たとえその代償を知らなかったとしても。
日が暮れて空に月が輝く頃、轟と切島は病院の正面入り口の前で緑谷と八百万を待っていた。怪我で入院していた緑谷と八百万は今日で退院を言い渡されると聞いており、轟と切島の二人が考えた爆豪救出作戦に協力するのかしないのかを聞くためである。
「八百万……考えさせてっつってくれたけど……どうだろな」
「まァ……いくら逸っても結局あいつ次第……」
クラスメイトたち全員から反対されたこともあり、救出作戦の要である八百万が協力してくれるか不安を感じつつも轟たちが出入口や窓からの白い灯りに照らされながら待っていると、ガーゼを額に貼っている八百万と、左腕に包帯を巻き右頬にガーゼを貼った緑谷が病院から出てきた。その顔は二人とも強張っている。
「……八百万、答え……」
「私は――」
八百万が切島の問いかけに答えようとしたとき、切島と轟の後ろから飯田が「待て」と声をかけてきた。緑谷の病室で奪還作戦を聞いて、待ち合わせ場所の病院前に伏せていたのだろう。
飯田は轟の近くにいる緑谷を見て、悔しさとふつふつと湧く激情を抑えるように、うつむきながら言葉を紡ぐ。
「……何で、よりにもよって、君たちなんだ……!
俺の私的暴走をとがめてくれた……共に長谷川くんに守られて特赦を受けた筈の君たち二人が……っ!!
何で俺と同じ過ちを犯そうとしている!?
……あんまりじゃないか……!」
「何の話してんだよ……」
保須での一件を知らない切島が飯田の言葉に首をかしげるが、轟は追及しなくていいと言うかのように黙ってその肩に軽く触れる。
「俺たちはまだ保護下にいる。ただでさえ、雄英が大変な時だぞ。君らの行動の責任は誰がとるのかわかってるのか!?」
「飯田くん、違うんだよ。僕らだってルールを破っていいなんて……」
飯田の言葉に緑谷が前に出て弁明をしようとしたが、ルールを破る気がないのにルールを破る行動をしようという矛盾に、飯田は緑谷の言葉を聞き終えるよりも先に左頬を思いきり殴りつけた。
「俺だって悔しいさ!!心配さ!!当然だ!!
俺は学級委員長だ!クラスメイトを心配するんだ!!それは爆豪くんだけじゃない!!
君の怪我を見て、床に伏せる兄の姿を重ねた!!」
飯田の言葉には、普段の飯田からは想像出来ないほどの強い怒りと悲しみがあった。
襲撃を受けた時、飯田は合宿所へと戻ろうとして、飛び出していってしまった緑谷を千雨が追いかけるのを止める事も出来ず、ただ安全な場所で待ち続けることしか出来なかった。敵が去った後も、怪我人やガスで意識不明の同級生たちを心配することしか出来なかった。
自らの無力さ対する苛立ちも、怪我をした友人たちへの心配も、攫われた爆豪への不安も、他のクラスメイトたちと同じように、否、学級委員長というクラスを牽引する立場の人間として、ヒーローを目指す人間としてクラスメイトたち以上に強い無力さと不安を抱えていた。
「君たちが暴走した挙句、兄のように取り返しのつかない事態になったら……っ!!僕の心配は、どうでもいいっていうのか!!
僕の気持ちは……どうでもいいっていうのか……!」
何より、ステインの凶刃で兄のヒーロー生命を絶たれたことへの私怨で過ちを犯してしまった事も抱えてヒーローになる人間として前へ進まねばと決意した飯田だからこそ、過ちを犯そうとする緑谷たちの行動を見逃すことなど出来なかった。
「飯田くん……」
「飯田。
俺たちだって何も正面きってカチ込む気なんざねぇよ」
轟の言葉に飯田は驚きながら轟と切島を見た。
「戦闘無しで救け出す」
「要するに、隠密活動!それが俺ら卵に出来る……ルールにギリ触れねぇ戦い方だろ」
轟と切島の考えた隠密救出作戦は、確かに仮免許も持たない未成年の彼らに出来る限度だ。事故や事件に偶然居合わせた市民も、野次馬で現場に向かう市民も、一般市民はヒーローの活動する現場に赴いても
しかし、その作戦に八百万がはっきりと言い返した。
「切島さんと轟さんのおっしゃる作戦については分かりました。ですが、私はそれに全面協力するなど言えませんわ」
「八百万……」
「八百万くん……」
ハッキリと言い切った八百万。轟は協力を望めない答えに残念そうにし、飯田は安堵して胸を撫で下ろした。
それらを他所に八百万はそのまま言葉を続ける。
「確かに、切島さんたちの考えた隠密活動に徹して戦闘をしないのであればルールに抵触することはございません。そして轟さんを私は信頼しています。
それでも、私たちが仮免許も取得していない未成年なのに変わりはありません。先ほど飯田さんが仰った通り、何かあれば責任は学校や両親に向かいます。
プロの現場に向かうのに、つい数日前の敵の襲撃で私も級友も大怪我をしているのに『絶対に安全』などとは口が裂けても言えませんわ」
「それは……」
「しかも、この場の全員が体育祭で本選出場していて世間に顔を知られている上に、私は八百万財閥の娘、轟さんはプロヒーローのエンデヴァーの息子。
私たちの将来のみならず、家族やその会社、その従業員にも大きく関わりますわ。切島さんと緑谷さんもご両親が大変な思いをされる可能性が十分ありえます」
「……」
「今はI・アイランドで偶然犯罪に巻き込まれた時とは違います。千雨さんのように無免許の私たちの行動を見逃してもらえるように的確な交渉をしてくれる人も、私たちの行動の責任を負ってくださる
戦闘をしないと決めていたとしても、戦闘をせざるを得ない可能性も、大怪我を負う可能性も、そして万が一の、最悪の可能性も……十分に考えられます。
自分たちの行動がバレないだとか、ルールを破らないから罰されずに済むとか、安全なんていう甘い理想論は今すぐ捨ててくださいまし」
「…………」
八百万のその言葉は尤もである。未成年である彼らに何かあれば、それは親の責任となる。そしていくら轟たちの考えた作戦で戦闘をしないと決めていても敵はそんな事を気にせずに攻撃を仕掛けてくるのだ。怪我の可能性も、もっと最悪の事態も考えられる。
轟と切島は計画の甘さを指摘されると同時に、八百万は協力しないのだろうと察した。
「ですがここで私がどれだけ言っても、轟さんたちは私が協力しないと言っても、出来る事を探して止まらないのでしょう。
なればこそ――――私は同行致します」
「八百万くん!?」
それまでの言葉からは思いもせぬ言葉に飯田はつい驚いて声をあげた。
「三人がそれぞれ単独行動されて何らかの事件に巻き込まれることの方が問題ですもの。それならば、私の手が届く範囲に居てもらった方が安全です。万が一を考え私はストッパーとして同行します。
きっと……きっと
「八百万、オメー……!」
八百万は作戦を聞かされてからずっと悩み、考えていた。
今回の一件について、轟たちに協力すべきではない理由は山ほどある。多くのルールや条例などに抵触する上に、人の信頼を裏切る行為だ。なにより八百万が協力しなければ彼らは現場に向かえない。
しかし同時に、八百万は思ってしまうのだ。八百万が雄英に入学してから追いかけている彼女なら――長谷川千雨であれば、あの不敵な笑みを見せて必ず行動して、全ての問題を解決してみせる。
その背に追いつきたいと願っている以上、踏み出さねばならない。踏み出さねば、追い付くことなど絶対に出来ないのだから。
たとえそれが間違っているとしても。
そんな八百万の言葉に触発されたのか、緑谷も静かに決意を顕にした。
「……飯田くん。僕も……自分でも、分からないんだ。悪いことだと言われても……手が届くと言われて……いてもたってもいられなくなって……。
僕は、救けに行きたいんだ。たとえ泥にまみれても、救けたいと……思っちゃうんだ」
「緑谷くん……」
「言っておきますが!私が案内するのは発信器の示す場所までです。現場へ身勝手な突入はさせません。
"個性"を使用した戦闘は勿論論外ですわ。使うとしても離脱するときのみ」
「……つまり、八百万の協力は近くに行くだけってことか」
「ええ、戦闘皆無の救出など非現実的です。そしてこれはプロの仕事。そしてプロの動ける状況で私たちが出張って良い事ではありませんもの。
現場に突入するというのなら協力はいたしません」
「それじゃあ……」
「救けるとしても、離脱の時に一緒に逃げるのみになるな」
「私たちが直接救けられるなんて最初からほぼ不可能ですもの。そもそも発信器の指し示す場所に爆豪さんがいるとも限りませんし。
それでも良いというのなら協力します。どうしますか?」
八百万が提示した条件では直接救出が出来ない可能性が100%に近い。八百万も轟たちが救けたいという気持ちが分かるからこその妥協案である。
「俺はそれでも構わねぇ。切島は?」
「現場近くまで行くだけでも、何もしねぇで家でじっとしてるよりよっぽど良い。……緑谷も、それで良いか?」
「うん」
「……ならば、俺も連れて行け!」
作戦に反対していた飯田が同行すると言い出すとは思ってもみなかったため、四人は驚いた。
「緑谷くん、先ほどは暴力を振るってしまってすまなかった。本当に、ごめん。
だが、俺は君たちの行動に納得がいかない。そして、八百万くんだけで君たち三人を止められるとは思えない。勝手に飛び出す可能性は十分あるだろう。少しでも戦闘の可能性を匂わせれば、即座に俺が警察に連絡して引き戻す。
いわば監視者……ウォッチマンだ」
「私も飯田さんと同じです。そして飯田さんが止めるのを協力してくださるのは助かります。
ですが、暴力に訴えるのは本当に如何なものかと思いますわ」
「それについては本当にすまない」
「いや、そんな、大丈夫だよ気にしてないから!」
深々と頭を下げる飯田に対して焦りながらも許す緑谷。今までこんな風にまっすぐと謝られることに慣れていないのだ。
そんなやり取りの横で、八百万はポケットから受信機を取り出す。
「いいですか?発信機の示した座標は――――神奈川県横浜市神野区ですわ」
神野へと移動している最中の千雨は電子精霊と共有していた聴覚情報を聞きながら、車の中で前かがみになって眉間に皺を寄せ両手で持っていたスマホを額に当てる。一番起きてほしくないことが起きてしまった。
八百万なら協力を断るだろうが、
同時に、やっぱり止まらなかったかという呆れと、全員の忠告を無視することへの怒り、そしてそれら以上にこの状況でどうすればいいかを千雨は考える。八百万が協力を決めた原因が千雨自身にもある事も理由の一端ではあるが、ここで見捨てる事は出来ない。
本人たちに詰問するにせよ説教するにせよ、まずはこの事件を全員無事で終わらせる事が第一だからだ。
協力することを決めた八百万の考えは悪くはない。切島、轟、緑谷の無鉄砲バカ三人がそれぞれ動くよりも、一ヶ所で手綱を握る者が居た方が良いのは事実だし、協力する条件として現場に突入しない事を課したのも良い。世間から自分たちがどのような色眼鏡で見られるのかも理解していて、万が一の場合についても忠告している。計画の無謀さ、非現実さも伝えた。切島たち三人は楽観的と言うべきか、現実の状況を冷静に俯瞰出来るタイプではないから、言われたことで多少は自分たちの甘さに気付けたことだろう。
だが、受信機の示した場所へ素直に向かうというのは八百万のミスと言える。全く違う、危険の無い場所へ誘導するのがベストだった。
もっとも、八百万は信頼している轟を筆頭にクラスメイトを裏切ることなど性格からして出来ないだろう。たとえ彼らの安全のためだとしても、八百万は仲間に対してそこまで冷酷にはなれない。何より、騙したとしても途中で気付かれて八百万を振りきられるのが一番困る。
三人のストッパーに飯田も参加したことは安心材料だが、四角四面で柔軟性に欠き、感情が昂ると視野が狭まるといった短所もある。
塚内警部やプロヒーローに言うべきだろうか。いや、言ったところでこのタイミングでは人員を割けない。大事の前の小事として流される。なにより五人が現場付近に居たとしても戦闘をしないでルールを守る以上は一般市民の扱いで、出来ても警察に深夜徘徊の未成年として注意されるくらいだ。
そして作戦の都合上、雄英に連絡しても無意味。
そこまで考えた千雨は深く息を吐き出してから念話を使ってはんぺに指示を出し、五人のスマホにいくつかデータをインストールして展開可能な状態にさせた。
考えろ。あいつらを守るために。この事件を無事に乗り切るために。私の日常のために。今、出来る事は何かを。
千雨はそう自身に言い聞かせながら、車内で仮想ディスプレイを展開する。ほんの僅かでも、望む結果に近づくようにと。
今話は別名・長谷川千雨の悪影響。これまで何度も千雨が一人で前に出たり裏で暗躍したり事後処理をしてきて、不敵な笑みでかっこよく守る背中を示してきたが故である。何故なら彼らはヒーローなんて職業を本気で目指す高校生、同級生が何歩も先をかっこよく駆け抜けていくのを追いかけない訳がなかった。
なお、千雨が突っ走っている道は違法行為ギリギリグレーゾーンの邪道である上に、彼らより先を走っているのは経験した修羅場の差。
そして無謀な行動に対する呆れや怒りよりも、まずどうすれば良いかを考えて無意識で仲間を庇ってるあたり、なんやかんや言って仲間が大事なツンデレ世話焼き姉御である。そういう所だぞ。
にしても、アニアカ5期……お前、今日でもう終わるのか?拙作の神野編が終わってないどころか、神野での戦いが開始していないのに……?
★大事なお知らせ★
作者の現実世界の都合により、11月まで更新休止します。
みんな、かわりに長谷川千雨SSを書いててくれ!
楽しみにしてるからな。
楽 し み に し て る か ら な !
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