「いい笑顔でめちゃくちゃ怖いこと言ってるっス! 助けてカルナさーん!」
「残念だったな! カルナなんていないんだよぉ!(スマホを出しながら)」
「あっ(察し)」
――――ある少女の話をしましょう。
3回戦まで勝ち進んだ少女は女から新しい人格を与えられました。
電脳空間では人格に合わせて容姿も変わります。
施術が終わった後、少女は大和撫子を思わせる清楚で美しい姿になっていました。
「その人格データはムーセルによって作られたAIのものです。
人格データが人間のものではないことを知って少女はほっとしました。
他者を犠牲にしながら生きることに少女はもう耐えられなくなっていたからです。
人格データが身体になじむにつれてそこに書き込まれている記憶も少女の中に浮かび上がってきました。
それは頭の中に無数の引き出しが現れるような感覚です。
ここで少女は違和感を覚えました。頭の中に現れた引き出しの一部が開かないのです。
「記憶の一部にプロテクトがかけられているようですね。あのAIの最後の置き土産といったところですか」
よほど大切な記憶だったのでしょうか。
少女はその記憶にこれ以上触れてはいけないと思いました。
「あなたがそう言うのならプロテクトはそのままにしておきましょう。幸い身体機能や情緒機能に関わる記憶ではないようですしね。さぁ、そろそろ3回戦の相手が掲示板に張り出されている頃ではないですか? 今回も私のサーヴァントを貸してあげますのでうまくおやりなさい」
少女は掲示板に向かって歩き出します。
そこで出会う対戦相手が自らの運命を大きく変えてしまうことも知らずに。
――――これで少女の話はおしまいです。私の話はいかがでしたか?
あのひねくれ者の童話作家ほどではありませんが、寝物語としては上々の出来でしょう。
さぁ、いってらっしゃい私のお人形さん。
これからあなたがどのような願いを持って、どのような戦いをしようとも。
最後にあなたが還るのはこの私の
◆ ◆ ◆
乗り込んだエレベーターがゆっくりと降下を始める。
さて、DQN神父への怒りは有頂天だけど気持ちを切り替えないとね。
「頭を冷やせという助言は必要なさそうだ。3回戦ともなると落ち着いてきたなジナコ」
「決戦前に余計なことに気をまわせるほどアタシは強キャラじゃないっスよ。誰と戦ってるんだ状態になるのは負けフラグっスからね」
カルナの言葉にアタシはパタパタと手を振って見せる。
そう、アタシが戦う相手はあの神父じゃなくて――――。
「おはようございますジナコさん。今日はよろしくお願いします」
長い黒髪と古き良き「大和撫子」を思わせる清楚な佇まい。
透明なシステム壁の向こうには今日の対戦相手が立っていた。
間桐桜。
1日目に会った時から妙に懐かしさを感じた少女。
でも凛さんの話通りなら彼女の姿や人格はもともとは別の誰かのものだったはずだ。
であればアタシが感じた懐かしさはその“誰か”に対してのものだったのだろうか。
あーもう、余計なことに気を回さないって言ったばかりなのに余計なこと考えてるなアタシ。
とりあえず挨拶されたんだから返さないと。
「おはようっス桜さん。今日はお手柔らかにお願いするっス。キャスターも……」
「カルナさん相手に精々がんばるっスよ」と続けようとしてアタシは桜さんの傍にキャスターの姿がないことに気が付いた。
見回すと桜さんから随分離れたエレベーターの隅っこに人影を見つける。
「なぁんだそこにいたんスかキャス……ター……?」
そこにいたのは一人の
身長はカルナと同じくらい。野性味を感じさせる褐色の肌に一切の色を失った白い髪。引き締まった筋肉質な身体を鮮やかな赤い外套が包んでいる。
あら、キャスターさんたら少し見ない間に随分育ったっスねぇ。
肌までこんがり焼いてハジケたと思ったら、一気に白髪になって何があった?
服までお子様センスから厨二チックになってるし。
…………。
「ちょっ! えぇえぇえええええええ!? 大変っスカルナさん! キャスターが! あの中身はともかく見た目はどストライクのショタだったキャスターが! 一晩で野性味溢れる褐色白髪ニキになってるっスよ! どんなエステサロンに行ったし!!」
「落ち着きが出てきたと思ったらこれか……。よく視ろジナコ、魔力の波長が違うだろう。あれはキャスターではなく別のサーヴァントだ」
見ろじゃなくて視ろとか言われても分かるかサルゥ!
いやいやサーヴァントってホイホイ変えられるものじゃないっしょ?
そうだったらとっくにジナコさんのサーヴァントはかわいいショタっ子になってるっスよ?
アタシが驚きの目を向けるとこちらの会話を聞いていたキャスター(仮)が口を開いた。
「やれやれそちらのマスターは随分と騒騒しいな。まぁ、準備期間と決戦日でサーヴァントが違っていれば驚くのも無理はないがね。しかし認識違いはしないでもらおう。サーヴァントは『変わった』わけではない。本来あるべき場所に『戻った』だけのことだ」
えっと……ドユコト?
混乱するアタシの代わりにカルナが答える。
「やはりそうか。貴様が間桐桜と契約した本来のサーヴァントなのだな」
「相手が慧眼だと話が早くて助かる。私はどうもマスターには嫌われていてね。決戦日までは出てくるなと令呪までかけられていたのだ。おまけにマスターの協力者というのが自分のサーヴァントであるキャスターを貸し出して決戦日前に相手を始末してくれるものだから、ここまで全く出番がなかったのだよ」
どんだけ桜さんに嫌われてるんだこのサーヴァント。
もしかして隅っこに立ってるのは近づくなって言われてるからなの?
「やれやれ3回戦で初めて使われるサーヴァントなど私くらいのものだろう。しかも相手はマハーバーラタに謳われる不死身の大英雄カルナときた。つくづく私には運がない」
「なっ! いつのまにかこっちの真名がバレてるっスよ!?」
「……お前が先程大きな声で言っていただろう」
あ、そっか。この白髪ニキを見た後の第一声で言ってたっス。
うぅ……カルナさんの目がとても冷たい。
あの時はびっくりして思わず口から出ちゃったのよ許して。
「こ、こっちだけ名乗らせるのは不公平っス! ってことでそっちもうっかり真名を教えてくれちゃったりしてもいいのよ?」
自分の失態を棚に上げて不公平を主張するアタシ。
カルナさんの目の温度がまた下がった気がするっス。
「名乗ろうにもあいにく私は真名というものを持ち合わせていなくてね。呼び方に困るのならクラス名である『アーチャー』とでも呼んでくれ」
「名前がない? そんなサーヴァントがいるんスか?」
「私は1つの概念が人のカタチで起動した存在だ。名もなき多くの人々の代表者である私には『個』というものがない。したがって個人を指す名前は意味を為さないのだ」
アーチャーと名乗ったサーヴァントの言葉にカルナは納得したようににうなずいた。
「なるほど、貴様は『守護者』か。死後の自分をムーンセルに売り渡し、装置として使役される概念の体現者。貴様が間桐桜のサーヴァントだというのなら合点がいく」
そういえば前にカルナがキャスターと桜さんの繋がりが感じられないとか言ってたっスね。
守護者であるアーチャーと記憶喰いである桜さんならお互いに『自分というものを持たない』という繋がりがあるわけか。
「ええ、ですからこのサーヴァントだけは出したくなかったんです」
そう言ったのは桜さんだった。
口調には隠しきれない嫌悪感がこもっている。
「その様子だと私の正体を知ってしまったようですね。他者の顔を貼り付けなければ生きていけない私にムーンセルはお似合いのサーヴァントをあてがってくれたわけです。素敵でしょう? このサーヴァントを見る度に私は自分が化物なんだと自覚させられて死にたくなるほどの罪悪感に苛まれるんです。この顔が“何人目”なのかジナコさんはご存知ですか?」
よく見ると桜さんの顔は真っ青で、身体は小さく震えている。
「でも私は勝たなければならないんです。その為なら自分の罪を形にしたようなサーヴァントでだって戦います。勝って全てを取り戻す。私のものだと言えるのは、もうその願いしかないのですから」
彼女の悲痛な声が響くのと同時にエレベーターが最下層にたどりつき、決戦場への扉が開いた。
海底の決戦場にはなぜか大きな西洋の城が建っていた。
その中庭でカルナとアーチャーが向かい合う。
「聞いてのとおりだランサー。私が出ていることはマスターの精神衛生上よくない。手早くかたずけて早々に引っ込ませてもらおう。これ以上彼女に嫌われるのは避けたいところなのでね」
「健気だなアーチャー。あそこまでの嫌悪を向けられながらも主の為に戦う気概は見事だ。ならば俺もそれに全力で応えよう。行くぞ無銘の英霊よ。日輪に挑む者は全て等しく地に落ちると知れ」
《Sword,or Death》
ムーンセルが決闘の開始を合図する。
「ハッ!」
合図と同時に地を蹴ったのはカルナだった。
ようし、それっスよカルナ。
相手がアーチャーなら得意なのは遠距離戦。
そういう敵には距離を詰めてのラッシュが定石っス。
弓を撃つ間もなくボコボコにしてやるっスよ!
迫るカルナに対して間合いを取ると思われたアーチャーは意外にも動かない。
そして槍の間合いに踏み込んだカルナから鋭い一撃が放たれた。
「《
甲高い金属音と共にカルナの槍がはじき返される。
それを為したアーチャーの武器は弓……ではなく剣だった。
いつのまにか彼の両手には白と黒の双剣が握られている。
「ちょっ! おまっ! アーチャーじゃなかったんスか!?」
アーチャーが手にした予想外の獲物にアタシは思わず抗議の声をあげる。
「うろたえるなジナコ。聖杯戦争で『アーチャーは剣を使ってはいけない』というルールはない」
「だけどアーチャーなら弓使うって思うでしょフツー!」
「確かに双剣を使う弓兵というのは聞いたことがないな。だが、それもよし。いかなる奇策妙計であったとしても全てを受け止め、その上で勝利すればいい」
ぐぬぬ……弓兵が剣で戦うとか奇策じゃなくてただのなめプっスよ。
アタシは釈然としないものを感じながら戦いの様子を見守る。
アーチャーは2本の剣を弓兵とは思えない巧みさで操りながらカルナの槍を捌こうとしていた。
しかしカルナの槍兵としての技量はそれを上回る。
強烈な一撃を攻撃を受け止めたアーチャーの双剣が乾いた音を立てて砕けた。
よっしゃあ! なめプの報いを受けるがいいっス!
「くっ!」
小さく呻いたアーチャーに間髪入れずに突きこまれた槍は――――アーチャーが
「あれ!? なんで剣が……」
驚くアタシに対してカルナは冷静だった。
それならばと今度は双剣を下から弾き上げる。
アーチャーの手から2本の剣がこぼれるのと同時に放たれた槍は――――やはり再び彼が手にしている双剣によって受け止められていた。
必殺を期した一撃を止められたカルナは一旦距離をとる。
アタシはその背中に向かって問いかけた。
「どういうことっスかカルナ。なんで壊しても弾いてもアーチャーの手元に武器が戻ってるんスか」
「そういう逸話を持った宝具なのか、他に何か絡繰があるのか。今のところは何とも言えないな。ただ一つ確かなのはあの男が一筋縄ではいかない難敵だということだ」
ただのなめプ弓兵じゃなかったってことか。
相手が何をしてるのか分からないってのは厄介っスね。
「とりあえず慎重に相手の手の内を探るしかないっスよ。カルナはスキルを使って防御を固めておくっス。ここからはアタシもコードキャストで援護するから」
「承知した」
カルナが《
その様子を見ていたアーチャーの目が鋭さを増した。
「ステータスを強化してくるか。ではこちらも次の一手を打たせてもらおう」
アーチャーの手から双剣が消え、かわりに漆黒の弓が現れる。
しかし出てきたのは弓だけで撃つべき矢がそこにはない。
「《
だが続いて短い詠唱と共にアーチャーの右手に1本の剣が現れた。
先程までの白黒の双剣ではなく血のような赤色の長剣。
それがなんと左手に構えた弓につがえられる。
ちょ、まさかそれが……。
「《
次の瞬間弓から放たれた長剣は赤い稲妻となって猛然とカルナに襲いかかった。
初めてFateでアーチャーを見た時の気持ちを思い出しながら書きました。