え、加齢?
……遺言はそれでいいっスか?
やめてぇ! 続きが書けなくなるぅ!
キメ顔で名台詞を叫んだアタシをランルーさんとエリザが驚愕の表情で見つめていた。
先程まで手足を失って死にかけていたマスターが、いきなり金色に光ったと思えば五体満足で立ち上がったのだ。驚かないわけがない。
その隙をついてカルナは大きく飛び退るとアタシの傍に着地する。
「元気そうで何よりだジナコ。しかし先程の口上はどうにかならなかったのか? あれは確か昨日みていたアニメの……」
「ネタバレは禁止っス! そっちこそ死の淵から復活したマスターに暖かい言葉の一つもかけられないんスか? もう少しアタシの体を心配してくれてもいいと思うんスけど」
「元よりお前の体を心配してはいない。『鎧』がお前を守ることは分かっていたからな」
ウチのサーヴァントが冷たすぎる件。
カルナさんは心がタワシで出来てるんスか……。
アタシはがっくりと肩を落としながら左手を軽く振り、両足で石畳の感触を確かめる。
驚いたことに食いちぎられた手足は完全に元通りになっていた。
どうやらこの『黄金の鎧』は卓越した防御性能だけでなく、欠損部分を再生するレベルの治癒能力まで持っているらしい。
なんつーチート宝具。
確かにこれだけの代物に守られているなら心配いらないっスね。
イマイチ納得できないものがあるけど。
抗議の視線を送るアタシの顔を見るとカルナはふっと表情を緩めた。
「あれだけの苦痛を受けて発狂しなかったことは幸いにしても、戦えるような状態ではないと思っていたのだが……どうやらそちらも心配ないようだな」
心の方の心配はしてくれてたってことなのかな。
カルナさんの気遣いは分かりにくいから困るっス。
「正直ピチュる一歩手前までいってたんスけどね。ちょっと負けるわけにはいかない事情ができちゃったんスよ」
アタシがここで負ければ校舎に戻ったランルーさんが次に狙うのは白野クンなのだ。
自分と同じくらいの力量である彼が《bite_gluttony()》の牙から逃れられるとは思えない。
白野クンが食べられる。
そのことにどうしてこんなに怒りを覚えるのかは自分でも分からない。
付き合いで言えば1回戦の時に出会ってから食堂でたまに話をするだけだし、初対面で一目惚れをしたわけでもない。
妙に懐かしい感じがしたり安心できたりする相手ではあるけど、彼との関係は「知り合い」の域をでないものである――――はずだ。
その時一瞬記憶の世界で見た「ジナコ」の笑顔がフラッシュバックする。
その笑顔を向ける相手は……。
「呆けている時ではないぞジナコ!」
「へっ?」
カルナの言葉でアタシは我に返る。
気が付くと地面に大きな魔法陣が出現していた。
「手足が再生するのなら丸ごと頂くまでです」
いち早く冷静さを取り戻したランルーさんは即座に《bite_gluttony()》を放っていたのだ。
魔法陣から現れた巨大な咢にアタシは手足どころか身体ごと丸呑みにされる。
しかしそこまでだった。
アタシを飲み込んだ咢は内側からの黄金の光によって粉々に吹き飛ぶ。
鎧の加護は今も消えておらず、尚もアタシを守っているのだ。
「あ~びっくりしたっス」
「全くこれではおちおち目も離せん。やはり鎧を譲渡したのは間違いではなかったな」
「め、面目ないっス……」
そうだ、今は考え事をしてる場合じゃない。
この感情の理由を探すのは後回しだ。
「あの時の防御礼装か。どうやら思ってた以上の性能みたいね」
「ならば正攻法で倒すまで。食べられない御馳走なんてもういらないわ。勝負を決めましょうエリザ。お腹がすいて仕方がないんだもの」
「OKランルー。それじゃあフィナーレと行きましょうか!」
エリザから凄まじい魔力が立ち上る。
彼女は手にした長大な槍をくるくると回すと勢いよく石畳に突き刺した。
「出でよ監獄城チェイテ!!」
エリザが叫ぶと同時に地面が激しく鳴動し、巨大な城が石畳からせりあがるように現れる。
見た目は中世の古城のようだったが左右にはなぜか大きなアンプが配置されていた。
「城! 城が出たっスよカルナさん! それならこっちは宮殿っス。アタシも金ピカでいい感じのゴージャスパレスが欲しいよカルえも~ん!」
「お前の間違った対抗意識とアニメ脳は置いておくとして。気を付けろジナコ。あの城はただの見かけ倒しではないようだ」
エリザとランルーさんはまるでステージのような広いテラスに飛び乗るとこちらを見下ろす。
「これがアタシの専用ステージ『監獄城チェイテ』よ。このステージを特等席で見られる幸せをかみしめながら死ぬといいわ」
そう言うとエリザはマイクスタンドのようにステージに突き刺さった槍を引き寄せる。
彼女はマイクのような形状をした先端に口を寄せると大きく息を吸い込んだ。
「『
ステージから爆音と共に強力な衝撃波が放たれる。
広範囲にばらまかれた音の塊がカルナを激しく打ち据えた。
「なるほどやっかいだな。それが貴様の宝具。音と振動を増幅させた竜の咆哮というわけか」
「まだAメロよ。ラストパートまで立っていられるかしら?」
不敵に笑うエリザから続けざまに衝撃波が放たれる。
形がない音の塊は防御が難しく、広範囲にばらまかれては回避もできない。
カルナはなんとか接近しようとするがその度に押し返され傷が増えていく。
「大丈夫っスかカルナ?」
「大したことはない。しかしこのまま一方的な距離で攻撃を受け続けるのはまずいな。どうにかして接近できればいいのだが」
広範囲に放たれる衝撃波を回避するのはまず不可能。
防御しながら接近しようとしても、威力が凄まじく押し返されて傷を負うだけだ。
だがそれは今の防御力ならばの話。
幸いアタシ達にはそれを補う手がある。
「もう一度『
「危ない賭けだが向こうが宝具を出している以上こちらも勝負をかけなければなるまい。近づいて渾身の一撃を見舞ってやるとしよう」
「ちなみにカルナさんの宝具は?」
「ふむ、お前が魂を――――」
「わかった。もういいっス……」
やり取りを終えるとカルナが『
耳輪の加護がカルナの身体を包むと同時に彼は地を蹴っていた。
風のように最短距離を駆け抜けエリザに肉薄する。
監獄城チェイテから立て続けに衝撃波が放たれるが、加護を受けたカルナを押し戻すまでには至らない。
カルナはジリジリと間合いを詰め、エリザが立つ監獄城チェイテのステージまでたどりつく。
「ステージにまで上がってくるなんて躾のなってないファンね」
「血の臭いがする女は趣味ではないと言ったはずだ。機は熟した。ここが貴様の死地と知れ」
「その言葉そっくりそのままお返しするわ。馬鹿ね、誘い込まれたとも知らずに」
間近に迫ったカルナに対してエリザは指を一つ鳴らす。
すると城の左右に配置されたアンプが大きなハウリング音を吐き出した。
「この距離なら申し分ないわ。チェイテの最大出力でヤワな加護ごと消し飛ばしてあげる」
エリザの言葉にアタシは愕然とする。
彼女はカルナが接近してくるのを待っていたのだ。
先ほどまでの攻撃は広範囲をカバーすることにより回避を困難にしていたが、その分威力も拡散していたと言える。しかし両者の間合いが詰まったことによりエリザは攻撃範囲を絞ることができるようになった。
攻撃の特性上ステージから動けない彼女にアタシ達はまんまと誘い込まれたのだ。
このままでは収束された竜の咆哮が最大出力でカルナに放たれるだろう。
拡散したものでもあの威力だったことを考えれば、エリザの言うとおりカルナが耳輪の加護ごと消し飛んでもおかしくない。
どうするどうするどうする。
1回戦でもアタシはアルクェイドの宝具からカルナを守ることができなかった。
2回戦でもまたそれを繰り返すのか。
このままアタシが何もできなければカルナの身体は消し飛び、アタシはムーンセルに死を宣告され、白野クンはあの女に食べられる。
そんなのまとめて許せるわけがないじゃない。
アタシの意志に呼応するかのように身体を包む黄金の光が輝きを増す。
前にカルナは言っていた。
この『黄金の鎧』は自分の分身なのだと。
ならば確信がある。
この鎧はアタシの意志に必ず応えてくれるはずだ。
カルナに魔力を送った時の感覚を思い出す。
やり方は同じ。ただ今回は送る「モノ」が違うだけだ。
アタシの意志に応え黄金の光が徐々に令呪の刻まれた右手に集まり始める。
右手にわだかまる光に意識を集中し、
令呪から繋がっているパスを確認し、
”それ” はその先にいる己がサーヴァントを目指す。
「さぁラストナンバーよ。見ていてランルー。これがあなたに捧げる勝利の歌よ!!」
そう言ったエリザが突き刺さった槍に飛び乗った。
彼女を取り巻く魔力がこれまでにないほどに膨れ上がる。
「『
その瞬間ステージが美しい旋律と爆発的な破壊に包まれた。
監獄城チェイテによって最大限に威力を増幅され、尚且つ攻撃範囲を絞ることにより収束された竜の咆哮がカルナを引き裂こうと迫る。
だが遅れてアタシの『術式』も完成していた。
「『
アタシを守護していた『鎧』が令呪からパスを通じてカルナへと送り込まれる。
カルナの身体が黄金の光に包まれ、彼を消し飛ばそうとしていた破壊の音波を遮断した。
ステージ上で荒れ狂う音の暴風をものともせずに至近距離まで接近するカルナ。
いくらサーヴァントとはいえ宝具を最大出力で放った後には大きな隙ができる。
エリザにはほぼ零距離からカルナが放つ渾身の一撃を避ける術はなかった。
「あ、あのトド女ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
確信していた勝利がエリザの手からすり抜ける。
怨嗟の叫びを放つ彼女の胸をカルナの槍が深々と貫いた。
巨大な城がまるで周囲の海に溶け出すようにボロボロと崩れていく。
そしてそれを見つめるアタシとカルナの前に赤いシステム壁が現れた。
勝敗は決した。アタシ達は勝ったのだ。
「こちらは差し違える覚悟だったのだがな」
「ふふ~ん、驚いたっスか? 命の恩人であるジナコさんに感謝するといいっス」
とカルナの言葉に胸を張ってみたもののアタシは大したことはしていない。
カルナから譲渡されていた黄金の鎧を一時的に返却した。ただそれだけのことだ。
アタシの意志に従い、鎧は令呪からパスを通って移動しカルナを守ったのである。こう言うとすごいことのしたように見えるが実はそうではない。
カルナの分身である鎧は彼の在り方を体現するようにマスターの意志にどこまでも寄り添う。そこに特別な能力も高い魔力も必要ないのだ。カルナのマスターになれば誰でもできることだろう。
とっさにやれると思ってやったらやっぱりできちゃったので名前をつけて術式っぽくしてみた結果生まれた行き当たりばったりの産物。
ノーマル人にも優しい「鎧に自らの意志を伝え作用させる術式」。
それが『
……しかし自分で言っててひどいっスねコレ。
考えてみたらただ頭の中で鎧に命令するだけで術式でもなんでもないし。
しかもとっさに名付けたとはいえ
ヤバイ。今になって恥ずかしくなってきたっス。
赤いシステム壁の向こうで監獄城チェイテが完全に消失する。
そしてそこには胸を押さえてうずくまるエリザと茫然とたたずむランルーさんの姿があった。
「まさかこの場で一番役に立たなさそうな奴に全てをひっくり返されるとはね」
アタシの方を見ながらエリザが苦しげに息をはく。
「どうしてよ。私達は最高のユニットだった。負けるはずなんてなかったのに」
「勝負は時の運だ。最高の存在が必ずしも勝利するとは限らないわけだが、お前たちが本当に最高のユニットとやらだったのかは疑問だな。……後ろを見てみるがいい」
カルナの言葉にアタシもエリザの背後を見る。
そこには徐々に身体を崩壊させながらうずくまるランルーさんがいた。
アタシは最初アバターが崩壊する苦痛に耐えているのかと思ったがそうではなかった。
「ああ……食べたい、苦しい、哀しい、食べたい。なぜか涙が止まらない。ずっと焦がれていたものをやっと口にできたはずなのに。どうして……どうしてこんなに満たされないの?」
ランルーさんは身体を震わせながら泣いていた。
ずっと求めていたものは自分を飢えの苦しみから救ってはくれなかった。
彼女は今どうしようもない絶望感に包まれているのだ。
「あれが他者に運命をねじまげられた者の末路だ。己が本当に求めていたものを奪われ、あてもなく彷徨い食らうだけの存在に墜とされた。だが吸血鬼よ。彼女とお前は同じではない。彼女は食欲が満たされれば満足する『怪物』ではなかった。本能以外に拠り所を求める『人間』だったというわけだ」
カルナの言葉を言葉聞きながらアタシは考える。
ランルーさんが本当に怪物になっていたのならアタシの肉を食べた時点で満足していたはずだ。
しかしそうではなかった。
アタシはエリザの閉鎖空間で「ランルーくん」の願いを聞いている。
彼女の願いは「世の中を自分の好きなものでいっぱいにすること」そしてそれは自分の子供に会いに行くためなのだと言っていた。
いくら食べようとも彼女が満たされないのは当然だろう。
彼女が本当に求めているのは愛する家族のもとへ帰ることだったのだから。
例え「ランルーさん」になったのだとしても彼女はそういう『人間』だったのだ。
「そう……初めて他人の為に歌ったっていうのにうまくいかないものね。『怪物』のままじゃ私はどこまでいっても独りぼっちってことなのかしら」
泣きながら崩れていく己がマスターをしばらく見つめた後エリザはこちらに向き直る。
「もういいわ。恨み言の一つでも言ってやろうと思ってたけど、このまま大人しく消えてあげるわよ。か、勘違いしないでよね! 別に反省とかしたわけじゃないんだから! 拷問アイドル路線はもう潮時かなーとか考えたわけじゃないんだからね!」
エリザは顔を真っ赤にしながらこちらにビシィと指を突きつける。
ツンデレ乙。
胸に穴が空いてるのによくやるっスね。
何かを吹っ切ったような、それでいて寂しげな表情を浮かべながらエリザの姿が消えていく。
その姿が完全に消滅する寸前ランルーさんを見るエリザの口元がかすかに動く。
声は聞こえなかったがアタシにはそれが「悪かったわね」と言ったように見えた。
「エリザハ…行ッタンダネ」
聞き覚えのある掠れた声が響く。
その言葉を発した彼女の姿はかつての絶世の美女ではなかった。
目は赤く充血し、赤いドレスから伸びた手足は枯れ木のように細くなっている。瑞々しかった肌は見る影もなく皺が刻まれ骨に張り付いていた。
顔にマスコットの化粧はしていないが間違いない。これは「ランルーくん」だ。
「モウ……ランルークンハベイビーニ会エナインダネ」
類まれなる美貌と愛する家族に囲まれながら彼女は幸せを掴むことができなかった。
彼女は自分の願いを果たすことなくここで死ぬ。
アタシが彼女の願いを摘み取ったのだ。
「……何か言い残すことはないっスか?」
気が付くとアタシはそう問いかけていた。
「ランルーさん」には死ぬほどの苦痛を味あわされたが、「ランルーくん」にはエリザの閉鎖空間で助けてもらった恩がある。
彼女が最後に言いたいことがあるのならアタシはそれを聞きたかった。
カルナから一瞬とがめるような視線を感じたが無視する。
すでにその身体のほとんどを崩壊させたランルーくんがアタシを見た。
血走った瞳に今にも泣きだしそうなアタシの顔が映っている。
「何モナイヨ」
ランルーくんはそう言った。
家族に会いたいとか、ベイビーに愛していると伝えてほしいとか、そんなことを言われると思っていたがそうではなかった。
彼女は宙に手をかざし何かを抱きかかえるような動きをする。
「アア……オ腹スイタナァ……」
それが彼女の最後の言葉だった。
痩せ細った輪郭が溶けるように消滅する。
ランルーくんは結局アタシに何の言葉も残さないまま死んだのだ。
「相手に優しさに救われたな」
アタシを見つめるカルナの声が厳しい。
「後ろめたさから死者の荷物を受け取ろうなど愚か者のすることだ。もし彼女から何かを受け取っていたのなら、お前はその重みに耐えきれず布団から出られなくなっていただろう」
そうだったのだ。
アタシにはランルーくんの思いを受け取り前へ進む覚悟なんてなかった。
恩があるというのも所詮建前。さっきのは胸にこみ上げる罪悪感を薄めるための行為。ひたすらに自己満足の為だけの問いかけだったのだ。
だがそんな問いにランルーくんは何も言わなかった。
アタシに自分の思いを背負わせるようなことはしなかった。
それは間違いなく彼女の「優しさ」だったのだ。
ああ、やっぱりアタシは弱いままだ。
勝った相手にここまで気遣われるなんてカッコ悪いにもほどがある。
道化師の衣装に身を包みマスコットの化粧で素顔を隠した異形の魔術師。
家族のもとへ帰る為に暴走しようとする食欲に耐え続けた母親。
そしてその願いを他者に奪われながらも人間としての心を失わなかった誇り高い女性。
彼女は間違いなく『人間』だった。
いやそこにはもう一つ言葉を足さなければならない。
「さよならランルーくん。あんたは『優しい人間』だったっス」
アタシの言葉は彼女に届かず、ただ青い海に吸い込まれた。
いつもより長くなりました。
ランルーくんの正体は優しい人間だった。
そういう妄想の元に書いたエピソードになります。