ひねくれ魔法少女と英雄学校   作:安達武

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新年あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします!
おもちおいしい!!!!

今回は期末演習試験をこの一話に全部ブッこみました。年始の特別拡大スペシャルみたいなアレです。



ヒーローの素質

「俺の"個性"は俺が対象に意識を集中させて洗脳しようとした上で、対象に応答させられれば洗脳出来る。掛かり具合にもよるけどある程度の衝撃で解ける。

あと、多数を一斉洗脳とかは試したことがないが意識が散るから多分無理。

そして対象に喋らせることと、頭を使わせる命令は通らない」

「頭を使わせる……洗脳した奴の名前を書かせるのは?」

「指定した文字を書かせるならともかく、名前を引き出すのは無理だ」

「なるほど……となると、いどのえにっきとの連携は難しいか……」

「いどのえにっき?」

「こっちの話。

洗脳っつっても簡単な操り人形状態と言って差支えない感じだな。強い"個性"だ」

 

いどのえにっきとは、本屋こと宮崎のどかが持つアーティファクトだ。

ハードカバーの漫画雑誌程度の厚さと大きさの本である。ゆるいイラストのついた絵日記の形で相手の心が読める。条件は相手の本名を知ること。尋問拷問要らずで質問した内容を思い浮かべた瞬間に読めてしまう。

分割することで複数名の思考を追うことも可能だが、その場合は文章のみで簡単な思考しか読むことが出来ない。

 

体育祭で心操に洗脳された尾白から洗脳について聞いた時に考えた洗脳して情報を抜き取るという凶悪な組み合わせだがこれは無理なようだ。

まぁそれはそれ。相手が普通のチンピラなどであれば財布を抜き取れば本名がわかることだろう。やっぱりえげつない"個性"である。

うんうんと頷きながらそう言う千雨に心操はむず痒いのか、首の裏をかく。

 

「……お前の"個性"、体育祭で見たのでいいのか?」

「ああ、私の?私は電子精霊っつーこいつらに指示出しするのが出来る。こいつらの力で仮想ディスプレイ出したり、電子機器があればハッキングしたりするのが本来の使い方。

応用技として私が組んだプログラムを実体化させることと、実体化するエネルギーを身に纏って超パワーと超スピード、見えない攻撃とかが出来る」

 

ぼやかして言ったが、千雨の能力として全て間違いではない。

 

「……出来る事、多くないか?」

「戦闘が出来るように電子精霊を構成するエネルギーをアレコレ応用してるだけだし、今回は相手が相澤先生だからな。

抹消されたらほぼ全部使えねぇ」

「…………勝てるのか?」

「それを今から考えるんだよ。といっても、この試験の形式だと心操の"個性"は活かすのが難しいな……それに色々検証してみねぇ事には何とも……」

 

二対一、おそらくだが相澤は心操の"個性"対策として会話をしようとしないだろう。会話をしたとして、"個性"で抹消した上でだ。

そんな話をしていると学内バスが一台、相澤を乗せて来た。

 

「相澤先生!?まだ時間じゃない筈……!」

「話し合いの途中で悪いが、先に詳しいルールを話しておこうと思ってな」

「……確かにさっき八百万と轟が演習クリアしてたとはいえ……合理的過ぎる……」

 

無駄嫌いの相澤らしい理由で来たようだ。

相澤は試験内容の詳細を千雨達に話し始めた。

 

「試験は制限時間三十分。その間に『対戦相手の教師にこのカフスをつける』か、『どちらか一人が指定のゲートを通ってステージから脱出する』こと。

逃げても良し、戦っても良し。勝てる見込みがあるなら戦えばいいし、実力差が大き過ぎる場合は逃げて応援を呼ぶのが賢明だ。

ハンデとして、俺たち教師は両手足に合計で体重の半分の重りを装着する。お前たち二人のスタート位置はステージの中央から。

…………言っておくが、俺たち教師陣は本気でいく。心操は成績に影響が無いとはいえ期末演習だ。簡単なテストだと思うなよ」

「……はい」

「まだ時間はある。好きに話し合え」

 

相澤はそう言って何処からか取り出したイエローベージュの寝袋に入って寝始めた。

切り替えの早さとヒーローで教師とは思えない行動に心操が千雨を見て訊ねる。

 

「…………ヒーローなんだよな?」

「疑わしい気持ちはよく分かる。だけどアレで雄英教師が出来るほど強くて私の天敵のヒーローだ。

それよか作戦会議、再開するぞ」

 

相澤から離れた位置で作戦会議を再開し始めた。

 

「重りがある以上、移動に制限がかかると考えたいが……相澤先生だからな……」

「相澤先生の戦闘って、どんな感じなんだ?」

 

アングラヒーローで知られていない相澤の戦い方を知らない心操の質問に千雨は「んー」と少し考えてから答える。

 

「忍者っぽい、かな」

「……忍者」

「"個性"が"個性"だから近接戦闘が得意。それとあの包帯みたいな捕縛布っていう……炭素繊維だかが入ってるアイテムで捕縛するのがメインだよ。

複数の敵でも誰の"個性"が抹消されているかわからなくさせるってのもあるらしい。

まぁ忍者っぽいとはいえ、分身したり手裏剣やら爆弾使うとかはねぇから安心しろ」

「本物の忍者なんているわけ無いだろ」

 

呆れた様子の心操に、ハハッという渇いた笑いしか出ない千雨の目は若干死んでいる。その脳裏にはニンニンと言って笑う元クラスメイトである長瀬の顔が浮かんでいた。

そうだよな、本物の忍者がそうそう身近にいるわけないよな。うん。

 

「どちらにせよ"個性"抜きで封じ込めるにゃ強すぎる。個人的には逃げるのをオススメしたい……と、言いたいところだが……逃げたくないんだろ?」

「……ああ」

「じゃあ第一目標でカフス、駄目だったらゲートだ」

 

心操にとって、生易しい試験ではない。しかし、逃げ勝ちしてヒーロー科に編入なんて彼の理想が許さない。

堂々とヒーロー科に入るためにも、戦って勝ちたいのだ。

千雨も心操のその気持ちを理解している。加えて相澤が逃げ勝ちなどさせてくれなさそうだということも理解していた。

 

「しらたき、市街地演習場のマップを」

「はいです」

 

電子精霊のしらたきが千雨と心操の前に立体的になった市街地演習場を表示した。

 

「市街地演習場はビル街を模した入試にも使った演習場。特徴としてはビルに加えて演習場の真ん中で南北に走る二車線の表通りみてぇな場所と、碁盤の目のように区切られている事と、隣の通りとの間を結ぶいくつもの路地裏があること。

ゲートは大通りをまっすぐ北側。私らは中央からのスタート。で、おそらく教師はゲート前スタート。

相澤先生の"個性"とこっちの"個性"を考えて、ゲート前から直進して私の"個性"を封じてくる」

 

千雨と心操のスタート位置の大通り中央にある青と黄色の点が二人を示しており、ゲート前に表示された赤い点が相澤を示しているのだろう。まっすぐと大通りを進むように矢印が伸びる。

 

「まっすぐ来るなら、路地を通って大きく迂回か?」

「それが定石だな。とはいえ、定石ってことは相澤先生も想定しやすいってことだ。どこまで見つからずに行けるか……行けたとして、戦闘になったら近接戦闘だろうから別行動は会敵したら負けになる」

「……なぁ、体育祭で見せてたアレって使えないのか?」

 

地図があることで一つ作戦を思い付いた心操が千雨の技を確認しながら伝える。

 

「使えるが、それだけで引っかかってくれるか……いや、そこは引っかからざるを得ないように…………きんちゃ、これ用意出来るか?」

「可能です」

「よし、それで行けば先生は引っかかるはずだ。

心操、今だと先生の目があるから、開始してスタート位置から移動するときに使えるものをいくつか渡す。それから――……」

 

作戦がおおよそ整った所で、リカバリーガールのアナウンスが入る。

 

「峰田・瀬呂チーム条件達成!

タイムアップ!!期末試験、A組の十組はこれにて終了だよ!!」

 

どうやら最後の最後、ギリギリで峰田と瀬呂が条件達成したようだ。

同時にそのアナウンスで目を覚ましたのか、寝袋から相澤が起きて出てきた。

 

「……さて、時間だ。スタート位置に向かえ。着いたらリカバリーガールの合図でスタートだ」

 

演習場内に入っていく。相澤が脱出ゲートに向かっていくのを見送りつつ、千雨と心操はスタート位置のステージ中央の大通りの真ん中に向かって歩き出した。

 

 

 

 

同時刻。リカバリーガールの出張保健所の複数モニターからクラスメイトの試験を見ていた緑谷はリカバリーガールから校舎に戻るようにと言われていた。

 

「治癒してフラフラだったのに、クラスメイトの試験見て元気になったようだね」

「はい。あの、この後の長谷川さんの試験……見たらダメですか?」

「元気になった生徒がいつまでもここにいるもんじゃないよ」

「う……でも、その……」

「この後の試験は、ちょいと事情があってね。それに今から試験不合格だった生徒の治癒もあるから、校舎で着替えてきな」

 

心操の編入に関してはまだ決まる以前の段階、現状把握の段階だ。そうそう生徒に見せて良いものではない。そのため見られる訳にはいかないのだ。

リカバリーガールにせかされた緑谷は校舎に戻りつつ、千雨の組む他クラスの生徒とは誰なのか考えていた。

 

 

 

千雨と心操が位置についてからしばらくして、リカバリーガールのアナウンスが流れる。

 

「位置についたね。それじゃあ期末演習、レディー……スタート!」

 

合図と同時に、千雨が叫ぶ。

 

「スカイ・マンタ×3!フェイク・マンタ×60!」

 

千雨の周囲にマンタの群れが現れたところできんちゃが千雨に声をかけた。

 

「ちう様!ご用意出来ました!」

 

きんちゃが用意したのは数枚の陰陽師が使いそうな人の形に切り抜かれた紙と一本のペン。

 

「それは……?」

「身代わりの紙型っつーもんだ。詳しく話すと面倒だが、まぁエネルギーで私の見た目をした分身を作り出す技。マンタと同じ実体化だ」

「……陰陽師かよ」

「プログラムの実体化にはイメージが大切なんだよ」

 

嘘である。全くの嘘である。この身代わりの紙型はマンタと同じでも、イメージが大切でもなんでもない。本当に東洋呪術の陰陽道にて用いられるものと同じものをきんちゃに言って実体化させたのだ。実体化したこと以外全て嘘である。

 

もちろん、千雨のプログラムの実体化で千雨自身をはじめとする人型のプログラムを作れば、わざわざ身代わりの紙型を実体化させて身代わりを作るなんて手間をかける必要がないだろう。

しかし人型プログラムはデータが途方もなく大きくなるのだ。大小ある600の筋肉と265の関節と206の骨、それらが成す複雑な動きをする人間をプログラムで作り、その上でいくつもの行動パターンを覚えさせて複数の外見を用意するくらいなら、こうして身代わりの紙型で指示を出すか、アーティファクトアプリで落書帝国を使ったり仮想ディスプレイの要領でホログラムを出す方がより正確で簡単である。

なお、落書帝国は絵を描いている時間が無いため、ホログラムは偽物とバレやすいため、身代わりの紙型となった。

 

サラサラと千雨が三枚に自分の名前を書いて投げれば三人の千雨の身代わりが現れた。偽物に命令してマンタに乗ってもらって移動させる。

この偽物を見つければ、相澤先生は無視することが出来ない。囮に気を取られている間になるべくゲートに近付くという作戦だ。

 

「こんにゃ、だいこ、ちくわふ、それぞれ身代わりと一緒に移動して映像データを私に送れ!会敵して身代わりが消えたら指示を出す!」

「イエッサー!」

 

中央の大通りと左右の通りにマンタと身代わりを向かわせる。

 

「心操、確保に使える道具出す。

電子の王、再現。天狗之隠蓑」

 

千雨の周囲に光の粒子が集まり、黒く裾がボロボロの外套が現れ千雨の首元に巻き付く。

 

「ボロ布?」

「ちょっと待て。……ほら、マントとサングラスと閃光弾と煙幕弾」

 

千雨がボロ布と心操が評したその外套の中に手を入れると、到底質量に見合わぬものがまるで手品のように出てきた。

上背のある心操をもすっぽり覆ってしまうほどのフード付きのマントと、ゴーグルタイプのサングラス、そして手のひらに収まるサイズでピンのついた黒い筒と、ピンのついたスプレー缶。

黒い筒にはflash bang、スプレー缶にはsmoke bangという文字が書かれている。閃光弾と煙幕弾はマントの内ポケットに入れる場所がある。

 

「……お前の"個性"……電気系統なんだよな?」

「さっきの身代わりやマンタ同様にプログラムの一種だ」

 

天狗之隠蓑。

黒くてボロい外套型のアーティファクト。伸縮性のあるマントで簑の内部には時空間魔法による異空間が広がっており、茅葺屋根の庭付きの『隠れ家』がある。魔力迷彩によって周囲の風景との同化することが出来る。

『隠れ家』には人物や生物も入ることも出来る。装備した者と内部の人物は会話が可能。

敵からの攻撃や衝撃などをマント内部に展開されている異空間の出入口が衝撃を緩和吸収し、盾及び落下物等のクッションとして利用することも可能。

なお、『隠れ家』の中身は生物が内在している状態で戻すと、内在していた生物が使用者の周辺に押し出される。無生物であれば、内在したままとなる。

 

八百万との特訓で作ったものの一部を天狗之隠蓑に仕舞っておいたのだ。なお、能力について正直に話す気のない千雨は嘘ではないが真実でもない事を言っている。

 

「マントは羽織っとけ。閃光弾と煙幕弾の使い方はピン抜いて投げるだけだ。数秒で爆発するから閃光弾使う時は気を付けろ」

「わかった」

 

マントを羽織り準備を終えた心操と千雨は路地を抜けて大通りから一本隣の道を走ってゲートに向かって移動を始めた。

 

 

 

一方で、イレイザーヘッドはゲートから大通りをまっすぐと進む。千雨の予想通り、最初に千雨の能力を封じて接近戦闘を行い捕らえてから心操を捕まえて時間切れにさせるつもりだ。

その時、イレイザーヘッドは前方に空を飛ぶマンタの群れを見つけた。

 

「やはり、マンタで速攻脱出ってところか」

 

イレイザーヘッドが予想していた千雨の戦法だ。

心操という味方がいるとはいえ千雨の身体強化などほとんどの技はイレイザーヘッドの"個性"で抹消される以上、千雨は相澤に見られる事と戦闘を避ける。

となれば、体育祭の障害物競走や騎馬戦同様に飛行するという予想をしていた。

 

「接近戦をしない為だろうが、プロはそういう場合にも備えてるぞ長谷川」

 

ビルとビルの間の狭い隙間で壁を蹴って壁を登り、そのまま三階建てのビルの屋上からマンタに乗っている千雨を捕縛してビルの上に引き摺り落して捕らえた。

 

「お前を捕縛したら終わりだと分かっているだろ……あとは心操だけだな……」

 

イレイザーヘッドが"個性"を発動させて赤く光る眼で千雨を見ながら喋る。

しかし次の瞬間、イレイザーヘッドが想像していなかった現象が発生した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

「――――は?」

 

捕縛布で縛りあげられていた千雨が煙を上げて爆発し、残った紙型も光の粒子となって消える。

身代わりの紙型で出した偽物は命じられた事を完了したり一定以上の衝撃が与えられると爆発するのである。

 

「ゲホッゲホッ!……ニセモノ……!?」

 

予想外の出来事であったが、すぐさま思考を切り替えてビルの上から周囲を見る。すると、離れた場所に別のマンタの群れがいた。その上にはまたもや千雨が乗っている。

 

「本物そっくりの囮で時間稼ぎか、厄介だな……!」

 

手の内をどこまで隠しているのかと思いつつも、本物の可能性が無い訳ではないため、そのまま見過ごす訳にはいかない。

イレイザーヘッドはビルからビルへ捕縛布を使って移動し始める。

 

その様子を仮想ディスプレイから路地裏に隠れた千雨と心操が見ていた。

 

「第一群こんにゃ部隊の爆発確認、第二群のだいこ部隊のマンタ上昇を確認。こんにゃ、お前はマンタを消してそのまま中継続けろ。第三群ちくわふ、準備しておけ。きんちゃ、次の身代わりの紙型を。

……やっぱ話す時は私の見た目であっても"個性"で消してくるみてぇだし、この様子じゃ見えない位置からの声に返事はしないから洗脳は使えねぇな……」

「…………」

「心操、私達はこのままゲートに向かうぞ」

「……ああ。ところで……なんで爆発するんだ?」

「そういう仕様だ」

 

身代わりの紙型が任務達成すると爆発するのは、千雨にも分からない仕様である。

 

 

 

その後も何度かイレイザーヘッドが囮を捕らえて千雨が次の囮を発生させるのを繰り返し、ゲートが見えてきたところで千雨は心操に声をかけた。

 

「そろそろゲートだが先生の今の居場所からして、そろそろ会敵するぞ」

「……分かってる」

「んだよ、緊張してんのか?」

 

不敵な笑みを浮かべる千雨に対して、心操の顔色は悪い。ここまで順調に作戦は成功しているとはいえ、勝負は一瞬だ。緊張しない訳がない。

千雨とて本当はこのままで大丈夫か不安だ。しかしその不安をこの状況で表に出したら心操を余計に不安にさせるだけだからこそ、千雨は強がって笑っているのである。

 

「…………心操。ここから更に、成功率上げる」

「成功率上げるって、どうやって……?」

 

心操の問いに千雨はまっすぐと心操を見る。その目は何かを決断した目だった。

 

 

 

偽物を乗せたマンタの群れを対処し続けていたイレイザーヘッド。ステージ上をあちらこちらと誘導された上に開始から10分が経過している以上、すでに千雨と心操がゲート近くにいるとあたりをつけてゲート近くに向かいながら周囲を警戒する。

その時、少し離れた路地裏でチラリと白い布が揺れたのを見たイレイザーヘッドは素早く駆け出した。

 

「そこかっ!?」

 

イレイザーヘッドは路地裏をかけていくマント姿の人物を素早く捕縛布で捕らえた。

捕らえた拍子にマントのフードが外れ、紫色の髪が見える。心操だ。なんとか捕縛布から抜け出そうともがいているがイレイザーヘッドは逃すことはなく、洗脳対策に抹消の"個性"を発動させながら話しかける。

 

「クソッ……!」

「心操の偽物って訳じゃないようだな、あとは長谷川だけか。

……長谷川の作戦か、それともお前の独断か……どっちにしろ、このまま一人じゃ何もできないとヒーロー科に編入出来ねぇぞ、心操」

「…………」

 

捕らえた心操を近くの電信柱に括り付け、千雨も近くにいると予想してゲート前に向かうイレイザーヘッド。

去っていくその後ろ姿を見ながら、縛られている心操は笑った。

 

「……()()()()だ。あとは頼む」

 

 

ゲート前に戻るために路地裏を抜け出たところで相澤は心操を連れてゲートに向かって走る千雨を見つけた。マンタの群れの時は見せていなかったが、心操の偽物を用意したのだろう。

千雨の後ろから偽物であろう心操が煙幕弾を投げたことで白煙が広がる。だが、それよりも早く相澤が接近して捕縛布で千雨を捕らえる。偽物を捕らえたところでメリットはないため心操は無視だ。

 

「心操を囮にしてでも勝つつもりだったか……いや、お前が囮になって心操にゲートをくぐらせるつもりだったか?

どちらにせよお前の作戦ミスだ、長谷川」

「…………」

 

捕まった千雨は沈黙したまま。不思議に思ったイレイザーヘッドが問い掛けようとしたところで、先ほどまで何度も聞いた言葉を口にする。

 

「――――()()()()()()()()

「!

まさか、コイツも偽物……ッ!?」

 

千雨の偽物が煙を上げて爆発するのを察してイレイザーヘッドが離れようとしたと同時に、カシャンという音が小さく鳴る。イレイザーヘッドが右手首を見るとカフスがかかっている。カフスをかけたのは先ほど煙幕弾を投げた心操だった。

偽物にカフスを任せてたのかと驚くイレイザーヘッド。煙幕が晴れていくと共にどこからか()()()()が聞こえた。

 

「……連続で爆発するハズレの()を引いた後に爆発しない心操を捕らえて油断しましたね、先生」

 

先ほどイレイザーヘッドが通った路地裏から捕縛布を手に持ちマントを羽織った人物がやって来る。それは確かに先ほど捕縛布で捕らえて縛り付けておいたはずの心操だ。

 

「…………まさか……!」

 

捕縛布を持っていた心操から煙が出て、姿が変わる。

背丈は縮み、逆立つ紫の髪は珊瑚色の長髪と黒い猫耳を模したヘッドギアとサングラスに。マントと体操服は黒いゴスロリのコスチュームにボロい外套に。

それは授業で見慣れた相澤自身の担当生徒の姿。

 

「さっき捕まえられた心操もとい長谷川です」

「……変装していたのか」

「流石に私が変装するとは思っていなかったようですね。

そのお陰で心操を偽物と思って無視した結果、心操は無事に煙幕の中に隠れたまま接近し、無事にカフスを掛けられました」

「……まんまと嵌められたという訳か……」

 

ため息をつくイレイザーヘッド。その場にスピーカーから高らかにリカバリーガールのアナウンスが流れた。

 

 

「長谷川ペア、条件達成!」

 

 

 

 

千雨と心操がゲート近くにまで近づいた時、千雨が成功率を上げるために千雨が囮になり心操がカフスをかけることを提案したが、心操は無茶だと否定した。

今日まで鍛えずに来た自分と、ヒーロー科に入学して今日まで様々な訓練をしてきた千雨。接近してカフスをかけるのをどちらが成功させやすいかなど、考えずとも分かることだ、と。

しかし、千雨は心操を信じた。

 

「もしカフスをかける事に失敗しても、私がイレイザーヘッドの捕縛から脱出してゲートをくぐって勝利出来るから心配するな。

テメェはヒーロー科に入るチャンスを掴むために、この演習試験を受けたんだろ?失敗しても問題ないから、挑んでこい」

 

その言葉に心操はそれまでの不安を押し殺して頷く。ここまで言われて引き下がれるほど、心操にとってヒーローという夢は軽くない。

カフスを受け取り覚悟を決める心操を見た千雨は、イレイザーヘッドを騙すためにアーティファクトアプリで偸生の符を使った。

 

アーティファクト、偸生の符。

赤いリボンのついた栞型のアーティファクト。触れた相手に変身し、特殊な自己暗示によるスイッチを入れれば性格や反応も本人そっくりに変装が出来る。

 

なお、千雨は心操に「先生にも内緒にしてる技だ。原理は説明できないからすごい変装術と思え」という説明になっていない説明をして、心操はここまで千雨が規格外なことを続けているため「本当にお前の能力ってあり得ねぇな」という感想を呟いた。

千雨とてこの世界基準でも元の世界基準でもヤベェ力という自覚はあるため、心操の感想は黙殺した。

 

 

 

試験を無事に乗り越えた千雨と心操に相澤が声をかけた。

 

「長谷川。お前はどうして心操にカフスを預けた?

お前のことだから戦闘を避けて逃げを選ぶと思った。お前は俺との相性が悪いことを誰よりも理解している。たとえ俺を捕らえるとしても成功率の高いお前が担うと思っていた。お前はそうそうハイリスクに挑む奴じゃない。

……だからお前がどれだけ心操を作戦に使うかと考えた時、考えられるのがいざという時にゲートをくぐらせる役目だけだと予測した。事実、変装したお前を捕らえた時は予想通りの作戦だったと思っちまうほどにな」

「……心操の"個性"は対人においてとても強力ですが、今回のような一対二の試験で相手に"個性"を封じられては活かせられない。かといって、プロヒーローと接近戦闘なんて鍛えてない心操にさせようなんて無理も出来ない。

先生の言う通り、心操を使えないお荷物と判断して当然ですし、カフスを預けるには決定力に欠けると思うでしょう。全てを私一人で対処するのが一番安全で確実な方法です。

……ですが……」

 

相澤にハッキリと言い切った千雨は一区切り入れる。

強力だが直接的に戦闘には活かせない"個性"と鍛えていない身体。ヒーローになるには程遠い。しかし心操はヒーローの素質を持っている。それは千雨が心操を信じるに足る素質。

 

「ヒーローにとって大切な素質。諦めずに困難へと立ち向かう力……『わずかな勇気』を持っている心操なら、必ずカフスをかける事が出来ると……信じました」

 

心操の目が驚きによって見開かれて隣にたつ千雨を凝視する。ゲートをくぐるから失敗しても問題ないと言っていた千雨がそこまで考え、その上で出来ると信じて託したのかと。

一方で千雨は、ここまで言うのが恥ずかしかったのか顔を赤くしつつ、それでも言葉を紡ぐ。

 

「まぁ、その……なんだ。お前とまた共闘出来るのを、楽しみにしてる」

「…………すぐに追い付く。

次はお前の補助が無くても勝てるように。俺だけの力で、ヒーローになるために」

 

そう千雨に言った心操は、相澤にガバッと勢いよく頭を下げた。

 

「相澤先生……いえ、イレイザーヘッド。"個性"抜きでも戦えるように稽古をつけて下さい。お願いします!」

 

相澤は頭を下げている心操を見てから、心操の行動に驚いていない千雨に視線を移した。

 

「……驚かないんだな」

「相澤先生の戦闘技術に"個性"は使われていない事も事前に話しましたし、演習中も先生の動きを見せていたので。

それに……夢に向かって頑張っている奴は、背中を押して見守るって決めてます」

 

そう言ってほんのわずかに頬を緩める千雨に、相澤は「そうか」と一言だけ返す。

あとひと月であの日から一年。あの頃の千雨が放っていた痛ましいほど凍えて警戒した空気がすっかり消えている姿を見てから、目の前で頭を下げている心操を見る。

 

「……心操。夏休みまでは毎週日曜日に稽古してやる。夏休みの間は基礎となる体力つけるトレーニングメニューをこなせ。

言っておくが、俺は厳しいぞ」

「――――――はいっ!」

 

夏の到来を思わせる青空に、心操の声が響いた。

 




作戦をどうしようかずっと考えてたんですが、心操が"個性"を使わぬ方法で勝利を手にさせようと思ったのでこうしました。
使わせる作戦も面白いかなぁと思ったんですが相澤先生が対策立てずにいるのを考えられなかったのと、"個性"は生まれ持ったものだけどヒーローはそれだけじゃないという事と、千雨のセリフを入れたかったので。

後書きでボツの屍をさらす作者
― 全部書いたけど本編に載せられるのは一つだけ ―

プロの教師と一対一。特別枠の実力確認。
芦戸と上鳴チームに入れる。課題は指揮能力。
轟と八百万チームに入れる。課題は連携。
緑谷と爆豪チームに入れる。課題は協調性。

ボツ理由。
一対一で戦うのは期末の趣旨(それぞれ抱えている弱点に向き合わせる事)にあまり合わないし、一学期の期末で教師とサシは特別扱い過ぎる気がした。
一応イレイザーヘッド戦、ブラドキング戦の二種類を考えてた。

クラスメイトと三人でだと力を合わせる場合、クラスメイトの成長の機会を奪ってしまいかねない。良い感じに協力して成長する未来が見えない。
展開的に補講組を補講組から外したくない。
八百万が千雨と轟を頼ってしまって成長が感じられない。

オールマイトと今の状態で戦うと本気の本気の全力を出してオールマイトを潰しかねない。
具体的に今の和解していない千雨がオールマイトとガチ戦闘するとなると

「最悪な事態(千雨にとってネギがヨルダ戦で死亡する位の事態)になる前に!
(ヒーロー生命的な意味で)死んでもらうぞ!オールマイト!」

発生してしまう可能性が3パーセントくらい存在しており、この場合アーティファクトで無双して神野の前に強制引退コース。
こうなると爆豪にもオールマイトの秘密がバレてそのまま緑谷が知ってた事もバレて作者的にもヤベー事になるのでボツにしました。ちう様つよい。

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