勇者の仲間ですが魔王の協力者です 作:rocyan
「〝これより第三回戦の説明に入りたいと思います。ですがその前に! 第二回戦通過者を発表致しまーす!〟」
第二回戦が終わった。
激動というわけでもないが、それなりに盛り上がった試合を得て勝った者の名前が呼ばれていく。と言っても、ただ二人だけなのだが。
第二回戦の試合形式は四人ずつ二組に分かれての無差別な試合であった。ルールは時間制限以内に立っていた者が勝ち、という単純なもの。
己が勝ち残り勇者の一員という栄光ある称号を手に入れるために、魔法をぶつけ合った。魔法の乱発により会場の地形は変化していたが、これはまぁ些細な事だろう。
そうして決められた勝者の中には、学園で唯一シアンの話し相手でもあるバルト・ピーコックもいた。彼の実力からすれば当然の事だが、優勝させる気はシアンにだって毛頭無い。そもそもシアンが負けてしまえば、あの魔王から受けた依頼を達成する事ができなくなる。それは良く無い。
次は確かトーナメント戦だ。運が良ければ最終戦まで戦う事はなく、二度と戦わないかも知れないが、十中八九それは無いだろうと思う。そこまで甘くは無い。もしかしたら、運営が偶々勝ったであろうシアンを潰す為に、精霊魔法という珍しい魔法を使えるエリートであるバルトをぶつけてくるかも知れないからだ。
「(まぁ、流石に二度目は少しキツいから、他の奴と戦いたいな……)」
精霊魔法は厄介だ。特に植物を操る事を得意とするバルトが契約している森の妖精は。
植物を呼び出し操る精霊魔法“妖精達の戯れフェアリーズカプリス”。応用すれば攻撃にも強く、守りも堅い、謂わば攻守万能型の魔法だ。
火属性の魔法でも使えば有利になるだろうが、シアンは攻撃魔法を使えない。正確には、劣化攻撃魔法しか使えないという事だが……火力不足だ。
とは言え、補助魔法でもやりようは幾らでもある。一番簡単なのは、この前の決闘のような時空間魔法を使って守りの浅い懐に潜り込む方法など等。だが、時空間魔法は使い手の少ない希少な魔法として知られている。この大勢の前ではあまり使いたくは無いものだ。この国の国王も見ている。せっかく勇者の仲間として選ばれたのに、研究者共のモルモットに成り下がるのは御免だ。
となれば、劣化攻撃魔法を活かして勝つという方法を取るべきなのだろう。相手もまさか圧倒的に火力不足である劣化攻撃魔法を使ってくるとは思うまい。先程も言ったように、やりようは幾らでもある。
「(例えば、一見使えない様な劣化魔法を上級魔法クラスまでに押し上げるとか……)」
くはは、と左端の口角を上げる。常識的には考えられない手。しかしシアンならば可能だ。
相手の驚いた様な顔を思い浮かべると実に愉快だ。そう思うと、早く戦ってみたくなる。先程までは戦いたくないと思っていたのに、不思議なものだ。
「何ニヤついてるんだよー。面白い事ならボクも混ぜろよ?」
机を挟んだ向こう側にいるイエローが拗ねた子供の様に口先を尖らせて、そう呟いた。
自分よりも何千年も永く生きている癖に、妙に仕草が子供よりだ。しかも、これで本人は無自覚である。自分に似ている顔でそういう行動をするのは、切実にやめて欲しいと思う。
そんなイエローの行動にシアンはため息を吐くと、そっぽを向いた。ずっと目を合わせている必要性も無いし、放送は耳で聴ける。なら何も無い壁を見ていても、頭が可笑しいヤツだと思われるだけで、別に大丈夫だろう。
「別に。ただ、戦うのが楽しみになってきただけだ」
独り言の様に呟いた。
聞こえているのかどうかも怪しい程の音量だったが、人間よりは身体能力が強化されている天族であるイエローにはちゃんと聞こえていた。
ガタッ! と椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり、机を物ともしない様にシアンに詰め寄った。その顔は笑顔で溢れており、心なしか輝いている様にも見える。
「お? おぉ?? 君も戦う楽しさが、あの泣き喚く無様な者達の絶望した表情を見る愉しさがわかってきたのか!?」
ようやっとこの楽しみを人と分かち合う事ができる! そう言っている様な声音だった。
イエローの趣味は脳筋だと言っていいものだ。人に述べれば十中八九、引く様な内容。天族にしては野蛮で、嫌悪されるもの。イエローは所謂、戦闘狂というものである。それも、一般的な戦闘狂とは少々違った性質の。
イエローは戦闘狂でありながら、戦って殺し合う様な熱血脳筋ではない。殺し殺され、自分の危機を死を肌で感じ取り喜ぶ質ではなく、一方的な蹂躙。それが大好きである。
天族であるイエローは、人々の絶望した顔が大の好みだ。他の天族が人々の神に、天使に、奇跡に縋る姿が好みという事と比較すれば、その異常さがわかるだろう。
彼は良くも悪くも異端だ。何故未だに堕天していないのかが謎に思うほど。
イエローの言葉にシアンは首を振った。戦闘狂でもないし、イエローのいう人々の絶望した顔が大好きというわけでもない。何方かと言うと、どうでもいい方である。
「いや全然」
「なぁーんだ……つまんねぇ」
盛大にため息を吐き、頬杖を付く。がっかりという表現が似合う様な仕草だった。
シアンはイエローの期待に添えない事に謝るという事もせず、ただ彼から目を逸らして放送の続きを待った。確か、第二回戦通過者を発表し終え、賛美を司会者が送り終えたところのはずだ。
「〝では、改めて第三回戦の説明を致します!〟」
対戦方法はトーナメント戦。二組に分かれてそれぞれ戦い、勝ったほうが決勝に上がれるという単純なもの。あと二回戦えば勇者の仲間となれるわけであり、壁を隔てているとは言え、隣の部屋にいる選手から闘気をビシバシと感じる。
「〝対戦カードはランダム! 一から四番に分かれたクジを私が引き、決めていきます〟」
つまりは、運命は司会者に委ねられたという事になる。
学園の席替えの時のようなものだろうか。四角い箱に入れられていく紙達は、一人の手によって陽の目を見る順番が変わる。一見公平に思えるこの選出方法だが、紙の大きなどを変えてしまえば思いのままにできるだろう。嫌な予感しかしない。
「〝因みに番号は一番がシアン・アシード選手、二番がダリア・フランボワーズ選手、三番がバルト・ピーコック選手、四番がタン・カーキー選手です〟」
シード権を獲得した二人は連続した番号らしい。シアンが一番、ダリアが二番というところから理解できる。
しかし、バルトはいいとしてタン・カーキー?
「(誰だ……? 一体)」
少なくとも第三学年から二人も準決勝である第三試合に出ている事からして、その人物は高学年の可能性は高い。流石にまだまだひよっこな一、二年では無いだろう。もしそうだった場合、魔法の才に溢れすぎている。
放送は音声だけな為に、相手の顔を見れないのが少し悔やむ。客席に移動してみようか、空席が何個かあったはずだ。もし空席が無くても、立って観戦すればいい事だ。
「〝では、第一試合の対戦カードを引きます〟」
スピーカー越しからガサゴソという物音が響く。暫くして止んだが、それは第一試合の対戦カードが決まったという事だろう。
この会場の誰もが固唾を呑んで見守った。
「〝第三回戦、第一試合。出場する選手は……!!〟」
椅子を引き、立ち上がる。第一試合の対戦カードしか聞いていないが、元々四人しかいない為第二試合の組み合わせも決まったも同然だろう。最早、此処にいる必要は無い。
脱いでいたとんがり帽子を、ふわりと被った。帽子の先に着いたリボンと丸い水晶が揺れる。
「何処行くんだ?」
立ち上がったシアンを怪訝そうな表情を浮かべて、見上げる。イエローは頬杖を突きながら、喉が渇いたのか何処からか水が入ったコップを取り出して飲んでいた。備え付けの保存庫に入っていたものだろう。シアンの為に用意されたそれは、今や非道な天使の腹の中へと流れていく。
「会場」
説明するのが面倒で、ただ一言。それだけ言うとシアンは扉を開けた。後方から、なーるほどという面白そうだと言っているような声音の言葉が聞こえてきたが、反応する事無く静かに扉を閉める。
さて、これから楽しい楽しい鑑賞会だ。高見の見物といこうじゃないか。
「さぁ、上がってこいよ? バルト・ピーコック」
ニヤリと口角を上げた。
思っていたより自分は、彼を甚く気に入っていた様だ。
「〝四番! タン・カーキー選手と三番! バルト・ピーコック選手です!!〟」
湧き上がる歓声を聞き流しながら、シアンは観客席へと向かった。
選手が入場すると歓声が上がった。当然だろう、第三回戦だ。この試合に参加するのはエリート中のエリート、つまりはプラム魔法学園において強者の部類に入る、優勝はしなくても生徒達の憧れの的となるだろう者達だ。
期待や不安を含む声が上がる中、司会者は声高らかに選手達の紹介をしていく。
「まずはバルト・ピーコック選手の紹介をしたいと思います!」
右腕を上げ、司会者から見て右側にいるバルトを指す。
「バルト選手はこの魔法学園で唯一! 精霊魔法の使い手! 契約精霊は森の妖精であります。あの気難しい彼らとどうやって仲良くなれたのか、気になるところですね!」
瞬間、口笛や歓声が上がる。学園で唯一の精霊魔法の使い手だと知られたバルトは、こうも注目されるとは思われず少し照れ臭そうである。しかし調子に乗りやすい性格故か、直ぐに慣れて笑顔で観客達に腕を振っていた。
そんなバルトを見届けた司会者は、バルトを指していた右手を下げて、今度は左手を上げた。反対側にいるのは勿論、タン・カーキーである。
「続いてはタン・カーキー選手!」
観客席の後方に立っていたシアンが紹介された人物へと視線を向けると、そこには少し明るめの茶髪の女子生徒が立っていた。
後ろ髪が長く、さらさらとしていて指通りが良さそうだ。手入れをしているのだろう、整えられた髪は風に靡いていた。
「タン・カーキー選手は第六学年の生徒です。強力な攻撃魔法の使い手であり、将来は魔法騎士団への入団が約束されているエリート中のエリート! この選抜大会に出場したのは、腕試しをしたかったからだそうです!」
肩にかかった髪の毛を払い退け、不敵に笑った。相当な自信家なのだろうか。宮廷魔術師より、戦闘重視な魔法騎士団に入団する理由が垣間見えた気がした。
しかし、第六学年とは。バルトは相当苦労しそうだ、とシアンは思う。
最高学年である第六学年は、座学は将来なる職業に必要なことを学び、実戦では実際に強力な魔物と戦ったりするらしい。他にも軍に上がる者なら作法を学んだり、指揮官に必要な統率力などを測ったりする。主に実戦的な授業が多い学年だ。
その厳しさは相当なものらしく、毎年十名ほどは魔法学園を辞めていく程。それでもたった十人なのだ、実際の魔法騎士団の様な職場よりは易しい方なのだろうが、彼女が自信ありげに佇んでいる理由がわかる。
人というものは、調子に乗りやすい。彼女も今の扱いに満足している様だし、それ以上に目の前にいるバルトの才能に嫉妬している。
自分よりも若く、そして珍しい精霊魔法を使うという天才が気に入らないと見える。陰ながらに努力するタイプか、そうシアンは判断した。
「おーおー、凄い敵意。殺意じゃないところに可愛げを感じるねぇ……凄く、歪めたい」
「やめとけ、加減を間違えて死ぬぞ」
「誰が死ぬって?」
「相手」
ある一定数の魔力が無いと人には見えない天族であるイエローは、のびのびと羽根を広げて背伸びをしていた。少し窮屈に感じる控え室はあまり性に合わなかったのだろう。清々しそうな顔をしていた。
「というかお前、魔導師がいるってのに余裕だな」
「流石に、神の使いである天使を攻撃してこねぇだろ。まぁボクの姿は見えていると思うけど」
「だろうな……」
先程から物凄く視線が痛いのはその所為だ。
ある一定数の魔力というものは、一般的に魔導師クラス以上を指している。魔術師クラスの魔力でも天族を見る事はできない事は無いが、その場合はっきりと姿は見えず、ぼんやりとした霧の様なものに見える事が多い。形からして天族だと判断できるが、そもそも天族は滅多に現れないので気のせいだと思われる事が大半だ。
因みに魔法師クラスは、彼らを見る事はできない。しかし、天族が万人に姿が見える様にするのならば、別だが。
選手二人がそれぞれ戦闘の準備をする闘技場を見る。今顔を上げてしまえば、あの魔導師と目が合ってしまうだろう。勇者の一員となれば、また会う事になるだろうが、その時はその時である。今はまだ、この視線に気づいてはいけない。
タン・カーキーとバルト・ピーコック、両者共に準備を終えたのか、それぞれの得物である杖を胸の前に掲げて小さくお辞儀をした。決闘の前にする、魔法使いの最低限の礼儀だ。これが親善試合などならば、お互いに健闘を祈り握手を交わす。
しかしこれは真剣勝負。相手を思い遣る気持ちは、小さな礼だけで十分だろう。
それを見届けた司会者は立ち上がり、拡張魔法が込められた魔石を手に取る。
「では! 第三回戦、第一試合! タン・カーキー選手対バルト・ピーコック選手!」
すぅと息を吸い、大きく声を上げて宣言した。
「試合、開始ですっ!!」
次は視点変わりまーす!