要望とかある?(届かぬ声)
「マキリ、もう止めにしないか」
彼と私が出会ってもう500年も経つ。
見目はお互い変われども、とはいかなかった。彼の魂は今も危機に曝されている。
死にたくないという気持ち、生物として人として他者を食い物にしてでも生きたいというその思いは当然の事だ。
しかし人の身にしては永すぎる年月に渡って侵され続けた果てに彼のソレは妄執と化した。
平和を志した彼は己に残された余生では足りぬとその尊い願いの為に延命術に手を伸ばした。
延命に延命を重ね、強すぎる妄執に蝕まれた彼はしかし、貴いことにその切望を未だ失わずにいた。
「五月蝿い、儂はまだ諦めとらんぞ」
「其れはどちらだ」
ただ、器の底に澱んだ積年の執念が、彼の純粋な願いを濁らせようとする程に夥しく洪大なのだ。
それこそ目的が手段にすげ替えられてしまいそうな程に。
「……寄生虫めが」
上腕の皮膚下を這い回る虫を見せびらかす様におどける私。
慣れたが痛いものは痛いのだ。
「それはお相子だぞ…貴様、まさか冗句のつもりか」
冗談にしてはかなりコレはキツい。それもお互いにだ。
伽椰子の代役が務まりそうなヤツはしたり顔で言う。
「ふふ、最新の蟲じょーく、じゃ」
「諧謔があっても妖怪爺は妖怪爺だぞ、飾り立てようと油虫は油虫だ」
表情には出ないが些か不服そうなマキリが弁明を図る。
「これでも儂は外面の良さには自信があってな、慎二と桜の通う学園ではPTA会長の座に就いとる。
年末の学園パーティーにも顔を出しての」
「ほう、それで無辜の民が集う場で貴様は何と嘯いた」
普段には無い、恐らく今生二度と見られない快活さでマキリは輝く貌に負けじ劣らじの笑顔を浮かべた。
「勉学に励めよ若人よ! 学を修めれば人生の選択肢も豊かになろう!」
「今世紀絶頂の戯言だな、参った。私の返しなど貴公の洒落に比べれば児戯に等しい。認めよう」
「……冗談だろう」
「嘘ではないぞ」
又も口を開こうとすると珍しく怒りを湛えたマキリに閉口する。
「紛らわしい生き方をするな。窮するだろう」
「――ク、愉快愉快」
相変わらず白い歯を見せた臓硯に嘆息する。
天井を仰いでこの小憎らしい蟲野郎に言う。
「では私はサクラの様子でも見に行こう」
「それではな」
「失礼する」
―――――――――――――――
私服姿のシンジと黒いセーラー服に身を包んだサクラが見えた。
玄関に続く壁沿いの階段を下りつつシンジの方を睥睨する。
驚愕に次いで反抗心を薄らと浮かべた罰の悪い顔のシンジに話しかける。
「どうしたシンジ、可愛い妹に悪い虫が付いたか」
「なっ、ちがっ」
こういう時だけでなく基本正直な彼は裏表がなく付き合い易い分好ましい。
「余りサクラを弄ってくれるな、厭がられると堪えるぞ」
「今のは別にそう言うんじゃない、ただ……」
「好きなのだろう、分かっているとも」
「だーかーら!ちがうってぇ……」
サクラを見て最後まで言わずに尻すぼみになっていくシンジ。
まだ春の到来は早い筈だが。
春の訪れた海中の景色、その遷移とは如何なモノだろうか。
「シンジ、貴方には沢山良い所がある。運動が出来る、学業に於ては優秀、人付き合いが上手く(婦女子の)友人は沢山いる。ありきたりに聞こえるがここまで出来る者は俗人にそうはいまい」
「んだよ…」
「魔術についてはそう…まぁ端から見れば屑共の中でも下賤を究めているのだ、操ればお前の風評に傷が付くぞ」
ぶちぶちと音を立てて稲妻の様に激痛が走り抜ける。
異物感に嫌悪感と、脂汗が額に滲んでくる。
「お前…」
頭に血を昇らせたシンジにサクラが反射的に後ずさる。
怒号を上げるのだろう。
申し訳ないが今は余裕がない
「違う、哀れんでいるのではァッ―!」
体内を這いずる刻印虫――少々特別な――ソレ等を魔力で塵芥にする。
衝撃が体外に洩れ出ると轟と風が吹く。
「ぉぅわっ!?」
「きゃぁっ!」
「…慎二、私も自分を他者から良い様に見てもらいたい気持ちはある。であれば何故貴方は自らを陥れようとする」
「ソレは…」
「ここは社会不適合者の最高峰、一握りだ。ここでの価値観など一歩外に出れば蛆を蛆たらしめる美点程役に立たないでしょう」
「うわぁ…」
嵐を予感したサクラが私を死者を見る目で見つめてくる。
……一寸言い過ぎたかもしれない。気は重いがマキリも気にしているだろう。
「……ときに思い出したが私はサクラに会いに来たのです」
「私ですか?」
「そうだ、ここはほやほやの懸想人の話でも」
「…えっ、えっ」
鎌をかけたら一発である。
「お前それやっぱえみ」
「ここからはガールズトークだぞ、退けシンジ」
必殺ガールズトーク。大体の野郎共はこれで退く。
貴様等はお呼びでないのだ、しっしっ。
「貴様もだぞ、マキリ」
足元にいた蟻ほどの虫を魔力放出で吹き飛ばす。
「ぬぅっ、ぬかったわ」
「ふっ」
―――――――――――――――
町中を歩きながらサクラの懸想するおのこについて聞き出す。
「この前は先輩から衣服の畳み方を教わったんです」
「ふむ、そうか」
やけに嬉しそうである。
間桐家以外の場所が出来てそこに足繁く通っているのだと彼女の話から分かる。
彼女に幾日空けて話し掛ければ話題に衛宮某が出てくる、というか彼だけである。
「私もお邪魔してしまおうか、その先輩邸とやらに」
「え、何でですか?」
サクラが不意打ちとばかりに固まった表情で聞き返してくる。
「飯が旨いのだろう、それだけで千金の値がある。」
「…オルタはご飯好きですもんね」
「サクラ、私は貴女の思い人を盗ったりはしない」
「あっ、ぇえと…」
当たってしまった。
サクラは本当に彼が大好きなのだ。故にこの分かり易さなのだろう。
「しかし何故そう思うのだ、サクラ」
隣で同じく前を見る桜の視線を顔で塞ぐ。
仲間外れは寂しいぞ。
ビクついて身を引いた桜がおずおずと言う。
「オルタは綺麗だから……」
「サクラ、侮辱は良くありませんよ」
自惚れだが私にもそう思う時期があった。否、今でも割合信じたい。
鏡を見て悦に入る事もあったがオギャアと泣いて1500年の間、彼氏が出来た事なぞない。
信ずるのは憚られたが15世紀の間喪女で有り続けた人類など凡そ存在しないだろう。喪女・オブ・喪女、クィーン・オブ・喪女とは私のことだ。
ドキドキした異性との接触は、最新の記憶ではマキリの嗄れた掌をにぎにぎして存外に大きいと感嘆したぐらいだ。
あれ、ちょっと涙出てきた。
「そ、そんなことありません。オルタは美人さんです」
身内贔屓だとしても世辞で喜ばない者はいない。
サクラをぎゅうと抱き締める。
「サクラは優しい、やはりこれは愛すべきは野郎ではなく娘子なのだという思し召しなのですね」
はぁ、なんて愛しい、愛愛しいのでしょう。
正に灯台下暗し、
苦節1500年の末、私は既に妖精郷に辿り着いていたのですね。
「――タ?オルタ」
「はい?何でしょう」
いじらしく可憐に、上気させた耳を覗かせ、頬を私の体に添えた桜が言った。
「恥ずかしいので――」
「くぅっ――!?」
―――これが胸キュン
心の臓が絞られ締め付けられる感覚。
胸を押さえた私に集中線が殺到する様を幻視する。
「オルタ?大丈夫ですか」
「えぇ、今の私は頗る好調だ。貴女のお蔭ですよ、サクラ」
「?、それなら、良いんですけど…」
桜が言外に帰ろうと促してくる。気付けば空は綺麗な茜色に染まっていた。
冬至を過ぎたとは言えまだまだ寒い時頃。彼女が病に冒されぬ内に戻るが吉か。
「寒いだろうに、気遣ってくれたのですね、サクラ」
「いえ、全然構わないんですけど…」
「ままー、あれなにー」
夕陽の染み込む程に透けた彼女の肌が紅味を帯びる。
「仕方ないですね」
とは言え名残惜しい。
体を離すと瞬きする間に距離を取ろうとする彼女の手を掴む。
「では、帰りましょう」
「……はい」
やはり人は愛しい。
私という存在に意義があるとすれば、彼等を見守る事だろうと心から思う。
―――――――――――――――
「マキリ、早く虫を遣わせ」
「お主も物好きじゃな、ほれ」
過去に私が零した罵倒によって錠剤サイズ程に縮小された虫々が掌に乗せられる。
「私から魔力を賜るのだ、もう少しまともな体貌はないのか」
控えめに言って醜猥である。マキリを見ると実に嫌らしい笑みを浮かべていた。
「儂なりの返報じゃ」
「冬に春情を催すとは壮健なことだ」
呆れた。齢500にしてこれだけ色欲旺盛であれば心配無用だったやもしれない。
言いつつ頂き物を頬張り飲み下す。
小さい分かさが増えてしまうのが難点だ。
「して、良いのか」
私が彼にするように、彼が私にする問答がある。コレは互いを人に戻そうとする儀式、明け透けに言ってしまえば悪足掻きだ。
勿論私の答えは――
「無論だ、彼女はここに居る。体面した時に私がワタシであった者を忘れては笑い話にもならん」
「…要するにだ。今は構うから構ってくれという話だ」
「御主一人匿うとあっては儂も本腰を入れねばな」
マキリが重い腰をあげて窓際の方へ歩く。
暗闇の中雨粒が窓を伝っていく。
透き通る傘を差して菫色が遠ざかるのが見えた。
互いの隣に立った私と彼は柳洞寺の方を静かに、けれど熱を籠めて見詰めた。
「世話を焼かせるな、マキリ」
「持ちつ持たれつ昔の誼というヤツでな、はは」
「マキリが言った事は真実なのですか、サクラ」
「お爺さまなら確かにそう仰ってました」
「……えぇ」