千雨が広場で虎とマンダレイと共にマグネとスピナーに向かい合っている頃まで少し時は遡る。
広場から一人駆け出していった緑谷は秘密基地の洞窟がある崖に向かい、そこにいた洸汰を背後に守るようにして、黒いマントを羽織り左こめかみあたりから口の端まで大きな傷痕をもつ筋骨隆々な巨漢の敵、マスキュラーと向かい合っていた。
緑谷は洸汰が攻撃される寸前でなんとか間に合ったものの、助ける際にスマホを落として壊してしまった。増援は呼べず一対一で洸汰を守りながら戦えるのかと考えていた緑谷は、背後の洸汰を見て認識を改める。
「だいっ…!…大丈夫だよ、洸汰くん……必ず、救けるから」
自身の背後で座り込み恐怖に染まった顔で泣いている洸汰を見て、緑谷は必ず倒さなければならないのだと覚悟を決めた。
「『必ず救ける』か。ははは、さすがヒーロー志望者って感じだな。どこにでも現れて正義面しやがる」
軽い口調で話しながら一歩一歩と近付いてくるマスキュラーに緑谷は警戒を解かず、拳を構える。
「お前は確かリストにあった……緑谷ってやつだろ?お前は率先して殺しとけってお達しだ。
ところで、長谷川と爆豪ってガキはどこにいる?一応、仕事はしなくちゃあ……よっ!」
「!」
緑谷に問い掛けながらマスキュラーは羽織っていたマントを脱ぎ捨て、"個性"であろう肉色の筋のようなものを右腕に纏わせながら素早い動きで緑谷を岩壁に叩きつける。
なんとか攻撃を左腕で防御した緑谷の頭の中に、マンダレイのテレパスが響いた。
『敵は十名と脳無一体!狙いは長谷川さんと爆豪くんの拉致、生徒の殺害、血液採取!
森の一部でガス攻撃と火災発生中!動ける者はただちに撤退を!』
緑谷がそのテレパスの内容に気を取られた一瞬、続けざまにマスキュラーからの攻撃をくらい左腕の骨が完全に折られる。
なんとか体勢を整えようとする緑谷だったが、一方でマスキュラーは嬉しそうに話しかけた。
「答えねぇってことは、知らねぇってことだよな!?な!?
よし、じゃあ……遊ぼう!」
そう言ってマスキュラーはまるでサッカーボールを壁打ちするかのように緑谷の腹を蹴って再び岩壁にぶつけ、倒れて体から血を流す緑谷を見て獰猛な笑みを深くして狂ったように喜ぶ。
「はっははは!血だ!いいぜ、楽しいや!!
ああ、でも、あの女のガキ!アイツ、長谷川だ!アイツと殺し合いをしたら絶対にもっと楽しいだろうなぁ!!!」
「何を、言って……!」
「おいおい、あのガキが戦ってる時に言ってただろ!
『ここに来た理由、お前の原点』『血も過去も執着も、なんも関係ねぇ』ってよ!
俺は人を殺してぇ!ただ全力で暴れてぇ!それが俺の原点だ!そこに他のもんは関係ねぇ!俺は俺のやりたいことを、
あのガキはそういう
「長谷川さんは……お前なんかの言うデタラメな事を肯定するために言ったんじゃ、ない!」
緑谷は瞬時に立ち上がって右ストレートで殴るが、それは筋のようなものをいくつもまとった右腕に防がれる。
「なんだ?それが"個性"か!?
いい速さだ……が、力が足りてねぇ!」
マスキュラーが攻撃を防いだ右腕を弾くようにしてカウンター攻撃をし、それをモロに食らって再び倒れた緑谷に"個性"を使ってみせた礼だと言わんばかりに嬉々として話し始めた。
「俺の"個性"は筋肉増強、皮下におさまんねぇ程の筋繊維で底上げされる速さ!!力!!
何が言いてぇかって!?自慢だよ!
つまりお前は俺の――――完全な劣等型だ!
わかるか俺の今の気持ちが!?笑えて仕方ねぇよ!
『必ず救ける』!?どうやって!?
劣ってるくせに、実現不可のキレイ事のたまってんじゃねぇよ!ははははは!」
倒れている緑谷を見下ろしながら心底面白いと言わんばかりに大笑いするマスキュラー。その後頭部に小石が当たった。
マスキュラーの背後にいた洸汰が投げつけたものだ。
「ウォーターホース…………パパ……ママ……も、そんな風に、いたぶって……殺したのか……!」
涙を流しながらそう言った洸汰に、緑谷は胸が抉られるような気持ちになった。
洸汰が何よりも恋しく思っている両親の仇が、この男なのかと。
「……マジかよ、ヒーローの子ども?こりゃ運命的じゃねぇの。
ウォーターホース、この俺の左眼を義眼にしたあの二人だ」
「おまえのせいで……おまえみたいな奴のせいで、パパとママは……!」
今も残る左目の上下に伸びる傷痕を撫でたマスキュラーは、うんざりそうにため息をついて肩をすくめてみせた。
「……全く、ガキってのはすぐそうやって責任転嫁する。
俺は別にこの眼のこと恨んでねぇよ。俺は
悪いのは、出来もしねぇことをやりたがってた……てめェのパパとママさ!」
そう言ってマスキュラーが洸汰を殺そうと筋繊維を大量に纏った腕を振り上げ、緑谷がそれを阻止しようと動こうとした、その時だった。
「ルキ・マリ・ス・テラ・マギ・ステラ、
空から意思を持つ流星のように光の弾がマスキュラーにぶつかって、その身体に纏われていた筋肉の帯をいくつか切り裂く。
「何だっ!?」
「今の、は……!」
見覚えのある光の攻撃に緑谷は目を見開いていたところ、グンッと何かに身体を引っ張られて瞬時に景色が変わるようにして、洸汰のそばに移動していた。
「二人とも生きてるな?」
「は、長谷川さん……!!」
気が付けば、黒い猫を模したヒーローコスチューム姿に襟巻きのようなものを纏った千雨が箒と本を手にマスキュラーと向かい合って立っていた。
「ははは!こりゃいい!探す手間が省けたぜ!!」
「『血狂い』マスキュラーか。緑谷……お前、まだ戦えるか?」
「戦うしか、ないだろ……!」
洸汰を連れて逃げようにも、マスキュラーのパワーとスピードは緑谷の上位互換と言っても過言ではない。また、既に緑谷の左腕は折れて使えないため、勝てる見込みは低い。
かといって、拉致対象である千雨にマスキュラーとの戦闘を任せることも出来ない。
今の緑谷と千雨に残された選択肢の中で最善策は、洸汰を守りマスキュラーをこの場で倒すこと。たとえそれが本来違法であろうとも。
一方で、マスキュラーはズボンの左ポケットをごそごそと漁りながら近づいてくる。その隙に千雨は箒に再び跨がり、いどのえにっきを天狗之隠簑の中に仕舞って、箒の後ろ側に洸汰を乗せる。
「洸汰、後ろに乗って掴まれ。緑谷」
「わかってる」
「よし」
ギュッと、これでもかと力強く千雨のコスチュームの背を掴んだ洸汰。千雨と緑谷は言葉少なくともお互いに敵と戦うしかないと理解しあい、マスキュラーの動きに警戒した。
「なぁ覚えてるか緑谷?さっきまでのは遊びだ!
俺言ってたよな!?遊ぼうって!!な!?言ってたんだよ!
仕事もあるし、遊びは終いだ!
こっからは――――本気の義眼だ」
マスキュラーは左眼に裏の開発者が作ったであろう悪趣味な義眼を嵌め、凄まじいスピードで千雨たちのいた場所に突っ込んできた。
ぶつかるよりも早く箒で飛んで回避した千雨と、跳躍して回避し箒の柄に右手で掴まった緑谷。
マスキュラーから距離を取った場所に降りながら、大きな音と土煙を上げて崩れる岩場に二人の背筋が凍った。
「威力がさっきと桁違い……!本当に……遊び感覚で殺そうとしてたのか……!」
「ルキ・マリ・ス・テラ・マギ・ステラ、
近付かれるよりも先に
その厚い装甲によってダメージらしいダメージは与えられていないのか、鬱陶しそうにマスキュラーは怒鳴った。
「おいおい、遠距離攻撃なんてつまんねぇ真似してんじゃねぇよ!
俺と拳で直接殺し合おうぜ!?なぁ!?長谷川千雨!!」
「長谷川さんの攻撃がまるで効いてない……!?」
「67矢で足止めにしかなってねぇって、どんだけガード硬ぇんだよ……!」
再び勢いよく千雨たちのもとに突っ込んできて地面の岩を粉砕するマスキュラーの攻撃を下がって回避しながら、千雨は破壊属性の光の矢で筋繊維のガードを崩しきれず決定的なダメージを与えられないことに舌打ちをし、勝ち筋を探そうと考えた。
まず近接戦闘特化型のマスキュラーを相手にわざわざ近接戦を仕掛けるのは無謀。かといって、マスキュラーのスピードとパワーを考えれば飛んでても逃げ切れるかもわからない上に、スタミナ切れを狙うのも難しい。"個性"を抹消出来る相澤先生のいる合宿所まで誘導してしまえば、避難した生徒をも巻き込んでしまうし、連絡して合流する場合は合宿所の守りが手薄になる。あえて接近して
ほぼ詰みと言っていい状況で、千雨の隣にいた緑谷が小声で話した。
「……長谷川さん、ここは僕が残って奴を倒すよ。だから、洸汰くんを……」
その言葉に、千雨は腸が煮えくり返りそうになった。緑谷はたとえ自分がどうなろうとも洸汰と千雨を助けたいと思っているからだ。
それと同時に、この狂った自己犠牲精神のヒーローバカにそう言わせてしまった不甲斐ない自身にも腹が立った。
この状況で無傷で勝とうということがそもそも無理難題。どんな手も使うのだと心に決めているのだ。
「却下だ緑谷。お前は出せる全力でもって奴を殴り飛ばすことだけを考えろ」
「長谷川さん、何か策が?」
「私の
奴の筋繊維のガードを私が完全に崩すから、本体が露出した所でお前の全力をぶつけてくれ」
「……わかった」
先ほどの足止めにしかなっていなかった千雨の攻撃でもマスキュラーのガードを崩すだけの秘策があることを緑谷は信じることにした。
千雨はオールマイトと考えで対立したし、緑谷自身も叱咤されたし、本人から傲慢で身勝手な人間だと言われもした。それでも千雨は勝つことを最後まで諦めず、勝てる作戦を必ずはじき出すことを緑谷は知っていた。
「ルキ・マリ・ス・テラ・マギ・ステラ、
「さっきと同じ攻撃かよ!
つまんねぇことすんじゃねぇって言って……――ッ!?」
千雨の背後に現れた光球が光の束となってマスキュラーへ向かっていく。
千雨の
しかし、筋繊維でガードしていたマスキュラーは突如として筋繊維が皮下に戻り、"個性"が使えなくなったことに動揺した。
『抹消』の"個性"持ちがいるとは事前に聞いていたが、それでも"個性"が使えなくなるという感覚は普通では味わうことがなく、このタイミングで使えなくなるなど、思ってもみなかった。
「電子の王、再現、
千雨の手には先端から僅かに煙を上げる一丁の片手銃が握られていた。
明石ゆうなのアーティファクト、七色の銃。様々な効果を持つ魔弾を撃てる銃型のアーティファクト。
千雨が使用したのは一発につき三分間魔法の使用を禁止する
千雨の攻撃と"個性"が使えなくなったことに気をとられていたマスキュラーが、
「しまっ……!」
「デトロイト・スマッシュ!100%!!」
緑谷の全力のパンチによる衝撃で起きた風になんとか吹き飛ばされまいと必死に箒の柄を握る千雨とその背に掴まる洸汰。
「あ……」
土煙が晴れた崖には、岩壁にぶつかり気絶しているマスキュラーと、振り抜いた右腕が変色してボロボロになっていた緑谷が立っていた。
満身創痍になりながらもマスキュラーを倒した緑谷の姿を見て、洸汰は昨日夢で見た両親が優しく洸汰の頭を撫でて抱き締めてくれた手つきとぬくもりが一瞬よみがえった気がした。
洸汰に、一人遺していってしまった事を悔やんで謝ってから、もうヒーローを、"個性"を、憧れと憎しみに苦しまなくていいんだと二人が微笑んだあの夢の通りに。
もう夢の中でしか会えない両親が話してくれた、二人が逃げずにヒーローとして立ち向かった理由の通りに。
『ヒーローは何があっても脅威から人々を守って助ける存在』なのだと、洸汰の目の前で千雨と緑谷が証明したのだから。
【まさかの】ちう様の言葉、響いてた【マスキュラー】
誰の言葉でも相手によって良くも悪くもなる。言葉ってそう言うもの。だとしても、まさかマスキュラーがこうなるとは体育祭書いてたときの作者は思いもよらなかった。
ちなみにマスキュラーは体育祭のちう様準決勝の動画は見てる。他は見てなくて写真と名前のみなため"個性"を知りませんでした。
たとえ見てたとしても下位互換だから興味無くて忘れ去ってそうだが。
ちなみにマスキュラーの言ってることはあながち間違ってもいない。轟が己に正直になるようにと導こうとしていたので。響いた方向がヒーローかヴィランかの違いなだけ。
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