ひねくれ魔法少女と英雄学校   作:安達武

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本誌で公安の闇がハッキリ描かれて、精神的にえらいこっちゃ状態
ナガン姉さんのが前会長の方針だけなのか分からない今!これはもう、踊り狂うっきゃない!!!踊り狂って更新するしかない!!!
そんな精神で更新しました。


スーパーヒーローは程遠い

千雨は気が付けば、先ほどまで移動していた夜の森とは異なる真っ暗闇の空間にねぎと共にいた。

 

「――は?」

 

麗日と蛙吹が交戦中だと障子から聞いて移動している途中で、敵の襲撃にあって分断されたのだろう。音もなく突然の不意打ちだったのだと食らった今だからこそわかる。何かないかと手を伸ばすものの、硬質な球体の中にいるようだ。大きさは直径1.8メートルほど。足元にはほんの少しの土がある。

千雨はひとまずしゃがんで持ち物の確認を始めた。

襟巻にしていた天狗之隠蓑と、その中に仕舞っておいた力の王笏といどのえにっき、コスチュームのポーチに仕舞っておいたスマホなど、持ち物は問題なく全てあった。

 

「ねぎ、お前外に出たり電子精霊と連絡取れねぇか?」

「脱出しようにも、内外で遮断されてるようですー」

「空間を切り取るとか、なんかそういう"個性"……このMr.コンプレスって奴の『圧縮』か」

 

千雨はいどのえにっきに表示されている敵についての情報を読んで納得した。電子精霊は物質を無視して移動出来るが、絶対にどこにでも行けるという訳ではない。電子機器のない場所では存在を維持出来ず、ダイオラマ魔法球のような内と外が完全に遮断された魔法の使用されている場所への出入りも出来ない。

この"個性"による球体は魔法球などと同様に、空間として外部と遮断されているのだろう。

しかし千雨の目はまだ負けていないという目だった。

 

「外の状況が見えねぇし、現在地もわかんねぇな……。私のすぐ後ろにいた常闇と狙われてた爆豪も同じ状態かもしれねぇなら、今すぐ脱出して助けねぇと。

ハマノツルギを使って脱出出来りゃ良いが……やってからのお楽しみか」

 

ハマノツルギは本来の所有者である神楽坂明日菜の持つ魔法無効化能力を有している強力な道具。とは言うものの、魔法無効化能力はすべての魔法が無効化されるという訳ではない。

仮契約をはじめとして、神楽坂自身の使う咸卦法や、魔法薬の類い、自身への治癒魔法、念話や精神干渉魔法、ダイオラマ魔法球、幻術攻撃や無限結界などは無効化することがなく、箒やいどのえにっき、魔法障壁などの道具は出力が低下したり無効化するなど、その効力の発揮については不明な点が多い。

だが、この状況では可能性が少しでもあるなら試さない訳にはいかない。いつまでも捕まっていられるほど悠長な状況ではないのだから。

 

「電子の王、再現、ハマノツルギ」

 

千雨は目の前に現れたハリセンを手にし、この空間から出るべく見えない壁に向かってハマノツルギを突き出した。

 

 

 

千雨が圧縮された空間内でそんなことをしている一方で、緑谷たちは木の上に立っている仮面を着けた敵・Mr.コンプレスを睨み付けていた。

 

「彼らなら、貰ったよ。

こんな場所にいるべきじゃない。輝けるステージに俺たちが連れていく」

「返せ!!」

「返せ?妙な話だぜ。爆豪くんも長谷川さんも誰のモノでもねぇ。彼らは彼ら自身のモノだぞ!エゴイストめ!」

 

緑谷の必死な反応が面白いと言わんばかりに嬉々として話しかけるMr.コンプレス。その隙を見逃さずに轟がMr.コンプレスの立っている木に氷結をくり出すも、易々と別の枝に跳び移られた。

 

「我々はただ、凝り固まってしまった価値観に対し、『それだけじゃないよ』と道を示したいだけだ。今の子らは価値観に道を選ばされている」

「二人だけじゃない……常闇もいないぞ!」

「わざわざ話しかけてくるたァ……舐めてんな」

 

音もなく三人をさらった事に、どういう"個性"なのか轟は話しかけて隙が出来ないか考えつつ障子たちと共に警戒を強めた。

 

「元々エンターテイナーでね、悪い癖さ。常闇くんはアドリブで奪っちゃったよ。

ムーンフィッシュ……さっきの『歯刃』の男な。アレでも死刑判決控訴棄却されるような生粋の殺人鬼だ。それをああも一方的に蹂躙する暴力性、()()()()と判断――――ッ!」

 

Mr.コンプレスが話している途中で、右手に持っていた3つのビー玉に似た圧縮した物のひとつから、圧縮が解除される気配を感じ取り慌てて手放した。

次の瞬間、空中に放り投げだされた玉がパッと弾けてそこに現れたのは、1メートル近くありそうなハリセンを手にした千雨だった。

 

「千雨ちゃん!?」

「テメーか!よくも捕まえてくれたな、クソがっ!!」

「どうやって俺の"個性"を……!?」

「んなもん、気合いだっ!」

 

少しよろめきながら着地してMr.コンプレスに気合いで脱出したと千雨は言ったが、本当は手にしている鋼鉄製のハリセンことハマノツルギの無効化で内側から圧縮を解除させることに成功していた。

 

千雨は身体強化して跳躍し、Mr.コンプレスに近付きハマノツルギを振り回した。が、その攻撃をMr.コンプレスは異なる木の枝に跳び移って避けてみせた。

 

「全く、とんだじゃじゃ馬娘だ!

やり合うには相性が悪い……俺ァ逃げさせてもらうよ」

「逃がすか!」

 

木の枝から跳躍したところを捕まえようと轟が周囲の木々ごと凍らせる巨大な氷結をくり出す。しかしMr.コンプレスはその氷結も"個性"を使って避けたのか、飄々とした態度を崩すことなく氷の上で身を翻していた。

 

「悪いね、俺ァ逃げ足と欺くことだけが取り柄でよ!ヒーロー候補生なんかと戦ってたまるか。

開闢行動隊!目標のうち一名、爆豪勝己を確保!残念ながら長谷川千雨は俺の圧縮から脱出された!プランBで行く!

これにて幕引き!予定通り、この通信後五分以内に"回収地点"へ向かえ!」

 

千雨たちにも聞こえる大きさの声で話したMr.コンプレス。おそらく通信機器をもっているのだろう。そのまま千雨たちに背を向けて去っていく。

 

「プランB……幕引き……だと!?」

「追わなきゃ!」

「テメー逃げんな!常闇と爆豪を返せ!!

電子の王、再現、オソウジダイスキ!乗れ!走るより速い!」

「待って千雨ちゃん、デクくん!ウチが軽くする!」

「ありがとう麗日さん!」

 

千雨はハマノツルギを天狗之隠簑の中に仕舞って箒を出し、麗日の"個性"で無重力になった緑谷と轟を障子がしっかりと背負った状態で千雨の箒の後ろ側に跨がって四人は夜空を飛んだ。

前方には木の枝から枝に跳び移りながら移動するMr.コンプレス。そこまで遠くに離れてはいない。

 

「ルキ・マリ・ス・テラ・マギ・ステラ、魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)光の31矢(ルーキス)!」

「おおっと!俺の"個性"を破った上に遠距離攻撃もしてくるとは……厄介にも程がある」

 

千雨の放った魔法の射手はMr.コンプレスに当たる直前に消えた。これも先ほど千雨を捕まえたものと同じ"個性"によるものだろう。再び捕まるのを警戒したことに加えて、確実に魔法の射手で森に撃ち落とそうとして箒の速度を緩めていた千雨は盛大に舌打ちをする。

 

「クソッ!おい、こうなったらトバして体当たりするぞ!」

「え、ちょっ、それって!」

 

緑谷が言葉を続けるより先に、グン、と先ほどよりスピードを上げた。その箒の速さに緑谷と轟は自身の命綱である障子の背に掴まり、障子も背中の二人と箒の柄をしっかり掴んで振り落とされないようにした。

ビュウビュウと夜風を切り、Mr.コンプレスの背中が見えたところで千雨は箒の柄にしっかりしがみつき、全体重を一気に右に傾けて右にカーブした。

 

「今だ!行けッ!!」

「うお、おおおっ!!?」

「なっ!?」

 

スピードを出した状態で急カーブをすれば、慣性の法則が働く。障子たちは麗日の"個性"によって無重力状態。結果、千雨の急カーブで慣性の法則でかかるスピードは重力で緩むこともなく障子ごと轟と緑谷をMr.コンプレスに空中で体当たりさせた。

流石のMr.コンプレスも勢いよく突撃してくるとは思っていなかったのか、障子たちを圧縮することは出来ずに地上へと落ちていく。どうやらタイミング良く麗日が"個性"を解除したようだ。同じ場所に千雨も箒を消して飛び降りる。

 

そこがちょうど合流地点だったのだろう。それまで千雨たちが遭遇していなかった二人の敵、顔や両腕など身体のいたるところに火傷のある黒髪の男・荼毘と、全身タイツと覆面をつけた男・トゥワイスがいた。

 

「なんだ、拉致目標が自分から来るとは。飛んで火に入る夏の虫ってやつか」

「絶対に逃がすぜ!覚悟しな!」

「そっちが覚悟し――っ!?」

 

叫びながら攻撃しようとした途中で千雨は背後から現れたトガに抱き締められるように組み付かれた。

興奮気味に顔を赤らめたトガは千雨を抱き締めたまま、その首元に口を寄せ、今にも噛みつきそうな状態で話し出す。

 

「千雨ちゃん、私、トガです。トガヒミコ!千雨ちゃん、かぁいいねぇ!私、千雨ちゃんとお友達になりたいのです!」

「あぁ!?」

「お友達になりたいから、刺すね!」

「ぐっ!?」

 

トガが左手に持っていた注射器を右腹部に刺された千雨は苦痛に顔を歪める。注射器からほのかに血のぬくもりを感じるトガは幸悦とした顔でささやく。

 

「チウチウ」

「っの、やめろ!」

 

千雨はなんとか左手で背後から回されたトガの左手首を掴んで注射器ごとひねりあげ、右手で天狗之隠簑から取り出した力の王笏を振るってトガの組み付きから抜け出した。

刺された場所から血が出てコスチュームに滲んでいく。

 

「アハ、千雨ちゃんの血ぃ貰っちゃったぁ!これで私たちお友達だねぇ!

お腹から血を流す千雨ちゃん可愛いです!でも……もっと血出たほうが可愛くなるよ!」

「異常者かよ……っ!」

 

千雨は刺された痛みとともに熱をもつ場所を服の上から押さえたまま、Mr.コンプレスを下敷きにしていた緑谷たちのところに下がった。

それと同時に青い炎が四人を襲った。後ろにいた轟と瞬時に身体強化した千雨は青い炎を咄嗟に避けたが、Mr.コンプレスのコートを掴んでいた障子の左腕と緑谷の治癒してもらった右腕が炎に焼かれて二人は絶叫する。

 

炎で体勢が崩れた四人に、すかさずトゥワイスが轟に手首の飾りらしきところから出した巻き尺のようなもので、トガが緑谷にナイフで襲いかかる。

 

「死柄木の殺すリストにあった顔だ!そこの地味ボロくんとお前!

なかったけどな!」

「トガです出久くん!さっき思ったんですけど、もっと血出てたほうがもっとカッコいいよ出久くん!!」

 

轟が咄嗟に左足から氷筍を繰り出し、障子が緑谷に馬乗りになったトガにタックルをして引き剥がす。

千雨はすぐさま轟の援護として詠唱した。

 

「ルキ・マリ・ス・テラ・マギ・ステラ、魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)光の7矢(ルーキス)!」

「暗っ!」

 

四人がそれぞれ戦うそばで、先ほどの青い炎と同時に地面を半球状に抉って姿を消していたMr.コンプレスが再び姿を現し、荼毘のそばに歩いていく。

 

「いってて……まさか空中でタックルをかましてくるとは。発想がトんでる」

「爆豪は?」

「もちろん……」

 

荼毘の質問にMr.コンプレスが右ポケットをあさる。その行為を見た障子が叫んだ。

 

「三人とも、逃げるぞ!!

今の行為でハッキリした!"個性"はわからんがさっき俺達に散々見せびらかした……右ポケットに入っていたこれが、爆豪・常闇だなエンターテイナー!」

「障子くん!」

 

障子の左手には、二つのビー玉のようなものが握られていた。

 

「ホホウ、あの短時間でよく……!流石六本腕!まさぐり上手め!」

「でかしたっ!」

「ルキ・マリ・ス・テラ・マギ・ステラ、魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)光の11矢(ルーキス)

このままずらかるぞ!」

 

千雨は敵に近付かれないように魔法の射手でトガへ威嚇射撃して、轟と共に緑谷と障子とともに少し離れた場所でマンタを出そうと考えた。

しかし四人が逃げようとすると同時に、目の前に黒いモヤが現れて道をふさいだ。

 

「ワープの……っ!」

「合図から五分経ちました。行きますよ、荼毘。

それから……彼女は貰っていきますね」

「何が貰っていきます、だ!」

 

千雨は自身にのみ向かって広がる黒いワープゲートを瞬動術で楽々と回避する。千雨の移動地点にまたもやゲートのもやが現れるが、シールドを即時展開してもやに呑み込まれる前にシールドを足場に瞬動術でこれまた回避する。

一方で、もともと拉致目標である千雨と、圧縮された爆豪と常闇を障子に奪われたまま帰る訳にはいかない荼毘がまだだと文句を言うが、それにMr.コンプレスは奪われた事を気にする様子もなく荼毘を引き止めた。

 

「彼女は黒霧でも捕らえるのが難しそうだし、アレはどうやら走り出す程嬉しかったみたいなんでプレゼントしよう。

悪い癖だよ。マジックの基本でね、モノを見せびらかす時ってのは……見せたくないモノ(トリック)がある時だぜ?」

 

芝居がかった口調で仮面を外したMr.コンプレスの口の中には、二つの玉があった。それこそが常闇と爆豪だとマジックショーを見せるかのように。

同時に、障子の持っていた玉が弾けて氷塊に変わった。

 

「氷結攻撃の時に『ダミー』を()()し、右ポケットに入れておいた。右手で持ってたモノが右ポケットに入ってんの発見したらそりゃー嬉しくて走り出すさ。

そんじゃーお後がよろしいようで――――!?」

 

タネあかしをしてそのままMr.コンプレスがワープの黒いもやに飲み込まれていくその時、藪の向こうから一筋のレーザーが走ってMr.コンプレスの顔面に当たり、口に含んでいた圧縮された玉がこぼれ落ちる。

ちょうどその場に、青山が隠れていたのだ。

 

千雨たちは一気に走り、こぼれ落ちた二つの玉を取り返そうと手を伸ばす。そして真っ先に近付いてきた千雨に対して好機と言わんばかりにMr.コンプレスが手を伸ばしたが、再び飛んで来たレーザーで手を引っ込めた。

その隙に千雨が一つを掴み取り、轟と障子がもう一つに手を伸ばしていたが、それはほんの数センチの差で荼毘が掴み取り、掴み取れずに体勢を崩した轟を見下ろした。

 

「哀しいなぁ、轟焦凍」

 

荼毘のその声には気の毒そうな、それでいて手が届かなかった轟に対してほの暗い優越感が滲んでいた。

 

「確認だ、解除しろ」

「チッ……レーザーが邪魔しやがって……せっかくのショウが台無しだ!」

 

Mr.コンプレスがパチンと指を鳴らすともに圧縮が解除され、千雨の手にしていた玉が弾けるようにして目の前に常闇が現れ、爆豪は荼毘に首を後ろから掴まれたまま黒いモヤに呑まれかけていた。

 

「問題なし」

 

「爆豪!」

「かっちゃん!!」

 

緑谷は骨折と火傷で痛む身体をおして走って叫び、無事な左手を爆豪に向かって伸ばす。

しかしその手は爆豪に届くことはなく。

 

「来んな、デク」

 

爆豪のその一言だけを残して、黒いワープゲートがその場から消える。

ごうごうと遠くで木々が燃える音がする中、千雨たちのいる森から脅威が去った。

 

たった一人、爆豪だけが敵に拐われるという絶望を残して。

 

 

 

敵が爆豪を拉致して逃走して、緑谷は爆豪を助けられなかった事実とエンドルフィンが切れたことで気絶。青山とそのそばでガスマスクを着けて寝かされていた耳郎と葉隠の二人とともに千雨がマンタに乗せて怪我の治癒をしながら麗日たちと再び合流し、電子精霊を通じて敵が爆豪一人を拉致してワープで逃走した旨を相澤やマンダレイに伝えて合宿所に戻った。

合宿所のロビーには戻ってこない千雨たちを待っていた芦戸たちがいた。芦戸は千雨がいつの間にかヒーローコスチュームでいたこと以上に、その右腹部が血で変色していることに驚き声を上げた。

 

「長谷川!お腹の部分に血が!刺されたの!?」

「移動しながら治癒したから傷痕も残ってねぇよ。

意識ねぇ奴らは?」

「救急車が来るまで食堂で寝かせてる!怪我した奴もそっち!」

「わかった」

 

気絶したままの緑谷と意識不明の耳郎と葉隠を乗せたマンタを連れて千雨は食堂に向かった。

食堂には敵のガスによって意識不明になっているA組とB組の生徒数名、頭部を怪我して意識のないピクシーボブが床に寝かされていた。また、意識不明のクラスメイトたちを心配してか、机などをどかしていたのであろう拳藤と鉄哲、物間もいた。

ロビーにいた生徒を含めても、まだ両クラスとも数名戻ってきていないようである。しばらくすればここに運ばれて来る者もいるだろう。

 

「ねぎ、こんにゃが解析してたガスの種類の詳細出せるか?」

「はいです!亜酸化窒素……麻酔にも使用される笑気ガスが主に使われてましたが、有機リン化合物の混合だったようですー」

「なっ!?」

 

有機リン化合物と聞いて千雨は真っ先にサリンが思い付いてしまい青ざめる。幸いにも、それは千雨の杞憂で終わった。

 

「混ぜられてたのは農薬に使われるもので死に至るような強毒ではありません、治療を受ければ後遺症も無いかとー」

「……そうか……いや、そりゃそうか。目的が目的だったし、下手したら自分たちも危険になるもんを使わねぇよな……。この状況も良かねぇけど、最悪じゃねぇだけ多少マシか……」

 

電子精霊が大丈夫だと言うのを聞いた拳藤は良かったと安堵の息を吐いていた。クラスメイトの大半が意識不明で倒れているのだ、どうなるのか心配で仕方がなかったのだろう。

 

「この後も怪我人運ばれてくるだろうし、まずは頭部の傷が酷いピクシーボブから治癒していく」

「ねぇ」

 

治癒を始めようとする千雨に声をかけたのは物間だった。

 

「君の"個性"、コピーして僕も使えれば二倍だ」

「物間、お前……」

「君たちA組ばかりに良い顔させたくないし、僕はB組の仲間を助けたいんでね」

 

物間はA組に強い敵対心を抱いていてひねた性格をしているが、それだけの男ではない。B組の仲間が意識不明で倒れているのに何も出来ずにいるのは嫌なのだろう。

今この時、自分の"個性"で仲間のために何が出来るか。それを考えて千雨に話しかけていた。

 

「とは言っても、僕も君の"個性"をコピー出来るか分からない。スカかもしれない」

「スカ?」

「コピーしても使えないタイプもいるんだ。エネルギーを蓄積するタイプとかね」

「なるほど……おそらくっつーか、九割九分の確率でスカだと思うぞ」

「それは試さなきゃ分からないだろう?

長谷川くん、僕の"個性"は僕一人では何の力もない。君みたいに、一人で何でも出来るようなスーパーヒーローになれる人間じゃない。

でも、だからといって可能性があるのに試さないで仲間を人任せにしたくもない」

「……わかった。試すだけ試してみろ」

 

そう言って千雨は物間に左手を差し出し、物間が触れた。そしてそばで横になっている骨抜に手をかざして物間が千雨の"個性"の発動を意識するが、何も起こらない。

 

「……本当にスカだったか」

 

たとえ『魔法を使うこと』が"個性"でコピー出来たとしても、物間は魔法発動体もなく、呪文も知らない。道具も知識もない物間に魔法が使えないのは当然である。

少し悔しそうに顔を歪めた物間に、千雨は言葉をかけた。

 

「物間。轟の"個性"とか使える"個性"コピーして外の消火活動に行ってくれ」

「長谷川くん……」

「私はスーパーヒーローじゃねぇ。一人じゃ、出来ねぇことだらけだ」

「それは君より出来ないことが多い人間からしたら最高の嫌味だね」

 

こんな時でも相変わらずの物間に千雨は何も反論はせず、静かに言葉をかえした。

 

「誰かが消火活動しなきゃ風向きが変わって合宿所に向かって火事が広がる恐れがある。意識ねぇ奴らのためにも、お前のコピーが頼りなんだ」

「……わかった、骨抜たちを頼むよ。まァ僕らB組が居れば、すぐに消火活動も終わるさ。行こう、拳藤、鉄哲」

「おうよ!」

「物間……。長谷川、みんなのこと頼むね」

 

物間は真剣な表情で千雨に頼むと言ってからいつもの笑みをうっすら浮かべて骨抜に触れてから食堂を後にし、拳藤と鉄哲もそれに付いていき、食堂には意識不明の怪我人と千雨だけになった。

一人になった所で千雨はハエノスエヒロを再現して振るう。ハエノスエヒロの能力は三十分以内に受けた状態異常の治癒だ。誰がどれほどガスを吸ったのか正確な時間などが分からないとはいえ、多少なりとも効果はあるだろう。このあと運ばれてくるだろう生徒にもかけるつもりだ。

 

「……一人で何でも解決出来るスーパーヒーロー、か」

 

ネギならともかく、私は程遠いよ。そう誰に聞かせるでもない自嘲をこぼしてから、千雨は治癒を始めていった。少しでも今の状況から良くなることを信じて。

 

 

 

「骨抜の"個性"をコピーしてきた。轟君の氷を柔らかくするからそれを掬って広げてくれ!

小大、木のお椀を巨大化!柳はポルターガイストで操ってくれ!」

「ん!」

「了解」

「B組、すげぇ……!」

「それやったらウチが氷を軽くするね!」

 

千雨が合宿所で治癒をしている間に意識のある生徒たちと洸汰が消火活動にあたり、それから十数分後にブラドキングが呼んだのだろう消防や救急、警察たちがやってきた。

消火活動をしていた生徒たちに代わって消防士たちが消火活動を始め、救急救命士が生徒の怪我や無傷でも何らかの症状などがないかを診ていき、千雨が毒ガス攻撃の解析結果と意識不明の生徒へ施した治癒の報告を行う。警察はプロヒーローからの報告を受けながら、マスキュラーやマスタード、ムーンフィッシュたち撃破された敵三名の連行をしていく。

 

その後、生徒全員が合宿所近くの病院へと移動することとなり、持ってきていた荷物を手に救急車に同乗したりパトカーに乗せてもらい、サイレンを聞きながら合宿所を離れていく。

千雨は治癒が出来ることから救急車に同乗し、千雨がハエノスエヒロを使用した後に頭から血を流しながら戻ってきた八百万の治癒を特別に続けることとなった。

千雨と共に同乗して荷物を抱える麗日と芦戸の二人に普段の元気は無く、抱えた荷物に顔をうずめ身体を出来るだけ小さくして二人で身を寄せあっていた。襲撃中や消火活動中には感じていなかった心に広がる不安や恐怖から身を守るかのように。

 

 

こうして、雄英高校ヒーロー科一年の林間合宿は敵の襲撃により中止という結果で幕を閉じたのだった。

 




【速報】ちう様拐われんかった【朗報】
マジで拉致ルートをボツにするのは惜しい気がしつつも、ちう様拉致回避ルートで進みます。

圧縮で内外が完全に遮断されてて電子精霊が外に出られない云々は独自解釈です。その……ちう様が強すぎてな……。(遠い目)
あと轟の氷を圧縮してたのに障子が触れた時に温度がわからなかったり、砂おじさんが炎ごと圧縮されたのを焼死するとかあったし……あれは圧縮する時に円場の空気凝固みたいに"個性"で硬質な膜が形成されて全て遮断されてるのかなって思いました。まぁ多分大丈夫だろ。

トガちゃんがちう様のお友達になれた(血を採取した)ので、ここがどうなるか。トガちゃんが使うのか、それともドクターとAFOがトガちゃんから取り上げて研究や実験する可能性も。まぁ多分大丈夫だろ。
あとは爆豪が連合の拉致目的知る時が楽しみ。何でちう様と爆豪を狙っていたのか、何故爆豪だけでも問題なしと判断したのか。

騎馬戦のV字特攻マンタに続いて箒でもやらかした人が作中にいますが、危険運転はやめよう!
急カーブ、急ブレーキ、よそ見運転は事故や怪我のもとだぞっ☆


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