指揮官が前線指揮のために不在している間、カリーナは基地のデータセンターに篭っていた。鎮座している旧式コンピュータに向き合い、カタカタとキーボードを叩く音だけがこだまする。
「またエラーかぁ……」
調べても出てくるのは『410Gone』のエラーコード。意図的にページが消去されたことを示すエラーだ。
「やっぱりこのデータを修復するしかないのかな?」
コンピュータに挿してあるメモリ。ヘリアンから託されたもので、データの復元を頼まれたが、なかなか上手くいかない。
カリーナはもう一度メモリーを読み込み、ファイルを開く。文字化けしている、1人の兵士の個人記録。顔写真と
ヘリアンとペルシカで得られた彼の情報がこれだけ。他の手段をいくら駆使したとしても、たどり着くのは410のみ。唯一の頼みの綱は、この壊れたデータしかないのだ。
何度解析ソフトを走らせたとしても、復元したデータも解読不可能。意味のない文字列にしかならないのだ。
データが破損している割には、戦死だけは読めるというのがまた不可解。意図的にすげ替えられたのではないか。だとしたら、解析するすべはない。
カリーナはため息をつき、コーヒーを啜る。もうお手上げとヘリアンに突き返してしまおうか。そうは思うものの、高額の報酬を提示されてしまった以上引き下がれない。それに、個人的興味が抑えきれないのだ。
もう一度、解析ソフトを走らせてみるわそれでも現れるのは、意味をなさない文字列のみ。ただの文字化けでないのかすげ替えられたダミーかどうかの判別すら諦めたくなる。
もう勘弁してくれ、そうヘリアンに言ってしまおう。そんな考えが思い浮かんだ。その時、端末に何やら着信がきた。画面をタップすると、ビデオ電話が起動し、ヘリアンとクルーガー、ペルシカが映った。
『カリーナ、進捗は?』
「お手上げです。いくら解析プログラムを使っても意味を成さない文字列にしかなりません。降伏します」
『降伏は認めない。死力を尽くしてもらおう』
「そ、そんな……」
青ざめるカリーナを意にも介さず、クルーガーは端末越しに見えるコンピューターの画面に集中しているようだ。進捗が見えるように、カリーナが端末のカメラをコンピューターに向けているのだ。
『全くと言っていいほど意味のないデータだな。ペルシカ、何かないのか。あの指揮官を拾ってきた張本人だろう』
それは初耳だったカリーナは飛びつくように画面に食い入る。配属当初は無愛想というより、感情そのものがなくなったかのような男だったとしか印象がなかった。普通に試験を受けて来たものだと思っていたのだ。
『野戦救護テントで半ば放置されてたところを拾って来たの。損傷具合がちょうどよかったからね。だから個人データの類は一切ないわ。ドッグタグすらも』
「損傷ですか……?」
『聞いてないの? 彼、左足が千切れたまま野戦救護テントに放置されてたのよ。死にかけでね。あの足は16LABで開発した新型の義足。そのテストケースになってもらってるの』
ペルシカ曰く、コードネーム"プロセッサー49"の左脚は切断せざるを得ず、義足を装着されている。金属骨格と擬似神経を生きた細胞で覆ってある、試作モデルの義足であり、戦術人形の技術を応用したものである。
そして、実地試験のために(元の戦闘能力の高さもあるが)ペルシカがグリフィンにプロセッサー49を売り込み、選抜試験なしで採用された経緯があるのだ。そうでもなければ、存在のない怪しげな男なんて前線指揮官になれるはずもない。
「それにしても、テントで放置されていたって……重傷者ですよね?」
『あのままなら助からないくらいだったよ。彼は本来戦場に置き去りにされるはずだったところを404小隊に救われたけど、結局置き去りにされるのは変わらなかったらしいね。懲罰部隊だから』
『彼と面接した時、最初はふざけているのかと思った。名前すら分からず、コードネームしか覚えてないなんて正気を疑うところだ』
クルーガーは複雑な表情を浮かべている。自分の名前がわからないなんて、普通はあり得ないことなのだから。
「懲罰部隊……でもどうして名前を?」
『検査の結果、あまりに凄惨な経験をした影響による記憶障害の可能性が高いよ。話を聞く限り、410小隊は相当悲惨な戦場に送られていたようだからね』
「410小隊……?」
カリーナは首をかしげる。それが、指揮官のいたという懲罰部隊だろうか。
『懲罰部隊、410小隊は正規軍内で特に罪の重い者、特殊作戦能力を有するものが送られる特殊部隊兼懲罰部隊だ。全員が戦死者と扱われ、身分を証明するものもなく、重傷者や戦死者は置き去り……捨て石同然で、送られたら二度と生きて戻ることはできないとまで言われているそうだ』
ヘリアンが説明する。あまりにも悲惨な部隊。まるで生贄の羊ではないか。それにしても、どこからそんな情報を得たのだろうか。
「……ヘリアンさん、その情報源はどこからですか?」
『……トップシークレットだ』
「もしかして、指揮官さまに元同僚紹介してくれと頼んだんじゃ……」
『そんな事はないぞ!?』
『ヘリアン、最近正規軍から引き抜きたいと人を紹介しているのはまさか……』
『なんでもないんです!』
ヘリアンはクルーガーにまで怪しまれ、完全に慌てている。もう白状したも同然ではないだろうか。
『ヘリアン、それなら何か指揮官のことについてわかったこともあるのだろう?』
『少なくとも、小隊長であったので士官である事は間違いない事と……410小隊の部隊章には罪の重い分だけ白線が引かれているという事は聞き出しました』
『罪線か』
『はい。410は大抵3本程度が多いとの事ですが……プロセッサー49の罪線の数は……5本だそうです』
カリーナは目を見開いた。3本で死の部隊に送り込まれるというのに、5本だ。一体どれだけの罪を犯したというのだろうか。
「どんな大罪を犯したんでしょうか……」
『分かればいいんだがな』
クルーガーがため息をつく。それと同時に聞こえる自動ドアの開く音に、カリーナはとっさに振り向いた。
そこには、作戦から帰ってきた指揮官と、HK416が立っていた。
「ただいま、会議中?」
「は、はい! ちょっと次の攻撃目標について……」
「ふーん……わかったよ。代行ありがとう」
指揮官はそう言って立ち去る。恐らく、使ったライフルの整備に行ったのだろう。残されたHK416は肩をすくめてみせた。
「指揮官のこと、調べてもわからないですよ。従軍記録も生体認証記録すらも。全て抹消されています」
「そこまで……指揮官、何をしたというんでしょうか……」
「わからないわ。唯一望みがあるとすれば……鉄血に占拠されている医療機関です。DNAの記録がデータベースに残っているかも知れないですから」
『……丁度、依頼を受けて医療機関の奪回作戦を考えていたところだ』
クルーガーの声がデータセンターに響く。次の目標は決まった。