マジっスか!?
ああ、本当さ(ゲス顔)
「今日は食堂の仕事が終わったら校舎の見回りをお願いします」
聖杯戦争2回戦5日目。
そろそろ食堂の営業時間も終わろうかという夕方のこと。
久しぶりに食堂に姿を見せたカレンが放ったのはそんな無慈悲な一言だった。
「このアタシの姿を見てよくそんなことが言えるム~ン……」
かすれた声でそう言ったアタシは今日も『るなっしー』の着ぐるみを着せられている。
理由は昨日と同様遅刻した罰だ。
アリーナでの食材集めに気を取られていたアタシは決戦に必要な『起動鍵』を取得することを完全に忘れていのだ。
今朝になってそれを思いだし大急ぎで2つの起動鍵(さすがにこれは食材にされていなかった)をとったアタシだったが食堂の出勤時間には間に合わず、その結果今日もこの虐待着ぐるみを着用しているのである。
一日中るなっしーに体力と魔力を搾り取られ続けたアタシは今や完全に出涸らしのティーパックのような状態になっていた。
「『キモイ』『こっち見んな』『全裸にシルクハット最高です』と言われながら外道シェフの無茶振りに耐え続け、ようやく……ようやく今日もこの地獄が終わると思ってたんだム~ン! この後は部屋に帰ってさっき厨房からくすねたプレミアムロールケーキで甘味OH祭りをする予定なんだム~ン! そんなアタシにこの後まだ仕事をさせる気なのかム~ン!?」
「何を言っているのですか。あなたはこの月海原学園の用務員なのですよ? 校舎の見回りをするのは当然でしょう。決してもうすぐ帰れると思っていたブタ子さんが絶望に打ちひしがれるところを見たかったわけではありませんよ」
そう言うとカレンは言峰そっくりの薄笑いを浮かべる。
さすがあの外道シェフの上司は格が違ったっス。
こいつに従業員への思いやりを期待したアタシが馬鹿だった。
例えどれだけアップデートを重ねてもこの女の心に「慈愛」なんてものが実装されることはないんだろうね。
「とにかく今日は食堂の仕事が終わったら校舎の見回りをして戸締りのチェックをしてください。今のあなたは猶予期間を私に売り払っている身。命令に対する拒否権はないはずです」
そう言ってカレンはアタシの首にかかった『赤いワンちゃん』を指差す。
ぐぬぬ……そう言われては何も言い返せないっス。
かくなる上はっ!
アタシは藁にもすがる思いでインカムに叫ぶ。
「言峰料理長閣下! ここは2人で手分けして校舎の見回りを――――!!」
『私は定時で失礼させてもらおう。あとプレミアムロールケーキは没収だからな』
「デスヨネー」
さよならアタシの甘味OH祭り。
こんばんわ夜中のサービス残業。
こうしてアタシの5日目の仕事はまさかの延長戦へと突入したのだった。
この電脳空間においてもきちんと夜は訪れる。
空にあるのが仮初の太陽でそれを動かしているのがムーンセルであったとしても、アタシ達は何の疑問も持たずに仮初の日の出と共に起床し、仮初の日没と共に眠りにつくのだ。
そう、生物は太陽の下で活動することこそが正しいあり方なのである。
つまりアタシが何を言いたいのかというと。
「陽が落ちた校舎でこうして見回りをしてるアタシは人間として間違っているのではないかということっスよ! そこんところどうなんスかねカルナさん!」
「強引な理論武装で己が怠慢の責任を太陽になすりつけるとはな。俺の前でそれを行う蛮行はもはや賞賛されていいかもしれん」
そう言ってアタシの隣を歩く太陽の化身はため息をついた。
「久しぶりに出てきたと思ったら嫌味っスか。食堂の仕事中は呼んでも出てきて手伝ってくれないくせに」
「当たり前だ。保護者同伴で仕事をする社会人がどこにいる」
身も心も疲れたアタシに優しくしてくれる人はいないんスかね。
泣きそうっス女の子だもん。
体力と魔力が尽きかけた身体を引きずりながら懐中電灯を片手にまずは1階の教室をのぞいて回る。
室内に誰もいないことを確認し、窓の鍵が閉まっていることをチェックしていく。
「で? その保護者サマはどうしてこの見回りには出てきてくれたんスか? 保護者同伴で夜の見回りをする用務員もいないと思うんスけど」
「虫の知らせというやつだ。例の『神隠し』の件といい、嫌な予感がするのでな」
なんの前触れもなく校舎からマスターの姿が消える事件は今日になっても続いていた。
ラニさんは人為的なものだと言っていたが、マスターやサーヴァントが動いているのなら何かしらの痕跡や目撃者がいそうなものなのだがそれもない。
基本的に校舎内で他のマスターを襲うのはルール違反なのだが、誰が何をやっているのか分からない以上ムーンセル側も対処のしようがないというのが現状だった。
カルナの言葉にアタシは自分のおかれている状況を再確認する。
急な仕事で神隠しの噂がある校舎を夜に見回ことになった美人用務員(←アタシ)。
あれ? これ嫌なフラグ立ってない?
「こ、こうしちゃいられない。早いところ見回り終わらせて帰るっス! 『その後ジナコの姿を見た者は誰もいなかった』とか勘弁っスよ!」
アタシは疲れた身体に鞭を打って足早に次の教室の前へたどり着くと扉を開ける。
「――――ッ!? いかん! その部屋に入るなジナコ!!」
その時突然焦ったようにカルナが叫ぶ。
しかしその声が聞こえた時にはアタシの足はもう部屋の中へと踏み込んでいた。
「え……」
その瞬間辺りの景色が一変する。
何が起こったのか分からないアタシの目に映るそこはすでに月海原学園の教室ではなかった。
あったはずの机や椅子は消失し、壁は窓すらない黒くのっぺりとしたものに変質している。
そこには消えた壁掛け時計や掲示物の代わりにチョークで描いたような白線で人の形が何十と描かれていた。
振り返ると入ってきたはずの扉も消失している。
「私のシークレットライブ会場にようこそ間抜けなマスターさん」
奇妙な甘い香りが立ち込めるその空間の中央にアタシの目は吸い寄せられた。
そこにいたのは人型でありながら硬質なの角と尻尾を持つ異形の少女。
何度か顔を合わせている対戦相手のサーヴァント、ランサーだった。
アイエエエエエ!? ランサー!? ランサーナンデ!?
夜の教室がいつのまにこんな不思議空間に!?
「あら、誰かと思ったらトド女じゃないの。相変わらず血の質が悪そうな身体してるわね」
ランサーはアタシを見ながら獰猛な笑みを浮かべる。
それはかかった獲物を品定めするような捕食者の表情だった。
アタシは本能的に悟る。
目の前にいるサーヴァントは人間を貪る怪物なのだと。
「カルナ!」
アタシはすかさず身を守るべくカルナに呼びかける。
だがこの危機から自分を守るはずのサーヴァントは現れない。
アタシの声はこの奇妙な空間に虚しく響いただけだった。
「無駄よ。ここに招待されるのはマスターだけ。あの生意気なサーヴァントは今頃あなたの消えた教室で途方に暮れているんでしょうね。いい気味だわ」
「じゃあ、最近マスターが突然消えていたのは……」
「そう♪ みんなこのシークレットライブに招待されてたってわけ。今じゃみんな私のファンになって毎晩歌をせがまれるのよ」
そう言ってランサーが指差したのは壁に描かれた人型達だった。
「うあぁ……うあぁぁあ……」
「暗い……何も見えない……」
「助けて……誰か助けてくれ……」
四方の壁から弱々しい悲鳴が聞こえてくる。
どう聞いても歌のリクエストとは思えないんですがそれは……。
ていうかもしかしてあの人型がここにきたマスターの末路っスか!?
ひぃ、あんな形で2次元の住人にはなりたくないっス!
「さぁ、ライブを始めましょう。その身体に流れる血を一滴残らず私に捧げなさい」
ランサーがゆっくりとアタシに近づいてくる。
それは血と狂気のライブの始まりだった。
「やられたな。まさか目の前で連れ去られるとは……」
ジナコを追って教室に飛び込んだカルナは悔しげに声を漏らす。
ジナコが教室の扉を開いたその刹那。
それまで全く感じられなかった覚えのあるランサーの気配が教室の中に突如現れたのだ。
瞬時にそれを察知したカルナだったが警告した時にはすでに遅く、彼の主の姿は教室から跡形もなく消えていたのである。
まさにそれはここ数日頻発している『神隠し』だった。
(予感的中というやつか。しかしまんまとやられていれば世話はない)
とりあえず悔やむのは後だ。
カルナはまずジナコとのパスを確認し、それが切れていないことに安堵する。
どうやら生きてはいるようだが、あのランサーに連れ去られたのなら状況は一刻を争う。
カルナはジナコを危険から守る為にある『保険』をかけているが、それでもサーヴァント相手では十分だとは言い切れない。
カルナは己の主を救出するべく思考する。
ジナコの気配は教室の中はおろか校舎からも消えている。
そしてあの時感じた気配の不自然な現れ方を考えると。
(別空間に引きずり込んだということか)
誰かが教室の扉を開くタイミングで室内が別空間に変わるようトラップが仕掛けられていたのだろう。
あの時どうしてジナコを先に行かせてしまったのか。
自分が先か少なくとも同時に教室に入っていればジナコを一人でランサーの前に立たせるようなことはなかったものを。
「いえ、あなたが何をしても結果は同じだったでしょう」
響く声に続いて虚空から漆黒の修道福を着た銀髪の少女が現れる。
教室に降り立ったカレンは教室の壁に触れると目を閉じた。
「元の空間と巧妙に重ね合わせた上でサーヴァントだけを弾くようにフィルターがかけてあるようです。どのタイミングで入ったとしてもあなただけはこちらにとり残されたでしょうね」
「まさか、ランサーのクラスにそんなことができるものなのか?」
タイミングの良すぎるカレンの登場に不審なものを感じながらカルナは尋ねる。
「さぁ、それはなんとも。あのランサーの能力なのかもしれませんし、マスターのスキルなのかもしれません。ですがそれも今日までです。ブタコさんの位置はこちらで追跡していますので彼女をこちらに引き戻した後、首謀者には然るべきペナルティを与えるとしましょう」
カレンはそう言うと壁に触れている手に力を込める。
教室の壁に追跡術式が走り、ジナコの連れ去られた空間を特定しようと捜索を開始する。
「空間の特定に少し時間がかかります。あなたはそこでおとなしく――――ッ!?」
そう言いながら振り向いたカレンの言葉が途切れる。
瞬時に具現化されたカルナの槍が彼女の白い喉元にピタリと突きつけられていた。
「……何の真似です? 私は先程『あなたの主をこちらに引き戻す』と言ったはずですが」
「これまでの神隠しではマスターを救出することはおろか追跡すらできなかったというのに、今回は随分と手際がいいのだな。お前はこうなることが
「……」
カレンはしばらく黙っていたがやがて諦めたようにフゥと息をはいた。
「ええ、そのとおりです。『神隠し』のからくりを暴くためブタコさんには囮になってもらいました。彼女の首についている『赤いワンちゃん』を通してあらかたのことは分かりましたので、後は巻いた餌を回収すれば終わりというわけですよ」
「貴様……」
己がマスターを餌扱いされたカルナの槍に力がこもる。
だがそんな彼を見てカレンは肩を一つすくめただけだった。
「分かったらその物騒な槍を引っ込めてくれませんか。このままでは怖くて作業に集中できません。回収する前に餌が食べられてしまってはお互い困るでしょう?」
「くっ……!」
悔しげにうめいたカルナの槍が消失する。
それを確認するとカレンは再び壁の方に向き直り追跡の作業を再開した。
(そう、食べられてしまっては困ります。『あの女』が出てくるまでは……ね)
追跡作業を続けながらカレンはジナコを引き戻す術式を組んではいなかった。
彼女がジナコを囮にして釣り上げたかったのはあのランサーではない。
あれだけ大掛かりな陣地作成にはおそらくあの女がかかわっているはずだ。
本命が餌に食いつくまでカレンは垂らした竿を引き上げるつもりはなかった。
(引き戻してはあげますよ。それが無残な亡骸であってもね)
カルナに背を向けたままカレンは酷薄な笑みを浮かべたのだった。
ユリウス「獲物とられたお(´・ω・`)」