Fate/EXTRA NEET   作:あけろん

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「とりあえず生きていますということで42話をお送りします」
「マジ死んだと思ってたっス。1年ちょっともサボるなんて人として恥ずかしくないんスか?」
「ほんとすみません。あれ、でもお前も15年サボってたクチじゃ……」
「アーアーキコエナーイ」


降伏勧告

「降伏してくださいジナコさん」

 

 桜さんによる静かな最後通告が真っ白になったアタシの頭の中に染み込んでくる。

 

「敗北を受け入れるのであればこちらから止めは刺しません。令呪をもってサーヴァントを自害させてください」

 

 どうすればいい。

 拒否すれば遠からずアーチャーの剣の前にカルナは倒れるだろう。

 この絶望的な状況で降伏以外に何か選択肢があるだろうか。

 

「やはりあなたは間違えたのです。『未来』などという曖昧な可能性にしがみつくのではなく、確実な幸福を手にできる『過去』を望むべきだった。この私と同じように」

 

 そうだったのだろうか。

 アタシがキャスターの世界で決断したことは間違っていたのだろうか。

 

「今こそがその過ちを清算する時なのです。さぁ……」

 

 アタシは……。

 

「顔を上げろジナコ。お前は何も間違ってはいない」

 

 力強い言葉が荒野に響く。

 声の主は全身に傷を負いながら尚もしっかりと地を踏みしめ、槍を構えていた。

 

「カルナ、でもアタシは……」

「思い出すがいい。あの時お前が未来を選んだのはそれが『正しい』と思ったからなのか?」

「あ……」

 

 違う。そうじゃない。

 あの時アタシはどっちが正しいかなんて考えていなかった。

 

「お前が選んだ道が正しいのかどうか、それは俺にも分からない。だが己の意思で道を選び、進み続けることは人として間違いなく正しい姿だ。お前はそうしてここまでたどり着いたのではないのか?」

 

 そうだ。あの時カルナはアタシに何も強制しなかった。

 アタシがこうしてここに立っているのはそれが正しいことだからじゃない。

 自分の意志で未来を選んだからなんだ。

 

「きっついなぁ……これで降伏したらアタシ格好悪すぎじゃない。……カルナ、まだやれるっスか?」

「安心しろ。お前の心が折れぬ限り俺が倒れることはない」

 

 頼もしいこと言ってくれちゃって。

 全身傷だらけで立ってるのもやっとのくせに。

 

「……どうやら降伏するつもりはないようですね。己の過ちを認める気はないと?」

「正しいか、間違ってるか、そんなことは関係ないんスよ。アタシは歩きたいと思った道を進むだけッス」

「いいでしょう。未来と過去、どちらの道に光がさすのか。それはこの決戦の勝敗に問うことにします」

 

 桜さんの言葉を受けてアーチャーが再び無数の剣を展開する。

 さぁ、心の方はなんとか持ち直したけどここからどうしよう。

 どんな超級サーヴァントでも魔力なしで戦い続けることはできない。

 くそぅ、2次元ならがこういう時に秘めたるパゥアが覚醒して大逆転がお約束なんだけど。

 

「己が道を貫く、か。そういうのは嫌いではないがね。だがこちらにも譲れないものがある。止めを刺してやろうランサー。お前たちの道はここで終わりだ」

 

 アーチャーは展開された無数の剣を次々と射出する。

 

「侮るなよアーチャー。ジナコの道は俺が必ず切り開く」

 

 満身創痍の身体で猛攻を凌ぐカルナ。

 先ほどの言葉を嘘にする気はないらしい。

 

「……っとと」

 

 その時アタシは急な眩暈を覚えて思わず膝を付いた。

 まずい、身体に力が入らなくなってきた。

 戦闘状態のサーヴァントはそれだけで魔力を消費する。このままではスッカラカンになるのも時間の問題だろう。

 もうなんでもいいから魔力プリース。

 どこかに落ちてないっスか。ジナコさんを勝利に導くでっかい魔力。

 

「……ん?」

 

 その時地面で何かがキラリと光った。

 落ちているそれを反射的に拾い上げる。

 

「これって……」

 

 それは売店の店員からもらった後に凛さんのうっかりによって取り違えられたエメラルドだった。

 膝を付いた時にポシェットからこぼれたのだろう。A級魔術師、遠坂凛の魔術が封じられたそれはアタシでも分かるくらいの凄まじい魔力を放っている。

 凛さんマジ女神。落ちてたよでっかい魔力。

 

(どうにかして中の魔術を使えれば……)

 

 そう思いかけたアタシの頭に浮かんだのは『ムリゲー』の一言だった。

 大体A級魔術師が施した術式をアタシが扱えるわけがない。

 仮にこの宝石をアーチャーに向かってぶん投げたところで小石が当たるだけだろう。

 「で?」と言われておしまいである。

 

「クッ……!」

 

 アーチャーの攻撃を受けカルナが呻く。

 動きが目に見えて鈍くなってきている。

 ダメージに加えて魔力という燃料が尽きかけているのだ。

 もう時間がない。なんとかしなきゃ。

 なんとかしないと、あのキャスターの世界から戻ってきたことが無駄になってしまう。

 

「……キャスターの世界から戻ってきた?」

 

 その時アタシに電流走る。

 アタシはキャスターの世界からどうやって戻ってきたのか。

 それを思い出してこの宝石を使う方法をひらめいたのだ。

 うん、ひらめいた。ひらめいたんだけど……これって失敗したら死ぬよね絶対。

 とはいえこのまま負ければどうせ死ぬんだし。

 覚悟を決めろジナコさん。命は投げ捨てるもの!

 

「せーのっ!」

 

 やけくそ気味に勢いをつけたアタシは手に持った宝石を口の中に放り込み、そのままゴクリと飲み下す。

 これがアタシがひらめいた宝石を使う方法だった。

 この身にはカルナから譲り受けた黄金の鎧の加護がある。

 キャスターの宝具の干渉すら打ち破ったこの加護がアタシの体内に入った宝石という『異物』を見逃すはずがない。

 いくらA級魔術師が施した魔術だろうと即座に解呪し、そして解呪された魔術は純粋な魔力に戻るはずだ。

 それをアタシの力にすることができればこの戦況を一気にひっくり返すことができるだろう。

 ただし……。

 

「……っ!? ぐっ……あ……!!」

 

 身体が一回り大きくなったような錯覚と共に全身に激しい痛みが走る。

 脆弱な魔術回路が悲鳴をあげ、全ての内臓がきしむような感覚に吐き気がこみあげる。

 解呪された宝石から溢れ出た魔力がアタシの体内で暴れまわっているのだ。

 過ぎた魔力は魔術師にとっては毒でしかない。

 小さな風船に大量の空気を押し込んでいるようなものだ。

 制御に失敗すれば身体は魔力に耐え切れずに破裂するだろう。

 

「ジナコ!? 一体何をして……グゥッ!」

 

 カルナもこちらの異変に気付いたようだが、声はすぐさまアーチャーの猛攻によって遮られる。

 大丈夫っスよカルナ。一見無謀かもしれないけどアタシには黄金の鎧の加護がある。

 致命傷じゃなければ鎧ニキがバッチリ治してくれるはずだから……。

 

「ガハッ……!?」

 

 しかし大丈夫だと答えようとしたアタシの口から出たのは大量の鮮血だった。

 まずい、体内が破壊される速度に回復速度が追いついていない。

 このままだとアタシは破壊と回復を繰り返す耐えがたい激痛の中で悲惨な死を迎えることになる。

 

「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 必死に魔力を制御しようとするが、体内で猛り狂う魔力は一向に収まらない。

 

「ガハッ……ゴホッ……!」

 

 再び喉をせりあがってきた血を口から吐き出す。

 甘かった。にわか魔術師のアタシがこれだけの魔力を制御するなんて無謀だったのだ。

 アーチャーが言った通りアタシの道はここで終わるのか。

 必死に耐えているカルナの頑張りもアタシが馬鹿なことしたせいで無駄になってしまった。

 

「ごめん、カルナ……」

 

 そうつぶやいたアタシが目にしたのは、なおもアーチャーの猛攻を耐え続けるカルナの姿だった。

 ダメージを考えればとっくに倒れていてもおかしくない。

 先ほどのようにこちらに声をかけることはできないようだが、それでもその背中から伝わってくる。

 

『ジナコの道は俺が必ず切り開く』

 

 気が付くとアタシは令呪が刻まれた右手を握りしめていた。

 忘れてた。アタシは一人じゃなかったんだ。

 そう、独りでやらなくてもよかったんじゃないか。

 

「うあああああああああっ!!」

 

 もう一度体内の膨大な魔力に働きかける。

 制御と言いながらアタシは暴走する魔力を押さえつけることしか考えていなかった。

 でも違ったんだ。

 アタシは一人じゃなかった。この魔力には受け取る相手がいる。

 ならば魔力を押さえつけるのではなくその相手――――――カルナに届ける ”流れ” を作ればいい。

 

『お願い……カルナ……!!』

 

 意識の中でアタシは手を伸ばす。

 それでもアタシだけの力じゃまだ足りない。カルナからも魔力を引っ張ってくれれば。

 2人の力ならこの魔力を制御できるはず!

 

「あ……」

 

 伸ばした手を確かに掴まれる感覚。

 同時に荒れ狂う魔力に流れが生まれる。

 身体を蹂躙していた魔力が令呪へと集まり、カルナに送り込まれていく。

 アタシはあの膨大な魔力を制御することに成功したのだ。

 

「ハ、ハハ……やった、やったっスよ。あイタ、イタタタタ……」

 

 笑うとまだ身体に響くっス。早く治して鎧ニキ。

 そうだカルナは、カルナはどうなったっスか!?

 

「無茶をしすぎだジナコ。俺より先にお前が倒れてはそれこそ本末転倒というものだろう」

 

 数多の剣撃に晒されながらもついに堕ちなかった太陽の化身の姿がそこにはあった。

 カルナは背中越しに呆れと安堵が混じった視線こちらに向ける。

 

「俺がお前の意図に気付いて魔力を引き込まなければ死んでいたぞ」

「まぁホラ、前にアタシの意識体を追えるって言ってたっしょ? だから意識をそっちに強く向けたら応えてくれるかなと思ったんスよ。そう、全ては計算通りってことっスね。やだジナコさん有能すぎない?」

「他者を受け入れることに臆病なお前があれほど強く俺を求めたのだ。応えないわけにはいかないだろう」

「ちょっ!? 恥ずかしい言い方しないでほしいんスけど!?」

「そのあたりの議論は後だ。今は先に片づけなければならないことがある」

 

 そう言ったカルナの身体には凄まじいまでの魔力が満ちているのが分かる。

 アタシの中で暴れまわっていた魔力はいまや全てカルナに送られているのだ。

 それはこれまでアタシが供給してきた量の比ではない。

 

「高密度の魔力を無理やり取り込んだのか。無茶を通り越した無謀な行為だが、まさか成功させるとはな」

 

 アーチャーが忌々しげに舌打ちするとその周囲に再び無数の剣が投影される。

 その数はこれまでで一番多い。

 

「いいだろう、何度息を吹き返そうとも無限の剣をもって打ち倒すまでだ」

 

 視界を埋め尽くすほどの剣の一斉発射。

 この数ではカルナの槍の技量でも凌ぐことは不可能。

 アタシが今度こそカルナの身体が無数の剣に貫かれる姿を幻視したその時。

 カルナの右目がまばゆく光ると、その身に迫る全ての剣が一瞬で消滅した。

 

「なんだと!?」

 

 アーチャーが目を見開く。

 続けざまに剣を射出するもその全てがカルナに届く前に消滅する。

 

「まさか……『燃やして』いるのか!? あれだけの数を一瞬で!?」

 

 ……まじッスか。

 アーチャーの言葉でアタシはようやくカルナが何をしているのかを理解する。

 あれは《梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)》だ。

 普段は収束させて放っている熱線を拡散させて放ち、視界全ての剣を迎撃しているのだ。

 驚くべきは武器として使用している以上アーチャーが射出している剣はかなりの強度を持っているはずなのに、

 それをあれだけ広範囲に威力を拡散させながら跡形もなく消し飛ばしていること。

 同じスキルでもこれまでとは出力がケタ違いなのが分かる。

 

「ジナコが命を賭して掴んだ勝機。無駄にはしない」

 

 カルナが駆ける。襲い来る無数の剣を消し飛ばしながらついにアーチャーへと肉薄する。

 

「チッ……!」

 

 双剣を投影して迎撃しようとするアーチャー。

 だが、カルナがケタ違いなのはスキルだけではなかった。

 槍を受け止めた双剣が一瞬で破壊され、次を投影する間もなく怒涛の連撃がアーチャーの身体を打ちのめした。

 十分な魔力を得てパワーとスピードも飛躍的にアップしている。 

 

「グハッ!」

 

 アーチャー後退しながら距離を取り体勢を整えようとするが、

 その姿をカルナの右目はすでに捉えていた。

 

「《梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)》!!」

 

 熱線がアーチャーに向けて放たれる。

 しかも今度のブラフマーストラは先程までの拡散させていたものではない。

 無数の剣を一瞬で消滅させていた威力は収束され、

 膨大な熱量を持つ光の槍となって荒野を焦がしながらアーチャーに迫る。

 

「…………ッ!! 《熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)》!!」

 

 叫んだアーチャーの前に7枚の花弁状の盾が現れる。

 一度はブラフマーストラを防ぎ切った宝具の盾だ。

 しかし……。

 

「何ッ!?」

 

 射撃攻撃に対して絶対の防御を誇る盾も、今度は熱線の勢いを一時抑え込むのが精一杯だった。

 刹那のせめぎ合いの後、7枚の盾が同時に砕け散り、アーチャーの姿が光に飲み込まれる。

 

「アーチャー!!」

 

 桜さんの叫びをかき消すように熱線が炸裂した轟音が遅れて周囲に響き渡る。

 

「くぅッ!」

 

 アタシも撒き散らされた光と轟音に思わず目を伏せる。

 光と音が収まるのを待って目を開いたアタシが目にしたのは残ったのは赤く煮沸する大地とそして。

 

「ハァ……ハァ……ハァ…………」

 

 その傍らで膝をついているアーチャーだった。

 

「盾が押しとどめた一瞬で直撃を避けたか。だが、さすがに無傷とはいかなかったようだな。悪いがこちらは降伏勧告などするつもりはない。次の一撃で”座”へと送り返してやろう」

「ハァ……ハァ……クッ……」

 

 立ち上がったアーチャーだったが、その姿は満身創痍だった。

 赤い外套は燃え尽きており、晒された肌には半ば炭化した無数の火傷が見える。

 右足が動かないのか、左に重心を傾けながら立っているのもやっとのようだ。

 アタシもカルナの言葉に異存はない。

 すぐに止めを……と思ったアタシはギクリと身体を強張らせた。

 死に体であるはずのアーチャーの目が獲物を狙う鷹のようにギラギラと光っていたからだ。

 

「負けるわけにはいかない……」

 

 右足を引きずりながらアーチャーが前へ出る。

 

「彼女の願いは私の願いでもある。私は……俺は……正義の味方ではなく、マスターである彼女の味方になると決めたのだから!」

 

 そう叫んだアーチャーの右手に光が集まる。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 半ば悲鳴のような雄たけびと共に強くなる光が辺りを覆い尽くす。

 

「これが俺の最後にして最強の剣だ」

 

 その手には輝く黄金の剣が握られていた。




それでいてまだアーチャー戦が終わらないという。

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