「貴様にはジナコさんをリア充ハーレムエンドに導く義務があるんスよ。こんなところでくたばってもらっちゃ困るっス」
「そんな義務を課せられるくらいならおとなしくくたばるわ。俺は再びお前に地獄を見せる為に戻ってきたのだからな!(ニッコリ」
「殴りたいこの笑顔!」
というわけで待ってくれていた方(いるのか?)には申し訳ありませんでした。
37話をお送りします。
――――ある少女の話をしましょう。
目の前に現れた僧服の女を少女は神の御使いかと思いました。
それほどまでに女の佇まいは神々しくその顔は慈愛に満ちていたからです。
女は少女に近づくとその身体を優しく抱きしめました。
少女は驚きました。
新型のアムネジアシンドロームに感染してからというものすべての人間が少女との接触を避けるようになっていたからです。
女は少女を抱きしめたまま言いました。
『可哀想に。つらい思いをしましたね。でももう大丈夫です。あなたの命は私が助けましょう』
そう言うと女は懐からキラキラと光る箱を取り出し、少女の額に当てました。
すると箱の光が少女へと流れ込んでいきます。
それは膨大な情報の塊。
自分ではない「誰か」の記憶でした。
それが全てを失い真っ白になっていた少女の心を満たしていきます。
全てが終わった時、死にかけていた少女の身体は生気を取り戻していました。
もう自分が誰なのかもはっきりと分かります。
しかしそれは元の自分とは違う別人だということも同時に分かってしまうのでした。
何がどうなっているのかわからない少女に女は言いました。
『他者の記憶を使ってあなたの記憶を補う施術を行いました。これでもう大丈夫です。病気が治ったわけではありませんので入れた記憶も徐々に失われていくでしょうが安心してください。その時はまた新しい記憶を入れて上げますから』
少女の背中に冷たいものが走りました。
女は人の記憶をまるで物のように扱っているのです。
それも現れた時と変わらない慈愛に満ちた表情で平然と。
少女は悟りました。
目の前の女は神の御使いなどではなかったことを。
人を愛しながらその尊厳を踏みにじる。
女はそんな理解し難い矛盾を秘めたおぞましいナニカでした。
『では、対価をいただきましょう』
そんな女が無償の善意など持ち合わせているはずがありません。
ですがそう言われても少女は逆らうことができませんでした。
逆らえば女は少女に補充した記憶を抜き取り元の抜け殻に戻してしまうでしょう。
少女の命はもう女の手の中にありました。
『あなたには私と一緒にまもなく月の電脳世界で行われる戦争に参加してもらいます』
こうして少女は万能の願望器をめぐる戦いへと身を投じることになるのです。
◆ ◆ ◆
アタシは食卓につくと正面に並んで座るパパとママを見る。
この光景をどれだけ望んだだろう。
パパがいて、ママがいて、アタシの15歳の誕生日を祝ってくれるこの光景を。
「さぁ、冷めないうちに召し上がれ」
ママに促されて並べられた料理に口をつける。
どの料理もおいしくて懐かしくて涙がでそうになった。
「ジナコも15歳か。早いものだなぁ」
お酒が入って少し顔の赤くなったパパが目を細める。
アタシは思わず駆け寄って抱きつきたくなるのをどうにか我慢した。
――――ああ、アタシってこんなに幸せだったんだ。
ここがキャスターの宝具の世界であることは分かっている。
両親と誕生日を一緒にすごしている15歳のアタシは幻想で、聖杯戦争という殺し合い真っ最中の29歳のアタシが現実であることも分かっている。
でも幻想だと拒絶してしまうにはここは余りにも暖かすぎた。
(出るのはいつでも出来るんだからもう少しここにいてもいいっスよね。)
ママの料理をお腹いっぱい食べた後、パパに頭を撫でてもらおう。
それからそれから――――。
アタシがこの後の夢のような時間を想像したその時。
『今はここまでだ。悪いが少し幕間に付き合ってもらおう』
聞き覚えのある声と同時に周囲がバチンと暗転する。
座っていた椅子も消え、アタシは尻もちをついた。
立ち上がる時に自分が29歳に戻っていることに気が付く。
「ちょっ!? そんなこれからがいいところだったのに!」
そう叫んだアタシの前に2つの人影が現れる。
片方は声からの予想通りキャスターだった。
その隣には桜さんもいる。
「つかの間の幸せは堪能できたか? 三十路前の手遅れ女よ」
「……随分手の込んだことしてくれるじゃないっスか」
キャスターの言葉にアタシは低い声で返す。
サーヴァントとしての能力なのかは分からないが、キャスターはアタシの願いを見抜きそれを物語とした『
しかもその物語は一番いい所で突如『打ち切り』と言う形で終わるようになっていたわけだ。
宝具が効かないアタシに対するせめてもの嫌がらせってことっスか。
性格が悪すぎるっス。
「そういうことならもうここに用はないっス。人の思い出をもてあそんだツケは決戦場でしっかり払ってもらうから覚悟しておくことっスね」
「待ってくださいジナコさん」
決戦場でキャスターをフルボッコにすることを決意しながら『
「物語はまだ終わっていません」
「せっかちな奴だ。俺は ”幕間” に付き合ってもらうと言っただろう」
「……どういうことっスか?」
問いかけるアタシの前にキャスターは取り出した一冊の本を突きつける。
「こいつはこの世界を形作る『
どうやらこの物語は打ち切りではないらしい。
それどころかキャスターの言葉が本当ならアタシは15歳からおばあちゃんになるまでこの物語の中にいられるということだ。
この幸せに満ちた物語の中に。
「ただし、この先を見るにはある条件をのんでもらう必要がある」
「条件って……?」
それが罠だと分かっていてもアタシは聞き返さずにはいられなかった。
アタシの問いにキャスターは意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「お前の右手にある令呪を全てこちらに渡してもらおう」
キャスターの答えは半ば予想できたことだった。
令呪を失ったマスターはその時点で敗北となる。
そして敗北したマスターにはムーンセルによって逃れようのない死が与えられるだろう。
この要求をアタシに飲ませる為にキャスターはこの物語を作ったのだ。
「安心しろ。今のお前は意識だけの存在だ。本体が死のうがアバターが消滅しようがこの世界で『生きる』ことはできるだろうよ」
アフターサービスもばっちりってことっスか。
令呪を渡せばこのキャスターの世界での幸せな人生が約束されるわけっスね。
「拒むというのなら黄金の鎧を発動してここから出ていくがいい。その場合お前はこの世界に2度と戻ってこられず、現実世界で聖杯戦争という殺し合いの続きをすることになるがな」
普通に考えれば今すぐここから出るべきだ。
ここは所詮キャスターの宝具によって作られた偽りの世界。
その世界に残る為に令呪を渡してしまえば現実世界のアタシは死んでしまう。
「俺にはお前の心など手に取るように分かる。お前は人生をやり直すことを望んでいるが、それは強烈な自己否定から生まれた願望だ。今の自分が嫌で嫌で仕方がないのだろう? そんな自分はさっさと捨てて、この物語の中で望む自分を手に入れたらどうだ」
キャスターの言葉が胸に突き刺さる。
そう、アタシは自分のことが大嫌いだ。
両親が死んでから1歩も前に進まずに同じ1年を15回繰り返した。
その間に沢山のものを取りこぼして、年齢だけを重ねてもう29歳だ。
後悔しても何も戻ってはこない。
ないないずくしのループループ。
こんな自分がこれ以上生きてなんになるというのだろう。
「さぁジナコさん、私に令呪を渡してください。それであなたは幸せになれるんです」
そう言って桜さんが手を差し出す。
この手を取れば今までの自分にサヨナラできる。
アタシは新しい自分になって幸せに生きられる。
それならばいっそ――――。
「それがお前の答えかジナコ?」
「え……?」
背後から突然声をかけられる。
驚いたアタシは桜さんへ伸ばしかけていた手を引っ込めた。
振り返るとそこには現実世界にいるはずのカルナが立っていた。
「カルナ!? なんでここに!?」
「前回は無理だったが、同調の練習により俺とお前の結びつきが強くなっている。今ならばパスを通じてお前の意識体を追うことくらいはできるというわけだ」
校舎裏での特訓は思わぬ成果を上げていたらしい。
というか令呪を渡しそうになってるところバッチリ見られたよね。
超気まずいっス!
これはさすがのカルナさんも激おこなんじゃ!?
「カルナさんこれは違うんスよ! ちょっと魔がさしただけでね……」
慌てて言い訳を始めるアタシと。
「まさかサーヴァントがここまで追ってくるなんて。まずいわキャスター。ここでジナコさんを連れ戻されたら……」
狼狽えた声を出す桜さん。
しかしキャスターだけは動じていなかった。
「その心配はあるまいよ。なぁランサー?」
見透かしたようなキャスターの問いにカルナはうなずく。
「ああ、俺はジナコを連れ戻しに来たのではない」
予想外の言葉にアタシは驚いた。
普通サーヴァントはマスターが戦いを放棄しようとするのを止めるものだろう。
しかしカルナは腕を組んだまま静かにアタシを見ているだけだ。
「……じゃあ、このまま令呪を渡しちゃってもいいってことっスか?」
「お前がそう決めたのならそうするがいい。俺はマスターの選択を見届けに来ただけだ」
令呪を渡そうとしたアタシにカルナは全く怒っていないようだった。
それどころか令呪を渡してもいいと言っている。
その言葉はまるで「お前などもうどうでもいい」と言っているように聞こえた。
アタシの心が急速に冷えていく。
ああ、そうか。そういうことか。
「誘惑に負けて令呪を渡そうとするアタシにとうとう愛想が尽きたってことっスか」
「……? 何を言っているジナコ。俺は……」
カルナが何か言おうとするが聞こえない聞きたくない。
アタシが令呪を渡せばカルナはダメなマスターから解放されてメシウマ状態なんだもんね。
「そういうことならもういいっス。今すぐ令呪ポイしてあんたの前から消えてやるっスよ。こんなどうしようもないマスターに今まで付き合わせて悪かったっスね!」
「待て、お前は何か思い違いを……」
アーアーキコエナーイ。
アタシを見捨てたサーヴァントの言うことなんか知らない。
こっちから縁を切ってやるっス。
「そうだ、アタシがいなくなったら桜さんのサーヴァントになったらどうっスか? 令呪も向こうに渡すんだしちょうどいいっスよ。実はカルナさんも若くてナイスバディなマスターに乗り換えられるのを期待してたんじゃないっスかこのスケベ――――ってあ痛いぁ!?」
「いい加減にしろジナコ」
突如頭部を襲った痛みで我に返る。
なんとカルナが拳骨をアタシの頭に振り下ろしたのだ。
って、え? カルナが? 拳骨? ゲンコツナンデ?
「ちょっ!? 何するんスかカルナ! 殴ったね!? パパにも殴られたことないのに!」
「お前が俺の話を聞こうとしないからだ」
そう言うとカルナは片膝をついてアタシと目線を合わせた。
「ジナコ、俺はお前に愛想を尽かしたわけではない」
「……だって、好きにしろって言ったじゃん。こんな弱くて、だらしなくて、ひねくれてて、年増で、おまけに敵の誘惑に負けて令呪を放棄しようとするマスターのことなんてもうどうでもいいんでしょ?」
殴られた頭がズキズキと痛んで涙が出てくる。
そんなアタシを見つめながらカルナは答えた。
「そうではない。ここでお前を無理やり現実世界に連れ戻すことはできるがそれでは意味がないのだ。これはお前が自分の意志で決めるべきことだからな」
カルナの顔が近い。
その瞳に涙ぐんだ情けないマスターの姿が映っている。
「お前が自分自身を嫌悪していることは知っている。だが断言しよう。今のお前は
その言葉はアタシの心の深いところに染み込んだ。
カルナはその場かぎりの偽りを口にするサーヴァントじゃない。
アタシが捨てようとしていた自分をカルナは『捨てたものではない』と心から言っているのだ。
「この聖杯戦争という舞台でお前は1歩を踏み出した。そして2つの戦いに勝利しここに立っている。気が付いているかジナコ=カリギリよ。お前はもう目の前の試練から逃げる落伍者ではなく、立ち向かう挑戦者だ。俺がこの聖杯戦争で主と認めるただ一人の人間だ。そのお前がこの物語の世界で幸せになるという道を選ぶのであれば俺はそれを受け入れよう。だが―――」
ここでカルナはアタシの頭に手を置き、殴ってすまなかったというように軽く撫でる。
それはまるで父親のような暖かくて優しい手だった。
「お前が聖杯戦争という現実で戦い続ける道を選ぶのならば、俺はその道に立ちふさがる全てを貫く槍となろう。厳しい道だがお前は一人ではない。お前がどれほど自らを嫌悪しようとも、俺はお前に寄り添いそして守り続けよう」
アタシは自分のことが嫌いだ。
それはカルナの言葉を聞いても変わらない。
でもアタシはこの自分で聖杯戦争を勝ち上がってきた。
ガトーのおっさんに弟子にされたり、カレンと言峰にこき使われたりしたこともあった。
ランルーさんには手足を食べられ、ランルーくんには最後に優しさをもらった。
そしてそんな自分を主として守り続けるカルナがいる。
それら全てを引き換えにして手に入れるものがキャスターの創った『偽物』でいいのか。
嫌いだけど。
とっても嫌いだけど。
今の自分はそこまで ”安くない” と、そう思う。
「しょ、しょうがないっスね~。カルナさんがそこまで言うなら
ここで素直に「分かったカルナ! アタシ戦う!(キリッ」とか言えるわけねー。
これがアタシの限界っス。
「なぜか釈然としないものを感じるが承知した。これからもお前を守り続けることを改めてここに誓おう」
「それがこんなアタシでも?」
「無論だ。特別でない君を、命ある限り、俺は庇護し続ける」
あはは、なんか本当にお父さんみたい。
うん、ありがとうカルナ。
「というわけで物語はここで終わりッス。せっかくの続きが無駄になったっスねキャスター」
「ふん、くだらんオチがついたものだ。読者でない者はさっさと物語から出ていくがいい。ああ、残りのページは後でハナ紙にでも使うので気にするな」
アタシの皮肉にキャスターは「早くいけ」というように手をシッシッと振って見せる。
自分の策が失敗したと言うのに全く悔しそうではなかった。
ホントこのサーヴァントもよく分からないっスね。
「じゃ、行くっスよカルナ」
「ああ」
アタシは『黄金の鎧』を発動し、金色の光が身体を包む。
「ジナコさん……どうして……」
アタシを見つめる桜さんがつぶやく。
同時に周囲の景色がぐにゃりと歪み
歪む視界のなかで桜さんの表情はなんだか泣いているように見えた。
◆ ◆ ◆
「やれやれ、やはりダメだったか」
ジナコが消えた場所を見つめながらキャスターは言った。
キャスター自身この物語でジナコを落とせるとは思っていなかったのである。
「やっぱりあなたの言った通りになったわね。でも私には分からないわ。自分が失った全てを取り戻すチャンスだったのにどうしてジナコさんはこの世界を拒絶したのかしら」
隣に立つ間桐桜の言葉にキャスターは肩をすくめた。
「もしあれが月に来たばかりのジナコ=カリギリだったならこちらの条件に一も二もなく飛びついただろう。だが戦いというやつは人を変える。サーヴァントと共に2つの戦いをくぐり抜ける間に奴は自分自身に少なからず ”価値” というものを見出すようになっていた。俺が用意したこの物語はその価値に見合うものではなかったということだろうよ」
嫌い嫌いも好きの内という。
ジナコ=カリギリという女は自分を『嫌って』はいたが、『諦める』ことはしなかった。
つまりはそういうことだ。
「さて、これで俺の『
キャスターの言葉に桜の表情がこわばる。
それは彼女が最も恐れていたことだった。
なぜなら――――。
「出すしかないだろうさ。お前が契約した
桜は唇を噛みしめる。
キャスターは彼女が契約したサーヴァントではない。
彼女と協力関係にあるマスターから借り受けているサーヴァントなのだ。
そのようなことをしている理由は一つ。
桜が契約したサーヴァントのことを激しく嫌っているからに他ならない。
「どうして、私にあんなサーヴァントがあてがわれたのかしら」
いや、本当は理由など分かっている。
真名を持たず、手にする武器は全てが
今は『間桐桜』を名乗る少女の欠陥を具現化したようなサーヴァント。
だからこそそれを人前に晒すことなど、ましてやそのサーヴァントを使役して闘技場で戦うことなど彼女にとっては耐えられないことだった。
「でも、もうそれしかないのなら……」
少女は決断する。
聖杯を手に入れる為に、自分の望みをかなえる為に。
少女は赤い外套を纏った己がサーヴァントを解き放つ。
それはジナコの3度目の戦いがかつてない激戦になることを意味していた。
間桐桜が契約したサーヴァント。一体何者なんだ……。