AIBO   作:モアニン

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はきそう


初顔合わせ

近頃僕は夢を見る。豊かとは言えずとも笑みを浮かべて集う若人の夢。顔形も定まらぬぼかし絵のフィルムには、しかしくっきりと映るものがあった。収穫の喜びに周囲から上がる囃し声の中、焚き火に照らされ、フレアスカートの様なソレをふわりと舞わせて踊る女性。細く滑らかな五指。一本一本がきらめいて波打つべっこう飴の髪の毛。彼女は村一番の美人。名前は何だったか。

 

「アル」

 

「何です?」

 

飾りっけ絶無の、今の彼女には少し大きすぎる服。ごつごつとした、剣士として称賛されるべき手。枝毛だらけのぼさぼさの長髪。

 

「マーリン、櫛貸して」

 

「何をするんだい」

 

「んー、実験」

 

特別面白い事でなくとも構わない。刺激が欲しい。たまには何か別の事をしないとやる気が出ないのだ。

 

「アル、後ろ向いて座って」

 

「はぁ?」

 

櫛を通すと髪がぶちぶちと音を立てる。

 

「いたっ」

 

無心で彼女の髪を何度も梳かす。成果の出る様を視認できる単純作業はやはり良い。心が安らぐ。

ただ髪の毛は持ち主と同じく頑固だったようだ、栄養を取れている証拠である。まぁ毛先の跳ねが目立つ程度まで来れば上出来だろう。不思議となされるがままだったアルトリアの背中を叩く。

 

「はい、おわり」

 

「もう良いのかい?」

 

何故マーリンがソレを問うのか。

 

「此度はこれにて仕舞いでございますれば。あ、あと水鏡出して」

 

「・・・そぉれっ!」

 

この時代にはまだガラス鏡というのがまだ存在しない。

光源以外に何もない、距離感覚すら薄れる漠とした空間に湖面が地面と垂直に、空中に現れる。同時に彼女の髪がさらりとほどけ、金糸飴のように輝きを増し、中天から降る光に照らされてエンジェルリングが出来上がる。

多量の運動と若さによって老廃物の無いきめ細かな、相応の食物の摂取によって枯木を思わせぬ、血の通った肌。顔のパーツは揃っているが故に、後は髪を弄ればどうとでもなるのは当たり前の帰結だった。

髪型一つでも女の子は化けるものだ。逆を言えば如何なる貴石だろうと加工しない限りは輝くことは生涯無い。光ることはあってもくすんだ原石のままその短い賞味期限を終えるだろう。本当、悲しいくらいに短いのだ。

 

「やっぱ美人」

 

「うーん最高」

 

「・・・」

 

その美貌が憎い。賛辞を仕舞い込んでマーリンと共に鏡面上の彼女を背後から覗く。

気分転換を終えた僕は己の虚像を見詰める彼女を放って、夢幻の魔力で体を細やかながら補強し、これまた夢幻の馬上槍を構える。最初の失敗以後、拭えない程の恐怖心が少し薄らいだ気がする。受ける衝撃に意識が逸れれば、体内で行き場の失った魔力で爆発するには変わらないが。

気が変わらない内に仕掛けてしまおう。

 

「じゃあ稽古といきますか」

 

「なんだい、今日は随分と御機嫌じゃないか」

 

マーリンらしくないにやついた笑みに自分の心情が見抜かれたことを悟る。

 

「そっちこそ浮き足だってると足元掬われるぞ?」

 

だからこれは照れ隠しだ。

 

「あはは、ないない」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「ねぇ、アル」

 

「はい?」

 

「村一番の美人のあの・・・」

 

「隣り村の、です。ネイグロム、でしたか」

 

「あぁ、その娘、綺麗な髪してるよね」

 

「そうですね」

 

「・・・羨ましくない?可愛いなとは感じたけど」

 

彼女と同調する自分の髪の房を持ち上げては眺める。自分が生前の姿であれば吐き気を催す発言である。

 

「羨ましくないとは言いません。ただ、私には期待される振る舞い方と装いがありますから」

 

「そ」

 

誰かに必要とされる。妬ましい事だ。けれど集団に属すると言うことは、その一員としての期待(重荷)を背負うことに他ならない。羨ましくないとは言えない。だがそれ以上に煩わしさが勝る時がある。僕は人と話す事が好きだ。しかし、毎日三食が好物となれば飽きを通り越して嫌いにすらなるものだ。少し寂しさを覚えるくらいが僕には調度良い。

但しそれ(彼女)これ()とは別である。時にはストレスを発散することも必要だ。他者を演じ続ける行為に可不可は関係なく、負荷がかかるものだから。

 

「で、試験対策は順調かい?」

 

「クソだよ、クソ」

 

漠然とこうする、明確に目標を決めるのとでは人間が発揮する力に大きな差が出る。生徒という立場にある以上は高い点数を取りたい、取る必要がある。そんな意欲や責任感は僕達を更に後押す。だからマーリンに具申したのだが、万力で首が絞まる思いだ。復習、つまりは記憶の定着と要点を抑える為にマーリンに紙束と筆記具を出して貰ったが、ノート術を思い出すには日を要し、加えて問題は重箱の隅をつつく嫌らしさがある。真剣に聞いて欲しい表れなのかもしれないが、試験も復習の一つ、貴重な問題欄を消費してまで覚えるべきは其処ではない。

毎日の会話が無ければ半泣きで講義を終えていたことだろう。満足とは言えずとも着いていける程には英語を鍛えて良かったとしみじみ思う。

 

「マーリン」

 

「はいはい?」

 

「こことここに穴空けて。それと…」

 

電源のコード程の太さに髪を摘まんで見せる。

 

「これ位の()り糸が欲しい。この紙束の穴に通し切れて結べる余裕のある感じの」

 

「ふむ?」

 

時系列の迷子を防いで整理したいというのもあるが、自己満足感でも兎に角報酬が欲しい。努力というのは長い目が必要だからだ。ゲームの様に僅かずつでも成果が目に見えてくれれば良いのだが、そうはいかないので自分で作ろうという次第である。それに結果が直ぐに出れば人間行動を繰り返すものである。やるべきことを羅列して、終った側から消していくのも言いかもしれない。そんなこんなでノートを作る訳なのだが。

 

「も少し穴大きくして」

 

「これぐらいかい?」

 

「っあぁ~…これぐらいで」

 

親指と人指し指で幅を作って見せる。

 

「こうかい?」

 

「んっんん~、オッケー」

 

細紐の両端をそれぞれの穴に通して結ぶ。枚数が多くバラけないか気を使っている内に教科毎に分けてしまおうと思い付く。その数は少ないがその方がスッキリする。

 

「マーリン、追加で糸頂戴」

 

「はいはい」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「げっ」

 

「ふふん、私の勝ちですね」

 

「次は勝っちゃるけぇのぉ?」

 

「どうぞ出来るのであれば」

 

「ぬぬ…」

 

勝敗は通算すると五分五分。僕の方がアドバンテージはある筈だのに遂に追い付かれてしまった。つまりこの間は黒星続きである。何故だ?

才能という単語が脳内に浮かぶ。かぶりを振って掻き消す。才能を腐らせる奴はごまんといた。僕のいた社会では効率良く努力することを学習し、積み重ねてきた人達も数多くいた。彼らに僕は教えられた。飛び抜けた才能を抱えた者は誇張無しに砂漠に混じる一粒の砂金と変わらない。だけども、金剛石の原石だろうと石ころに終わる人々がいた。十人並みの才能と言えど磨けば磨くほど耀きを増し、見る人を惹き付けるに至る煌めきを放つ人々だっていた。

僕の国の社会は概ね誠実で、公平だった。努力と同じだ。報われるかは分からないが、積んできた分は裏切らない。何もしなければまともな結果が出ないと言うのは誠実な事の裏返しである。

分かり易い例外はスポーツだ。成熟しきった選手間における体格の差こそが才能だと僕は考える。

アルトリアと僕が今競うのは勉学。私もそれなりに努力しているつもりだが、差が出るのであれば必ずカラクリがあるはずだ。

 

「・・・何ですか」

 

「観察」

 

なお見出だす際の難易度は考えないものとする。

また、参考に出来てもそれが丸切り肌に合うかは別問題になる。

まぁ、僕は才能という単語で何でも片付けたくないだけなのだ。広がる諦念に転がる不満だらけの人生なぞ欠片の面白味もない。シーツに寝小便で地図を描き上げる事に情熱を燃やす方がまだマシだ。人間逝くときはある程度納得して逝きたいだろう。あの社会で生きる為の動機付け、環境への適応の結果に過ぎないが、少なくとも僕は自分の人生に納得して死にたかった。それが死んでも死にきれない羽目に終わり、その上欲を出し、甘い汁を吸いたくて自分でもない誰かにと願った結果があれ(ペシャンコ)だ。これが自嘲せずにいられるか。

「マーリン」

 

「今度は僕かい?」

 

「違うって!」

 

だからこれ(今生)は、偉大なる魔法使いが僕に授けた機会(チャンス)だ。

 

「・・・ありがとう、あの時は助かったよ」

 

「何時の事だい?」

 

「俺がアルのウェイトに潰れた時さ」

「・・・」

 

「体重とは言ってないだろ、睨むなって」

 

「あなた死ぬまで一人ですね」

 

「な″っ」

 

言葉が詰まる。否定の言葉が咄嗟に出てこなかった。

人を(いたずら)に傷つけるのは止めようね!報いを受けるぞ!

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

薄暗く寒々とした曇天が、満ちる寂寥を逃すまいと蓋をしている。

立ち込める煙に、空気を求めて喘ぐ様な重苦しい感じ。そろそろだろうか。

木剣の素振りを中断して目を凝らすと、吐息の雲の合間から、ちらちらと雪が見えてきた。

予想に違わず、オルタが呼び掛けてきた。

 

『なぁ、アル』

 

『何ですか』

 

『外が見たい』

 

『・・・少しだけですよ』

 

『分かってる、ありがとう』

 

目の前の冬景色に呼応して、目蓋の裏の黒々としたキャンパスに、ぼやぁと灰色の心象が滲む。呼応して懐旧が湧き、一つの実感が決まりきった結論の如く生まれる。人は独りだ、誰も救えない。

意識と感覚のあるままに、思考が勝手に進み、体はソレに従って動く。最初は酷く心が騒がされたが、今ではどんな荒波だろうと僅かな間に凪となる。体を彼に委ね、感覚の隅々に意識を浸透させる。すると、全身で彼の存在が確認できる。私は独りじゃない、誰かと繋がっている。その痛感が私に絶対の安寧をもたらしてくれる。

オルタも私も何も言わないが、私に彼の感情や記憶が流れ込んでくる様に、彼の方にもそう言ったことがある筈だ。過去に一度、この体の主導権が勝手に入れ替わったのと時を同じくして、それよりも前からか、私達の間に繋がりが出来た、そんな感じがする。

 

『・・・気が済んだ、次も頼むわ』

 

『えぇ』

 

僅かな期待と割り切れない程の思いを残し、オルタが消えたことを呼吸のリズム、微細な筋肉の動きの癖を含めた全身の感覚から察する。次が渇求される程に胸中を焦がすこの思いが何なのかは知れない。けれどそんなに悪くはない、そう感じる。だって私の唇は弧を描いているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 









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