硝煙の先にあるものは   作:Allenfort

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第5話

 鉄血との最前線であるこの基地は、夜間に灯火管制が敷かれ、一部施設を除いて暗闇に包まれる。原初の闇の中、空には無数の星空が広がっていた。地上がどれだけ変われども、空の星は変わりはしない。

 

 果てしないと思われた戦闘、極寒の中で冷え切ってしまったレーションを食って、意気消沈していた時、ふと夜空を見上げたことがある。満天の星がきれいだった。

 

 綺麗だからなんだと言うのだ。それでも、吸い込まれてしまいそうな夜空を見ると、何もかもがちっぽけに見えてしまう。こんな戦争でさえも。

 

 変わらない夜空を見上げて、手を伸ばす。届かない。スコープでその景色を切り取ったとしても、手の届くことはないはるか空の彼方にあるのだ。

 

 屋上から見える空に、手が届くことなんてありはしない。

 

「あら、歩哨?」

 

 HK416の声。抑揚のないトーンにももう慣れた。機械のような話し方に見えて、時折激情を露わにする。少し人間臭い一面も見せてくれる、可愛いやつだ。

 

「ただの天体観測さ」

 

「そんなにロマンチストではないでしょ」

 

「バレたか」

 

 屋上にいるなんて珍しい。お互いがそう思っている頃だ。自分も416も、滅多に屋上になんて来ないのだから。

 

「で、俺でも探しに来たのか?」

 

「ええ、訓練計画に指揮官のサインが必要なので。完璧な私でも文書の偽造は流石に出来ないわ」

 

「処分もらったら完璧とは言えないもんな」

 

 HK416からバインダーに挟んだ書類を受け取り、サインする。正直、HK416のなら目を通さなくてもいいと思えるほどにしっかりした計画を作ってくれるのだ。本当によくできる奴だ。

 

 適当なところにもたれかかって、持っていた端末の光を頼りに目を通し、サインする。やっぱりしっかりしている。

 

 サインを書き終えると同時に、HK416が隣に腰掛けた。少し興味があって、頭を撫でてみる。404小隊は総じて猫っぽい。だから撫でたくもなる。

 

 怒られるかな? そんな予想に反して、HK416はん、と声を漏らしてすり寄って来た。やはり猫だ。顎のあたりを撫でたら、喉をゴロゴロ鳴らすんじゃないかと言うほど猫っぽい。

 

 可愛い。それに何だかいい匂いがする。シャンプー変えたか? 声をかけようにも、すりすりと甘えるように頭を肩にのせようとするHK416が可愛らしくて、別に言葉が思い浮かぶ。

 

「本当、普段と全然違うな」

 

「指揮官が言ったのよ。俺の前では完璧じゃなくてもいいだろうって」

 

「まあな。この変わりようは驚きだけど、これはこれで悪くない。猫好きなんだ」

 

「……猫じゃない」

 

 猫パンチを肩にもらった。やっぱり猫だ。白猫だ。それでも甘えるのをやめないあたり可愛らしいのだが。

 

「猫くらい肩の力抜いてくれれば、俺としてはやりやすいんだけどね」

 

「私は完璧だから、そうはいかないわ」

 

「おっと、皮肉かな?」

 

 記憶も名前もない。左足すらも、本物に見えるが精巧に作られた義足。欠落したものだらけの俺にとっては、皮肉にしか聞こえない。ただのプロセッサー(処理装置)でしかない俺には。

 

「ええ、指揮官はダミーリンクも使えないし、1発の被弾が即致命傷、挙げ句の果てには損傷したら修理もきかないの。兵器としては欠陥だらけよ。だから……」

 

 ——指揮官は何もしなくていいのよ。名前も記憶も、いずれ、私が取り返してあげるから。

 

 甘く、溶かすように耳元で囁かれた。まるで、恋人に愛を囁くかのように。こいつ、こんな一面もあったのか。

 

 片手でHK416をそっと抱き寄せる。人と変わらない。華奢な体で、普通なら死ぬような戦場を、よく戦えたものだ。

 

「俺は戦うよ。じゃなきゃ、俺の存在がわからなくなる。戦うことでしか、存在を証明できないから」

 

「……指揮官の記憶を取り戻せたら、変わるかしら?」

 

「そうだな……でも見つからない」

 

「見つけてみせるわ」

 

 HK416は自信ありげだ。片足を吹き飛ばされ、戦場に置き去りにされるはずだった俺を引きずって帰ってからというものの、何かと気にかけてくれる。

 

 それでもなお、戦うことでしか存在が証明できない、そんなあやふやな自分。名前もなく、生きていた記録すらもない亡霊。

 

 そんな自分を拾って、新しい足をくれたくれたペルシカ。404小隊に迎え入れてくれたHK416やUMP姉妹にG11、指揮官として迎え入れてくれたグリフィン。助けられてばかりだ。そこまでの価値があるのか、疑問に思えるくらいに。

 

 ※

 

 ぼんやりと基地内を歩いていても、何もわかりはしない。何も思い浮かばず、ただ時間が過ぎ去るのみ。

 

 何か飲んで寝ようか。そう思って食堂に入ると、M4A1が座っていた。カリーナは、少しだけ希望を持ってみることにした。

 

「M4ちゃん、ちょっといい?」

 

「あ、カリーナさん。どうしたんですか?」

 

「聞きたいことがあるんだけど……時間いい?」

 

「はい、何かあったんですか?」

 

「指揮官さまのこと……何か知ってるかなーって思ったんだけど……」

 

 カリーナはM4A1の正面に座ってそう問いかけ、答えを待つ。M4はM4で、指揮官との1番古い思い出を思い返しているようだ。メモリの隅に残る、わずかな記憶でも。

 

「……はっきり覚えているのは、ペルシカさんの指示で指揮官を回収に行った時です。野戦救護テントの隅に敷かれたシートの上で、無くした片足を粗末な止血だけされて死にかけていました……」

 

「懲罰部隊とは聞いていたけれども……酷すぎる……」

 

 410小隊は懲罰部隊であり、書類上は戦死者だ。そんな奴らに割くリソースはないとばかりの待遇。重傷者はもはや捨て置かれるのが常だったのだ。

 

「そうですね。ペルシカさんから損傷がひどいから気をつけて、って言われていたので、最初は人形かと思いました。行ってみたら生身の人間で、あまりの酷さに16姉さんも目を背けたくらいですから」

 

 M4A1は懐かしそうに、その時のことを話し始めた。初めて"プロセッサー49"の素顔を見た、その時のことを。

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