勇者の仲間ですが魔王の協力者です 作:rocyan
魔界。
魔国とも呼ばれる、魔族達が住んでいる国。人間達が暮らす国々を全て合わせたほどの広大な土地だ。人の王でもその魔界の四分の一を統べるのがやっとというのに、魔界の王である魔王はこの土地全てを治めているのだから、その技量は言わずとも知れていた。
今回はその最奥、人間の国との境目から最も離れた場所にそびえ建っている城。魔王城に住む一人の魔族へと視点を移してみようではないか。
今回視点を向ける彼は人間を友好的に見ている数少ない魔族であり、この魔界の王、魔王の次に権力が強い。その理由は、彼が魔王の息子なのと、彼に勝てる者が魔王以外にいないからである。決して親の七光りではない。
そんな彼は今、上下で黒と白に分かれた癖のある髪を揺らしながら、両手一杯に抱えられた紙の束をとある一室へと運んでいた。一五〇程の低身長である彼は、必死にその身長にしては長い脚をせっせと動かしている。どうやら早く運び終えたいようだ。
「ったく、どうせ運んでも処理しないのは見え見えじゃと言うのに……何故に運ばなければならないのじゃ」
一回は父上もこの重労働を味わって欲しいものじゃな。と彼は口を尖らせながら、そう呟いた。まだ声変わり前であろうボーイソプラノは廊下にやけに響いた。と言っても彼は何千年も前から、姿は変わっていないのだけれど。
ブツブツと己の親でもあり上司でもある魔王に文句を呪文のように放っていた彼だが、いつの間にかついたのであろう、目の前には豪華でそれでいて控えめな装飾が施された扉の前に来ていた。
彼はふぅと息を吐いてからコンコンコンとノックを三回し、その重そうな扉を書類を持ち直した手で軽々と押した。黒い大きな手に押された扉は、ギィと悲鳴を上げながら開く。閉ざされていた部屋の中が見えてきた。
「父上ー、書類持ってきたやったぞ。我に感謝するんじゃな!」
何故かドヤ顔でそう言った彼は、目に入ってきた自身の父の姿を見てため息を吐く。今日で一体何回ため息を吐いたか……少なくとも二回。
彼の親である魔王は、書類の山に突っ伏しながら盛大ないびきを掻いて寝ていた。そう、寝ていたのだ。一国の主が、人々が恐れる魔王が書類に埋もれながら爆睡しているのだ。この姿を今の勇者が見ればどうなるのだろうか……多分あほ面を晒すことになるだろう。
「予想していたことじゃが……そんなテンプレはもうこりごりなんだよ! クソが!」
近くにあった机の上に書類の束を置いた彼は、その左右で長さも大きさも色も違う両腕を広げ、手の平に機関銃と呼ばれる異世界の武器を出現させた。そしてそれを魔王へと標準を合わせ、セーフティを解除し、引き金を引いた。二丁同時にである。
ズガガガガガッと辺りに銃声が響き、数秒間続いた後それは止んだ。機関銃を消した彼は、はぁと今回三回目のため息を吐いて、笑う。
微笑む彼の前には、気怠けな欠伸を掻く無傷・・の男がいた。“まおう”とプリントされたTシャツに黒のスウェットを着た金髪の男は、ガシガシと後頭部を掻く。
「ふわぁ……手荒い起こし方はいつもやめてって言ってるのに……まおう悲しい」
「黙れ、ダメ親父。その作業中に寝る癖をやめるのなら、やめてやることもないんだがな」
「うわ、おこなの? おこなのね、口調が若返ってるよ。というかそっちこそ、その癖やめない? 怖いよ? それ」
「無意識だから許して欲しいのじゃ。我は悪くないぞ。父上こそ、その口調やめたらどうじゃ? うざい」
「うわー、息子にうざいって言われた……死んでいい?」
「勝手にどうぞ」
「ひどいッ! そこは死んじゃダメ! とか言うところでしょ!?」
「まるでダメな親父、略してマダオは一回死ねばいいと思うのじゃ」
「そのネタって結構くるんだね!! 心が痛いぜ!!」
「そのまま心筋梗塞で死ね」
「ふぁっく」
一言二言に止まらずに言い合いをする二人。基本的に息子が優勢なのはいつものことだ。
魔王はそんな息子にため息を吐きながら、あの可愛かったサタンは何処へいったんだろうと嘆いていた。子供が成長することは好ましいことだが、親に反抗的なのは少し悲しい魔王であった。どうやら魔王は子供に甘えてほしい側であるようだ。世の中には、その反抗する姿が可愛いなぞ言う奴もいるというのに。
因みにサタンと言うのは、魔王の息子……つまりは彼の名前である。
サタン。
時には魔王、時には魔神と言われ、悪魔を統べる者の呼称とされる。人から畏怖される対象だ。
しかし、サタンという名前の彼は記述通り魔王ではない。時には魔王の代理はするが、魔王の息子だ。
では、魔王の名前は何だというのか。答えは---。
「ねぇー、一向に書類が減らないんだけど、何コレいじめ?」
「魔界最強の父上にいじめをできるなんて、この書類は凄いのう」
「何で、書類褒めるの。ちょっとは俺の事心配してよね、るしふぁー悲しい」
「魔王かルシファーか、どっちかに固定したらどうじゃ? ころころ変わりすぎなんじゃよ」
「どっちも俺を指すからいいの」
「あっそ」
ルシファー。
大天使ルシフェルの本名とも呼ばれ、またサタンの別称である。大天使長ルシフェルが堕天し、サタンと名を改めたらしいが、それはいい。
このルシファーは、さっきも言ったが元天使だ。今は堕天使だが、この魔界を作った最高権力者であり魔王。そして、魔界最強である。
何万年も前から存在し、今だに死なず、人間に敵認定されても殺されていない事からそれは伺える。それに、悪魔というのは向上心が高い。力が強い者ほど、権力者に相応しいということで、魔王の座を狙ってくる奴は大勢いた。しかし、それを全てはね退けている魔王は一体どれぐらいの力なのだろうか。
因みに、中級悪魔が束になれば第一級冒険者でも少し苦労する程度である。
「そうじゃ、シアンから連絡があったんだけどの」
「あぁー、お前のマスターな。あいつの実力は認めるけど、何だかなぁー……俺の性に合わないから好きじゃないね」
「そうかの? 我は父上よりシアンの方が好きじゃが」
「負けた……人間に負けた……ショック」
「人格者とダメな奴との違いじゃな」
「え? まさか俺、ダメな奴の方じゃないよね?」
「さぁ?」
どちらとも捉えられない返答をしたサタンにルシファーはガクリと肩を落とす。ううっ、息子がいじめるよぉー、と涙をぽつぽつと流しながら手元の作業に戻る。精神的ダメージはデカイが、まぁいつものことなので仕事に支障が出るほどではないらしい。もっとも、サタンの前で仕事をサボるような事をすれば、鉄拳が舞い込んでくるのだが。これではどちらが上司なんだか。
「で、内容は?」
「簡潔に言うと、勇者が召喚されたようじゃ」
「………………は?」
筆を動かしながらも、シアンという人間から来た連絡の内容をサタンへと問いかけたルシファーだったが、その内容が内容だった。
今、このバカ息子は何と言った? 勇者が召喚された……?
その事実を突きつけられた瞬間、沸々とルシファーの中から怒りが沸き起こってきた。普段、温厚でふざけている彼から想像もできないぐらいに、彼は怒っていた。
ルシファーから魔力が溢れ出す。ゆらゆらと霧のように、それでいてオーラのように見えるそれは、視覚できるほどの高密度の魔力。彼が相当お怒りなのはわかった。ヒクリ、とサタンの口角が引きつる。ヤバイ。
「あん……っの! クソ共がッ!!!!!!」
ルシファーが怒りに任せて叫んだ瞬間、彼の周りを舞っていた魔力が爆ぜた。
積み重なっていた書類達は突然起きた爆風によって部屋中に舞い上がり、椅子や机達はガタガタと恐怖に震えた。一種の阿鼻叫喚としたこの部屋の中で、サタンはひっそりとため息を吐く。と言っても、この騒音の中そのため息に気づく者はサタン以外いないが。
前方に出現させた大きな盾に守られながら、サタンは勘弁してくれと頭を振った。まだまだマシな方だが、このマダオが本当にキレる日が来れば、この大陸は吹き飛ぶ。それだけは止めて欲しい。
それに今でも少しキレてるルシファーは、今すぐにでも勇者を亡き者にしようと人間界へ行きそうなので、それを止めなくては、今後が心配である。
「その怒りはわかるが、一旦落ち着くのじゃ!!」
盾に守られながらもそう叫ぶ。
これ以上ルシファーが暴れるものならば強行突破であるが、ルシファーに実力が数段劣るサタンにそれは無理に等しい。願わくば、今の声で正気に戻って欲しい所だ。
そんな願いが通じたのか、舞い上がって吹き荒れていた書類達は時が止まったかのように宙で止まり、やがて床へバサバサと音を立てて落ちていった。風はいつの間にか止んでいる。
「これが落ち着いてられっかての! 奴ら契約を破りやがったッ!!」
「確かに破った……それは事実じゃ。しかしの、神は破っておらんようだがの?」
「なに?」
サタンが言った言葉にルシファーは眉を顰めた。それは本当か?と顔に書いている気がする。
サタンは散らばった大量の書類の中から一枚の紙を手元へと出現させた。探知魔法と召喚魔法の応用だが、こういう器用なことができるのは魔族の中でサタンだけである。因みにルシファーにもできない事はないのが、やらない。戦闘に関することや、自分の好きな事には余念がないのだが、いかんせん面倒くさいことは嫌いであった。
手元に持ってきた紙をルシファーへと渡す。それを受け取り、真剣に読むルシファー。常にこうであればいいのに、サタンは思う。
今しがたルシファーに渡した紙は、シアンが念話で伝えてきた内容をサタンが纏めた書類である。
内容はこうだ。
人間界。カーマイン皇国にて勇者召喚の儀式。
召喚されたのは十代後半の思しき、黒髪黒眼の男。
名前は雄城英二。剣士としても魔法使いとしても素養が高く、カーマイン皇国からは腕のいい剣士を、プラム王国からは魔法学園から選抜し、それぞれ技術を教える手筈。
ある程度勇者が育てば、魔王退治の旅に出させるらしい。
これは、カーマイン皇国とプラム王国からの魔族への挑戦状とも取れる内容であった。
ヒクリ、と規則的にこめかみが引くつく。ルシファーは先程のように怒りを表に出さず、その表情には少なからず呆れが出ていた。サタンはそんなルシファーを見て苦笑いである。
「この名前……どう見ても日本人じゃん」
暫く無言だったルシファーだが、ハァとため息を吐いて頬杖をついた。
「そうじゃの。身体能力的には弱い方の日本人じゃが、まぁこういう事には適応力が高いというか」
「そういう事を言ってないよ」
「では、どういう事じゃ?」
サタンは首を傾げた。
先程言った内容以外にもその書類には、勇者の個人情報が載っている。多分だがシアンの唯一の友人を使って聞き出したのだろう。
それを舐め回すように見ていたルシファーは、怒りは何処へやら、ニヤリと笑って紙を放り投げた。パサリと床に散らばった書類達の一部へとなる。
「なぁに、あのクールジャパンから来た奴だぜ?」
異世界にワクワクしている子供と言っても、故郷が恋しくないわけでもない。それに先の情報通りならば、親は健在であり、それほど苦労した人物でもない。ただの一般家庭の日本人。
天涯孤独やらとなら、心残りもないだろうがこの勇者はそうでもない。
サタンはルシファーが考えている事がわかり、呆れたように息を吐いた。こいつに悪巧みをさせたらこの世界に敵う奴はいない。諦めるしかないか。
「メリットはいいが、デメリットは? 考えておるのじゃな?」
「もちのろん! 一番最悪なのはあの人ラブ! な
「魔導師が出てくる可能性は?」
「もし、出てきたとしても俺には遠く及ばないから、問題ナッシング!」
「…………勝手にしろ」
ニコニコと笑うルシファーを止められないと悟ったサタンは現実逃避するために、床に散らばった大量の書類を片付ける事にした。
「精々、強くなってくれよ? 勇者。俺は待ってるからさ!」
誰に話すでもなく座っている椅子でクルクル回りながら、ルシファーは咲う。それはもう、成長が楽しみで、その時が来るのが楽しみで仕方がないような笑顔。
サタンはそんなルシファーを横目に、シアンにどう説明しようか考えながら書類を拾う。
さてはて、これからどうなるやら。
これから来る面倒くさそうな未来にサタンはため息を吐くが、鬱陶しげな態度とは裏腹にその口角が上がっていた気がした。
子は親に似る。とはこの事であろう。
イタタタタタタ。