やっと食堂勤務から解放されたと思ったのにィ!
――――ある少女の話をしましょう。
少女が ”それ” に気が付いたのは友人との話の合間にふと空を見上げた時でした。
そこに小さな黒い点を見つけたのです。
まるで青い空にこびり付いた染みのような点は少しづつ大きくなっていきます。
形が分かるほどの大きさになったところで少女にはそれが飛行機だと分かりました。
少女は変だなと思いました。
航路から遠く離れているこの街に飛行機が近づいてくるのはおかしいからです。
そしてさらにおかしいのはその飛行機が見慣れた旅客機ではないことでした。
鋭角的なシルエットと機体の下部に「何か」を抱えたその姿に少女は胸騒ぎを覚えました。
珍しいものが見られたと喜ぶ友人の手を引いて少女は走り出しました。
飛行機はどんどん街に近づいてきます。
近くの民家の影に逃げ込むのと同時に街の上空で飛行機が「何か」を切り離しました。
次の瞬間爆風が全てをを吹き飛ばし、街は紅蓮の炎に包まれました。
少女が見た飛行機は街を攻撃する為の『爆撃機』だったのです。
平穏な時を過ごしていた少女の ”地獄” はこうして始まったのでした。
◆ ◆ ◆
聖杯戦争3回戦3日目の朝。
第二起動鍵が生成されたという報せを受け取ったアタシは三の月想海の第二層にやってきた。
さすがジナコさん生成された起動鍵を即ゲットしにいくマスターの鑑。
ちゃちゃっと目当てのブツを手に入れてノルマ達成といきますかね。
そう思いながら歩き出そうとしたところでカルナに肩を掴まれた。
「待て、ジナコ。サーヴァントの気配がする」
「え、マジで!?」
「見つかってしまったか。まぁ元より隠れるつもりもなかったがな」
アタシ達の前に小柄な美少年が現れる。
見た目は子供、中身は悪魔。
その名は迷英霊キャスターである。
なぜかマスターである桜サンの姿は見えない。
「出たっスねショタ詐欺サーヴァント! ジナコさんのドリームを返すっス!」
「ここまで気色悪い風評被害もないな。お前のように身勝手な欲望を押し付けてくる読者のせいで俺はとても迷惑しているのだ。欲求不満なら自分の部屋で自慰でもしていろこの行き遅れ」
ものすごくひどいことを言われた!
「下ネタぶっこんでくるとは中身は完全にエロ親父っスね。こんなところで待ち伏せてジナコさんにひどいことする気なんでしょ。エロ同人みたいに!」
「舐めるな、俺は童貞だ。お前のメタボ体型に興味はない。見るのはその性根、人物像だけだ。お前の場合そっちの方もてんでダメダメだがな」
相変わらず言葉の切れ味がハンパない。
ずっと聞いてると死にたくなるか何かに目覚めそうっス。
「そんな話をしに来たのではあるまいキャスター。サーヴァント同士が出会ったのなら言葉より刃を交わすべきだろう」
「やれやれ、こちらはマスターの目を盗んで気分転換をしていただけだったのだがな」
槍を構えて前に出るカルナを見て肩をすくめるキャスター。
気分転換ならこのまま回れ右して帰ってくれると嬉しいなって。
「だが出くわしてしまったのは仕方がない。面倒だがサーヴァントの務めを果たすとしようか」
やっぱりそうなるよね。
気怠そうにため息をつきながらキャスターはどこからか一冊の本を取り出した。かなり分厚く表紙に豪華な装飾が施されている。
カルナは動かない。
本の能力が分からない以上うかつに踏み込めないのだ。
「これより始まりますのは一人の少女の物語。ひと時のぬくもりと引き換えに流星となった悲しき少女の物語。演じるのは桜大根役者ジナコ=カリギリでございます」
キャスターの口上に合わせて本がひとりでに開き、ページがパラパラとめくられていく。
な、何が始まるんスか?
なんかアタシの名前が聞こえたんスけど。
「皆様どうぞご覧あれ!」
キャスターの本がまばゆい光を放つ。
それに飲み込まれると同時にアタシは意識を失った。
気が付くとアタシは見覚えのない場所に立っていた。
周囲には煉瓦造りの家が立ち並びその間を通っている石畳の道を多くの人が行きかっている。
顔を上げるとアリーナでは存在しなかった空が見えた。夜のようだったがどんより曇っているため星は見えない。
アタシの傍にカルナの姿はなく、代わりにぼんやりと頼りない光を放つ街頭がたっていた。
「なんでアタシはこんなところに……」
確かキャスターの手にあった本が光ったところまでは覚えている。
おそらくあの本はキャスターの宝具だったのだろう。ということはこの状況はその宝具の能力によるものだと考えられる。
どこか別の場所に飛ばされたのか。はたまた幻覚を見せられているのか。
とりあえずカルナを探すために歩き出そうとしたアタシは自分がいつのまにか小さなカゴを持っていることに気が付いた。
中をのぞきこむとカゴ一杯にマッチが詰め込まれている。
――――大晦日の夜、一人の少女がマッチを売っておりました。
そうだ、アタシはマッチを売らないといけないんだった。
これを全部売り切らないと家に帰ることができない。他のことなど後回しだ。
アタシはカゴを手に道を行き交う人達に向かって声をかける。
「マッチはいかがっスか~。マッチはいかがっスか~」
アタシはまず近くを歩いていた赤いコートを着た少女に声をかける。
振り返ったその顔に見覚えがあるような気がしたが思い出せない。
「マッチ? そんなものにお金を使う暇があったら貯蓄するわよ。その気になれば火なんて自分で出せるのにわざわざマッチを買うなんて心の贅肉じゃない。というわけでいらないわ」
赤いコートの少女はそう言って足早に歩き去ってしまった。
心の贅肉ってなんだろう。身体の贅肉ならよーく知ってるっスけどね。。
「マッチはいかがっスか~。マッチはいかがっスか~」
次に声をかけたのは褐色の肌の少女だった。
眼鏡をかけた顔に見覚えがあるような気がしたが思い出せない。
「随分と原始的な構造の燃料ですね。私ならば同じサイズで千倍の火力を出すものが創れます。したがって対価を払ってこの燃料を購入する行為は無駄以外のなにものでもありません」
褐色の少女は冷めた目でマッチを一瞥すると足早に歩き去ってしまった。
千倍の火力って何に使うのソレ。
「おお、この寒空の下で托鉢とは感心感心!」
声をかけてないのに近づいてきたのは一人の男だった。
かなりの巨漢で十字架や数珠をジャラジャラとぶら下げ亀の甲羅を背負っている。
暑苦しい顔に見覚えがあるような気がしたが思い出したくない。
「その行いをきっと神も見守っておろう! しかし、ほどこそうにも残念ながら小生はいま文無しである! あいや心配するな。坊主は食わねど高楊枝。この程度は苦行の内にも入らぬわ。……ところで相談なのだがそのカゴの中のマッチを一つ譲ってくれぬか。腹がふくれるかどうか試したいゆえ」
今度はアタシが男の前から足早に歩き去った。
それから色々な人間に声をかけたがマッチは一つも売れなかった。
『このマッチを全部売り切るまで家に帰ることは許しません。あなたのような豚を飼ってあげているんですから、それくらいのことはして私を愉しませてくださいね』
アタシを送り出した母親の言葉を思い出す。
このまま帰ればそれはそれはひどいお仕置きが待っているだろう。
母親は人を痛めつけるのが大好きなのだ。
「お腹すいた……」
朝から何も食べていない。
周囲の家からは暖かな光といい匂いが漏れてくる。
アタシはその内の一つに近寄ると窓から中を覗き込んだ。
「さぁ、私が腕によりをかけた料理よ。召し上がれ!」
「ワァイ、モウオ腹ペコペコ。イタダキマース。モグモグ……ガクッ……」
「気絶するほど美味しいってわけね! まだまだあるから沢山食べていいのよ!」
そこではピエロの化粧をした女性が角の生えた少女に無理矢理料理を詰め込まれていた。
見なかったことにして窓から離れる。
「はぁ、寒い……」
両手に吹きかける息は真っ白だ。
夜も更けるととますます寒さが厳しくなってくる。
このままでは凍え死んでしまうかもしれない。
――――少女は自分を暖めるためにマッチに火を灯しました。
そうだ、マッチの火で暖をとればいい。
こっちは命が懸っている。売り物だろうと構うものか。
アタシはカゴからマッチを1本取り出すと火をつける。
すると小さな炎の中から大量のスナック菓子とプレミアムロールケーキが現れた。
しかしそれらはマッチの火が消えると同時に幻のように消えてしまう。
「ちょっ!? そりゃないっスよ!」
アタシは慌ててマッチをもう1本とりだすと火をつける。
今度は最新型のPCと高級羽毛布団が現れた。
しかし今度もアタシが手を伸ばすと同時に消えてしまう。
「くっ! まだまだぁ!」
半分意地になったアタシは3本目のマッチに火をつける。
すると今度は炎の中に亡くなった祖父の姿が浮かび上がった。
顔立ちも雰囲気も平凡そのもので祖父というには若すぎる上につい最近会ったばかりのような気もしたが思い違いだろう。
『やぁ、俺の名前はフランシスコ=ザビ――――』
たまに意味不明なことを言うがアタシは祖父が大好きだったのだ。
しかしその姿もマッチの炎が小さくなるにつれて薄れていく。
「こうなったら最後の手段っス!」
アタシは祖父に消えてほしくない一心でカゴの中のマッチ全てに火を付ける。
そのおかげか祖父の姿は消えずその腕が優しくアタシを抱きしめた。
『さぁジナコ。流れ星に乗って遠い世界に旅立とう』
祖父とアタシの身体はふわりと浮かび上がり、そのまま空へと登っていく。
――――こうして少女の命は流れ星に……ニ……ni/?%#$(*"\|<!!
しかし街が一望できるほどの高さまで登ったその時、突然アタシの身体が黄金の光に包まれた。
アタシを抱きしめていた祖父はその光に触れると跡形もなく消えてしまう。
空中に残されたのは間抜けな体勢のアタシ一人だ。
つまり。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
そのままアタシの身体は落下していく。
――――チッ!
その途中で誰かの舌打ちを聞いたような気がした。
◆ ◆ ◆
「チッ! 失敗したか。落下オチなど最悪だ。おっと今のは駄洒落ではないからな」
キャスターはジナコに宝具を使用した後、姿を消すスキル『裸の王様』でカルナの追撃をかわしてマスターの部屋に帰ってきていた。
「帰ってきたと思ったら何をぶつぶつ言っているのキャスター?」
部屋の主である間桐桜がキャスターに問いかける。
「散歩の途中で対戦相手に出くわしたのでな。コイツを使ってみたのだが失敗した。今回はこれまでのようにはいかないかもしれんぞ」
キャスターがそう言って手にしていた本を閉じる。
この本の名は『
この物語の世界に入りたい。
この物語の主役になりたい。
そういった人々の願望が生み出した宝具である。
能力は『対象者の意識を物語の中に送り込む』こと。
この宝具を使われた者は本の中の世界で強制的に主役を演じさせられる。
主役の記憶を元に脇役が配置された上で話が進み、主役は物語どおりの結末迎えることになる。
仮に主役が死ぬ物語であればそのとおり対象者は本の中で死ぬことになるのだ。
キャスターはこの方法で1回戦、2回戦のマスターを葬ってきたのである。
今回ジナコを送り込んだのは『マッチ売りの少女』の世界。
その結末は主役である少女の死だ。
本来ならジナコも死の運命から逃れられないはずだったのだが。
(あの金メッキは伊達ではないということか。物語を強引に捻じ曲げやがった)
死の結末が訪れる瞬間にジナコの『
(もともとこいつはイレギュラーな代物だからな。あまり期待もできんか)
本来いくら人々の願望があったとしてもこのような宝具は生まれない。
にも関わらずこの宝具が存在しているのは ”あの牛女” の手管によってキャスターが『宝具の力が一番引き出されるクラス』の属性を持っているからだ。
「大丈夫なのキャスター?」
不安げに見つめてくる桜の右手にはサーヴァントの主である証の令呪が刻まれている。
令呪は3画で一つの形になるように刻まれるものだが、桜の右手に描かれている ”2画” の令呪の形はバラバラだった。
一つは桜の花びらを模したような形の令呪。
もう一つは生い茂る植物を模したような形の令呪。
あの牛女による改造の跡である。
「今回は息抜きのついでだったからな。次はもう少し趣向を凝らしてやるさ」
”貸し出された” 身とはいえ今の主人はこの少女だ。
貸本屋の古本のように扱われたことは癪だが、仕事の手を抜くわけにもいかないだろう。
(やれやれ、やはり面倒なことだな)
キャスターのサーヴァント『ハンス・クリスチャン・アンデルセン』はため息をつきながら次の演目の用意をはじめるのだった。
アンデルセン先生『