ヒャッハー!オリヒロインだぁ!
数多の魔人族が行き交う喧騒広がる町の中をフードを被りながら歩く。町人達の中にはちらほらと警備兵の姿が見え、時折キョロキョロとしながら誰かを探している。まぁ誰かと言っても十中八九俺しかいないだろう。あの後無事に逃げ仰せた俺はこの町を見つけて潜伏している。初めこそ居心地が良かったものの、現在は連中が俺がここにいると予想を付けて巡回しているために居心地が悪い。あわよくば懐の良いところに売り込みに行きたい所だが、現場では涙を呑むしかない。幸いにもまだ懐は温かいので食は何とかなってはいるが、衣住がどうにもならない。連中の動きを見ていると、宿屋等にもしっかり確認している事が分かる。迂闊に宿屋に泊まろうものなら即御用になりかねない。出来れば町の住人を巻き込みたくはないので宿には泊まれない。衣服にしたって買い続けるほど余裕はない。しかも衣服が意外と荷物としてかさ張りやすいのだ。
(この辺りで有名なのは確か二人……『ダン・ゲート・ブラッド』とか言うヴァンパイア族と『フラウ・ヴァン・ドラクル』とか言うヴァンパイア族……)
ヴァンパイア族の『ブラッド家』はこの大陸では割りと有名らしく、領主である『ダン・ゲート・ブラッド』はAクラスの魔術師だと聞いている。Aクラスだと確か『一握りの天才』レベルだったか。ともかくそこら辺の魔術師とは比べ物にならない程の実力者だということだ。しかも町の住人達にも人気が高いときた。その奥方も主人よりは弱いとは言え魔術師としては一級品だろう。問題としては『ダン・ゲート・ブラッド』が自分の兄達に目の敵にされているという点か。度々兄達の方からダン・ゲート・ブラッドにちょっかいを掛けているようだが、その尽くが敗北に終わっているらしい。俺が言うのも何だが、相手は天才クラスだ。凡人風情が普通の方法で勝てる筈はない。
まぁその兄弟争いの事はこの際置いておくとして、そこまでの人物ならきっと懐事情も豊かな筈。出来れば自分の魔力量をある程度隠したまま売り込みたいものだが、雇ってもらえるかは微妙なところだ。なんせ領主自身が圧倒的なのだ。今更外から戦力を取り入れるだろうか。
その点を考えれば、むしろ外から戦力を取り入れる可能性が高いのは領主の兄弟だ。売り込めば恐らく雇われるだろうが、俺は没落するであろう貴族と心中するつもりは無いので此方から是非ともお断りしたい。
次に『フラウ・ヴァン・ドラクル』だが、この人物については余り情報が出なかった。と言うのも、釈然としない情報しかないのだ。『両親の力を借りず一人でドラクル家を盛り上げた』だの『ヴァンパイア族でも希代の才女』だの『峰麗しい少女』だの半ばどうでも良い情報が出る程度なのだ。最早意図的に情報操作されていると考えるのが妥当か。だがそれでも裕福な家系であるとは聞いているので、そこに売り込むのもありと言えばありだ。ただ俺の主観では『ダン・ゲート・ブラッド』よりも厄介で仕方ない。情報戦は俺の得意分野ではない。『ダン・ゲート・ブラッド』ならば最悪戦闘を介せば何とかなるが、『フラウ・ヴァン・ドラクル』に関してはそうはいかない。情報を自由に操作出来るというのはただ殺すだけの殺人鬼よりも驚異なのだ。情報があればどんな化け物であろうと対策できる。情報があれば誰よりも早く効率的に動ける。逆に相手に虚偽の情報を流して出し抜くことだって可能だ。 つまり情報の使い方によっては国すら滅ぼせるのだ。
まぁこれも誰もが出来る訳ではない。そんなことが出来るのはそれこそほんの一握りの天才様だけだ。かくいう俺もその手の奴を敵に回した事があるのでどれ程ヤバイかは重々承知している。まぁ味方になればこれ程強力な奴もそういないのだが。
「おっと」
「む」
そんな考え事をしていると、ドンッと人とぶつかってしまった。どうやら相手も考え事をしながら歩いていたようで、ぶつかったことで互いに漸く思考の海から抜け出した。
「すまない。私としたことが考え事に夢中になってぶつかってしまった」
「いや、俺も似たようなものだから気にする必要はない。むしろ此方も悪かった。謝ろう」
これに関して俺にも非はあるので素直に謝る。こういう事はちゃんとしておくべきだ。
よくよく少女を見てみると、中々の美少女である。俺の銀髪とは違い雪のような真っ白な髪、宝石のような真っ赤な瞳、少しだけつり上がった目が彼女の気の強さを表しているようだ。
「?どうした?私の顔に何かついているか?」
「……いや、随分な美人さんだなと思ってな。安心してくれ、他意はない」
「ほう?君も周りと似たような事をいうのだな。それに、それを言うなら───」
少女はそう言葉を切ると、おもむろにフードの下に隠れている俺の顔に触れて顔を覗き込んできた。
「君も充分美人だと思うが?」
「っ!?」
ハッと我に返り瞬時に少女と距離を離す。すると少女は少し残念がるが、此方としては堪ったものではない。スルリと俺の懐に入ってきたのもそうだが、何より俺はこの少女を『全く警戒しなかった』。警戒レベルを最大限まで引き上げる。もし彼女が殺し屋か何かだったらあの時点で俺は殺されていた。じんわりと嫌な汗をかく。あの女奴隷といいこの少女といい、この大陸の女性にはヤバイ奴しかいないのか。
「君には効果が薄いみたいだな。こんなに効力が薄いのはダン以来だ」
「……なんだと?」
今彼女は『ダン』と言ったか?領主を呼び捨てするなんて領主の兄弟か、或いは同レベルの実力者か。
「まさかあんたは───」
「そこで何をしている」
「……ちっ」
噂の人物であるかを確認しようとした時、警備兵から不信がられて話しかけられてしまった。まぁこんな道のど真ん中で立ち話をしていたら目立つのは仕方ない。さっさと逃げるか。
「……あぁ、なるほど」
脱走ルートを探す為に周りに目を配らせると彼女と視線が合い、何故か納得したような顔をすると意味深に笑う。この女はこれから何をする気なのか予想がつかない。最悪警備兵に突き飛ばしてでも逃げ仰せるつもりだが……。
「やぁ、お勤めご苦労様」
「え?ふ、フラウ様!?お疲れ様です!」
少女から声をかけられた警備兵は彼女を見た瞬間ガッチガチに緊張し始めた。そんなになるほど彼女の影響力は大きいということだろうか。まぁこんな状況になってしまった以上迂闊に動く事は出来ない。
「今日は一段と忙しそうだが、何かあったのかな?」
「はっ!実は先日、奴隷船に密航してきた人種族がいまして。この町で似たような容姿をしている人種族を見たという話を聞くので巡回しているんです!」
「なるほど。それはおっかない。因みに、どんな見た目なのかな?」
「はっ!齢9歳程の銀髪の子供で、手斧を二つ所持しています!」
「ほう……」
彼女がチラッと俺を見た。その瞳にはイタズラを思い付いた子供のような感情が見てとれた。このままでは不味いと感じ、そっと後退りするとガッチリと捕まれてしまった。
「それは彼のような容姿かな?」
「なっ……」
「あっ!」
いきなり深く被っていたフードを剥がされ、俺の素顔が白昼に晒された。そして素顔をバッチリと見てしまった警備兵。どうなるかは明白だった。
「そいつです!流石フラウ様!お手柄です!」
「ちっ!油断した……!」
「待て。私は彼が気に入った。だから彼の身柄は私が買おう」
「「……は?」」
警備兵に連行されそうになった俺は拘束を振り切って逃げようとすると、彼女に引っ張り寄せられて抱き締められた。
この日、俺は何故か彼女──『フラウ・ヴァン・ドラクル』に買われてしまったのだった。