ひねくれ魔法少女と英雄学校   作:安達武

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後で書き直すというか、書き足すかもしれない


準決勝 vs轟

千雨は暗い通路を抜けてスタジアムに出る。降りしきる歓声の中、ステージ中央へ向かってゆっくりと歩いていく。

反対側からは紅白の髪をした男子―――轟焦凍が同じようにステージに上ってくる。

 

「いくぜ準決勝、第1試合!まずはこの2人!

予選から好成績を出し続けるエリート、轟焦凍!

対!

多彩すぎる"個性"で魅せる女子、長谷川千雨!」

 

ステージで向き合った二人。

轟の表情は相変わらずの無表情。しかしその目は自身の力と過去と緑谷の言葉がないまぜとなって苦悶しているのか、千雨を見ているようで見ていない。

それを見て千雨は眉間に皺を寄せた。

 

……こいつ、やっぱり全力で殴るっきゃねぇ。

 

千雨は両手をポケットに入れ魔力による身体強化をして、冷静に自分と轟の状態を分析する。

 

魔力を制御する精神力は電子精霊たちの補助で今のところ問題なし。

轟には無音拳のポーズを知られているだろうが、その原理と射程距離はまだ知られていない。

一回戦で上鳴から奪った電気の残量は75%ほど。30%を保険に残すとして…使えるのは45%だ。上鳴に使った時より電撃の威力を下げて15%ずつにしたとして、3回分。

使いどころを気をつけなければならない。

 

轟は初手で氷結を使って相手の身動きを封じるのが基本戦法。

戦闘訓練でも障害物競走でもそれは同じ。遠距離広範囲の氷結技は、この限られた範囲で遮蔽物のないステージでは回避が難しい。

さらに氷結は捕縛と攻撃のみならず、防御や移動にも利用してくる。

炎熱は今の様子では初端から使ってくることはないだろう。

氷結が回避出来ないならば、迎撃するのみ。

 

プレゼント・マイクによるスタートの合図と共に、轟が右足から氷結を繰り出したのを千雨は無音拳で打ち消した。

 

「長谷川、見えない攻撃で轟の氷結を打ち消したー!」

 

2人の丁度中間で、轟の氷が止まる。

無音拳を連打することで、氷が接近する前に破壊して押しとどめているのだ。これは氷結の範囲が小さいから出来ること。一回戦で見せた大氷結といった広範囲への氷結を無音拳で打ち消すことは千雨には出来ない。

 

また、こうして氷結を打ち消しながら轟を場外へ押し出そうにも、無音拳を警戒している轟は背後に氷の壁を作り出している。緑谷戦の序盤と同じ戦法だ。

 

轟が何度も同じように氷結攻撃を繰り出してくる。

が、千雨はそれらを全て無音拳で打ち消す。

 

「長谷川、轟の氷結を全て打ち消している!このまま互いに一歩も動かず消耗戦か!?」

 

千雨のパワーは緑谷と異なりノーリスクで使えるため、接近させたくないのだろう。

遠近どちらにも対応出来る者との戦闘をするならば、もっと自分の得意を押し付けるのが得策。轟ならば通常の氷結ではなく大氷結を使えばいい。それなのに轟は大氷結を使わない。加えて、技と戦略にキレが無い。

 

試合に集中していない証拠だ。

 

轟は再び同じように氷結を出すが、速度が遅い。その際に瞬動術で一瞬で近づき、対応するより早く右拳を振るう。

狙うは顔面、左頬。

 

「歯ァ食いしばれや!」

「長谷川、超スピードで一瞬で轟に接近!そしてストレートォ!」

 

懐に飛び込んだ千雨が轟の左頬に右ストレートを食らわせた。

しかし轟は拳を食らうのと同時に顔をそらしたため、ダメージは深くない。それでもかすったことで、轟の左頬が切れて出血している。

 

千雨はしっかり当たらなかったことに舌打ちをしてそのまま怒涛のラッシュを浴びせるが、轟はそう簡単には食らってくれず、回避される。

千雨のラッシュ攻撃は威力と速度は驚異であるものの、武術を身に付けていないため動きは単純だからだ。

だが氷結の連続使用で身体の動きが鈍くなっている轟からすれば、躱すことで精一杯だ。

 

「長谷川、轟に隙を与えずに猛攻ッ!

轟はこのラッシュを回避するしかないのか!?」

 

轟はラッシュを回避しながらも勝機を掴もうと、右足で千雨の身体を凍らせようとする。しかし、それは失敗に終わった。

地面に発生した霜は千雨の足を凍らせることはなかったのだ。まるで千雨の足元を避けるようにして、その周囲だけが。

 

「ンン!?

轟が地面ごと長谷川を凍らせようとしたが…何が起きた!?」

「長谷川の足、よく見てみろ」

「長谷川ガールの足…何だ?両足に電光が走ってる…?」

「電気で足元に熱を発生させて凍らないようにしているんだろう。器用な奴だ」

 

電気を纏うことで足の周りに熱を発生させて氷結しないようにしているのだ。実は電子精霊たちが電気のコントロールをしているからこそ出来る技である。両足に熱を発するほどの電気を纏うのを試合終了まで使うとすれば10…いや15%の電気を使うことになる。残りは30%。

緑谷が轟に与えた衝撃が消えないうちに、千雨は攻撃しながら説教するように言葉をぶつける。

 

「緑谷が言ってたのは、そーゆーことじゃねぇんだよっ!このタコ!!」

「お前に…俺の何がわかるっ!」

「知らねぇよ!てめぇが背負ってるもんがどんなものかなんて!どんだけ辛かったかなんて!

でもな!

後ろ向いてちゃ、何もどーにもなんねぇんだよ!!」

「っ!」

 

電子精霊がマイク等をハッキングして乗っ取ったのか、千雨の声がスタジアム全体に響き渡る。

 

「お前が背負った孤独も!懊悩も!悲壮も絶望も関係ねぇ!

お前に芽生えたのはッ!

お前が持つその想いはッ!

ここに、お前が来た理由はッ!

そんな、下らねェもんじゃねぇだろ!!」

 

一瞬の隙をついて、千雨の拳が勢いよく轟の頬に当たる。

今度は轟の頬を確実にとらえて、3メートルほど殴り飛ばした。

 

「私も、緑谷も!お前に芽生えたものは何かを、しっかり思い出せって言ってんだよ!!」

「……芽生えた、もの……!?」

「ここに来た理由!!その最初の気持ち!!―――お前の原点!!

それを思い出さねぇまま、いつまでも後ろ向いてウジウジしてんじゃねぇ!!!

テメェが、テメェ自身を諦めんな!!!

 

テメェの力だろ!!!」

 

千雨は緑谷と同じ言葉を告げた。

それは立ち上がろうとした轟に疑問を抱かせる。

何故長谷川千雨は緑谷出久と同じことを言えるのだ。何故こうも…強いのだ。

 

「……お前……なんなんだよ……。

……何なんだ、お前は!!」

「私が何かだァ?

何者でもねぇ、ただの長谷川千雨だ!テメェも、ただの轟焦凍だ!

ここにいる以上、血も過去も執着も、なんも関係ねぇ!!!

テメェと私の勝負!!

テメェと私だけの舞台!!

だから私を見ろ!!!轟焦凍!!!

―――テメェの全力で、立ち向かって来い!!!」

 

緑谷との対戦以降、ぐちゃぐちゃに掻き乱されているその心を、千雨の言葉が再び大きく揺さぶった。

 

千雨の言葉に静まり返るスタジアム。

轟は目の前でうっすらと白い息を吐く千雨を見た。

眼鏡越しの瞳に宿る力強い意志。目の前にいる轟焦凍をしっかりと見据えている。勝つために、全力で。

それがさっきまで見えていなかったのだと轟はようやく分かった。

 

そして、立ち上がった轟は左上半身に炎を纏い体温を調節し、ようやく目の前にいる"長谷川千雨"だけを見た。

 

「少しはマシな顔になったな」

「……長谷川……今は、お前だけを見る。―――勝つために」

「エンジン掛かるまで、遅いんだよっ!」

 

千雨が再度接近してくるよりも早く右手を伸ばす轟。

一度炎で体温を調節したから身体の動きも氷結の速度も戻っている。この近距離で足だけでなく全身を一気に凍らせてしまえば、いくら千雨でも回避が出来ない。氷結への対処の隙をつく。

そう考えた轟が氷結を出すよりも早く、電気をまとった千雨の右手が轟の右手を掴もうと伸ばされる。

感電を防ぐために自身の右手を凍らせた轟。

その凍った右手を千雨が掴み、そのまま手を離さずに―――千雨は左拳で轟の顔を殴った。

 

「ここに来て……ここに来て―――ワンハンドシェイクデスマッチ!!

クールな奴らが、まさかまさかの展開だァー!!!」

「両足だけでなく右手にも電気を纏うことで、轟の右を封じて氷を無効化してるんだろう。

轟が左を使わない限り、長谷川が勝つ可能性が高い」

「にしてもお前のクラスってアツいな!思わず実況止まったゼ!」

「勝手に燃えてるだけだ」

 

氷を防ぐための右手に15%使った。残りの電気は15%だが、その15%は最後まで残しておく。

実況とは真逆に、会場の熱はこの展開に一気に盛り上がる。

 

「男前すぎんだろ!!」

「ワンハンドシェイクデスマッチとか熱いな!!」

 

あとは純粋な殴りあいである。

どちらの拳も届いているが、互いに顔をぶつかる寸前でそむけてダメージを受け流す。入ってもクロスカウンターだ。

魔力による身体強化も限界が近い。ここで最後の一撃を構えるしかない。

千雨が左拳にも電気を集めるのを見て、轟も左手に炎を灯した。

 

電撃と炎。

2人の拳がぶつかった瞬間、大きな音と熱を発する爆発を起こす。周囲の冷えた空気が拳同士がぶつかって空気が膨張したのだ。

緑谷vs轟の時よりも威力は小規模ながらも、ステージは砂埃と水蒸気で見えなくなる。

 

「轟の炎熱と長谷川の電撃がぶつかった!

爆発の威力は緑谷の時ほどじゃねぇが…勝敗は!?」

 

蒸気がゆっくりと晴れていく。

 

 

轟と千雨―――そのどちらもが、スタジアムの壁を背にしていた。

 

爆発した瞬間、轟の右手の氷が熱と爆発で溶けてしまい、千雨は爆風によって吹き飛ばされた。同じく吹き飛ばされた轟は右手の氷が溶けたことで感電してしまい氷を出せなかったのだ。

互いの左腕は軽度の火傷によって赤くなっている。

轟は炎熱を宿していたから電撃による火傷が軽度で済んだ。

千雨は身体強化に加えて電撃を纏うために電子精霊を宿していたから軽度の火傷で済んだ。

どちらも互いの能力のお陰で大火傷を負わずに済んでいた。

 

「―――長谷川さん、轟くん、両者ともに場外!!!

よって引き分け!!!」

 

この結果に観客席の歓声はより高まる。

 

「まずは熱く凄まじい激戦を繰り広げた二人に、盛大な拍手を!

引き分けた2人は回復次第で決着を付けるぜ!」

 

万来の喝采の中で千雨は頭と左腕にズキズキと痛みが走るのを我慢してマンタを出して腰掛け、ゆっくりと轟に近付いていく。

最後の瞬間に感電させたと気が付いた為、うっかり感電死させたかと思ったのだ。電子精霊が調節していたから死んではいないはずだが…怖いものは怖い。

 

近付いてみたところ、轟も意識がはっきりしているようだ。拍手を浴びる顔はどこか力が抜けていて、幼く見える。

 

「全力出してスッキリしたか?」

「長谷川、お前……どうしてあんなこと……」

「……テメェが試合だってのに、辛気くせぇ顔してたからな。

いいか轟。吹っ切れた、悟ったなんてのは大抵勘違いだ。すぐに解消しようとしなくていい。

―――デカイ悩みなら吹っ切るな、胸に抱えて進め」

「…………!」

「私と緑谷の言葉、忘れんじゃねぇぞ」

 

千雨は右拳を轟の胸にトンと軽く当てる。

 

―――こんな熱血じみた真似をするとは思わなかったが…成る程、気持ちがいい。

 

スッキリとした気持ちが千雨の頬を緩める。轟は驚いて反応出来なかったのか、ポカンとしてから、短く返事をした。

 

「長谷川さん、轟くん、どちらも大丈夫?」

 

駆け寄ってきたミッドナイトが2人の状態を口頭で確認する。

 

「左腕以外は」

「俺も同じく…」

「取り敢えず長谷川さんには設備のハッキングを解除して貰うのと、コレ。

爆発の時にメガネこっちに飛んできてたわよ」

「あっ!?」

 

ミッドナイトにメガネを差し出されて、ようやくメガネがないことに気付いた。爆風と共に吹き飛んでいたらしい。

幸いなことに割れていないので、そのままメガネを掛ける。

 

「ありがとうございます。…お前ら、ハッキング解除」

「了解しました!」

 

電子精霊たちに指示を出している間に轟が先に出入口に向かう。千雨は去っていく轟の背中を見てから、隣にいたミッドナイトを見る。

 

「ミッドナイト先生、引き分けの勝敗についてなんですけど――……」

 

マイクを通さずに、ひそひそとミッドナイトとやり取りをする。

しばらく問答をしてから千雨はステージを後にした。

 

 

 


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