AIBO   作:モアニン

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柱列石

此所は間桐邸、テラスのある客間。日の光が浴びたいと強請る私に臓硯が不承不承付いて来た形だ。

 

「定着率はどうなっておる」

 

「あれから幾年(いくとせ)掛けたと(おも)う」

 

「愚問だったか」

 

「貴様の思慮深さは美徳だがな、(やや)待ち草臥れたぞ」

 

「…今般(こんぱん)の聖杯戦争、お主はどう見る」

 

「 棚からぼた餅、というヤツだ。今日日(きょうび)誰しもが聖遺物を求めて奔走している筈」

 

ゆくりなく笑ってしまう。

御三家は(すくな)くも、一般の参加者は怱怱(そうそう)たる事だろう。

 

「…生憎、儂も可也(かなり)の物は用意しとらん」

 

 

「何と」

 

渋るような表情のマキリが言う。

珍しいがマキリと言えばマキリらしい。

私の想像以上に乗り気でないのだろう。

60年の間隔を空けて行われる冬木の聖杯戦争。

ソレが前回からたかが10年で挙行(きょこう)と来た。

彼の願いへかける思いの丈は知っている。

500年と言う個人の生にあるまじき年数がその証だ。

慎重に慎重を期したいと言うのは当たり前なのだろう。

それならば―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マキリ、私はユスティーツァを殺す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

冬の聖女ユスティーツァ。

彼女と魂の繋がりがある者を討ち果たす。

確実を期すために。

 

 

「……貴様も長くはないだろう」

 

魂が腐ると言うのはどんな感覚なのだろう。

自身は人間という自覚を持ちながらも、肉体は蠢く蟲でしかない矛盾。ソレは一体何れだけの苦痛が伴うのか。

私の様な凡下には想像も及ばない。

 

「先ずは不老不死だ。それからじっくりと当たれば良い」

 

 

「……」

 

 

 

私と彼の合間にある卓上の携帯を一つ取る。

魔術師は絶望的な迄に機械に疎い。

私が独自行動を取る都合上、覚られない連絡手段が必要と考えた結果だ。

別れの挨拶に返辞がない事に背後を振り返ると、私に背いて射し込む陽光に身を置くマキリがいた。

珍しいこともあるものだ。

 

―――――――――――――――

 

 

 

自室のベッドの上で指を弄ぶ。

見詰めるのは先輩に気取られない様包帯を巻いた手甲。

考えるのは今日行ってしまうヒトのこと。

私が悲嘆に暮れていた時傍に居てくれたあの人。

特別なことはしていない。けれどお爺様すら含めた私達を取り巻く空気は、彼女が此処を初めて訪れたその時から確かに明るくなった

数年の付き合いだった。

幼少の思い出に抱いた切なさが充たされていく、そんな日々。

思い出が一つ一つ泡沫のように浮かんでは消えていく。

怖がりな私に話すことで心は晴らせるのだとオルタが身を以て教えてくれた時。

私から始まって、歩み寄ってはすれ違った兄さんと他愛も無いことをぎこちないながらも話し合えた時。

 

学校であったことへの所感へわからないだろうに共感してくれたオルタやお爺様。

テストで良い点を取ってきた時は費やしてきた努力や姿勢をオルタが誉め、お爺様が鼻が高いと仰ってくれた時。

食卓を皆で囲んだ時。

 

オルタが持ち寄ったUNOやトランプで兄さん達と興じた時。

オルタと私で兄さんを煽った時。

逆に彼らが結託して私をからかったのを怒った時。

何をせずとも一緒に居てくれた時。

日頃から目につく所を共に指摘し始めて喧嘩に発展した時。

姉さんと共通の話題で盛り上がった時。

 

……そして兄さんが私に告白してきた時。

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜ぁー」

 

っはい!

 

「何変な顔してんだ、さっさと行くぞ」

 

「今行きます」

 

 

扉の隙間から引っ込んだ兄さんの後を小走りに追う。

前の背中をちらと見ると今でもヘンな気分になる。

 

 

「桜」

 

「はい」

 

「衛宮のこと、今も好きか」

 

「…はい」

 

「そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お爺様とオルタのいる玄関へ私達はやって来た。

 

 

「主賓を待たせるとは良い心掛けですね。シンジ、サクラ」

 

「兄さんが懲りずにアタックしてくるから…」

 

そう言うと兄さんは弾かれたかのように私を見て叫ぶ。

 

「ハァ!?バッ、サクラお前!」

 

「『懲りずに』、ですか」

 

そもそもオルタには兄さんの激白を打ち明けた事は無かった。

必ず根掘り葉掘り知ろうとするだろうから。

 

「いや!今回のは違うんだぁって」

 

「ほぉ、因みに前回は何と」

 

掘った墓穴に嵌められた兄さんは喋れば悪い方向に進むと考えたのだろう。

憤りをお腹の内に収めてだんまりになってしまった。

 

「――――っ!…ハァ…」

 

オルタが私に好奇心丸出しで窺ってきたので私は論無く返答した。

 

「……内緒です。ね、兄さん」

 

「…全然内緒になってないからな、ソレ……あー、もう」

 

身を引いたオルタ。

驚いたことにあっさりと真実の追求を諦めたと思えば今度はお爺様に問い掛けに出た。

 

「マキリはご存知でしたか」

 

「慎二の声は全く良く通る。今からでも演劇部に入らぬか」

 

「クソー!」

 

やっぱりお爺様には全て筒抜けだったらしい。

予想はついていたが、私が恋を叫んだのではないのに恥ずかしくなって下を見てしまう。

「…前戯(ぜんぎ)はここまでにしましょう、もう時間です」

 

「前戯ってお前…」

 

「慎二」

 

異存のある様子の兄さんに改まってオルタが向き直る。

別れの挨拶だろう、切り換えた兄さんは静かに聞く姿勢をとった。

 

「……何だよ」

 

「一度で諦めてはなりません。男を磨いてリベンジですよ」

 

「もうその話はいいっつってんだろ!」

 

兄さんには悪いけれど私にはこうと決めた人がいるのだ、きっとその努力が別の形で実を結ぶことを(いの)っています。

オルタは次にお爺様の方を向いた。

 

「大事なことですから…それとマキリ」

 

「ふむ」

「シンジやサクラに余り意地悪してはいけませんよ」

 

「いやはや、蟲の耳にもタコが出来そうだわい」

 

「もう、私は真面目にですね」

 

「聞いとる聞いとる。刻限が迫っているのだろう、桜にもはよう言やれ」

 

「私の心髄ごと潰してしまいますよ」

 

ぞんざいな態度のお爺様にそう言うと彫像の様に固まってしまった。

私の見ない所では二人は何時もこうなのだろうか。

 

「…サクラ」

 

(いよいよ)私の番だ。

どんな忠言が飛び出るか分からない、背筋が伸びる。

 

「はい」

 

「赴任期間を終えたら必ず帰って参ります、くれぐれもご自愛ください」

 

「…」

 

赴任。

きっとソレは嘘なのだろう。

包帯の上から左手で隠した令呪を見る。

部活からの帰宅途中、迎えに来ていたオルタや一緒に帰路にいた兄さんと巫山戯ていたある日のこと。

ソレが私の手の甲に、焼き印が押し付けるれるようにして現れた時、打ち抜けにオルタが黙り込んでしまった。

少しの間だった、だけど表情の削げ落とされた彼女の有り様は異様だった。

まるで人間じゃないような…

 

「サクラ?サクラ、どうしましたか」

 

「はい?…いえ、そう言えばオルタは女神様だったなぁと」

 

「はぁ?何いってんだオマエ」

 

「お主、言うたのか」

 

信じられんといった様子で驚嘆したお爺様に兄さんが面食らう。

割りとトップシークレットだったのかもしれない。

その事実に優越感が湧く。

 

「なに、マジなの?カミサマ?コイツが」

 

「不敬ですよシンジ~」

 

「あだだだだ!頭が割れる」

 

頭を拳で挟まれ米神にぐりぐりと押し当てられた兄さんが悲鳴を上げる。

 

「冒涜者にも罰を落とした事ですし、私はこれにて、では」

 

「いってぇな…じゃあな」

 

「またの」

 

「またね、オルタ」

 

「えぇ…また」

 

キャリーケースを引くオルタ、彼女が自身の姿が見えなくなる迄手を振るので、捕まえた兄さんと一緒に振り返し続けた。

オルタらしい。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

お爺様の好む暗がりに満ちる間桐の領域。

私達が踏み込んだ戸口、水平線に沈みかけた陽に唯一照らされたその場所。

先頭で夕陽に身を包むお爺様が脈絡無く言った。

 

「慎二、桜。お前達に話がある」

 

 

「「?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

地震の起きたその晩、お爺様曰く聖堂教会がこう発表した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『狂戦士を孕む陣営が脱落した』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の朝、テレビで災害の特集が組まれていた。

震源地から津波が発生していたらしく、国外の湾へとソレは届いていた、というモノ。

冬木町では一直線上にあった家屋、その全ての屋根が風に煽られた紙のように吹き飛んだ。そしてその線上に出来た、薙ぎ倒された木々の道の先、真新しい土台だけの古城の廃墟が見つかったそうだ。

歴史学者がそのちぐはぐさにある筈がないと、そう唸っていたのが印象に残った。

 

 

 

 

 

 

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