ひたすら積み上げてきた。
ひたすら支え続けてきた。
それでも私は、『×××××』になれない。
「うそだろ……?」
「そんな、長谷川な訳……!」
「どどど、どうなってんだよォ……!?」
林間合宿が中止になってから入院している耳郎と葉隠以外で現場に向かっていないクラスメイトたちはそれぞれの自宅でただただ息をのんでいた。
テレビやパソコンやスマホに映し出されるその見目も、声も、聞き間違えることのないクラスメイトのものだ。その背から伸びる禍々しい金髪の何かと、周囲に広がる黒泥と、足元に現れた異形の怪物以外は。
何が起きているのか友人知人に連絡を取ろうにも、画面は切り替わらない。電源も落とせず、ただただ非現実的な映像が止まらずにいた。
あの長谷川千雨が、ヒーローに攻撃する訳がない。そう思いたい心が揺らぐ。
長谷川千雨には、同い年とは思えない戦闘経験がある。
長谷川千雨には、他を圧倒する"個性"がある。
長谷川千雨には、過去の経歴がない。
長谷川千雨には、秘密がある。
長谷川千雨が、敵と繋がっていないと言い切れない。
何が真実で、誰が敵で、何をすべきなのか。
画面越しに見ているしか出来ない彼らには何も出来なかった。
「クソ……」
千雨はここまでかと思った。
ようやくこの世界へ転移させた元凶の敵……千雨=ヨルダに相見えたと思った所で力及ばず、ここで死ぬのかと。
どうやら不完全な憑依によって弱体化しているらしい。また、フェイトたち人形もデュナミスたち使徒も居ない。ヨルダ=バオトと『完全なる世界』を相手に戦うよりもずっとずっと勝算があるのにも関わらず、千雨一人では勝つことすら出来ない。
「アク・ラク・ク・ロック・アンロック
影の地 統ぶる者 スカサハの
我が手に 授けん
三十の棘もつ 愛しき槍を」
腕を広げた千雨=ヨルダの周囲に現れた光は空中に魔法陣を描きだし、濃密な魔力が練り上げられる。千雨は自身の近くに実体化しているハマノツルギを掴んで振り上げて魔法を無効化するよりも先に詠唱が終わるのを察した。
「
言葉とともに黒く禍々しい大槍が一本現れ、その穂先は千雨に向けられている。その槍の発する圧はとてつもなく、恐ろしいほどの魔力で練り上げられているのだと千雨にも分かった。
せめて苦しまずに死ねたら。千雨がそう思いながら目をつぶったのと同時に、全身を横に引っ張られる感覚と風をきる心地に目を開く。
轟く轟音と周囲を照らす雷光。千雨の横には茶色のポンチョに錆色のつばが広い三角帽子の男がいた。
「大丈夫かい?ジョーカー」
「マ……マジェスティック!?なんでここに!?避難は!?」
「言っただろ、こんな所でヒーローが女の子を一人にする訳にはいかないって」
雷の投擲が当たるよりも先に、離れるようにと告げたはずのマジェスティックが自身の"個性"で足場を動かし、千雨を泥から引っ張り上げて攻撃を回避していた。
同時に、エンデヴァーをはじめとするプロヒーロー達が千雨=ヨルダに攻撃をするも、それらの攻撃は千雨=ヨルダに当たらぬよう、再び黒泥の中から現れた召喚魔が触手を使って防ぐ。"個性"を魔法障壁では防げないほどに弱体化をしているか。それとも召喚魔で事足りるということか。
「僕らは何も聞かずに助けるよ」
「それは……」
「だって君、何も話す気ないんだろ?
どうしてそんな格好してるのかとか、彼女との関係性とか、色々」
千雨はぐうの音も出なかった。
この世界がいくら超常社会であろうとも『魔法』について話せる訳がない。話した所で信じる訳がない。"個性"以上に汎用的で、学術的で、才能があれば学べば学ぶだけ使えるようになる能力など『非常識』なのだから。
そんな千雨の反応すらも予想通りと言わんばかりにマジェスティックは言葉を続ける。
「良いんだよ。ヒーローは余計なお世話をするものだからね」
「……死ぬかも、しれねぇってのにか?」
「死ぬのは怖いさ。
でも――――『
一人じゃないから『仲間』って言うんだろう?』」
その言葉は、つい先程千雨がオールマイトに言った言葉だった。
どれだけ弱くとも、彼我の差があろうとも。今この場にいるのは、共に戦っているのは、仲間であると。
いくら口先ばかりとは言えど、己の言葉をそう簡単に覆すなど到底出来る筈がない。
「ちうたま、ちうたまはお一人じゃないですよ」
「ねぎ……!」
唯一千雨=ヨルダの支配を免れたであろうねぎが千雨の元に現れる。
プロヒーローたちではヨルダ=バオトに応戦しても勝てる見込みは少ない。だが、それは千雨一人でも同じこと。
なにより、一度自分が吐き出した言葉を返されたのだ。口先だけだとしても、それを撤回するなど出来る訳がない。
「……奪われた
力を貸してください」
「勿論」
たとえヒーローたちが千雨の手助けしようとも、勝算などゼロに等しい。敗北しても当然の状況。
それでも、千雨は立ち向かう事を決めた。頼ると決めた。
わずかであっても勝機を見出すために。
「エンデヴァー!しばらく頼む!」
「任せろ!
赫灼熱拳ヘルスパイダー!」
マジェスティックがエンデヴァーに向かって叫びつつ、千雨を連れたまま後方に下がる。千雨が時間稼ぎを求めたからだ。
「電子の王、再現、『孤独な黒子』」
千雨は手元に現れた仮面をマジェスティックに手渡す。
「これを目元に当ててください」
「この仮面は?」
「目元に当てている間だけ姿を認識されなくなるステルス機能の道具です。使用者と使用者に触れているもののみ効果が出ます。
範囲攻撃に弱いのが難点ですが」
千雨は空中に現れた仮想キーボードに高速タイピングしながら千雨=ヨルダの解析と彼女に打ち勝つ方法を構築していく。
ハマノツルギは先ほどの雷の投擲によってどこかに吹き飛ばされてしまっており、遠距離でのアーティファクト・アプリ解除は想定していなかったため出来るか不安が残る。もともとアーティファクト・アプリは千雨にとって切り札的戦闘技術なのだ。そんな想定をするほど使うものではなかった。
「遠隔で解除……いやまて、今の状況なら遠距離で解除するより……!
電子の王、再現、『渡鴉の人見』。ねぎ、補佐を!」
「イエッサー!」
呟きながら千雨は朝倉和美のアーティファクト渡鴉の人見を目の前に出してどこかへ飛ばしていき、胸元に仕舞っておいた仮契約カードに触れてから仮想キーボードとディスプレイを増やして何かを入力していく。
一秒でも早く、ヨルダを倒すために。
「嗚呼、うっとうしい……!」
忌々しげに舌打ちをする千雨=ヨルダ。いまだに精神と肉体の完全掌握に至らない上に、一時は落ち着いて乗っ取れたと思った抵抗が内側からされるせいで魔法の行使が上手くいかないらしく、攻撃魔法を連発できないでいた。
そのため詠唱時間を召喚魔が埋めるようにエンデヴァーたちヒーローの攻撃を防ぎ、時には反撃を行っていた。
「この人数で怯みもしねぇのかよ!」
「攻撃を緩めるな!緩めたら押し切られるぞ!」
飛行出来るヒーローの援軍も駆けつけたが、それでも召喚魔は怯むことはなく、千雨=ヨルダもそこから動かない。千雨の姿が消えた上に完全掌握が出来ていないのも理由だろう。強制的な弱体化がヨルダ=バオトの行動を慎重にさせていた。
「赫灼熱拳――――プロミネンスバーン!」
エンデヴァーの全身から放たれる超高温の炎が一直線に千雨=ヨルダと召喚魔に向けられるが、その炎を千雨=ヨルダから守るように受けた召喚魔の触手は焼き切られた端から再生していき千雨=ヨルダには届かない。
「エンデヴァーのあの火力で足りねぇのかよ……!」
「アク・ラク・ク・ロック・アンロック
来れ雷精 風の精
雷を纏いて 吹きすさべ 南洋の嵐」
詠唱がされると共に千雨=ヨルダの右手に魔力光が集まり、召喚魔に攻撃していたヒーローたちに向けられる。
「まずい、回避を……っ!」
「
雷撃をまとった暴風は一般的な魔法使いによるものよりも込められた魔力が多いからか規模が大きく周囲の黒泥からの瘴気も混ざり、黒く禍々しいものとなっており、直撃すればただでは済まない。
回避が間に合わないヒーローたちに直撃するよりも早く、何かが割り込んで雷の暴風を防いだ。
「ッ!ジョーカー!」
箒に立ち乗りしながら目の前に両腕をまっすぐと前へ伸ばし、長方形の何かで防いでいる。
それはつまり、千雨に反撃の準備が出来たという事に違いなく、前線にいた面々はマジェスティックの足場と共に後方へと下げられる。
蔓延していた絶望の空気を切り裂くようにその絶叫が響く。
「
呼応するかのように千雨が雷の暴風を防いでいた仮契約カードが光を放ち、ジョーカーの身体がうねる魔力の風と光の粒子に包まれる。
泥や血に汚れ穴のあいた白いローブや黒いベストは消え、黒いノースリーブのセーラー服へ変わる。
砂埃と黒泥で汚れたズボンは膝上の黒いプリーツスカートと黒いガーターストッキングに。編み上げ式の警備靴はシンプルで飾りのない黒いブーツに。
そしてセーラー服の背中には悪魔のような羽が、スカートの中から悪魔のような尾が、こめかみの近くに小さな黒い角があらわれる。
幻術による黒髪は艶やかな珊瑚色へと戻り、黒いリボンが結ばれる。
カードは桃色のステッキへと姿を変える。
「マギステル・ネギ・マギ、長谷川千雨!」
キラキラと魔力の光をまき散らせながら、千雨は真の姿を露わにした。
「幻術を解いたか」
「誰かさんのおかげで、隠してたところで批難は免れねぇからな!
招集!!電子精霊千人長七部衆!!!」
「ちうたまー!」
「ただいま戻りましたー!」
「ごめんなさいですー!」
千雨=ヨルダの干渉によって奪われた電子精霊たちの主導権を取り返す。
流石に千雨=ヨルダの電子精霊まで奪うことは出来ないでいたが、それは千雨にとって想定内である。
「
「たかが精霊を取り返したところで」
「さぁ、そいつはどうかな?」
瞬間、千雨=ヨルダは自身に供給される魔力が突如消えたことに目を見開いた。
「ハマノツルギの遠隔起動完了!」
「千雨=ヨルダと黒泥の魔力供給回路をカット!」
「召喚門も転移門も解除完了ですー!」
ヨルダ=バオトを倒すにはハマノツルギではなくホウマノツルギで本体のコアを斬らねばならない。
完全な融合を果たしていないとはいえ、地表に広がる黒泥がこの地の瘴気をヨルダ=バオトにエネルギーを供給している上に転移門と召喚門を兼ねている。
まずはそこを断つ。そのために千雨とどこかへ吹き飛ばされたハマノツルギを繋ぐべく渡鴉の人見を飛ばし、電子精霊とのパスを通じて遠隔操作を可能とさせた。
「何度も、何度も、この、俗物ごときが……!!」
「その俗物に負けてりゃ世話ねぇな!
衛星砲掃射!」
ハッと哂った千雨に対して怒りで顔を歪める千雨=ヨルダ。
そんな千雨=ヨルダに向けて再び衛星砲の光が空から降ってくる。流石の千雨=ヨルダも防げないと察したか、その場を虚空瞬動術で離れて千雨に接近する。
「貴様を殺せば、それで終わりだ!」
「それが出来るって言うならな!」
攻撃しようとした千雨=ヨルダは突然脳の揺れる超音波を食らった。ギャングオルカによる超音波アタックだ。空中でふらついた千雨=ヨルダ。
「先制必縛、ウルシ鎖牢!」
シンリンカムイが右腕から伸ばした樹木により素早く捕縛し、千雨=ヨルダはこれで捕まった。
ヒーローが勝った。映像を見ていた誰もがそう思った。
千雨=ヨルダの笑みを見るまでは。
「長谷川千雨。お前に出来ることは……私にも出来るんだよ」
ゾクリと、危険を感じ取った千雨が叫ぶよりも早く。彼らがその場を退避するよりも早く。
「
まるで神に逆らい捕らえたことへの罪と言わんばかりに、空から光の柱が千雨たちに降った。
ちう様の誕生日なので今日が年明けです!!!あけおめ!!!!!!ことよろ!!!!
……はい。あの、更新が遅くなりました。
次回更新に関しまして、四月半ば頃までマジでリアルに忙殺されるので更新日は未定です。
なんなんだこの多忙さ。リアルつらい。2023年の世界はもっと安達武に優しくしていいと思う。
さて、今話の目玉はちう様の変身バンク。
ジョーカーの幻術を解いたのは、このまま姿を偽って敵扱いされるよりも、混乱させてでもヒーロー側と印象付ければ罪も軽くなるだろうという必殺技・ヒーローバリアの応用です。……応用……???
にしても現場に居なくて知らない人たちからすれば二転三転し過ぎな状況である。相澤先生が滅茶苦茶怒りそうなことばっかりしてる。
そして千雨=ヨルダの始動キーから垣間見える師匠の影。一体何ンジェリンか。
もうちょっとだけ戦闘が続きます。
大丈夫です。大丈夫、なんとかなる。なんか頑張ればなんとかなる。
……なるよね……?
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