では、第八話です。
「はっ、はぁ・・・っく!」
傭兵達との邂逅から一日。ユニットを修理する為出撃不可となった管野は
憤怒の形相を浮かべて走り込んでいた。
「くそっ、気に入らねぇ! 余所者の癖に大きな面しやがって」
彼女は昨日の演習で集中砲火を受けた怒りを呪詛として吐きながら
鍛錬に励む原動力として叩き付けていた。
「つまるところ、魔法力とやらを変換する事で物理的な干渉が出来るんだろ?
なら、その逆・・・物理的な干渉方法に手を加えれば魔法力に干渉する事も
不可能じゃない。あんたらが足に付けて使う機械の様にな」
昨晩の食事会で耳にしたアンプの言葉が脳裏によぎる。
「エネルギーと言う物は、言うなれば波のような形をしている。波の形に合わせて
別の波がぶつかれば波同士は消える。だが隙間を潜り抜ける様に波がぶつかる場合は
上手く相殺できない。あんた達の盾が容易く割れたのは、電磁波の波を
シールド破壊用に調整して叩き込んだからだよ」
隙間の大きな太い波を数本。その間に細い波が一本。そして先端には矢印。
窓に息を吹き掛け、指で簡単な図を描きつつ彼は説明していた。
「所謂アーク兵器って奴なんだが、俺のモナークやリージョンの場合は
コアの効果として弾丸に電磁場を纏わせる事が出来る。シールドを
防ぎにくくなるように波長を合わせれば魔女の盾にも有効打を出せるし、
魔法力と同じ波長にすればネウロイにも有効打を出せるって訳だ」
原理はどうあれ機械によって魔法の力を増幅している以上、何らかの形で
魔法力に物理的な方法で干渉する事が出来るのは確実。元々は電磁装甲に
対処する為の技術が、この世界では魔女の力を必要としない武器として
猛威を振るう可能性を示していた。
「こっちの武器として使えれば便利そうだけど、ネウロイに渡ったら一大事だな」
「ああ・・・腰どころか頭も痛くなってきた・・・」
居合わせていたアウロラとラルが渋い表情を浮かべていたのが記憶に新しい。
「ま、向こうの連中が追って来たってんなら片付けるさ。雇ってくれるんなら
勢力を選ばないの信条なんでね。こっちでの初営業って事でサービスしとくぞ?」
「そうは言っても予算がな・・・まぁ、ユニットの修理代より安く済むなら
減俸した分を回すのも考えなくはないが」
冗談なのか本気なのか分からないラルの一言。果たして、目は笑っていただろうか。
「次は絶対に鼻っ柱へし折ってやる」
握り拳を作りつつ、朝靄が立ち込める基地を駆ける管野であった。
「そこで止まらない! 小刻みでも動いているだけで狙いはブレるのよ!」
「はいっ!」
ふと気が付けば、ひかりの声が聞こえてきた。他にも誰かが居るようだが、
管野が今居る場所からは見えない。だが、金属が擦れる特徴的な音から
予想は出来る。
「息を止めるな! 力を込める時には誰だって無意識にやっちまう癖だが、
それを見抜かれれば攻撃の合図と悟られる。相手の不意を突くつもりなら
仕掛けと動き、間を読ませない立ち回りを心掛けろ!」
音の出所に近寄ってみると、案の定スティム達が居た。雪を固めて作られた
陣地で追いかけっこをしている。背中には昨日の演習で身に着けていた
飛行器具は見当たらない。そして周囲には野次馬が群がっていた。
「よし、此処まで! 一旦休憩するぞ」
甲高いアラーム音を立てるPDAを弄りつつ、フェーズは合図を出す。
「5ゲーム0勝利5敗。ま、根性と体力だけは及第点だな。で、次は?」
「よーし、私がやろう」
いがらっぽい声でアウロラが名乗りを上げた。
「何で鬼ごっこなんてやってんだ?」
「レクリエーションを兼ねた賭け試合だ。暇潰しにしては中々面白いぞ」
「ついでに感覚を慣らす為。前の戦場とは重力が違うから、
調整しないと全力が出せないのよ」
管野の問いにスティムとアウロラが答える。
「という事は万全でもないのに昨日あんな動きを・・・?」
「一応これでも生身の部分は有るからね。時差ボケとかも有ったし、
本気であっても全力じゃないわ」
スティムの外見は全身機械だが、神経や脳等は生身だったりする。
電気刺激を与える事で強制的に神経伝達物質を放出させ、任意の
タイミングで反応速度を上げる。薬物を外部から注射する方式よりも
経費が安くなるフロンティアの傭兵御用達の義体化プランである。
「とりあえず勝ち星一つな。で、あんたは何を賭けに出す?」
「もちろん酒。あんた、一瓶持ってるんだろ? それを勝ったら貰おう」
「乗った。足に付ける機械は使わなくていいのか?」
「ペンキを塗ったばかりで乾いてないんだ」
底に穴が開いたドラム缶、中途半端に焼切れた鉄骨、錆浮いて廃棄されたと思しき
廃材が配置された雪上の舞台に二人が上がる。ガラクタの高さ自体は高くても腰の
辺りまでしかない。だが迷路の様に張り巡らされており、単純に追いかけっこを
するとなると手間が掛かるだろう。
「んじゃ、こっちが勝てば現金を貰おうか。ところで、何回やるんだ?」
「一瓶しかないんだろう? なら一発勝負だ」
彼女が空になった酒瓶を放り投げると、使い魔の耳や尻尾が飛び出した。
「オーケー。ハンデの代わりに鬼役は俺から始めよう。消えるのも無しだ」
「そいつは有り難いね。でも、易々と捕まってやるつもりは無いぞ?」
口調自体は実に軽い。だが、両者に漂う空気は剣呑そのもの。
底冷えする様な威圧感が周囲の口を閉ざす。
「では、ゲーム開始」
スティムが合図するや否や二人は同時に駆けた。
アウロラは飛びのいて距離を取り、フェーズは後を追う。
「では、お手並み拝見と行こうか!」
魔法力により強化された身体能力で距離を取るアウロラ。使い魔としている
狼さながらに舞台の上を力強く疾駆する。
「精々楽しませてくれよ、お嬢さん」
対するフェーズはスライディングで障害物の隙間を潜り抜け、時には飛び越え
ショートカット。フェイントを混ぜた動きで有利な位置取りへと誘い込む姿は
狩人の様であった。
「残り半分」
30秒程過ぎた頃、スティムは大声で告げた。
「ほら、どうした。このままだと捕まえられないぞ!?」
「問題無い。アンタの動きは覚えた。そろそろ本気で相手をしてやる」
淡々とした口調で一言。そこからフェーズの動きが変化した。
小さく刻む走り方から、腰を落として大股に踏み込む様に動く。
ただそれだけにも拘らず、徐々にアウロラとの距離が縮まっていく。
「おおっと!?」
「これで詰み、だ」
舞台の角に追い詰められ、フェーズの腕が迫り──
「まだだ!」
魔法力に物を言わせた大ジャンプ。敷き詰めた雪が
爆ぜる勢いのままに空中へとアウロラの体が舞った。
「往生際が悪いぞ!」
残り時間は数秒のみ。走り寄った勢いのままに廃材を蹴飛ばして方向転換。
そのまま積み上げられた瓦礫を駆け上がったフェーズ。否応なく緊張は高まる。
「酒は──」
「金は──」
「「貰った!!」」
二人の声が同時に響くと共に、試合終了のアラームが鳴った。
「ねーちゃん、何でそんな事になったのさ」
朝っぱらから医務室で横たわるアウロラに呆れた様子でニパが話しかけた。
「いや、ちょっと力みすぎてなぁ・・・」
苦笑交じりに答えたアウロラ。走り回って血が巡ったのか、頬は赤く染まっていた。
「まさか雪煙で観測できず無効試合になるとは思わなかった」
滞空時間で逃げ切りを考えたまでは良かったものの、舞台は雪を固めて
作った即席品。予想以上に脆過ぎたのだ。
「で、空中衝突で体勢を崩した上に着地地点の障害物も見えなくなって
着地に失敗。足を挫いたんで運んできたって訳だ」
ジョゼが治癒を施している横でフェーズが語る。機械部品の隙間に
粉雪が見え隠れしていた。
「まぁ、重傷にならずに済んだのは幸いだ。廃材で指でも切ったら事だったからな」
「それにしても、魔法力を使ってまで逃げるだなんて・・・」
「使わなければ捕まっていたさ」
足首を動かして具合を見るアウロラ。若干痛みが残っているのだろう。
足に力を込めると表情を僅かに歪ませた。
「それにしても、一体何をしたんですか? 道具も魔法力も無しに
ウィッチと真っ向から渡り合えるなんて、魔法みたいです」
「おいおい、魔女が魔法みたいとか言っちゃ駄目だろ」
唸るような声を出してフェーズが笑った。
「種を明かせば【歩き方】と【先読み】だ。上下に足を動かせば、着地までの時間が
無駄になる。それを無くす為に摺り足で上下の動きを、大股で歩数を減らすんだ」
ひかりの質問にフェーズが答え始めた。
「無論、基礎的な身体能力で劣る以上は一直線に逃走されたら追いつけない。
が、入り組んだ地形ならば動きに変化が生じる。乗り越える、跳ぶ、滑り込む。
そうした余計な動作を入れるとなれば、自然と予備動作が現れるからな。その
代表的な動作が息を止める事。射撃体勢に入る時、一瞬息を止めたりするだろう?」
重い物を持ち上げる時に『よっこいしょ』等と声を出すのと理由は同じである。
力を入れる際、人は体に負担を集中させない動作を入れてしまう。古武術等で
呼吸に合わせた動きを叩き込むのは、その予兆を隠す為だ。
「それを見抜いたり誘発させれば、見ての通り小細工無しでも魔女は追い詰められる。
防ぐには得意とする交戦距離や攻撃の予兆、移動の癖を悟らせないようにする事だ。
下手すりゃネウロイに体を乗っ取られた機械兵士なんてのが出て来るとも限らない。
覚えておいて損は無いだろうさ」
金属を捕食、同化する特性が有る以上ありえないとは言い切れない。自分と同じ
戦術を使うネウロイなんてのが襲ってこようものなら、自身の立場は悪化する。
そうなる前に予防線を張っておかねば、傭兵達の身が危ない。
「うわ、お前達みたいなのがネウロイ化して襲って来るとか考えたくないな」
手榴弾を空中で撃ち抜く変態技量集団である。それがネウロイ並みの再生力を
持って襲ってくるなぞ想像するだけで恐ろしい。彼らなら投擲前に手を撃ち抜いて
誤爆を誘う位やりかねないだろう。アウロラの眉間に皺が寄るのも無理は無い。
「幾ら百戦錬磨のベテランつっても、相手の戦い方が分からんと十全には戦えん。
こちとらネウロイ戦は素人だからな。そっちは任せる。だが人間が相手なら
任せて貰おう。それで今まで食って来たんでな」
プロとしての誇りなのか、フェーズの声からは確かな自信を感じる。
「お、居た居た。例の申請が通ったぞ」
そうこうしている内にタブレットを手にしたホロが医務室へ顔を覗かせた。
「作戦室を借りて情報交換会を開く。14時までに記録を纏めにゃならん。
スコーチとローニンのアーカイブをリンクさせてくれ」
コツコツとタブレットの画面を指で叩くホロ。それを尻目にスティムが立った。
「了解。そこの二人は動けないのかしら?」
「これ位なら問題ありません。すぐにでも終わりますから」
火照った顔に浮かぶ汗を拭い、ジョゼが答えた。
「そうか。治療が間に合いそうに無かったら、会場まで
お姫様抱っこで運ぶべきか悩む所だったぞ」
真面目な口調で放たれた一言に吹き出すウィッチ一同。
「何がおかしい? 淑女をエスコートするのは紳士の役目だろう」
「ぶふっ!」
続く言葉でニパが限界を迎え、腹を抱えて蹲る様に背を曲げた。
「ね・・・ねーちゃんが淑女扱い・・・」
女傑という表現が似合うアウロラが淑女扱いである。
彼女の人柄を知る者ならば抱く事が無い評価だ。
それを口説くような言葉で話しかけるとは・・・。
「おい、どういう意味だ」
ムッとした表情でアウロラが詰め寄る。丸太でネウロイを撲殺する彼女も
歴とした二十代。世が世なら花も盛りの年頃である。これでも女の子らしい
一面は有るのである。一応。
「とりあえず何とかなりそうなら良かった。んじゃ、この辺で失礼」
ヘッドロックをニパに仕掛けるアウロラを後に残してフェーズは部屋を去った。