時刻は夕方…そろそろ、爺の言う客人って奴が来る筈なんだが…。
「なんで、こんな所で話をするんだよ?」
俺と爺が居る場所は、母屋から渡り廊下を挟んだ場所にある離れ。
普段は殆ど使われる事のねぇ部屋だ。
(しかも…)
部屋の四隅…丁度東西南北に位置する柱には札が貼られている。
紅い墨で月の絵と『封』の文字が書かれた札。
まるで、温泉旅館の噂で聞く魔除けの札みてぇだし。
こんな場所に客を招くなんて、どうかしてんじゃねぇのか?この爺。
「……」
客を招いた当の本人である爺は、俺の向かいに座って瞑想してやがるし…全く訳が分からねぇ。
そんなとき、爺が漸く眼を開けた。
「…来たか」
言葉の意図が分からず、爺に聞こうとした時だ。
「!」
どこか、嗅ぎ覚えのあるニオイを感じた。
それと同時に、自分に起きている異変に驚く。
そのニオイが何処からするのかがハッキリと分かる。
家の門の前だ。
それが、次第に此方に近づいてきている。
それにつれて、ニオイも濃くなってくる。
…って、ちょっと待て。
なんで、俺はこんなに鼻が利くようになってんだ?
「焦るな。まだ客人が着いとらんだろうが」
俺の様子に気づいた爺が声をかけてくる。
最初は分からなかったが、爺の言葉を聞いて悟った。
爺も…此方に近づいてくる奴のニオイに気づいた。
だから、『来たか』なんて言いやがったのか。
不意に、部屋の戸が開いた。
俺と爺は、やってきた奴を見る。
やってきたのは、女だった。
俺と変わらないか、少し上くらいだろう。
背は俺より低い…胸元か、それより下くらいだ。
肩程のショートカット。
整った顔立ちに赤縁の眼鏡。
どこか、昨日会ったビラ配りの奴に似ている。
だが…。
ソイツを視界に入れた瞬間、俺は妙な感覚を覚えた。
まるで、格の違う相手を前にしたような威圧感を感じる。
(なんなんだ?コイツ…)
訝しげに女を見ていると、爺はソイツに向かって頭を下げ
「ようこそおいでなすった、蒼那嬢」
小さく微笑んだ。
俺の前に、二人の人間が座っている。
一人は言わずもがな俺の爺…大神玄狼斎。
もう一人は…
「ちゃんと会うのは初めてですね…はじめまして、大神真人くん」
そう言って、小さく笑う女…支取蒼那。
はっきり言って、コイツは何だ?
見た目は普通の女だ。
だが…コイツから感じる威圧感とニオイは普通じゃねぇ。
特にニオイだ。
あのクソ女とは違うが、少し嫌なニオイを感じる。
なんというか、人とは違うニオイ、と言えば良いんだろうか。
本当に、本当にコイツが俺に起きている事を教えてくれるのか?
「所で…大神さん、あの札は?」
「あぁ、お気に召されるな。あの札が効力を示すのは、儂とそこの愚孫だけじゃ」
支取も柱に貼られた札に気づいたのか、爺に聞いていた。
つか…俺たちだけにしか効力がない魔除けってなんだ?
「さて…それでは始めるとするかの」
俺達の疑問を他所に、爺は眼光を鋭くして俺を睨んできた。
その表情に、俺も表情を険しくする。
知りたい事は、全部で二つだ。
あの夢が現実だと分かった今…どうして俺とイッセーが生きているのか。
そして…ついさっきの爺と俺の共通した異変。
これが、俺の知りたい事だ。
「まずは、蒼那嬢から話した方が良かろう。儂の話は少々複雑故な」
「分かりました」
爺の言葉に頷くと、支取が俺の方を見てきた。
「まず…大神くんには知っておいて欲しい事があります」
支取の表情は真剣そのものだ。
これから話される事はジョークじゃねぇ。
自然と、固唾を呑み込む。
「大神真人くん…貴方は昨夜、人として死にました」
その言葉を口火に、支取は語り出した。
冥界…地獄の覇権を巡って争う悪魔と堕天使。
さらに、悪魔と天使を倒す為にやってくる天使...それらが三竦みでいがみ合う世界。
オカルトな存在がこの世に存在している、なんて言いやがった。
「それは良いとしてよ…俺が生きてんのとお前に何の関係があんだよ?」
支取の言葉を鵜呑みにする訳じゃねぇが、突っ込んでたら話が進まねぇしな。
話を聞いていた時に浮かんだ疑問を聞いてみた。
「…これに見覚えがあるかしら?」
俺の質問に支取は、一枚のビラを取り出してみせた。
「あなたの願い叶えます」という謳い文句と変なマークの書かれた、あのビラだ。
血痕が着いていることから、昨日俺が持っていたものだろう。
「昨日、貴方が私の使い魔から受け取ったものよ。これで、私は貴方に呼ばれたの」
「呼ばれたって…」
それじゃ何か、支取は本当にさっき言ってた奴のどれかだってのか?
俺の疑問に答えるように、バサッという音とともに、支取の背中から蝙蝠のような翼が生えた。
「支取蒼那というのは、こちらで生活するための名前。私の本名はソーナ・シトリー…悪魔よ」
支取が自己紹介をした後、俺の後ろでもさっきの音がした。
「は?」
肩越しに背中を見れば、支取と同じ蝙蝠のような翼が生えている。
…待てこら、なんだこれ?
「最初に話したわよ?貴方は人として死んだって…今の貴方は、これを使って悪魔に生まれ変わったの」
あまりに予想外な光景に呆気にとられてると、支取はクスクスと笑いながら懐から赤い駒を取り出した。
「『
「なんで、俺が悪魔に…」
「昔からの常識よ?悪魔は人の願いの代価に命や魂を受け取る。私は、貴方の生きたいという願いを叶える代償に消えかけてた人としての命を受け取り、悪魔としての命を貴方に与えた」
それが貴方が今生きている真実よ、と支取は言葉を切った。
予想外どころじゃねぇ真実の暴露で頭が混乱してるが、分かった事がある。
一つは、俺は支取に命を拾われた。代わりに人間やめちまったけど。
もう一つは…。
「ってことは、イッセーの奴も」
「えぇ、私の友人であるリアス・グレモリーによって悪魔に転生してるわ」
イッセーも人間やめちまってる、ってことだ。
「…」
混乱した頭を一旦リセットするため、煙草を咥える。
ライターで先端に火をつけ、独特の煙を漂わせながら肺にキツめのメンソールの香りを流し込む。
次第に頭も落ち着いてきた所で、近くにあった灰皿に煙草を押し付けると、俺は胡座をかいたまま支取に深々と頭を下げた。
「大神くん?」
「ありがとうな、俺と…ダチの命を助けてくれて」
俺たちは、人間をやめることになっちまった。
だが、中身は変わらない。
俺は俺で、イッセーはイッセーだ。
だから、どんな形であれ命を拾ってくれたコイツに感謝こそすれ怨むことはしねぇ。
俺の知りたかった事は分かった。この話は、これで終わりだ。
「で、だ…」
俺は、爺を見た。
爺は、ただ眼を閉じたまま話を聞いている。
「次はテメェの番だぜ、爺…あの札と言い、訳の分からねぇ事ばかり抜かしてたよな?」
「私も気になります。昨夜お会いしたときも、貴方は私の事に気づいている様子でした」
俺と支取は、黙ったままの爺を見る。
爺は、ゆっくりと眼を開けて小さく溜め息を吐いた。
「話すとするか…儂ら、大神の血族の秘密を」
「大神の血族って…どういう事だ?」
爺の言葉に、俺は眉間に皺を寄せる。
「あの札といい、何か関係しているのか?」
「…あの札は月封じ。月が及ぼす力を弱めるものじゃ」
柱に貼られた札を指差せば、爺は小さく頷きながらそう答えた。
支取を見れば、何か考えている様子だったが、爺を見て口を開く。
「大神さん、貴方…いえ、貴方達は」
「概ね合っておるよ、蒼那嬢。真人、儂らの血族は…人ではない」
支取の言葉に頷くと、爺は俺にそう言ってきた。
「いきなり言われても訳が分からんじゃろうがの…儂ら大神の父祖は、神代の時代に生き、忘れられた…『獣の姿持つ神』じゃ」
爺は一旦話を区切ると立ち上がり、おもむろに柱に貼られた札の一枚を剥がした。
「!」
異変は、直ぐに起きた。
(なんだ、これ…)
身体の奥で何かがざわついているのを感じる。
力が熱となり、外へ出ようと身体の中を暴れ回る。
「父祖の血は人の世では受け入れられん。じゃから、儂らは人と交わり、父祖の血に枷を掛けた」
言葉を紡ぎながら移動した爺は、二枚目の札に触れ…一気に剥がす。
身体の熱が増し、異変は眼に見える形で起き始めた。
手足の爪が鋭く、尖ったものへと伸びて行く。
それどころか、皮が裂け、銀色の毛に覆われた新しい皮膚が顔を出した。
「その甲斐あって、儂らは人とほとんど変わらぬ力と姿を手に入れた。じゃが...」
爺が言葉を続ける間も、身体の異変は止まらない。
メキメキと音をたてながら身体が膨張し、堪えきれなかった上着が引き裂かれる。
さらに、蛹から蝶へ羽化するように背骨に沿って皮膚が裂けた。
それでも血は一滴も流れず、代わりに毛に覆われた皮膚が身体を覆っていく。
「中には、生まれつき父祖の血が濃かったり…某かの要因で先祖還りをする者が居る。お前は後者じゃな」
顎が伸び、歯が鋭い牙になる。
目鼻と顎を毛が覆い、耳が尖ったものに変わった。
「悪魔に生まれ変わった事でお前の中の枷は外れ…そして」
身体の奥の熱が治まらない。
内側から沸き上がる衝動を押さえられない。
暴れ回る衝動に、本能に抗うように床に爪をたてる。
「お主の中に宿る、獣の血が目覚めた」
「ウオォォォォォォォォォ!」
そして…爺の言葉と、俺の雄叫びが重なった。
あ〜、なんと言うか自分でも何書いてるのか。
一応、前回の補完になれたでしょうか?
ちなみに、今回の真人の変身シーンは映画「ヴァン・ヘルシング」に登場するウルフマンの変身を参考にしました。