AIBO   作:モアニン

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第零話:乙女変生

 

―――――女の話をしよう。

 

儚く現実に敗れた乙女の、愛を知った結末(はなし)を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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私が食事に手を付け痛苦に喘いで助けを請うた時、皆が嗤った。

私は悟った、此処に私の味方はいない。

 

私が髪を掴まれ姦通されるに至って泣き叫んだ時、誰も来てくれなかった。

私は知った、哀れんでくれる人は此所にいない。

 

外に出ても不幸面の私に声を掛けてくれる人はいない。

私は気付いた、この世に自身を気にかけてくれる人すらいないのだと。

 

叔父さん、姉さん、お父さん、お母さんも誰も助けになんて来ない。

死にたくても死ねなかった、死ぬ間際に来ると体が必死に生きようとする。それを押さえ付ける程の勇気が私にはなかった。

 

頭皮から四肢の指先、余す所無く体表を這う節足動物のさわさわとした鳥肌の立つ感触。尊厳が辱しめられる感覚。唇を押し開けて口腔に、顎が外れそうな程の弾力と(ぬめ)りのある()が入ってくる。

あらゆる身体接触から生じる心の働きからひたすら目を背けた。

台風が過ぎ去るのをじっと待つように縮こまる。私には風雨から身を守る物も術も備えも何もないけれど、反抗しなければもっと酷い目に会わなくて済むのだから。

全てが惰性の延長線上だった。

何もかもを諦めた。

刺激だけが空っぽの頭に消えかけの電灯みたく明滅する、それだけが私の半生だった。

この世はそう言うものだと受け入れて幾日と経った。桜の花弁(はなびら)が散った季節の、訪れた回数を数えるのも億劫になったある日のこと。

 

髪の毟られる様に散っていく桜も、私と同じく意識も無いままに感覚だけが機能しているのだろうか。

式を終えて親しい誰かから祝辞を受け取り、学校のネームプレートを背に撮影する、程度の差はあれ笑顔の衆人から抜け出す。用もなく私がいたって迷惑だろう。

幽霊の如く離れ、桜並木で私と同じ植物を眺めていた所に声を掛けた突飛な人がいた。

 

「もし?そこの貴女」

 

「……私ですか?」

 

「マキ…間桐の屋敷が何処か教えて頂けますか?」

 

私とは比べるべくもない。生気を宿した、好奇心に溢れていてこの世界に希望を抱いている、そんなぱっちりと見開いた瞼に煌めく瞳。

卑屈さすら感じる程に隔たりのある、人種すら違う存在だと直感する。

 

キャップを被っていた彼女は私に再度聞き質した。

感情らしい感情を覚えたのは何時ぶりだろうか、猛烈な焦りに(ども)りつつも返事をした。

 

「こ、こっちです。着いて来て下さい」

 

無視すれば良かったのに。気まずさを感じた私は退屈をこの人が感じていないか大いに心配になった。

しかし話そうにも話せず、やがて彼女の目的の場所が目に入り、私はやっと口を開くことが出来た。

そこで私は気付く。名前も聞いていなかった、どう呼べば良いのだろう、と。

 

 

「……私がどうして間桐の人間だって分かったんですか」

 

もっと言うべき事があっただろうに、私は阿呆かと自分を罵った。

彼女が上に向けた人差し指で日よけを押し上げると、隠れていた前髪がはらりと落ちて露になった。

 

「こう言うコトです」

 

絶句した。

何れから言おう。何れを言ってはならないのか。処理能力を超える疑問の数々に口が開け放たれたままになる。

 

「お姉ちゃんが守っちゃいますからね?」

 

有り触れた笑顔の出来る彼女が私には不思議に思えて仕様がなかった。

 

―――――――――――――――

 

冥府の扉が開かれる。

憚ること無く足音で来訪を告げた彼女は慣れない名前を口にした。

 

「マキリ、邪魔するぞ」

 

間桐の魔術師修練場に繋がる階段の方へと一直線に歩む彼女の前に、室内の影から滲み出たヒトガタが立ちはだかる。

お爺様だ。

 

「…変わったな、マキリ」

 

「…御主は変わらぬな」

 

「私はまたも間に合わなかったのだな」

 

「……」

 

顔を上げた女性、彼女の視線からお爺様は顔を逸らした。

 

「マキリ、話がある」

 

「…」

 

(だんま)りを決め込むお爺様に見える様、彼女は顎で虫蔵を指した。

 

「異存があるなら彼処でも私は構わんぞ」

 

「…此方(こなた)へ来い、桜は戻れ」

 

 

 

人を人とも思わないお爺様の、あの態度。

故にこそ、束の間だったが、際立って奇異に見えた彼等の関係性。

そして彼女の物言い。

一滴の希望(猛毒)から沸く前に思考を切り捨てた。

私には関係ない、と。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マキリ、私は貴様を仕置きに此処へ出向いたのではない」

 

「……」

 

応接間の長椅子に腰掛け向かい合う。

 

「私とて、孫娘が祖父を諭す様な真似は晒したくないが」

 

「重ねた年月(としつき)でなら逆であろうに…慎二か、入れ」

 

中等生となって日の浅い少年は心臓が跳ね上がる思いだった。

ノックを仕損じた彼は入室するも、既に居た堪れず。

 

曾孫(ひまご)玄孫(やしゃご)来孫(らいそん)昆孫(こんそん)仍孫(じょうそん)雲孫(うんそん)…それとも…」

 

「知らぬ。とうにその単位は用をなさぬでな」

 

代を重ねて幾百年。

裏の当主も最早知らぬ存ぜぬ頓着せぬ。

彼にとっては一族の存続と比べるまでもない、つまりは些事なのだ。

 

「慎二」

 

臓硯から催促を受けて慎二少年は声を振り立てた。

 

「まっ、間桐慎二!…です」

 

目と胸元を往復する相眸に緊張の意味を見て取った見知らぬ女性。彼女は勝ち誇った表情を隣の老人へと向けた。

 

「私は現役らしいぞ、御老体」

 

「口付の触りも知らぬ行き遅れがか?」

 

あぁ、始まった、お爺様の悪い癖が。

飛び火を恐れた慎二は引っくり返されるだろう、火種だらけのおもちゃ箱から離れる事にした。

引っ掻き回して後は放置、滅茶苦茶にされた方は不幸だが、その被害者と最初に顔を合わせた人間も被害者になる。最後に哄笑するのは決まってお爺様。

これまでの経験が瞬時に弾き出した予想に従って彼は退室した。

 

「…私の真価を計れぬ輩が多いだけのことだ」

 

「お主は人類史上最長の売れ残りよ、今更奇特な(おす)を見付けようが其れは変わらぬ」

 

「……私の事を()も捉えていたのか、貴様は」

 

ぎねす級は間違い無かろ。

心臓に打ち込まれた釘を金槌で叩く所業に、彼女の(おもて)から人間らしい要素が削げ落ち、真子(まなこ)に黄金の光が灯る。

暗室に現れた双子の太陽に、影に生きる者は角膜を貫かれ眩む。無い筈の心の臓をつつ、と指先に触れられた。余りに非現実的で生々しい、心胆が縮み上がる感触に枯れた汗腺から冷や汗が吹き出す 。

今しがたの感覚は全て錯誤だ。核は此処にはなく、虫の集合体である彼には形だけ模した器官しか存在しない。彼はそう断じた。

 

「……」

 

「…私の心にも痛覚はあるのだぞ」

 

「――呵呵(カカ)、これは失敬失敬」

 

嘆声を上げると彼女は述べ立てた。

 

「用事が出来た、個室を借りるぞ」

 

彼女が下見に出向いてみれば、目の前の男の性根が腐りつつあるのが観取出来た。

様子見する猶予はない。

彼女に出来るのは腐敗の順延(じゅんえん)が関の山だからだ。

 

「それとだ、マキリ、私にも虫を寄越せ」

 

「…ぬ」

 

「当初よりかはマシになったのだろう?私にさっさと献上しろ。加齢臭の酷さに鼻が曲がる」

 

腐敗の進む魂に連れられ、半世紀に一度の肉体の交換を、今や度々に急かされる彼は、己の思惑を正した。

過去に贄を厭忌(えんき)した彼女が代案を提言した時も似た応酬があったのだ。

 

「…お主、見たな(ヽヽヽ)?」

 

「…見たさ、その上で問おう」

 

上意下達を強要する、四の五を言わせぬ暴力的な神気の颶風(ぐふう)

此処で煙に巻かれては困る。

彼には己の原点に自ずから立ち戻って貰わねばならない。

取り返しがつかない度合いに到って悔悟の涙を流しては遅いのだ。

けれど豎子(じゅし)に躾と称して頬を(はた)くに等しい行為に、彼女は自罰的にならざるを得なかった。

 

「マキリ、何を求める」

 

決まっている。

 

「不老不死よ」

 

「…マキリ、何処に求める」

 

知っている。

 

「聖杯よ、決まっておろう」

 

「マキリ、何処を目指す」

 

 

「…………知れたことよ…―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「―――全人類の進化のその先、恒久的平和の実現した世界だ」

 

冬木の地で試験的に執り行われた英霊の召喚。

実験段階にあった術式の対象は強大無比の霊的存在。

座にアクセスする為のエネルギー源であり、媒体でもある大聖杯、冬の聖女、ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンが一介の人造人間(ホムンクルス)であった頃。大聖杯という魔術陣が敷設される前。

地球上の何処か、ではなく、座に死後祀られた英雄がいるとすら知らなかった遠坂家初代当主、遠坂永人には確信があった。

設定通りなら適当に見知らぬ英霊が釣れるだろう、と。

付き添いの男、マキリ・ゾォルケンは傑出という表現の生温い魔術師。遠坂永人本人は武術を手段に根源に至ろうと試みた超武闘派魔術師。

 

勝てる(?)。

 

かの宝石翁に買われたポジティブ男は、誰に相談することなく、絶対の自信をもって構築した召喚術式を作動し、果たしてソレは正しく稼働した。

彼自身の性格だけでなく、魔術師という――成果を明かさない――種族の習性が災いしたのだろう。論を述べ合う事など彼らの脳内に端から存在し得なかったのだ。

結果、現存する神霊が降臨した。

 

(たちま)ちオドが枯渇し、卒倒した遠坂永人に代わり、そこはかとなくアクシデントを予期していたマキリは、誰何から始まった質疑応答を受け持つこととなった。

 

「ソレが私を呼び寄せた理屈か」

 

「そうだ」

 

風に吹かれて揺蕩う青雲、綿菓子の様に甘く儚い夢想。

(あまね)く少年少女が卒業する(割り切る)、そんな夢語(ゆめがたり)

落葉の様に掃いて捨てられるそれ等はしかし、彼女にとっては逆鱗であった。

 

虚言であれば(つゆ)の情けも与えはしない。

()じる確証欲しさに彼女は眼前の男の胆魂(きもだま)を垣間見た。

点在する黒点(腐蝕)を覆い隠す程に灼光を放つ、輝かんばかりの魂。

彼より優等な肉体を持つ者は幾らでもいた。等身大を遥か上回る、地形の一部と言われた方が納得出来る規模の魂の持ち主もいた。

しかし恒星の如き心魂、彼に匹敵する魂魄は、英雄と称えられた人間の一人にも見取れたことは無かった。

 

「甘い…甘い夢だ」

 

叶いっこない、そんな胸が焦がれる程の理想(ユメ)を齢200余りの大人が生真面目に嘯いている。

私は賭けてみたくなった。

私がとうに投げ出してしまった夢物語を諦めない彼に。

 

「貴公の切願に応じ、召致を承伏する。此れにて我が槍は汝の運命と共に在り、御身に降り掛かる(つゆ)の一切を払おう」

 

「……ならば、私は、私の全てが朽ち果てるまで、この望みの具現に尽力することを、誓う」

 

 

ある時ひねくれ者の友人が教えてくれた。

それは恋だと。

夢見る心とは恋なのだから、と。

 

彼は言った。相思相愛だが一生成就することのない横恋慕だと。

 

「ちゃんちゃら可笑しな話だな?馬乳女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「昔のお前ならば即答した筈だ。あの誓言は法螺だったのか?」

 

「…違う」

 

「なら、見果てぬ夢の続きを、誰でもない、お前が」

 

私に魅せてくれ。

 

果たして、伸ばされた手は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





初めて触れた型月系映像作品が空の境界、遊んだのはExtra系列でした。
童話作家をすこれ。
キャス狐も愛でろ。(火種撒き)

どう?皆さん情報足りてる?まだ足りない?書かせて頂きますよ?
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