勇者の仲間ですが魔王の協力者です 作:rocyan
時々、方向転換しながら結晶達を避けるが、流石に体力と精神力が持たない。このままずっと避け続けるのは、ストレスが溜まる行為だ。
早く決着をつけなければという焦りはないが、段々と面倒になってくる。早くこの試合を終わらせて、横になりたいものだ。
地面すれすれを飛んできた結晶を跳んで避け、そこを狙ってきた違う結晶を空中で海老反りになり躱す。そのまま地面に手をつき、バク転の要領で後退し止まる。背中に伝わる固い感触。シアンは壁際に追い詰められていた。
「(やば----っ!)」
迫り来る結晶達。鋭い先端が太陽光に反射してキラリと光った。
「これで、終わりっ!!」
タンの言葉と同時に結晶達が一斉に激突した。鳴り響く轟音。ガラガラと瓦礫が崩れる音。それは攻撃が遂に当たったという事で、相手が生きている保証がないという事でもある。
同族である人を殺せば、それは罪に囚われる。バレなければそうでもないが、ここでは観客がいて、王もいる。もし相手を殺してしまえば、死刑は確実だろう。
あの鋭利な結晶達だ。脆い人の肉など、貫通するのは容易い。サァっとタンの顔が青ざめる。
タンは杖を仕舞い、土埃が未だ絶えないシアンが倒れたであろう場所に駆けつける。ごほごほっ。土埃が喉を刺激する。視界も少し悪い。早く、助けなければ。
「だっ、大丈っ夫、っ!?」
「大丈夫、大丈夫。まぁ、危機一髪だったけど」
声を上げながら倒れているシアンを見つけて駆けつけるが、あと一歩という所で首に冷たい感触が伝わった。何かが滴るような感触もあるし、少し痛い。いつの間にか目の前に倒れていた筈の彼もいない。これは、これはまさか。
「っ……なん、で」
「ん? 何で生きているのかって。そりゃぁ、避けたからに決まっているだろ」
くつくつと嘲笑うかのように笑う声の主。この声の主は、先程まで戦っていた相手の少年の声に良く似ていた。というより、本人だろう。つまりは、タンは嵌められたのだ。この少年に。
首を動かさず、後ろに立っているシアンの姿を見る。危機一髪という本人の言葉には嘘はなかったようだ。全身、至る所に切り傷があり血が滴っていた。死ぬ程の量ではないのが幸いか。タンは息を吐く。
「近距離からの魔法攻撃はやっぱり、すべて躱すのは難しいか。これは鍛錬が必要かも……いや、それより勝敗だ。タン・カーキー、先輩のお前に問おう。この試合を諦めるか、否か。因みに拒否した場合、お前の首が飛ぶぞ。物理で」
ぐっと首に添えられている短剣に力が入る。
タンは考えた。これは脅しか、脅しではないか。本来短剣では人の首を飛ばせるほどの強度と、長さを持ち合わせていない。なので、これは脅しという可能性が高い……が。
「(この子の実力は、私の上級魔法を躱し続けて、こうして私を罠に嵌めるほど高い。ほんと誰だろう。彼を落ちこぼれなんて、言ったのは)」
実際シアンは、攻撃魔法については落ちこぼれなのであながち間違っていないが、戦闘慣れしているという点で強かったに過ぎない。場数を踏んできた数が違うのだ、そりゃ差があるというものだろう。
しかし、三歳も年下の相手に遅れを取るなんて思っていなかったタンは悔しそうに顔を歪ませる。少なからず彼女の中にあった、プライドがその表情を作らせていた。
それに彼女には約束がある。両親と交わした、人生を左右する約束が。このまま負けを認めれば、タンは宮廷魔術師にならなければならない。駄目だ、それでは駄目だ。
「(王を守るんじゃなく、この市民を守りたいんだから……!)」
ギュッと杖を握りしめて素早く腕を前へ振り上げ、そして思いっきり彼の鳩尾で思われるだろう場所に振り下ろした!
「遅い」
気がつくと視界が反転していた。青空が視界いっぱいに広がっている。背中には打ち付けたような痛みがあり、杖を持っていた方の手首が痛い。となれば、ひっくり返されたのだろう。
「最後の悪足掻きは無駄だったな。ご苦労様」
どうやったのかはわからないが、杖を取り上げられた時点で負けは確定した。彼はくるくると、杖をペン回しの要領で回している。心なしか上手い。
「…………私の、負け」
「その言葉を待っていた」
パッと手を離す。タンの身体が地面に倒れ込んだ。
爆音のような歓声が巻き起こる。シアンは煩わしく思いながらも、奪った杖をタンへ差し出し返却する。
「決まったー! タン・カーキー選手VSシアン・アシード選手の試合結果は、シアン・アシード選手の勝利だーー!! 最上級生である第六回生を第三回生が倒すという奇跡!!! そして、魔法使い同士の戦いとは思えない良い試合でした! ありがとう!」
賞賛と批判が入り混じる歓声の中、シアンはタンから背を背けた。
悔しい。タンは歯噛みする。試合で負けたのではなく、戦いに負けたのだと思った。実際は試合でも負けてしまったが、そこではない。タンが悔しいと思ったのは、単純な魔法の力で負けていないという点。
彼は、シアンは攻撃魔法は使えない。劣化でしか使えないのだ。その時点で魔法使いとしての格は落ちている。だからこそ、魔法の力ではなく、実力で負けた。
まだまだ、タンが未熟だった証拠だ。
「では、優勝したシアン・アシード選手の授賞式を行いたいと思いますので、アシード選手はそのまま残ってください!」
つまりは、タンは用済みであると言うこと。それを理解すると彼女はふらりと立ち上がり、会場への入り口の方へと歩いて行った。脱力しているのか、少し足がおぼつかない。
そんなタンを横目で見たシアンは、興味を無くしたように顔を前へ向け、王が来るであろう場所を見据えた。シアンにとっては此処からが正念場である。あまり好きではない相手を前にしなければならないのだから。
「(まぁ、当然の結果だよな……)」
ばさりと草臥れた翼を広げ、背伸びをする。少し凝っていたようだ。何かが折れたような音がした。
面白みを感じない結果に、イエローは溜息を吐く。
確かに彼の実力は買っていた。いくら魔法国家の教育機関と言っても、たった二十年しか生きていない人間の、それも未熟な者たちにあのシアンが負けるとは微塵も思わなかった。
けれど、それ以上に呆れたのは。
「(実力、落ちてねぇか? 彼奴……それとも、手を抜いたか?)」
少し考えてから、そんなはずは無いと一蹴する。手を抜いているのなら、わかるはず。しかし、わからなかった。違和感がある。何なのだろうか。
「(何かが足りな…………あぁ、そういう事か。なんだ、なんだよ。手を抜いてねぇじゃねぇか)」
暫く頭を悩ませていたイエローだが、以前シアンと戦った時を思い出して納得する。
シアンと戦った時、彼は此方へ一瞬で迫るような戦い方だった。瞬きをした瞬間には消え、後ろからの攻撃。また、瞬きをしていなくても刹那には消えていて、死角から攻撃をする。そんなヒットアンドアウェイな戦法だった。
そんな話に聞いているだけではあり得ない戦い方だが、一つだけ可能にする魔法がある。時空間魔法“瞬間移動”だ。
時空間魔法は使い手が少ない魔法で知られ、希少である。時空間魔法は神の領域にも迫ると言われ、その神の領域と言われる階級、神級ではこの世界ではない違う世界に行けるとされる。
勇者召喚もこの枠組みに入るが、勇者召喚は一方的な片道切符なため、神からすれば半端な術でもある。
それはともかく、彼の戦法は“瞬間移動”が要。今回の試合では一回も使ってはいなかった。つまり、キーである“瞬間移動”を使わなければ、シアンの実力は上級魔法を少し使える者に苦戦する程となる。
「(最初、タンって言うやつの裏に回ったのはただ単に走っただけだしな……気配消して)」
周りから見れば、普通に走って近づいていただけである。殆どの人がタンが気づかないのを不思議に思っただろう。
「……さて、考察は此処までにして。こっからは、お楽しみタイムにしようかなー」
夕陽色の瞳を細めて笑う。目線の先には、試合に敗れ去り退場していく一人の少女。
さてさて、天使本来の仕事をしようではないか。
イエローは嬉しそうに顔を歪ませながら、そう呟いた。
天使とは、人々に甘い言葉を囁く悪魔である。
そう言ったのは誰だったか。
飛び立つ瞬間、深い青色の髪が目に入った気がした。
まるで海の底の様な瞳と目が合った。
王の傍らで、これから自分の仲間になるであろう人物を穴を開くほど見ていた雄城英二は、目線が交差したとわかるとビクリと肩を揺らした。
凝視されていたらわからないはずもないのに。
彼は、試合では人間の限界以上のスピードで走っていた実力者である。英二の世界で一番速い人間なんて、遅く思える程だった。改めて異世界に来たんだな、と実感する。
魔法という異世界ならあるだろうという現実離れしたものもあったが、何故かあまり実感が湧かなかったのだ。夢を見ているようにも感じた。
それに、英二の世界でも超常はある。人が消えたり、居ないはずの人に会ったり。人ばかりだが、それでも科学では証明できないものばかり。そういうのがあるからか、魔法というものをすんなりと受け入れた。元からサブカルチャーに強かったから、というのもあるだろう。
しかし、人がとても速く走るだなんて、何かこう、心の奥であり得ないと思っていた。いつかは世界最速の動物である、チーターをも超えるのではないだろうか。その時は焼け死にそうだが……。
「(けど、この人無愛想だなぁ)」
改めて優勝した、シアン・アシードという人物を見る。王から賞賛の言葉を受け取っている彼は、先程から微動だに表情を変えない。眉ですら、動かないのだ。寧ろ尊敬を覚える程に。
先程の試合では実に楽しそうに笑って話していたが、本来は此方の顔の方が素なのかもしれない。そうと言うのならば、無愛想というのを超えて無感情。少し怖い。
……いや、見ていてもコミュニケーションは出来る様なので、愛想笑いぐらいは浮かべてくれるだろう。そこまでの、常識知らずではないと思いたい。何だか、旅が不安になってきた。命の危険というのではなく、人間関係の方で。
カーマイン皇国からも一人、勇者のお供として派遣されるが、この人がその人と仲良くやっていけるのか不安で仕方がない。
英二は勇者としての素養はあるが、剣をやっと待つことができるほどの素人である。これから、カーマイン皇国からのお供に剣術を、ここプラム王国からは目の前にいるシアンに魔法を教えてもらう。しかも、旅をしながらである。
なので、初対面のうちに王都から弾き出されるということ。喧嘩離れでもすれば、英二は路頭に迷う事になる。それだけは勘弁して欲しい。
「(あ、でも仲間になる以前に、魔法教わるから先生になるのか……)」
確か、ここの魔法学園の制度だとシアンは十七歳だった筈だ。自分の一個上。先輩であり、魔法の先生になるわけだ。一つ上の教師か……と心の中で呟く。
「(年が近いから、先生って感じしないけどなぁ)」
けれど、教えを請う立場であるのは明白。敬意を込めて、先生と呼ばなくてはならないだろう。この世界が、上下関係に厳しいというのならば。
先生と呼ぼう。と心に決めたところで、一つ問題点が発した。カーマイン皇国から来る剣士も、剣術を習うので教師なのだ。同じ様に先生と呼ぶのは、ややこしくなるのは分かっていた。
「(魔法は理系って感じで先生呼びはしっくりくるけど、剣術はなぁ……体育会系だよな)」
剣術は、主に身体を使うものだ。相手の動作を見極める動体視力、どうやって隙をつけるかという思考能力も必要だが、まずは体力だろう。体力が無ければ、戦いにすらならない。
現代っ子である英二には、厳しくなるだろう授業に身を震わせながら、まだ見ぬ剣士の敬称について考える。
「(体育会系……うーん、師匠とか? よく、剣の師とか出てくるし。うん、うん! これが良いな!)」
まだまだ続く授賞式と閉会式の最中、人間界を担う勇者である雄城英二は、他の者たちにとって至極どうでも良い事を延々と考えていた。
彼にはきっと大切な事なのだろう。
目が合った時から、彼の思考を読んでいた深海の瞳を持つ人物は、小さく溜息を吐く。
「(此奴、大丈夫か……?)」
魔界の未来は明るい。
rocyanは先に予約投稿するということを覚えた!