう。敬語は無用だ」

「貴方の方が年長のようだ、テム技術少佐」

「そうかね。まあ好きにするといい」

 彼を訪ねたのは、クリスカ技術少佐の言が大きかった。

「私が最大のライバルと考えていたのは、そいつよ。貴方の後に、そいつを訪ねるつもりだった。たった今、その気は無くなったけどね。トライアルの大本命、と私は見ているわ。開発局の下馬評も大体はそう。だから揺さぶりをかけるつもりだったの」

「トライアル参加を取り下げろ、と?」

「もちろん彼のプランが素晴らしければ、私は道を譲るわ。けどしょぼいプランだったなら、潰させてもらう。テム少佐から盗んだプランをヒントに、私のプランを強化してね」

「成程。我々にしたように、挑発してプランの提示を迫るつもりだったわけだな」

「その通りよ。だけどそれは止めたわ。貴方のようなMS構想を、彼が懐いているかも知れないもの。そしてそれがもし、トライアルに受け入れられたなら、とても素晴らしい」

「お褒めに預かり、光栄だ」

「余裕こいてるみたいだけど、私のプランは採用されるわよ。だって、貴方のプランの百倍現実的だもの。言えた義理じゃないけどテム少佐が、貴方と違ってリアリストであることを祈るわ…」

 クリスカがそのようなことを言っていたのが思い出された。

 眼前の人物、頭は良さそうに見えたが理知的、という感じではない。健全さというものがどこにも感じられないのだ。

(関わり合いになりたくない…)

 会話を交わすまでもなく、ユニ・マリエのテム・レイに対する評価はこの路線で決定しつつある。

「トライアルの件、と言ったか」

「そうです、テム技術少佐」

「そのようなことどうでもいい。君の構想とやらを聞かせてはくれないかね。クリスカ君に天才と言わしめた君のMS構想を」

 ユニは目を剥く。

(どうでもいい!?)

(モビルスーツ開発計画よ! 次世代型主力兵器構想よ! そのトライアルって、すごく大事なことなんじゃないの!?)

(て言うか、その為の仕事をしてるんじゃあ…)

 いよいよもって健全ではない。むしろ尋常普通ではないレベルに達しているのではないかこの技術少佐は。 

「御覧になって頂きたいと思ってここに来ているのです、テム技術少佐。事実私は、クリスカ技師には開示しました」

「ふむ。クリスカ君には開示したのに、私には渋る理由とは?」

「クリスカ技術少佐は、先だって私に構想を開示しました。答礼として私は、私のプランを開示したのです」

「先に手札を同時にオープンせよ、と? それは公平とは言えんだろう。私が見せたところで君の気が変わったら、見せ損になってしまうではないか。第一君が持参したプランが真っ赤な偽物だったなら、私はどうすればいいのかね」

「前者の解決ならば簡単です。私が先に見せるか、或いは同時に開示すればよい」

「私の気が変わるかもしれんぞ?」

「それについては、信じるより他、私に対策はありません」

「信じるか」

「はい」

「故に私も、君を信じよと」

「はい」

「無理だな、今は」

「無理ですか」

「今はな。しかしそれを可能と出来ぬわけでもない」

「…とは?」

「ジオンの拵えたMS、あのザクとかいうのの、最も優れた兵装は何だと思うかね」

「…ふむ」

 ザクについての一通りの情報を、地球連邦軍は得ていた。むろん、その兵装に関してもである。

 120ミリ速射砲、通称ザクマシンガン。

 90ミリ高速徹甲弾用マシンガン。

 240ミリ無反動対艦ロケット砲、ザクバズーカ。

 曲射投擲兵器、クラッカー。

 四肢に装着するラッツリバー社製スマートミサイルランチャー。

 その他、その他。

 ザクの兵装は豊富であり、その威力は実戦で証明されつつある。その知識は士官クラスの連邦兵には必須であり、ユニのような下士官であっても話として聞いている。

「最高の武装は存在しない。最適な武装のみが存在する。バカとハサミは使いよう、とも申しますが…ザクに最もフィットした兵装は、現在のところ、ヒートホークでありましょうな」

「射程数メートルのヒートホークがかね? 射程20キロのザクマシンガンよりも?」

「そうです」

「その心は?」

「二点です。第一に、道具として使用可能であるから。或いは、道具を兵器として転用しているから。ザクは汎用機です。戦闘任務のみがザクの役目ではないのです。陣地構築、行軍、救助に輸送、その他全ての任務に適性を持つ兵科。ザクとはまさしく、歩兵なのです。宇宙歩兵とも言うべき存在なのです。そして知られるザクの兵装の中で唯一ヒートホークのみが、陣地構築や進路開啓など戦闘以外の任務にも使用されているものでしょう」

「なるほど。二つ目は?」

「第二に、ザク本体のミノフスキー炉よりエネルギーを得ている為、弾切れという概念がないからです。ザクが稼働可能である限り使用可能な兵装であるからです。ザクが電力を得て行動可能な期間は、10年とも20年とも言われています。それまでの間、ザクはヒートホークでの攻撃が可能です。そしてヒートホークを防御可能な装甲素材は、今のところ地球圏には存在しません」

「君はザクの戦闘継続能力を評価しているのか」

「継戦能力はザクの重要なファクターであると見ています。ザクは全高16メートル以上の超大型兵器です。本来小型化すべき兵器がここまで大型化した原因こそは、無限に近い稼働時間を得られるミノフスキー炉を搭載したからです。兵器としては非常に忌むべき大型化というリスクを冒してまで原子炉搭載型としたのは何故か、それがザクという兵器の本質に迫る鍵でありましょう。そしてザクが稼働している限り使用可能な兵装がヒートホークであるということから、ザクの本質に則した兵装ということが出来はしないか、と愚考します」

「ザクは、ヒートホークを運用する為の兵器であると」

「無補給での戦闘を織り込んだ兵器であるということです」

「マシンガンもバズーカも追加兵装に過ぎんと」

「実体弾には弾切れがあり、補給がされなければ使用出来ません。ザク本来の兵装ではないと思います。そうなると見えてくるのが、次にザクが手にする兵装です。即ち…」

「メガ粒子加速砲――ビーム兵器かね?」

「お見通しか。流石は、クリスカ技師が警戒するだけのことはあるようだ、テム・レイ技術少佐」

「それは私のセリフだよ、シロッコ特尉。クリスカ君が、会ってみろと言うことはある」

 にんまり、とテム・レイは笑みを浮かべた。

 ゴップ兵站本部長もよく、にんまり、と表現するしかない笑みを見せることがあるが、テムのそれには、ゴップのそれのような陽性がまるで感じられない。

(絶対根暗だ、この人)

 ユニは確信する。

 確か妻の間に一子を設けているということだが、どんな聖女にこの男の妻が務まるのか、想像を絶している。

「プランをオープンにせよ、という話だったな」

「はい」

「してもいい。が、何やらそれでは面白くないような気がして来たよ、特尉」

「…とは」

「カードをオープンしよう。但し、プランの核心部分(コア)、エースカードのみをだ」

「コア部分のみを、ということですか」

「残りは本選のお楽しみということにしようではないか。その方がエキサイトでロマンティックだ。そうは思わないかね」

「…ロマンと仰るならば仕方がありません。ギレン・ザビの秘めたる野望――ロマンと言っても差し支えない、それこそは本次大戦の核心なのですから」

 その言葉に再び、ニンマリとしたテムは、手元のカード型端末を操作し、画像を送るのではなく、デスクの真ん中へと置いた。文字通り、手札を開けたのである。

 続いて、シロッコもそれに倣った。

(これは…)

 デスクの上にオープンで置かれている為、シロッコの後ろに控えるユニからでもその全容を、容易に視認出来た。

(…飛行機?)

 翼がある。尾部には推進器がある。

 どう見ても人型ではない。MSではない。飛行機としか見えないものだった。

 しかしそれを、シロッコもテムも、本MS開発計画のコアとして開示したのである。

(これはいったい…)

 どういことであるのか。

「ふ…」

「ふふ…」

 しかし両者は両者ともに、これをどう理解したのか笑みを浮かべ…それは徐々に哄笑へと変わっていくのだった。

 

***

 

「…調査ご苦労だった、クリスカ技師」

「はい、エルラン技術中将」

「各プランナー、それぞれに準備に勤しんでいるようだが、恐らく採用になるのは、君か私のプランとなるだろう」

 エルラン技術中将。

 現在地球連邦軍に配備されている陸海空、それに宇宙軍の全ての兵装の開発に関わり、年次で更新される連邦軍の戦略大指針に沿って拳銃から宇宙戦艦に至るまで、あらゆる兵装の開発を決定し発注する、地球連邦軍兵器開発局の大元締こそが、この男である。

「電気屋でプログラマーのテム君に、ゴップ大将が推薦したという図面も引いたことの無い若造、極めつけにジオンから来たというの亡命将校――よくもまあ、ここまで色物ばかりを集めたものだ」

「…」

「まともなプランナーは、私と君しか居ない。レビル閣下とゴップ本部長がまともなら、私か君が選ばれるだろう」

「中将は私の師であり恩人です。私のような非才を、少佐にまで引き立てて頂きました。その中将を差し置いて、私が主任開発者となるわけには参りません。以前申し上げました通り、私はトライアル当日、自案は取り下げ、中将の案を推します」

「同じことだ。私のプランが採用されれば、私は君を開発主任に推す。それに君が非才などとんでもない。類稀なる才気の上に、その美しさを兼ね備えているではないか。さあ、こちらに来たまえ」

 言われるままに歩み寄りつつ、クリスカは、軍服の襟を外す。

 次に、ファスナーを上から下へ、降ろしていく。

 脱げ、と命じられたわけでもないのに、である。

 エルラン中将の間近となったときには、既に下着以外の着衣は、床へと溶けて落ちていた。

「きれいだよ、クリスカ」

「…」

 賛辞にも無言のまま、クリスカは男に覆いかぶさられていく。クリスカをこの若さで少佐とし、じきに大佐とまでするであろう男にされるがままにされつつ、クリスカの脳裏にあるのは、己よりもはるかに美しい青年の白皙であった。

「やってくれたな。やってくれたなジオン! 私の経歴に泥を塗ってくれたな! 私の兵器を敗者としてくれたな! 私を過去の遺物にしてくれたな!」

 そのような声が、男から聞こえた。

「ゆるさんぞ! ゆるさんぞ! ゆるさんぞ…!」

 彫刻めいた白皙にはめ込まれた、泉のようなその瞳はただ、蹂躙されていくクリスカを見下ろしていた。

(パプティマス・シロッコ…貴方なら)

(貴方なら救ってくれるの?)

 救うとは己をか? 救うとは、何から? 恩人である中将から? この先待ち構えている、中将から逃れられぬ運命から? それは栄達であるというのに?

 何故そう思ったのか。何故救いを求めたのか。

 クリスカ自身にも分からぬままに、夜は更け、時は過ぎゆく。

(早く……)

 早く、朝が来ればよいのに。

 




そろそろ刀使の巫女の方も書かないと…
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