夜の神野区は仕事帰りのサラリーマンやOL、飲み屋を梯子する酔っ払い、客引きなどが繁華街にごった返しており騒がしい。
居酒屋や風俗店などが立ち並ぶきらびやかなネオン街だが、その陰で違法ファイトクラブのほか、麻薬や"個性"強化薬といった違法薬物の売買、その他闇アイテムの取引など様々な悪意が蠢いている。それだけでなく、酔っ払った一般市民による暴走や喧嘩なども発生するためヒーローや警察のパトロールが常にある。
千雨たちが到着したのは連合のアジトと目されるビル近くにある賃貸ビルの空きフロア。既に周囲には機動隊が出動準備をしている。ちなみにこの部屋は捜査協力として今夜だけ借りているそうだ。
警察はヒーローとの仕事が多いとは言え、No.1とNo.2とNo.4が揃っているのは大変珍しいのだろう。若手ホープのシンリンカムイにも驚かれているものの、ジョーカーに対しても物珍しげな視線が向けられていた。こんな大捕物でネットニュースにも載ったことがない見知らぬヒーローがいればそうなるのも仕方がないことかもしれない。
千雨が装備の確認などをしていると、エンデヴァーに声をかけられた。
「塚内、話がある。ジョーカーも来い」
呼ばれて部屋の端の方へ向かうと、エンデヴァーは口火を切った。
「ジョーカー、何かあっただろう。正直に話せ」
千雨は顔には出さないものの冷や汗をかく。エンデヴァーの目元に出ている炎がわずかに揺らめくが、その眼光の鋭さが緩む気配はない。そんなエンデヴァーに、塚内は一度千雨に視線を送ってからエンデヴァーを見る。
「エンデヴァー、どういうことだい?」
「ここへの移動中に突然様子が変わった。それなのに俺や塚内に報告する気配が無いから、俺達に知られてはマズい情報を得たんだろう。
制限もあるだろうが、ジョーカーは何百キロ離れた先であろうとも精密機械があれば通信越しに能力が使える。この状況下で隠す内容だ、拉致被害者や連合、作戦関係者の事ではない。君が隠すことでメリットがあるとするならば、雄英のクラスメイト。しかもそれは君にとって望んでいないことでもある」
内容までは知られずともほぼ完全にバレてることに、千雨は本当に鋭い人だなと思った。
エンデヴァーは千雨と交流が以前からあり、襲撃後に保護してからはほぼ常に一緒にいる。そしてヒーローとしての彼は僅かな違和感も見逃さない。オールマイトを超える事件解決数史上最多記録は伊達ではないのだ。
そもそも保須での遠隔防御なども知っているし、師弟関係だから千雨の能力について誤魔化しの利かない相手でもある。
「……作戦前に話すのは」
「話せ。
……襲撃時の報告から思っていたが、君はあれこれ背負い過ぎだ」
「ですが……」
「ジョーカー、君なら
塚内の言葉に千雨は視線を右へ左へと不安げに動かしてから、意を決した目で話し始めた。
クラスメイト五人が現場に向かっていることを。
「焦凍が、クラスメイトと共に現場に向かってるだと!?」
「はい。ベストジーニストたちが向かっている発信機が付いた脳無がいるアジトの方に」
千雨からの情報にエンデヴァーは嘘だろうと言わんばかりに顔を歪め、塚内は額を押さえる。
雄英に入学して間もない時から何度も敵と接触しているヒーロー科の高校生がそんな動きをするなど信じたくない。ある意味で、敵との戦闘経験を大怪我なく乗り越えてきてしまったからの弊害か。
なんでそんな事をと言わんばかりの二人に千雨は言葉を続けた。
「あいつらがバカな行動をしようと決めた原因は、私にあるんです。私の襲撃時の行動が、あいつらを刺激した」
千雨は独断で襲撃の被害を抑えようと必死に奮闘した。文字通り八面六臂の大活躍だ。それが何も出来なかった生徒との差を浮き彫りにして、彼らの心を刺激してしまったのが彼らの行動の原因の一部である。
千雨の責任感の強さと完璧主義の片鱗は前から見えていた。それが今、千雨を追い詰めているのだとエンデヴァーと塚内は確信した。
ここで千雨は悪くないと言うのは簡単だ。だが、それでも行動した本人が納得するのはまた別の問題である。
同時に、二人は千雨が話したがらず自力でどうにかしようとしていた気持ちもわかった。襲撃の被害者である彼らがこの非常時に危険な場所にわざわざ赴いたことが表沙汰になれば、それこそ彼らのヒーローになる未来はなくなると言っていい。
どれほど馬鹿げた行いをしていようとも、千雨にとって共に切磋琢磨する大切なクラスの仲間であり、大切な居場所。そう簡単に見捨てられない。
「……警告は?」
「今日の午前中に信頼の置けるクラスメイトを通じて警告しました。八百万……発信器を創造したクラスメイトのあいつなら、こんなバカなことに協力しないだろうと思っていたのですが……ルールの範囲内で動く事にしたようで。
あいつらは私の能力についてある程度知ってます。今警告をしたら私の妨害を受けないようにスマホの電源を落とされる。そうなると緊急防壁プログラムなどの発動が出来ず、様子を見聞きするしか出来なくなります。
現場への到着予定時刻は約一時間後で、作戦開始時間とかち合う。移動中に警察かヒーローが保護するのが一番良いのですが逃げられてスマホ切られるのが一番困りますし、雄英で今回の作戦を知ってるのは校長だけで情報統制などのため頼れませんし……今回の作戦では、警官に事前に保護をさせることは出来ませんよね?」
「今回の作戦は不意打ちで、敵に直前まで気付かれたくないからね。避難区域も突入直前に張る。申し訳ないが、現場付近にいるからと言って保護するのは厳しい。移動中に保護しようにもこの時間帯の駅は混雑しているから逃げられる可能性もある。
彼らが敷地に入ったり、敵と戦うっていうなら別だが……」
塚内は眉間のシワを更に深めながらどうするか考える。
ヒーローの活動現場において、現場に居合わせてしまった市民以上に、現場から退避しない野次馬の市民ほど面倒で厄介なものはない。敵に人質としてとられることも、戦闘の余波による事故に巻き込まれることもある。ヒーローはそれにも対処せねばならないのだ。
千雨の話では学生五人は現場近くで見るだけになるとのことだが、それでも危険には変わらない。なにせ今回はオール・フォー・ワンの逮捕も視野にいれているのだ。何かが起きても不思議ではない。
「やっぱり私が」
「塚内、その子供らは俺が責任を持つ」
「エンデヴァーさん!?何言って」
「焦凍は俺の息子だ。それに、安全を保障しなければ君は一人で背負い込むだろう」
「そ、れは……」
千雨は目をそらした。エンデヴァーの言うとおり、千雨は一人で全て背負い込む気でいた。作戦開始時にクラゲとマンタで安全地帯まで強制的に退避させられるからそうしよう、と。
「エンデヴァー、どうするつもりだい?」
「保護自体は作戦中になるだろうが、ウチのサイドキックを出動させて保護させる。どうせ作戦を開始すれば近隣のヒーローに避難誘導の応援を頼む事になるだろう。
ジョーカー、保護出来るまで緊急時の避難やケガをしないように出来るか?」
「します」
食い気味に返事をした千雨。『出来る』ではなく『必ずする』という強い気持ちがにじんでいた。
「向こうの現場にいるプロヒーローにもこのことは伝えるぞ。いざという時にベストジーニストの"個性"が使えるからな」
ベストジーニストの"個性"、"ファイバーマスター"は繊維を操る"個性"だ。衣服の繊維を操って市民を救助したり複数の敵をまとめて捕縛することが出来る。千雨が間に合わずともベストジーニストの"個性"があれば避難させることも可能だ。
「塚内、それでいいか?」
「僕は構わない。というより、それが一番良いだろうね」
「すみません、御迷惑をおかけします」
千雨は申し訳なさそうに謝る。その姿を見ながらエンデヴァーは考えていた。
エンデヴァーは、千雨のことを強い子だと思っていた。
"個性"含めて成長することに貪欲で、突然のトラブルにあっても為すべきことを考えて行動できる人間で、誰が相手でも物怖じせず言うべきだと思った事をハッキリ言う。"個性"も心も強い子だと。
だが、実際は弱い所が無いわけではない。"個性"にも弱点がいくつかある上に、出来る事が多いから抱え込んでしまい、表に微塵も出さないようにしながら悩んで苦しむ。己の弱さをひたすら隠そうとする。なにより、自分が傷ついてでも仲間を守ろうとする。
保須の時などまさにそれだ。遠隔で事件に関わり、その事後処理について大人に任せきりにせず自ら署長と交渉をしていた。千雨自身は現場に居らず数百キロ離れたギャングオルカ事務所にいたのだから、情報が出ることは絶対に無いというのに。
まるで『ヒーローになる』という彼らの夢を叶えられるように。人の夢を踏みにじってしまうのを恐れるように。人の夢が叶うことを祈るように。
大人びてはいるが、大人になりきれない子供。現実を知っているのに、理想を目指して手を伸ばそうとする。
弱くて未熟で矛盾していて……しかし、その内側に
「……君が止めようと警告をした上で、ルールの範囲で動こうと決めたのは焦凍たちだろう。
それにこの程度のことで、
そう言うだけ言ってサイドキックに連絡するべくその場を離れるエンデヴァーの背を千雨と塚内は呆気にとられながら見送った。
「……想像していた以上に気に入られてるな……」
あのエンデヴァーがあんなことを言うとは。
言外にそう滲ませながら塚内は出入口近くで電話をし始めたエンデヴァーを見る。ぶっきらぼうではあったが、他人をああも分かりやすく気遣うなど青天の霹靂にも程があるというものだ。
もっとも、体育祭で親バカが露呈していたので師匠バカの線も無いわけではなかったのだが。
エンデヴァーがギャングオルカと大人げないにらみ合いをしていたことを思い出しつつ、塚内は千雨に話しかける。
「ベストジーニストには僕から連絡するよ。ジョーカーは」
「異変をキャッチしたらすぐに伝えます」
手を貸してもらえることで千雨の不安が解消されたのだろう。いつもの冷静さを取り戻していた。
エンデヴァーと塚内が連絡し終わった頃、千雨は電子精霊を敵のアジトへ忍ばせ、仮想ディスプレイで様子を確認していた。
アジトであるバーは薄暗く、電子精霊はウイスキーなどのボトルが並べられた棚から敵の様子の映像を送っているようで、部屋の全体を見下ろすようにして確認出来た。
「ジョーカー、死柄木たちの様子はどうだい?」
「逃げた面々が揃ってますが爆豪の姿はありません。まだ圧縮されているかと。
随分とのんびりしてて逆に驚きました」
「おそらくまだ見つかってないと思っているんだろう」
警察とヒーローによる捜査に関する情報はメディアには流れていない。それどころかいまだに対応についての情報が出てこないのは警察の初動が遅いのではないかだの、四月から死柄木たちの存在を確認していながら何の成果も出ていないのは対応が悪いだのと情報バラエティ番組などでは批判されているほどだ。勿論これは警察の狙い通りなのだが、それでも死柄木たちが逃げ隠れしないのは予想外だった。
脳無の保管倉庫は設備などが理由かもしれないが、そこ以外の拠点がないからか、それとも他に理由があるのかは分からない。
「捕らえた奴らからの情報とか気にすると思ってたんですけどね……」
「奴らはアジトへワープで連れてこられていたようだから、バレてないと思っているんだろう」
事実、襲撃時に捕らえたマスキュラーとマスタードの二人はアジトの場所の詳細を知らず、死刑囚のムーンフィッシュは問いに答えられるだけの正気がなかった。
もっとも、そのワープによる移動でアジトが容易にバレないという驕りが敵にあったから、こうして完全に逃がすことなく済んでいる。
「爆豪を圧縮したままなのは、衰弱狙いですかね。
何をするにしても思考回路を鈍らせた方が奴らにとっては都合が良いでしょうし」
「たしか、少年を拉致した目的は連合への勧誘だったか」
いどのえにっきでマグネから得た情報によると、千雨と爆豪を拉致しようとしたのは連合への勧誘目的とのことだった。ラグドールの拉致についてはマグネも詳しくなかったのか『死柄木からのミッション』としかなかったため安否が分からない。
「心配かい?」
「まぁ、心配ですね……やらかしそうで」
「うん?」
千雨が爆豪のことを心配していると思っていた塚内は思わぬ返答に理解が追い付かなかった。
「体育祭で優勝した、優秀だが粗野で粗暴な雄英生が敵になる。これ以上ないほどに雄英にもヒーロー社会にも打撃を与えられると考えての勧誘でしょう。その時点で既に敵の認識が間違ってる」
爆豪は常日頃から口調や態度がヒーロー志望者とは思えないほど悪い。誰彼構わず噛みついて、プライドが高くてみみっちい上に、煽ればすぐに爆発する短気な姿が目立つ。が、千雨は爆豪がただ"個性"を使って暴れたいだけのバカではないことを知っている。
「あいつが強くなりたいのは憧れに追いつくため。強いヒーローになるという夢を叶えるため。敵になるなんて絶対にありえない。
だから、拉致してきた敵を倒そうとしかねない」
爆豪にとって戦闘とは自身が強く優秀であることを証明するための手段であって、目的はトップヒーローになることだ。対等に戦って勝利する、その栄光こそが彼の求めるものである。
そして爆豪は短気な上にプライドが高い。一撃、二撃の反撃はあってもおかしくない。
「そこまで言うほどなのか」
「無駄にタフネスで火力がありますから、多少やつれようと奴は暴れますよ。そのせいで作戦に影響が出るんじゃないかが不安です。
戦闘センスあるし計算高いところもあるんで、大丈夫だと思いたいんですが……」
少し遠い目をしつつ千雨は不安と緊張を胸にため息をつく。もはや後に引くことは出来ない。賽はすでに投げられている。
ヒーロー、警察、生徒、雄英、マスコミ、そして敵。それぞれの思惑や計画が渦巻くなか、後の歴史に名を残す一夜が始まろうとしていた。
ただいまハーメルン!
まず一番に、千雨魔改造ネタSS投稿してくださった神がいらっしゃいます!!!ありがとう!!!!!!!!!いのちたすかるます!!!!!!!!
みんなもどんどん書いてね!!!!!!!
合宿襲撃時から相澤先生たち雄英に頼れない状況、千雨自身が狙われてる現状、クラスメイトたちの未来を守りたいという願い、オール・フォー・ワンという巨悪、オールマイトの活動時間、プロの現場に向かう不安、作戦前の緊張、ちらつく公安の存在、秘匿している能力とその影響力、最善最良の未来。いくつかの修羅場を潜り抜けてきたとはいえ、どう考えてもちう様一人ではキャパオーバーでした。
そんな千雨の状態を察して限界をむかえる前に察知して千雨も信頼して打ち明けることが出来るのって、似た部分があって観察眼が優れてて立場も実力もあるエンデヴァーだけかなぁと。
ギャングオルカも察してくれる可能性あるけど待機場所が別だから無理だった。(シャチサメコンビはまた今度)
ちなみにオールマイトはちう様からの信頼低いし、宿敵との戦いが目前だし、神野後の爆豪の気持ちを考えたり察してなかったので気付かなかった。他の大人は察せられるほど千雨と交流無いし、察しても千雨がのらりくらりと避けて話さないという。
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