人間は成功すればそれは自分の力に 由るものだと考え、失敗すれば周りの、環境に因るものだと信じる。実に聞こえが悪い。過ちを犯す度にあいつが悪いと宣う輩に、或いは他者の責任にしようとする醜い己に、ストレスを感じた僕は、どう言い聞かせれば納得できるかと試行錯誤していたある日に気付いた。
「適応できれば長らえる。出来なければ死ぬだけさ」
最初に言っていた言葉には、コレを一番に言い出した人によって、皮肉る様な悪意がまぶされている。コレを口にするだけで不快な気分になるのは、隠し味の毒気が原因ではないか。
周囲の環境に適応できればソレはその人の能力だ、違いない。出来なければその力は不足していた、ないしは状況がその者の及ぶところではなかった、それだけだ。つまりは適応できるか、出来ないかだ。
僕という水嵩を増していく汚水の受け皿は、今この時に比べて遥かに底が深かった。国という外敵から身を守る為の骨を持ち、制度によって免疫を強化し、臓器、又は筋肉である組織を構成する僕達は、互いが心臓であり、金の血を送り合い、生かし、生かされていた。僕達は一つの群体、国家として、その生の維持に貢献する代わりに守られていた。一つの失敗が生と死を隔てる分水嶺を一足に飛び越える原因になる事は決してと言って良い程無かった。全てを失うと言うのは、創業に失敗した人間が担保から始まり、連鎖的に家族なんかを失うといった状況だ。その人は失意と絶望の先に死を選ぶかもしれないが、最悪選択肢が残されている。
個人的には日本お得意の、脆い信頼に重きを置く姿勢が形になった担保制度は詐欺だと感じる。アレのどこが有限責任だと言うのか。会社が倒産すればその責任は社内で完結してこそ有限なのだ、それを個人の財産で賄えと言うのだから疑問が生じる。イメージでは、ドラマで差し押さえのシールがそこいら中の家財に貼り付けられ、不幸を体現した一家が淋しく出ていくモノだが、通じるだろうか。しかし巨額の金の回収が滞れば、銀行は僕達から信頼を失うのだから世知辛い。
路線を戻そう。あらゆる成功と失敗の境界は適応の可不可だ。けれど僕達は次のチャンスに恵まれるのか。狩猟採集に、その日の糧を得ることに失敗したとする。二日三日続けば餓死は免れない。農耕も同じだ。作物が採れなければ死ぬ。では飢えの中で人は何を思い付く。手っ取り早いのは略奪だ。命の危機を目前にし、村を襲撃した人間に良心の呵責は期待できるのか。何れにせよ、生きるにしろ死ぬにしろ、言い訳する余地は無くなるだろう。
そうは言っても、僕達の、あの社会においても原則は不変に存在していた。周囲の
今と未来の違いは
――だから
「ほら頑張れー」
「い・・・っだぁ・・・」
化けたマーリンから落馬した位で僕は諦めない。
でも痛くて正直涙が出そうだ。泣いてこの鈍い痛苦を誤魔化したい。
「毎度思うけど何で痛覚を切らないの・・・?」
「痛覚?なんだいそれは」
人馬の姿になったマーリンが首をかしげる。
人間の体に手を加えるという発想がない時代の存在に、神経と言って通じるのか。感覚という言葉を理解して貰えるのだろうか。
「木剣で殴られると痛いって、感じるだろ」
「?、そうだね?」
彼の半身を構成する人間の部分を僕は信じる。信じるしかない。
「ソレがあるとこんな風に訓練に滞りが生じるだろ?」
「まぁ、そうだね」
「だからその痛いって感じを消してくれないか」
「嫌だね」
「えぇ?」
即答かよ畜生。なんでだ。
「股が擦れる痛みを経て、正しい乗馬の方法を人は学ぶ。戦場では痛みを抑え付ける耐性、身に付けたタフネスで人は一瞬先に命を繋いで行かねばならない――――」
氷の造花の花束が、僕に向けられる。
「――――適応出来れば長らえる。出来なければ死ぬだけさ。」
キミも例外じゃないんだよ。手を伸ばし、花弁に触れた指が切れる。
「いっ・・・」
視線を戻すと、氷剣の切っ先が目先に突き付けられていた。咲き誇る
「
―――――――――――――――
万人が他者に、自身に望むような一貫性とは存在し得ない、そも根っこに誤認がある。人の気は移ろい易い事もあるが、僕がこの場で言いたいのはそれについてではない。内向的、外向的という人の性質を意味する言葉があるが、ソレ等はあくまでもその人の基軸を表す単語である。内向的な面もあれば外向的な面もある。矛盾するような側面を幾つも折り重ねた複雑な構造物が人間なのだ、論理的な筈の学者が己の学説を否定されて感情的になるように。だから、僕達の一貫性というのは、表面的に言えばぐちゃぐちゃとした所にある。三日坊主な自分を嘆く人はそれこそが一貫性であり、飽き性で次々と様々なものに手を伸ばすのも同じ事だ。深く見てみると、趣味が続かずころころと変転するのは、その時既に面白いとは感じない、刺激を常に求め続けているから、となるかもしれない。当人にとって心嬉しいかは兎も角、誰にも特有の一貫性があるのだ。
ある友達が僕に言った。
「二股された事があるから恐い」紳士的な受け答えだった、優しい人だとその人は僕の心に残った、迷惑だったろうに。
恋や愛なんてものはまやかしだ。健やかなる時も病めるときも、永遠の愛を誓い合った二人が別れるなんてのは珍しくなかったのだから。それに、男だった僕は、何様だと思うが、僕の中の一定のラインを超した人をアリだと感じる様な人間だった。僕の中の男という要素が女性に対して一様に魅力を感じる様に好意を掻き立たせていた。極端に言えば、僕は誰でも良かったのだ。その事に気付いた時、あの人はそんな事を含ませて言ったのではないだろうが、「あぁ、こう言うことか」と僕は納得した、出来てしまったのだ。ある人は結婚を、違うことを知ることだと言い、ある人は離婚を理解だと言った。
恋や愛は錯覚だ、この制御の効かない感情は思考を狂わせる質の悪い熱病なのだ。コレの厄介な所は僕達に多幸感をもたらす点にある。賭け事と同じ、その時の感覚を味わいたくて誘蛾灯に僕達を惹き付ける。相手を真に見ているのではない、恋に恋しているというヤツだ。けれどソレを弁えているからといって、人はそれが合理的であるかに関わらず、現状と殆ど変わらぬ、満足できる選択肢しか取らぬものなのだ。
「オルタ」
「なにさ」
その人に操を立てた訳じゃない、そんな大それた関係にまで漕ぎ着けた訳じゃない。だけど僕にとっては他の女性に魅力を感じるのはバツが悪い。
しかし拒絶すれば、された人間は僕の想像よりもずっと傷つくかもしれない。だけどそれは僕が正当化する理由にはならない。どうしたものか
「どうして距離を開こうとするんですか?」
「アル、人にはパーソナルスペースてのがあるの」
「パーソナルスペース、ですか?」
分からないから説明して欲しいと表情で語る彼女。誤魔化そうとして、浅慮にも開けかけた口を閉じる。その不誠実な行為を規範として彼女は振る舞う可能性があるから。
「・・・・・・人は無意識に距離を開けるんだ」
「答えになってませんよ、何故かを私は問うているのです」
都合の良くない子供である。将来は僕なんかより遥かに聡明な人となるだろう。
「・・・したs」
本当に親しい人に、心を開いている人にしか許せない、そう言おうとして、止める。初対面でもわりかしこの距離の人はいた。気味悪く思われるのは恐い。でもこのまま不誠実でいるのも快くない。なら僕がこうする理由は――――
――ヘンな気分になるから」
「ヘンな気分?」
そこそこの数の女の子と話してもそれはいつまでも変わらなかった。鼓動を早める程糖度の高い思いを味わう度に、苦い思いがテーブルクロスに溢した珈琲の様に滲み広がるのも。
この際だ、吐露してしまおう。
「僕はね、好意を寄せるのは得意だけど寄せられるのは苦手なんだよ」
「・・・?恐らく貴方が思っているのとは違いますよ」
「?」
風向きが変わった?違う、彼女は最初からこうだった。
「私が貴方に向けるのは親愛です」
僕はソレが出来ないから困っているのだが。性自認が男の女性はさぞかし生き辛い事だろう。思いを伝えたい、伝えられないジレンマに苦しみ続けるのだろうから同情する。肉体も男子の諸君は異性を意識する年齢で周りの女性が全て母親だと想像してみよう、獲得してきた道徳観が君達の精神を蝕むぞ!
「アル、本人がそのつもりだとしても、相手が違う受け取り方をすればその人にとってはそれが真実なんだよ」
「なら誤解を解いたので大丈夫ですね」
「そうだけど、そうじゃない」
「・・・嫌ですか?」
「違う、僕に好かれると面倒な事になるぞ。君にも好みがあるだろう?そうでもない野郎に付き纏われてみろ」
煩わしい、嫌だなんてなんて思われたくない。だから止めてくれ。
この手合いは前世で会ったことがない。何時も距離を詰める側だった、詰められる経験のない僕はこうした時はどうすれば良いのか全く目算が立たない。
「・・・そうですね」
「決して嫌なんかじゃない、決してだ」
アルの温情を否定しているのではない。僕はソレに慕情でしか報いることが出来ないのだ。二つには大きな違いがある、相手への理解と思いやりの有無だ。
「ん~、あまじょっぱいねぇ」
「マーリン・・・」
「・・・」
今ならあまじょっぱい程度で済む。僕は愛情を注ぐ人は報われて然るべきだと思う。けれど独善がりになった僕が返せるのは善報ではなく悪報だけだ。
じーと睨むとマーリンが察した様に言う。
「勿論最初から最後までさ」
「あーもうヤダ」
さて。マーリンが手を叩くと僕達二人を柔らかに睥睨して告げた。
「君達二人にこれから打ち合ってもらう。加減は無しだ」