短い平和だったっス……。
その小さな牢獄でアタシは絶望の吐息を漏らした。
牢獄は中は薄暗く、不快な圧迫感が身体を包み込んでいる。
光はかろうじて牢獄に空いた小さな2つの穴から差し込むのみだ。
身体が重い。
腕が、足が、身体全体が自分のものではないかのようだ。
それはそうだろう。
アタシ身体はもうヒトの形をしていないのだから。
関節という関節は太く膨れ上がり、頭と胴体はもはや区別がつかなくなっている有様だ。
目も耳も口も仮初めのものでしかなく、かろうじて心だけがまだヒトの形を保っている。
だが耐えなければならない。
これはアタシの罪に対する罰なのだ。
犯した罪が許されるまでこの地獄が終わることはない。
だからアタシはこの言葉を届けなければ。
2つの光が差し込むあの向こう側の世界へ。
乱れる息を整え、アタシは大きく息を吸い込み叫ぶ。
「いらっしゃいませ。言峰食堂へようこそ! 今日もマスターの皆さんを至福のお食事タイムへご招待するム~ン!」
ボイスチェンジャーで変換された甲高い声が学生食堂に響き渡った。
耳につけたインカムからアタシをこの地獄に叩き込んだ外道シェフ言峰の声が聞こえる。
『その台詞はバク転した後に横ピースをしながら言えと教えただろう。やり直しだ』
「できるかぁ!!」
『やってもらわなければ困る。今のお前はジナコ=カリギリではない。私が発案した完全無欠のキャラクター。汎用月型営業兵器『るなっしー』なのだからな』
第2回戦猶予期間4日目の昼下がり。
マスター達が昼食をとろうと集まり始めた学生食堂に奇妙なモノが存在していた。
黄色のカラーで統一された三日月型のボディ。
ボディの中央にはうつろな瞳と半開きになった口がさも適当に描かれている。
その胴体とも顔ともとれる部分から太い手足が直に生えていた。
飾りといえば三日月の頭頂部にちょこんと乗った小さなシルクハットのみ。
そしてその口(仮)からはキンキンと頭に響く高音域な声を撒き散らす。
その異様はなごやかな空間であった学生食堂を一瞬にしてカオスの渦に巻き込んでいた。
製作者の狂気と混沌が具現化した月の怪物。
それが今アタシが装着している着ぐるみ、その名も汎用月型営業兵器『るなっしー』である。
『その他にも台詞に合わせて108通りのモーションを考えてある。次は『今日もマスターのみんなに会えて嬉しいムーン!』と叫びながら3回転ジャンピング1回捻り土下座を――――』
「だからできねーって言ってるっス! ていうかその台詞でなぜ土下座!? 台詞とモーションが全然合ってないじゃないっスか!」
カウンターの中に立っているアタシは厨房の方を向きながら狭い視界で言峰を睨む。
着ぐるみには目の部分に2つ小さな穴が空いているだけなのだ。
『恨むなら今朝盛大に遅刻した自分自身を恨むのだな。次に粗相をしたら着せると予告しておいたというのにもう次の日にやらかすとは。もしかしてわざとかね? 本当は私の改心作のゆるキャラを着てみたくて仕方がなかったのではないか?』
「妄想乙。ゆるんでるのはアンタの頭のネジの方っス」
くそぅ、これというのもみんな昨日見たあの変な夢モドキのせいっス。
あの後起きたら完全にアウトな時間だったんスよね。
起こしてくれるはずのカルナは『起こすべきではないと思った』とか意味不明なこと言うし。
昨日はラニさんに対して「着ない」と宣言したにも関わらず、結局犯した罪(遅刻)に対する罰としてこの着ぐるみを着ることになっちゃったっス。
着てみて分かったことだが(いや着る前から分かってたけど)この着ぐるみは最悪だ。
はっきり言って滅茶苦茶重い。
昨日の言峰の話では総重量20kgという話だったがもっと重く感じる。
『ちなみに現在るなっしーの総重量は30kgだ』
「増えてるじゃないっスか! はっきり言ってさっきから一歩も動けないんスけど!?」
心を読んだようなタイミングで聞こえた言峰の声にアタシは思わず突っ込む。
『私なら問題ないが20kgという重量はお前にはきついだろう。そこで着ぐるみに魔力を流せば軽くなるように細工を施したのだ。しかしその結果重量がさらに重くなってしまってな。いや全く私としたことが痛恨の設計ミスだよ。くくく……』
絶対にわざとだな。
狭い視界で見えないけど厨房で暗黒微笑してる外道シェフのイメージ余裕っス。
とはいえこのままでは動くこともままならない。
アタシは目を閉じると身体を包む着ぐるみに魔力を流す。
直に触れているのならアタシでもパスなしで魔力を送るくらいはできるのだ。
まぁそれでもできるようになったのは最近なんだけど。
自演の設計ミスはあるものの細工自体はきっちり働いたようで全身を押しつぶすようにかかっていた重圧が目に見えて軽減される。
『流す魔力量に比例して軽くなっていく仕組みだ。それを着ているからといって仕事に手を抜くことは許さん。常に一定の魔力を流して動けるようにしておけ』
「ちょ!? それって常に魔力を放出し続けろってことじゃないっスか!」
『無論だ。動かない置物に用はない。るなっしーの使命はここに来るマスター共のふところを焦土と化すまで蹂躙することなのだからな。分かったら返事の後に『ム~ン』をつけたまえ』
「その語尾はもうやめないっスか? ジナコさんさっきやって軽く死にたくなったんスけど」
『るなっしーの重量はまだ増やす余地があってな。私の機嫌を損ねるとうっかり余計なオプションを盛ってしまうかもしれん。この意味が分かるのなら返事の後に『ム~ン』をつけろ』
「わっかりましたム~ン! るなっしーは言峰軍曹に一生ついていきますム~ン!」
ファッキューキレイ、地獄に落ちろ。
心の中で言峰を呪いながらアタシはヨタヨタとおぼつかない足取りで仕事を始める。
「こんにちはジナコ。今日はまた一段とすごい恰好をしてるね」
「もしかしてそれが『るなっしー』ですか? 興味深いです」
声のした方を振り向くとカウンターの向こうに岸波白野とラニⅧが立っていた。
「2人共いらっしゃいませだム~ン! ご注文は何かム~ン?」
「白野さん、ミス・カリギリはどうしたのでしょうか。言動に著しい乱れが……ハッ! もしやこれが『るなっしー』の精神攻撃? 周囲ではなく装備者自身の精神を崩壊させる自決用礼装だというのですか。なんて新しい」
「いや違うと思うよラニ……」
いや違わないっスよ白野くん。
周囲のドン引き視線にさらされながら耳元では常に外道シェフの無茶振りを聞かされ、着ぐるみに魔力を奪われながら羞恥心をかなぐり捨てて『ム~ン!』と叫び続けなければならないんスよ?
完全にアタシを殺しにきてるよねこの着ぐるみ。
「でも良かったよ。ジナコが『神隠し』にあってなくて」
「神隠しってどういうことだム~ン?」
「昨日の夜から校内でマスターが行方不明になるという現象が起こっているのです。私の調べでは2回戦に進んだマスター64人のうち少なくとも20人の行方が一夜にして分からなくなっています」
決戦を待たずにマスターの姿が消えるというのは実はありえないことではない。
アリーナでエネミーにやられたり、決戦前にマスター同士の私闘に敗れたり、血の気の多いサーヴァントに校内で襲われたりなど。
残った64人のマスターの中には7日後の決戦日にたどりつくことなくそのアバターを消滅させる者もいるだろう。
しかし一夜で20人も消えるという事態は異常だ。
アタシのような未熟なマスターならともかく基本的にこの聖杯戦争に参加しているのは百戦錬磨の魔術師達なのである。
そんな魔術師達20人が同じタイミングで先程あげたようなヘマをするだろうか?
可能性としてはゼロに近いだろう。
「おそらく偶然ではなく人為的なものでしょう。だとすれば一夜にして20人のマスターを飲み込むような存在がこの校舎内にいるということになりますが」
ラニは淡々とした口調で恐ろしいことことを言う。
この着ぐるみ相手に今日を生き残れるかすら怪しいというのに、そんなものが校内でヒャッハーしてるのかと思うと絶望感が止まらない。
「そういうことだからジナコも気を付けて。あまり遅い時間に校内を歩かない方がいいと思うよ」
ほどなくして出てきた料理を受け取りカウンターを離れていく2人を見送った後アタシは厨房の方を振り返る。
「ということみたいだから今日は早退させていただきますっス!」
「却下だ。あと今『ム~ン』がなかったから1kg追加決定」
「ありえないんだム~ン!!」
外道シェフの無情な一言にアタシはがっくりと膝をついた。
『るなっしー』は月型営業兵器だよ!
型月営業兵器じゃないからステマはしないよ!