百夜の吸血鬼 -パプティマス・シロッコ異聞ー   作:臣 史郎

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少々長めになりました。


V road to theⅤ 第5話

「来たか、パプティマスの坊主。逃げなかったと言うことは、相応の自信ありと見た」

「本日はお手柔らかに、ガイストハルト亡命将校」

 クリスカの願いが天に通じたかどうかは分からない。

 月日は飛ぶように過ぎ、ついにその時は来た。 

 今日までの地球連邦軍の全兵装を総括して来た、連邦軍兵器開発局局長エルラン中将。

 その秘蔵っ子、クリスカ・ミハイロヴィチ・ブラダ技術少佐。

 孤高の兵器科学者テム・レイ技術少佐。

 敵性技術ザク・システムと共にジオンより乱入する、亡命将校ガイストハルト・クライスト。

 これらがつい先日まで図面を引いたことも無かったシロッコの相手であった。彼らを退けて、レビルとゴップに自案の有用性を納得させれば勝ち。それが出来ねば負けである。

「さあて、始めようかの」

 簡素に見えて金のかかったチェアーとデスクの数は7つだ。

 正面右手に設けられた二席にはそれぞれ、レビル大将とゴップ大将が、それぞれの侍従兵を後ろに立たせて坐する。

 その対面には5つの席が設けられ、これよりプレゼンを行うプランナーが、思い思いに坐する。

 シロッコのみはユニを伴っていたが、残りの3名は助手を伴わなかった。

 携帯端末を睨むクリスカ技術少佐は、他の参加者をことさらに無視しているように見える。

 その隣のテム・レイ技師は携帯端末の他に広大な紙の図面を携えており、それを眺めては何やらさかんに頷いている。

 ガイストハルト亡命将校のみは、何一つ携えていない。窮屈そうにデスクの下に足を押し込み、腕組みしてふんぞり返っている。

 この5名が占めているのは、4つの席である。

 つまり5つめの席は空席なのだ。

 そこに座るべき者こそが5人目のプランナー、今将に登壇しているその男であることに間違いなかった。

(エルラン兵器開発局局長……)

 彼こそはレビルやゴップに従い今日の地球連邦宇宙軍を創り上げて来た言わば生みの親であり育ての親であり、従って今日の大敗北の病根とも言える。

 ジャブローを勤務拠点とするシロッコである。入室してきた壮年の男は初めて見る顔では、もちろんない。功績は知っているし、ある程度の経歴ならば頭の中に入っている。

「宇宙艦隊は、地球連邦が成って以来初めて整備した本格的な宇宙での戦闘の為の戦闘システムである」

 前置きもなく言ったその言葉は、荘重ですらあった。

 程なく正面のスクリーンにプロジェクターが投影したのはMSでも何でもなく、既存の宇宙艦、マゼラン級とサラミス級である。

「私はこの二級に対し二通りの役割を与えた。マゼラン級は、敵宇宙艦をアウトレンジで撃沈する為の言わば宇宙戦艦であり、反航戦において5基10門、同航戦において6基12門の重粒子加速砲を斉射することが可能である。これは現在においても宇宙最強の水準だ。一方のサラミス級は門数においては6門だが全て単装砲であり、砲塔6基を装備する。同航戦に使用できる砲は2門に過ぎない一方、天上方向、天底に対しては4基4門での射撃が可能である」

 何を言い出したのか。何が始まったのか。

 一同の所感は一様であった。

「重粒子加速砲、所謂メガ粒子砲はミサイルと異なり迎撃は不可能、欠点は平射砲であり曲射が不可能という点だがそれは宇宙での戦闘において大して問題にはならぬ。宇宙には、海洋などと異なり水平線などというものは存在しないから、山成りの弾頭を隠れて見えぬ敵に当てる必要はない。弾速は基本、亜光速にまで加速出来るため、目視出来るものなら弾着予測も偏差射撃も無用に命中させることが可能。攻守に優れた目下最良の艦砲であると断言出来る」

 今の話にあるようなことは、兵器開発に携わる者達にとっては常識もいいところで、改めて説明されるまでもない。

 今更何を言っているのかと、この場の誰もがそう思ったのである。

「高性能レーダーとメガ粒子砲こそが宇宙戦闘に必要なものであろうと、私は考えた。マゼラン級は単一方向に射線が集中できる砲配置であり、サラミス級は多面的に火力を投射することを主眼としている。そして一個宇宙艦隊は一艦のマゼランと3艦のサラミス級によって構成される。つまるところ私はマゼラン級には敵艦を砲戦で撃沈する任務を与え、サラミス級にはマゼラン級の護衛任務を与えたのだ。護衛というのはつまり敵水雷部隊や、戦闘機部隊の襲撃に対する護衛である。これをサラミス級が阻めば、マゼラン級は敵艦との戦闘で確実に勝利する。我が地球連邦宇宙軍の優れた鉾と盾は、ルウム戦役においても機能するはずであった」

「そうはならなかったな、当然だが」

 長広舌をまぜっかえしたガイストハルト亡命将校を、エルラン中将は一瞥する。

「…そこのジオンの言う通り、盾(サラミス)と鉾(マゼラン)は機能しなかった。何故かを我々は考えた。一つには所謂ところのミノフスキー粒子散布がある。これがあれば艦隊は耳目を封じられるがそれは敵艦隊も同じこと。電波兵装草創以来、電波妨害や欺瞞電波は常道であり、もちろん我が方もこれを織り込んでいた。これのみが敗因になったとは思われぬ」

「貴軍が想定していたのは、ミノフスキー粒子散布下での、我らの保有するジッコ級水雷艇による伏撃であろう。違うか」

「…発言の機会は後ほど設ける」

 エルランは苦笑する。

「ジッコ級の水雷戦隊や宇宙戦闘機ガトルによる奇襲ならば、むろん我らも想定していた。それを要撃する為のサラミスであり、新鋭戦闘機セイバーフィッシュだった。サラミスは宇宙護衛艦であり、セイバーフィッシュは宇宙迎撃戦闘機だったのだ。実際に我々が直面したのは水雷戦隊でも航空攻撃でもなく、ルウムに『布陣』するモビルスーツであった。伏撃どころの騒ぎではない。奴らは宇宙を要塞化しおったのだ」

 連邦軍は海戦を参考として宇宙軍を整備した。

 一方のジオンは、宇宙戦闘を陸戦と考えていた。

(ほう…)

 エルランの考えはシロッコの見立てと同等であり、流石は兵器開発の人類最高権威であった者と思わざるを得ない。

「宇宙要塞を守る宇宙歩兵、MSを撃退する為に我が方も宇宙戦闘機を送り込んだが一撃離脱型のセイバーフィッシュは直線機動でMSを上回るものの複雑機動はMSが上回り、また装甲化されたMSは機銃弾を一切寄せ付けなかった。そしてルウムから我が艦隊に発射される要塞砲…ようするに普通、側面に回り込んで奇襲するような兵器にジオンは正面を担当させたのだ。そして側面からジオンの主力艦隊が来援し、我が方は翼面と正面に敵を受けた…いかがですかな、レビル将軍」

「ジオン宇宙軍には、エルラン技術中将の言われるような工夫があった。それは認めざるを得ん。敗将に言えることは、これだけだ」

 レビルの言に我が意を得たりとエルランはほくそ笑む。

「あとは良く知られている通り、ジオン宇宙巡洋艦隊は反航戦一航過の後にMS部隊を投下。最終的に我が艦隊は、この艦載MS隊によって損害を受け退却に追い込まれた。見事だと言っておこう、ジオン」

「貴艦隊は非常に良く戦った。それは申し上げて置こう」

 ガイストハルトの言に皮肉の毒は無い。

 これはルウム戦役従軍記章を持つジオン将兵の誰もが共有する思いであったし、おそらくはガイストハルトの本音でもあるのだろう。

「さて、戦闘概況より鑑みるに、我が軍が行いうる対策は一つ。宇宙を要塞化するジオンに対抗し、宇宙要塞を攻略しうる兵装を得ることだが、これについて私は一週間で目途を立てることが出来る」

「一週間…ほう。それはどうやってかね」

「これを用います、ゴップ兵站本部長」

 モニターに映し出された画像は二点、一つは連邦軍の保有する重モビルタンクであり、今一つはモビルポッドであった。

「MS、ではないな」

「MSではありません。MS開発プランなどというものをこのエルランは携えていません。何故ならばMSは無用の兵器であるからです」

「ほう」

 MS計画会議を企画したのは、レビルとゴップである。

 その二人の眼前でエルランは、MSは無用と断言したのである。

「MSが無用となれば、この会議も無用ということになるな、エルラン君」

「いいえ、この会議は有用でしょう。無用なのはこれより先のプレゼンです。時間の無駄を省くため、私は最初の発表を希望したのです」

 クリスカを除く、全員の目が鋭く細る。

 露骨な挑発であった。

「モビルタンクは試作のものですが、これにザクと同等の光学センサーを砲塔上部に搭載した改装型を生産ラインに乗せることが即日可能です。モビルポッドについては現下官民合わせて保有する八十台を、対MS武装を装備して戦闘任務に当てます。これだけのことで、我らはジオン軍に勝利するを得るのです」

 プロジェクターに映し出されているのは180ミリ低反動砲や80ミリ連装機関砲など、モビルタンク用の装備として生産が進められているものであった。これらの兵装ならば、確かにザクの破壊は可能だろう。

 モビルタンクとはミノフスキー原子炉搭載型の戦車で、ザクと同じく非常な稼働時間を誇る。ジオンでは試作のみで採用されなかった(ビルドルブやルナタンクがそれである)が、連邦軍では燃料補給無用のこの兵器は注目され、既に戦線に投入してザクを相手に戦果を上げていた。

 一方、モビルポッドは原子炉搭載型ではない、純然な作業機械である。

 元来深海で用いられていた潜水ポッドを宇宙用にリファインしたものがコロニー建設の初期から使われており、改良を積み重ねて現在に至る。原子炉搭載を可能とするモデルも存在しており、これを徴用して宇宙歩兵にしようというのである。当然ながら既に生産ラインが確立しており、人員と金を投入すれば頭数の目途がすぐに立つ。

「MSにはMS対策のみを行う。MS対策に成功すれば、MS運用と主眼としたジオン軍の対策にも成功し、保有艦艇の数的優位のみが残る。この優位を活かせば連邦軍におのずと勝利は転がり込むでしょう」

 エルランの計画とはつまり、一方で既存の兵器を対MS用に改装してザクに対抗させ、その一方で未だジオンを上回る艦艇の保有数でジオンに優位に立とうというものであったのだ。

「既に現場サイドより生産工程表が上がってきておりますのでここに示しておきましょう。各国の生産拠点をフル稼働すれば、対ザク用モビルポッドの数は一月でジオンのザク保有数に拮抗します。既に大建艦計画、ビンソン・プランが進行中であり、一年を待たずして我が方は全方面での戦力的優位を手に入れるでありましょう。以上、何か質問は」

 レビル、ゴップ両将に言葉はない。

 シロッコもテム・レイも無言だった。

 クリスカももちろん無言だった。

「くっく」

 ただ一名。

「うははははははは!」

 無言の会議室に突如ジオンの哄笑が乱反響を巻き起こす。

「…何がおかしい、ジオン」

「保有数だと。戦力的優位だと。これが笑わずにおれるか!」

「それの何が可笑しいのか! 痴れ者が!」

「…待ちたまえ、エルラン中将」

「…は?」

「次はガイストハルト亡命将校の登壇とする。言わんとすることがありそうだしな。如何ですかな、将軍」

 ゴップに対し、レビルが無言のままに頷く。

「光栄至極だ、連邦の総大将。では言わしていただくが、エルラン兵器開発局長に置かれては、大きな勘違いを為されておいでだ」

「ほう。私がどのような勘違いをしていると言うか」

「聞きたいか?」

「…いいや。聞きたくもない。落ちこぼれたスペースノイドの考えなど聞いても致し方ないことだしな。先も言ったように、貴様のプレゼンなど時間の無駄だ。即刻立ち去れ」

「いいや、去らぬ」

「去らぬというなら衛兵を呼ぶか」

「あー、待て待て、両名」

 これはゴップ兵站本部長である。

「言い争いなぞそれこそ時間の無駄。儂も忙しい身でな。登壇願おうか、ガイストハルト亡命将校殿」

「…とは、プレゼンとやらを行えということか、ゴップ将軍」

「そうだが」

「ない」

「ない?」

「将軍の部下が今していたような準備は一切しておらん」

 おいおい、という風にゴップは、臨席のレビルと顔を見合わせる。

「では何しに来たのだ、と言いたげだな。言いたいことは少ないし簡単だ。よってエルラン将軍の如き準備は必要がないということだ」

「ふむ。成程。ではその言いたいこととは?」

「ザクを作れ」

「ザクをだと」

「そうだ。貴軍もザクを保有するべきだ。そうするより他にザクに対応する道はない」

「たわけか貴様は!」

 これはレビルでもゴップでもなく、目下登壇しているエルランであった。

「敵性技術使用機を主力になど出来るか! 大体が、ザクでザクを撃破しようにも、ザクの装甲はザクの兵装に対して十分な抗弾能力を備えておる。効率が悪すぎるわ。そのくらいなことは調査済みだ、貴様が味方をちょろまかして我が軍に持ち込んだザクを調査してな!」

「たわけはお前だ」

「どうたわけだ! 言ってみろ!」

「俺のザクを調べたところで何も分からぬ。ザクをザク足らしめる本質は、ザクの内に在らじ、ザクの外に在るのだ」

「内だの外だの、意味が分からん」

「分からんか。では貴官ら連邦将士諸君は不思議には思わなかったのか。地球圏統一国家となった貴国が、かつて辺境に過ぎなかった公国に敗勢に陥ったのは何故なのか。宇宙艦艇保有数は五分の一に過ぎぬ我が公国が貴国艦隊を退けることが出来たのか」

「それこそが、お前のザクによる功績ではないのか」

「確かに前線にあって敵艦を撃沈したザクの功績は、最大限に評価されるべきだろう。だがあそこにあったザクの働きは氷山の一角に過ぎぬもの。グラナダの月基地を得た今、本国、ソロモン、ア・バオア・クーそれに木星の工廠より続々とザクは増産される」

「ザクばかりを増産していてもパイロットが居なければ動かすことは出来まい」

「ところがだ。我が公国は初等学校より宇宙航法を学び、卒業時にはモビルワーカーの実技を受ける。男女問わずにな。成人したころには、何れもMSで本国と隣のサイドを往復出来るザクパイロットになるのだ。現時点で既に公国臣民三千万、老若男女一切を問わず、ザクを駆る宇宙戦士となりうる。それに対し貴軍はどうだ? パイロットはエリートとか言っていないか? 貴軍のパイロットは少尉以上。対し我が軍は伍長よりザクパイロットだ。さて頭数は足りるのか? エルラン技術中将」

「むう…」

「謂わばジオン公国とは、ザクとザクパイロットを生産する一つのシステムなのだ。ジオン全てがザクなのだ。それに対するには、生き残る地球の民三十億全てMS兵となるよりほかにはないわ!」

 まさに一喝であった。

(す…凄い)

 シロッコの後ろに控えるユニも、思わず上司の影に隠れたくなるほどの迫力である。

(この人は本当に、宇宙でレビル将軍と戦った、戦士なんだ…)

 エルランはもとより一同寂として声も無し…と思われていた時であった。

「あー、ところでだな」

 一人だけそうでない者が居た。

「この機会に聞いておいてもいいかなジオンの士官さん」

 右手にタッチペンをくるくると弄びつつ、そう切り出したテム・レイの声には緊張感や警戒心がまるきり感じられない、というよりも、この陰気な技師には場の空気を読み取る機能自体がないのかも知れない。

「…何だ」

「何故モビルポッドではダメだったのかね? 戦闘にしろ作業にしろ、エルラン中将の言っていたような民生のポッドがジオンにもあったろう。わざわざコストをかけて新兵器を開発するより、あれを使えばよかったんじゃあないかな?」

「確かにモビルポッドは保有していたが、それでは意味がないからだ」

「意味があるんだね」

「ある」

「ギレン・ザビは理由があって、ザクを人型にしたと」

「そうだ」

「私が伺いたかったのはそれだよ、ジオン君。ギレン・ザビが、国家の命運を掛けた決戦兵器に人の似姿を与えたのは一体何故なのか。まあ、大方見当はついているのだがね」

 相好を崩す、という言葉が、今のテム・レイをよく現わしているだろう。

(そういえば)

 この根暗技師のこのような顔をすることがあったと、ユニは去りし日のことを思い出す。

 端末を取り交わしたシロッコとテムが、互いの端末を覗き込んで呵呵大笑したあの時のことを。

「人は脳で思考する、というのが一般常識だ。そして脳とはここ、頭蓋の中にあることは今やだれもが知る医学常識だ。しかし、実際には人は脳のみで思考しておるのではない。人の四肢も内蔵もその全てが感覚器を有しており、それは頭脳と繋がっておる。つまり、四肢も内蔵も、頭脳の一部なのだ。心の一部である、と言ってもよいだろう」

「そのようなことを言っていた学者がおったな。確か…」

「アダムス・ミノフスキー博士」

 シロッコが、上司ゴップの後を引き継ぐ。

 物理学者として後世にまで名を遺すミノフスキー博士であるが、彼が革命を起こした分野は哲学から電子工学に至るまで幅広い。生物学、心理学もそれに含まれており、彼に言わせれば「すべての学問はミノフスキー宇宙学の一部なのだ」と、こうなる。

「ザクは人型をしており、メインセンサーはその全てを頭部に集中装備している。パイロットは胸、つまり人の心があると信じられているそこに搭乗する。人の胃腸がある腹部には主動力炉がある。分かるか。外観が人に似ているのではない。人を模して造られておるのだ。もちろん、人の神経に当たるものも四肢に伸びている」

「流体パルス駆動を採用していたな、ザクは」

「そういうことだ。前置きが長くなったがようするに、人と同じく、ザクはその全身をもって頭脳なのだ。人型の人工頭脳なのだ。いやそもそも人工頭脳というものは、人型を得て初めて完成するものなのだ」

「パイロットはザクの魂、というところかな?」

「魂か。そうかもしれんな」

 目下のところ、この亡命軍人の話に付いて行っているように見えるのはテム・レイだけであるように、ユニには思える。

 この手の話を喜びそうな己の護衛対象は何を思うのか、無言であった。

「今や地球圏には機動服(モビルスーツ)という呼び方が定着しつつあるようだ。確かに人は服を着る獣だ。現在ザクはパイロットによって操縦されているが、何れはレバーもペダルも無用と成り、服を着るようにザクを操る時が訪れよう。そしてさらなる地球圏進歩の暁には、ザクとスペースノイドとは一つとなるのだ!」

 ガイストハルト亡命将校は、まだ登壇していない。

 自席に坐したまま一歩も動かず、ここまでの長弁であった。

 現在演壇に立っているのはエルラン中将であったが、もう言葉はない。ただガイストハルトを見下ろしているのみであった。もし両者に銃があれば、ものも言わずに互いに撃ち込んでいたかも知れない。

 それほどまでに室内に充満した殺気を全く意を介さない人間が一人居た。

「ブラボーブラボー! 実に素晴らしい! 素晴らしきかなジオン! 素晴らしきかなザク・システム!」

 喚きながら手を打ち鳴らすその様に、ユニはゼンマイ仕掛けでシンバルを鳴らす猿の玩具を連想する。

「ギレン総帥は人を神の似姿と捉えたわけだ。それ故に人型の電子頭脳、ザクを開発した。ヒトのカタチにはヒトの魂が宿る。神すら宿るかもしれんな。確信した、ジオンは滅ぶべきではない。大いに栄え、全人類を指導するべきだ」

 エルランやレビルらのみならず、その場の全員が眉を顰める。ガイストハルトも例外ではなかった。テム・レイという技術士官には、本当に周囲の空気を読む器官が備わっていないらしい。

「だけど、私の考えはギレン君とはちょっとだけ違う」

 そのテムが、このようなことを言い出した。

「君ちょっとどいてくれないかな」

 未だ演壇に立ったままだったエルランを押しのけ、ステージを占拠する。

 技術大尉が中将を君付けなど、いかにリベラルな連邦軍でも咎められることだ。それ以前にギレンも君付け呼ばわりしていたが咎める者はいない。後期高齢者や幼児が誰をどう呼ぼうと気にしたら負けだというような心理と同様のものがテム・レイに対しては働いたものと思われる。

「開発に携わっていた方ならば、これをご存じですな、皆さん」

 プロジェクターに現れたのは、ユニも見覚えのあるものだった。

(あの飛行機…あんなに小さく畳めるんだ)

 テムがシロッコにも見せた、あの飛行機であった。

 画面ではその飛行機の機種と翼が折りたたまれ、とても行儀のよい立方体となっている。

「先ごろサラミス級の艦載機として開発が進んでいた試作機だな。トリアーエズやセイバーフィッシュの問題であった搭載スペースの解決案の一つだ」

「流石はゴップ兵站本部長。把握しておいでだ」

「まあ、先の負け戦の影響で予算は付かなかったがな。ガトル宇宙戦闘機相手ならともかく、装甲されたザクに有効な武装は、小さすぎて積めんわけだし」

「確かにこいつのペイロードは、歩兵並みのものでしかない。航続距離も乗用車といい勝負だ。しかしこいつは、母艦はもとより艦隊旗艦ともダイレクトリンク出来る優れた電算システムを持っていた。そこで私はこのようなことを考えたのですよ」

「…!」

 一同は唖然とした。

 折りたたまれた戦闘機の上下に、ザクの上半身と下半身が被せられたのである。

「このようなことをして何になる。胴体強度や可動域が犠牲とならないか」

「なるでしょうな」

「何よりも生産工程が複雑になる」

「なるでしょう。戦争に用いるにはそのような不安があるでしょうな。ではこれを」

 画面が切り替わる。

「建造中の新鋭航宙揚陸艦です。大気圏突入離脱能力を有し、ミノフスキークラフトにより浮遊、40ノットでの航空移動が可能。これの搭載スペースを拡張し、このようにします」

 デッキには多数のコアファイターと共に、MSの上半身と下半身が懸架されていた。

「仮にこのようなパーツを考えてみた。上半身をAパーツ、下半身をBパーツとしよう」

 そこにはAパーツとBパーツに分割されたモビルタンクが表示されていた。

 エルラン中将がプランの一角として公開していたものだ。

 当然ながら下半身は足ではなくキャタピラである。

「第一にこの新鋭機を出撃させ、制空権を得ます。次に、モビルタンクに換装させましょう」

 コアファイターがドップ戦闘機と思しきアイコンを蹴散らした後、その上下に主砲とキャタピラが被さる。

「これには120ミリ高速砲が搭載されているので、これで長距離から敵陣に準備攻撃を行いましょうか。その次に…」

 コアブロックが下半身を脱ぎ捨てた。変わって着たのはザクの下半身だ。

「これにより前進し、直接照準で残敵の撃破を行います。背が高くなっておりますから、撃てる弾の威力は限られますが、その分接近しておりますから問題ないでしょう。そうしておいて――」

 今度はコアブロックが上半身を脱ぎ捨て、ザクの上半身を装着する。

 これによりコアブロックは完全にザクとなった。

「クロスコンバットです。主に敵が救援に差し向けた、強力な格闘MSと直接対峙します。これに勝利することが出来たなら――」

 コアブロックはザクの上半身と下半身を脱ぎ捨て、戦闘機となる。

「ここを拠点とし、飛来する敵機を迎撃します。それを終えたら再びモビルタンクとなって次なる目標への準備攻撃を行います。振り出しに戻るわけですな。後はこれを繰り返します」

「机上の空論だ!」

 横に押しのけられていたエルランが喚く。

「兵器は戦闘となれば損耗する! 航空戦や遠距離砲戦を戦った兵器がそのまま中、近距離の戦いを戦い抜ける状態であるはずがない! もし運よくコンディションを維持出来たとして、これではパイロットは少なくとも砲兵科とMS科と航空科の訓練を全て受けねばならぬ。養成に時間がかかるし、出来るかどうかも分からん。ましてや半年以内には全教程を終えて実戦に出さねばならんのだぞ? 成し得る者が居たとしたらそれはもう人間ではないわ!」

「あー、いみじくも机上の空論と申されましたが全くもってその通り。今申し上げたのは、私めのコアブロックプランを、将軍たちの耳障りがいいような形で用いて見せたに過ぎません」

「なにい?」

「私が重要視しているのは、この戦いで連邦が勝つか負けるか、そんな低次元のことではないのですよ」

 じゃあ何しに来たんだ、とユニならずとも言いたくなる発言である。

 ここは連邦が勝利する為に手にするべき次期MSについて議論する場に出て来て置いてそれを重要視していないとは何事か。ましてや連邦の勝敗が、「低次元」とは如何なる存念か。こう言ってしまうと連邦を勝利に導くための連邦軍とその将であるレビルやゴップも「低次元」ということになってしまうのではないか。

「…地球圏の存続、その為の勝利。それよりも高次元のこととは何かね? テム技術少佐」

 呆れ果てて絶句したエルランに代わり、ゴップ大将が発言を促す。

「ギレン総帥は、宇宙を征くヒトを創り上げた。ヒトは神の似姿、ザクはヒトの似姿であります。ヒトに神が魂を込めるなら、ザクにヒトが魂を込めることもまた可能でありましょう。実に偉大なる――偉大なる発明であると言わして頂こう、しかし! 私の思想とは異なる!」

 テム・レイの唾が飛んでくるのではないかとユニは身を竦める。

 もう何を話しているのかユニにはさっぱり分からなくなっていた。我が変態上官はそうではないのか。様子を窺うと――シロッコは、笑っていた。心底愉快そうに微笑んでいた。この場に誰も居なければ大笑していただろう、過日、テムのラボで面会した、あの時のように。

「ヒトは服を着る獣だ。暑ければ薄着し、寒ければコートを羽織る。水中を行くときには潜水服を着用し、宇宙に出ることを望めば宇宙服を求めればよい。MSも同様だ」

「それはジオンのMSでも可能だろう、パイロットがMSを乗り換えれば良いだけだからな。現にジオンは水陸両用のMSを出撃させているとの報告もある。それ以前に、戦闘に限って言えば乗り換える必要もない。ザクの兵装を持ち帰れば済むことだ」

「ザクは兵装を持ち替えますが、コアブロックシステムでは服を着替える、と考えていただいた方が、将軍たちにはイメージしやすいでしょう。長距離に置いては長距離に特化したMSとなってザクの優位に立ち、中距離では中距離に特化したMSとなって優位を維持し、近接レンジにおいてザクと同等以上のMSとなって戦い勝利する。我が構想の一端が分かって頂けると思いました次第」

 この時ユニの上官がぼそりと、

「…一端に過ぎん」

 こう呟いた。

 そうと聞いたテムが、ニンマリと笑う。

 感じの悪い、あの笑いだ。

「コアブロックは脱出システムの役割も果たすことが出来る。MSの外装が損傷したなら交換すればよいわけだ。死しても自在に肉体を離脱し、任意に転生する――解脱した新たなるヒトの姿。肉体は魂の入れ物。容器が不自由ならば取り換えればよい。私はギレンの考えるよりも、もっと人の魂は自在であるべきだ。ギレンはヒトを宇宙へと誘った、ヒトは次のステップへと進むべきなのだ!」

 熱狂的に、テムは口泡を飛ばした。

「…さらなる、ステップとは?」

「為し得る者は人間ではない――そのような発言がありましたが、いみじくもその通りです。私はこれを、人の為し得る業と考えてはおりません。来たるべき次の世代の人類――先にそこのジオン君が、いつかヒトはレバーもペダルも使用せず、思いのままにザクを操るだろうと言った。だが私はギレンよりもヒトを自由なものと捉えている。現在、コアブロック構想では航空機がMSのコアとなっているが、航空機である必要はない。軍事用に用いるから、その用途で戦闘機にしただけで、車でもモビルポッドでもいい。モビルコアは、MSの魂たるパイロットをより自在な存在たらしめるためのものだ。一個のヒトの魂が操る複数の肉体、複数の個人、複数の人格――転生輪廻という東洋思想を知っているかね諸君」

「万物には魂が宿り、巡り行くという思想でしたな」

 応え得たのはやはり、シロッコのみであった。

「ギレンは、ヒトのカタチこそは唯一絶対の神の似姿と捉えたようだ。欧風な、キリスト教的な考え方だ。それ故力強く宇宙を征く、ヒトを創り上げた。私は違う、私はヒトのカタチではなく魂にヒトの本質を求めたのだ。ヒトは石にも草木にも鳥にも魚にもなる。MSとかいう兵器となることも、あるだろうがそれは一端であり、一つの在り方に過ぎず、先程も申し上げたようにまあ、些細なことだ」

「兵器開発局で軍の禄を受けて兵器研究をしている身であろうが、貴様は!」

 吐き捨てたのはエルラン中将である。

「輪廻だの魂だのの研究ならば他所でやれ! ここは軍で、今は兵器の話をしておるのだ!」

「あー、了解しました中将閣下。これで終わりにしておきます。実はこれ以上、語ることは私としても出来んのであります」

「何い?」

「実はここに至って私テムは、我がプランが未完案であることを悟ったからであります。悟ったからには、直ちに補正案を考えねばなりませんので、この場は失礼して宜しいかな?」

「それは少しお待ち頂きたい、技術大尉」

 これを発したのは、開いた口が塞がらぬという体のエルランではない。

 今だ登壇していない、パプティマス・シロッコであった。

「もし私が思っている通りならば、私の案により貴殿の案はより完成に域へと至る。そうではありませんかな」

 にんまり、とテム・レイは笑む。

 嫌らしいチェシャ猫笑いのテム・レイの視線の先にはむろん、似たような笑みを浮かべたパプティマス・シロッコが居る。

「拝聴しよう。もし私が思っている通りのものであるならば、価値ある時間だ、私にとっても、人類にとっても」

 誘っているような口ぶりである。

 挑発しているような口ぶりである。

 これ以上のものが出せるか? 出せるようなら出してみろ、と言っているようにも見えるし、もしこれ以上のものが出てくるならば見てみたいと言っているようにも思えた。

 




戦場の絆の方では最近ジ・Oを乗ってみているんですが使いこなせず、それでも意地で乗ってるものだからどんどん階級が落ちていきますw 重装ガンキャノンの方が貢献出来たり。
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