ここで何個か番外編が続きます
スレは実質試合実況的な感じなので読まなくても問題なしです
あたしって、ほんとバカ。
「あの子って体育祭の」
「あ、3位の子」
「うっわ!本物じゃん!」
「思ってたより普通」
「姉御ー!!」
「体育祭ウェーイ!」
「ワンハンドシェイクデスマッチの子だ!」
「握手して下さい!」
「かっこよかったです!」
「写真いいですか!?」
「ねぇねぇマンタ見せてー!」
「クジラ見せてー!!」
「ビリビリ見たいー!」
何で変装しないで公共交通機関使ったんだ。
そしてなんでお前らは有名人に遭遇したかのような態度……ああ、メディア効果か。麻帆良でもあったな、文化祭明けに。ネギ先生や神楽坂や桜咲を筆頭に、クラスの奴らの多くが話題になっていたなそういえば。
ちうも話題になってたけど、あの時は本名から身バレしないように情報操作しまくった記憶しかない。マジで身バレは良くない。
休日の昼下がり。沢山の見知らぬ人々に囲まれながら、過去の自分の選択を後悔している千雨。
パーソナルスペースが広く、人混みが嫌いな千雨からすればこの状況は最悪極まりないもの。
そんな千雨が来ているのは、首都の玄関口とも呼ばれる東京駅。
静岡の片田舎から何故首都の駅に来ているのかと言われれば、会長からのお呼び出しがあったからだ。
そもそも、千雨は昨日の体育祭を終えて帰宅してから最悪の連続だった。
帰宅してリビングで会長に送るための話の種にニュースでも見ようとテレビをつけた瞬間、目に飛び込んできたのが千雨と轟の試合動画と特集番組。
まさかと思ってエゴサーチをしてみれば簡単にヒットした。ヒットしてしまった。
以下、掲示板のスレから一部抜粋である。
スレタイは【UA】ベスト4の姉御がかっこよすぎる【1年】、だ。
1: 774の体育祭ファン
1年準決勝第1試合は神回
姉御マジ姉御
53: 774の体育祭ファン
感動した
88: 774の体育祭ファン
姉御かっこよすぎ
102: 774の体育祭ファン
熱かった!!!
198: 774の体育祭ファン
ファンになるしかない
206: 774の体育祭ファン
プロデビューはよ
252: 774の体育祭ファン
少年漫画の主人公かな???
302: 774の体育祭ファン
ブロマイドはよ
366: 774の体育祭ファン
十年に1度レベルの神回
468: 774の体育祭ファン
姉御マジカリスマ
475: 774の体育祭ファン
マンタにのりたい
512: 774の体育祭ファン
実質的な決勝戦
515: 774の体育祭ファン
少年漫画よりも熱い
552: 774の体育祭ファン
プロデビュー待機
584: 774の体育祭ファン
姉御のつけてる腕輪どこのブランド?
609: 774の体育祭ファン
>>584
シルバーだしヴィンテージWじゃないの?
626: 774の体育祭ファン
>>609
合致するデザイン無しだから捜索スレ立ってる
つ【捜索】姉御のシルバーバングルのブランド【情報求む】
667: 774の体育祭ファン
個性のモンスターになりたい
816: 774の体育祭ファン
命令されたい
892: 774の体育祭ファン
クラスメイト浦山
千雨関係のスレッドは確認しただけでも書き込み可能なスレが20以上立っており、掲示板は大賑わいのお祭り騒ぎ。中にはキバタン野郎AAもあった。上限にまで達したスレを含めたらかなりの数だろう。
さらに調べたら非公式ファンクラブが設立済み。
各種SNSでも上位ワードに入っている。あと動画投稿サイトには活躍まとめ動画が上げられ、非公式グッズ作成までされていた。
ネット辞典にまとめられていないのと実名でないのは一般人だからだろうが、メディアもネットも話題は雄英体育祭だらけ。
そうなれば自然とベスト4の千雨も取り上げられることとなる。
「なん……だと……!?」
もはや千雨には、これ以外に出てくる言葉はなかった。
「ちうたま、一気に全国区デビューですね」
「流石ちう様」
「電脳界のトップアイドル」
画像や動画が魔法による仮想ディスプレイによって空中にいくつも表示される。
それらを満足そうに見ている電子精霊たちに千雨がツッコミを入れた。
「良い訳あるかーっ!!
学校も本名もバレてんだぞ!?この状態でネットアイドルなんてしたら、即座に炎上!祭りの燃料!
クラスの奴らにバレんじゃねぇか!!つーかコスプレが趣味だってバレたら恥ずかしくて死ぬ……!!
お前ら!今すぐネット上の火消ししろ!!」
「ちうたま、ここまで盛り上がっていると、火消ししたところで焼け石に水です」
「山火事にコップ一杯の水」
「むしろ熱した油に水で大炎上」
「じゃあどうしろってんだよ!」
「ここは諦めて、ネットアイドルをやるのは見送るしかないですねー」
千雨は電子精霊たちの言葉にショックを受けて四つん這いになるほど落ち込む。
「私のストレス発散が……ネットアイドルデビューが……遠のいてく……」
「オフライン投稿でも僕らが見てますから、元気出して」
「我々電子精霊千人長七部衆、ちうたまのファンですから」
「てめぇら7匹しかいねぇじゃねぇか……いや、いないよりはマシだけど。
……素顔は晒されてねぇんだよな?」
「そこはスタジアム内の全カメラに映らないようにしてましたから」
「言われずとも期待に応える!」
「それが有能な電子精霊千人長七部衆!」
「どうせならネットの監視とスレの鎮火もしとけよ」
「はぅぅっ!」
電子精霊たちに八つ当たりをしつつ、千雨はエゴサーチを止めて、制服から部屋着に着替えてから夕飯の支度をしようと動き始める。
その時、スマホが1通のメールを受信した。会長からの呼び出しメールである。
もうこの時点で千雨のやる気は消えた。明日なんて来なければ良いなどと言いながらふて寝する位にはやる気がなくなっていた。
そして翌日。見知らぬ体育祭視聴者たちから囲まれている状況に至る。
なんとか人の群れを掻い潜り、呼び出された駅の近くにあるホテルの会議室につく千雨。
呼び出しの用件は入賞したことによる支援金増額に関する書類のやり取りと面談。普段メールで済ませている精神状態把握も兼ねている。
呼び出し先が公安委員会本部ではないのは休日だからだろうか。
差し出された支援金増額に関する書類を読み込みながら千雨はため息をついた。
「……書類のやり取りなんて、郵送にすれば良いでしょう。移動はムダな手間がかかる」
「貴女らしい意見ね。でもそう簡単には変わらないのが社会よ」
「こんなやり取りしてる以上はそうでしょうね。
それで、書類のやり取りだけならこんな会議室取る必要無いでしょう。会ってやり取りするにしても、ロビーか喫茶店で十分だ。
本題は?」
じっと会長を見据える千雨。
その察しの良さに会長の頬が上がる。
「相変わらず話が早いわね。
いくつか話したいことがあったのよ」
「電話で出来ない話ですか」
「ええ。
1つ目は、貴女に養子縁組の話がいくつか来てるわ」
「……待て、どういうことだ?
私の個人情報はそう簡単には知られない筈じゃ……いや、そうか。保護した公安委員会宛てに連絡されたって訳か。調べりゃそこまでは出てくる訳だし」
「その通りよ」
「断る。
知りもしない人間と家族になれるなんて……そんな考えが、この世で最も気持ち悪い」
千雨は血の繋がった者同士でも上手くいかなかったのだ。
そう簡単に他人が家族になれる筈がないし、心を許せるはずもない。
「……2つ目は、貴女へお見合いの話。
相手は大企業やヒーローの家柄の子息よ」
「それも却下だ。
悪いがそういった家柄だの資産だの、そんなもの私は欲していない。他を当たれ」
「そうでしょうね。
3つ目は……準決勝の試合について」
「……何を?」
「貴女のあの言葉が出るに至った理由を。
あそこまで――――戦おうとした理由を」
準決勝、エンデヴァーの息子との試合。その試合は会長にとって衝撃的なものだった。
会長からすれば、長谷川千雨という人間は合理主義で大胆不敵。ビジネスライクと言わんばかりに現実を割り切れる人間。情熱などとは程遠い、氷の心を持つ少女だった。
いくらその心を解したであろう子供の1人とはいえ、まるで会長が今まで見てきた千雨とは正反対に……非合理的で、情熱的で、人間性の輝きに溢れていて――――ヒーローを体現していた。
大胆不敵なところは変わらないが、彼女の本質と思っていたものとは大きく異なっていた。
あそこまで必死になる理由が知りたかった。
「普段の私らしくないだろうよ。私も、あんな風に踏み込むなんて二度と御免だ」
「それでも貴女は踏み込んだ。その理由は?」
「……二回戦の緑谷が、救けようとした。
それでも前に踏み出そうとしない轟がムカついた。それだけだ」
「……それだけ?」
「それだけだ」
打算も合理もなにもなく。ただ、自身の感情に任せた行為だと言い切った。
そんな千雨の言葉に会長は驚く他なかった。
「私は、そこまで人間出来ちゃいないんでね。
ムカつくことをそのままにしときたくねぇんだよ。
話は終わりだな?私は帰る」
さっさと書類を鞄に入れて会議室をあとにする千雨。
たった1人残された会長は、椅子に座ったまま、目の前の空いた椅子を見ていた。
「……何が……人間出来ちゃいない、なのかしら」
この超常社会となった現代で、打算や見返りといった理由なしで他人を助けられる人間はいない。社会人の多くが……プロのヒーローでもそうだ。
いや、プロのヒーローほど見返り目当てと言えるだろう。大事件であればあるほど返ってくる名声と富が大きい。そのために動いている。
プロのヒーローたちは自身の個性と出来る範囲でしか人を助けない。自身の限界を超えた危険に飛び込めるヒーローなど、果たして何人いるだろうか。
感情で他人を救けようとするヒーローなど、何人いるだろうか。
長谷川千雨は必ず、トップヒーローになる。
本能的に他人を救けようとし、強大な力を正しく振るえるその心が、人々に自然と畏敬の念を抱かせ尊敬されるヒーローになる。会長はそう確信した。
「……とんでもない拾い物をしたわ。
にしても、まさかあそこまで目立つなんて思わなかったけど……彼女なりにヒーローとなる将来を見越してかしら……」
入賞したら増額とは言ったものの、目立てとは言っていなかった。それが体育祭で1番と呼べるほど目立っていた。
トップヒーローとなるために学生時代から話題性は重要になるし、即時戦力としてのアピールにもなっているから目立たないよりは良いが。
その呟きを聞く者は、この場にはいない。
先ほどまでこの場にいた目立っていた張本人が聞いていたらショックで白い灰になっていただろう。
会長はおもむろにスマホを取り出して電話をかける。
「……もしもし、私よ。
本人が養子縁組もお見合いもお断りだそうよ。……委員会が保護して支援はしているけど……ええ。他からも同様の話があったけど、詳しく話す前に全部却下したの。
名前も聞かないで断ったわ。相手が誰であれ受けるつもりはない様子で……ええ。試合後に身辺調査とか色々と調べたみたいだけど、水の泡だったわね。
そうそう……試合での理由だけど……二回戦で救けられていたのに前に踏み出そうとしないのがムカついた。それだけだそうよ。
それじゃあまた用があったら電話するわ。
――――――エンデヴァー」
電話を切ると、会長も荷物をまとめて会議室を後にした。
会議室から出た千雨は人目につかない路地裏のさらにビルの隙間にて鞄を探る。
取り出したのは年齢詐称薬。青い飴玉で若返り、赤い飴玉で年を取るものだ。服装も変えられる幻術薬である。
実はちびちうモードになる用に、これの作り方などはかつてエヴァから教えてもらっていた。
非常識なものに対する拒絶反応はあるものの、これに関しては別。ネットアイドルとしてサイト運営に便利なものをそんな簡単に手放せる筈がない。
ちなみに作り方はいたって簡単。砂糖と水飴と水を煮込んで飴を作る時にエヴァ独自の幻術魔法を練り込むだけ。
あめ玉の色分けは練り込んだ幻術の種類を間違えないためのものだ。それぞれ着色料で色付けしている。
もっとファンタジーな魔法薬の調合みたいだと思っていたが、現実はこんなものだとはエヴァの言葉。
そんな訳で、青い飴玉を使って久々にちびちうモードになり、街中へ戻っていく。服装はちびちうモードで定番になっているセーラーワンピースだ。
見た目が5歳前後の幼女のせいか、やたらとパトロール中のプロヒーローから保護者はどうしたのかと聞かれた。
が、持っていた幼女には見合わぬ鞄を見せて「おねーちゃんのおつかいなの!」と言えば大体笑顔で「そっかぁ~、偉いねぇ~」と癒された笑顔で駅まで見送られた。幼女大勝利。
新幹線で帰る途中も幼女1人でいることに人目を引いたが、本来の姿よりは目立っていない。
公園のトイレで赤い飴玉を口にして元の姿に戻り、自宅マンション近くのスーパーで引きこもるための食料を買い漁った。自宅近辺でそこまで騒がれないのは不幸中の幸いだろう。
今日と明日は外に出ないで、家事とネット警備と入学祝いに贈ると言って作り損ねていた常闇へのアクセサリー作りに精を出すことにした。
ちなみにネットでは未だに祭り状態が続いていた。
つらい。