これは、彼が病院で目覚める前の、記憶の喪失を経験する前の記録です。
僕が記憶していた彼の姿を、ここに記載します。それが、今の僕の使命だと思いましたので。
まず、僕が彼と出会ったのは、Zプロジェクトと呼ばれた大事件の舞台となったある施設です。
最初は少し顔を合わせる程度、隣室に居る合宿仲間のような感じでした。この時はまだお互いに顔しか知らない。カードゲームの強さや人柄、名前も興味を持ってはいませんでした。
そんな関係が暫く続き、ある日プロジェクトの一環として、交友関係を築く時間が設けられた。プロジェクト担当の夢原 翔真曰わく、「君達のコミュ障さには、流石の天才の俺も驚かされたよ。そんな俺からのコミュ障君達への感謝のプレゼントだ。喜んで受け取れ」とのことでした。
その時こそ上から目線の態度に多少の憤りを感じたものでしたが、今では何だかんだ言って、交友関係というカードゲームで得ることの出来る大切なものを手に入れさせようとしていたのだろうと察せられます。かなり不器用なだけで、良く見れば優しさなどがあったのは確かでした。
そうして僕は、彼に触れた。そして少し、同年代の男の子に、尊敬の念を抱いたのを覚えています。
彼の考えというものは独特で、そんな彼の考えは、その頃の僕の考え方を大きく揺さぶったんです。
デュエマの腕は僕からすればそこそこ止まりでしたが、僕は彼の独特な考え方や物の見方に触れることで、自分自身の心の成長を感じられました。
そして僕が救われた言葉は、この時の彼の口から出たものでもあります。きっと彼に出会っていなければ、僕達の未来は、もっと暗いものになっていたかもしれない。そう僕は今でも本気で思っています。
その後は施設内のTCGランキングというものでデュエマでの強さを誇示していた僕の下を訪れ、接戦を繰り広げたことで、それ以降僕や彼に絡むことの多くなる茶髪の友人や、度々その2人が居ない時に現れる僕のゲーム中に現れたVR化されたクリーチャーを絵にするのが上手い同い年の眼鏡を掛けた女子など、夢原 翔真の望んだ通り、カードゲームを介して友人と言える存在が、彼の他にも出来ました。
この2人はアナタも知っている2人ですね。今でも偶に、僕の下を訪れて来たり、PCを使って遊んだりもしますよ。
幾ら国のプロジェクトでも、中学生くらいの年の子にとっては、夜の就寝時間というものは就寝時間では無い訳で、当然僕は灯りの点いている隣室でデッキの改造をしている彼に、最近出来た新しい友達のことなどを自分の事のように少し自慢気に話していたものです。
そんな平和な日々が続いて行く中、ある日、夢原 翔真が僕とコンタクトを取ってきました。
普段は施設内で自室に籠もり、強化選手に選ばれた者達の誰一人として顔を合わせて1対1で話をしたことのない夢原 翔真が、僕に出会い、言の葉を交わしたというのは、とても珍しいことで、何故自分にその話をしに来たのか、とても興味をそそられたのを覚えています。
夢原 翔真は僕の部屋を自ら訪れ、ある言葉を残して行きました。
『君がいつかこの世界の真実に気付いた時、無くした記憶を復元した時、君がこの世界のシナリオを終えるんだ』
何を言っているのか、その時の僕には良く分からりませんでした。ですが、夢原 翔真が、自分達には見えていない何かに気付いていることは明確でした。
その次の日に、誰にも言わず、夢原 翔真は施設から姿を消しました。僕にたった一つの手紙を残して。
手紙には、読み終えたら手紙を燃やすことと、『裏切り者に気をつけろ』という文言、そして、《タイムチェンジャー》のストラップが1つ添えられていました。
夢原 翔真の言う『裏切り者』というワードが何を指しているのか、それはこれを書いている今でも分からないままでしたが、大方、良からぬ意味で書かれているのは分かっていましたから、その時、不安な気持ちで胸が一杯になり、少し苦しく感じたのはとても良く覚えています。
それからの施設は地獄でした。夢原 翔真の代わりを名乗る人物の手で、後に伝わるZ事件の残酷な生存競争が始まりました。
カードゲームで勝った者が、負けた者からカードを奪う。デッキを作れなくなった者は、カードを奪われるのではなく、実験の被験者になるか、殺されるか。
僕の精神も、彼の精神も、その時にはかなり摩耗していました。これを書く時の自分の一人称は僕にしていますが、僕と彼の普段の一人称が俺に変わったのも、この辺りからだったでしょうか?
茶髪でチャラそうな外見をしていた友人も、その時には既に笑顔を見せることは無くなっていました。冷徹に、冷酷に、ただただ非情となり、生き残る為に容赦なく対戦相手を殲滅する。殺伐とした施設に溢れる悪魔のように人を蹴落とし合うTCGプレイヤーでさえ可愛く見えるその人間とは思えない恐ろしい強さから、周囲から『悪魔殺しの悪魔』と呼ばれる、そんな奴になってしまっていました。
正直、あの地獄のような環境で、一番見ていられなかった。
そんな地獄の中で、眼鏡の彼女はただただ怯えていたのを良く覚えています。
避けられない勝負を、涙を流しながら勝つ姿。目の前のTCGプレイヤーが泣きながら命乞いをするのを前にし、震えた声で死刑の宣告をする姿。
そして、自分のように人を蹴落とし合う人間を、まるで怪物を見るかのような目で見ている姿。
僕自身も怪物に身を堕としていたのだと、そう認識したのは、彼女が僕にその目を向けて怯えている姿を目にした時でした。あれは、かなり応えました。
勿論、こうなる前に僕ら強化選手は代わりを名乗る人物に異議を唱えていました。しかし、それは施設を監獄とする管理者以外どうすることも出来ない行為により、施設のシステム管理者である代わりの人物の言う通りにしなければならなくなってしまっていたのです。
携帯などのあらゆる情報機器は夢原 翔真が管理者であった時に回収されており、状況を外に伝える手段も無い。そんな地獄で、僕は夢原 翔真から渡された《タイムチェンジャー》のストラップを部屋の中で強く握りしめました。
そしてそれが、夢原 翔真の計画の始まりの合図だったとは、欠片も思いませんでした。《タイムチェンジャー》のストラップが、僕の奪われた記憶というものを取り戻す、いや、補う為の道具だったなんて。
あぁ、アナタにそれについて書く必要は無いだろうから、これに関しては詳細は省かせて貰います。
その時の僕は、まるで魔法を見せられたかのような気分でした。僕は即座に、道具に記録された情報を基に行動しました。夢原 翔真の残した金庫にパスワードを入力し、入っていたものを手にとって。
しかし、その行動は読まれていました。施設には毒ガスが放たれ、強化硝子の窓は開かず、換気扇は機能を停止し、本当の地獄と化してしまいました。
僕はそれでも諦めず、何とか管理者の下に辿り着くことが出来ました。まぁ、部屋にロックが掛かっていなかったり、ガスが充満している施設から逃げようとしない時点で気付くべきでしたが、それも勿論、管理者によって仕組まれたものでした。
僕は管理者に金庫に入っていたものを使い、ある空間でデュエマを挑みました。しかし、負けました。先読みの精度の差で、負けました。
あれは人じゃない。人の姿をした機械。高度な演算による未来視に等しい力は、人の手では勝てないと思える程に強力なものでした。
敗北した僕は、そこで命を落とすことになる筈でした。しかし、充満していた毒ガスにより、時間が経過したことで体が動かなくなっていた僕は、管理者に死んだと認識され、一人部屋に横たわったまま残されたのです。
徐々に体が冷たくなっていく感覚と、瞼が重くなっていく感覚が、僕に死という避けようのない生命の終着点に辿り着こうとしていることを示していました。
ですが、今こうして僕は生きています。それは彼と、夢原 翔真のおかげです。これはアナタも茶髪の友人も、眼鏡の彼女もそう語っていましたね。
夢原 翔真は管理者の計画が始まった時に備えて、施設の周辺に予め爆薬を仕込んでいたのだと後から言っていました。そして、僕がキーホルダーから重大な記録を確認したことが合図となり、その合図から1時間後くらいでしょうか?夢原 翔真は封鎖された施設の扉を爆破。堂々と入り口から侵入し、施設の中から外へと鳴り響く大きなアラーム音が、意識を失いかけていた僕の耳にも良く聞こえていました。
プライドの高い夢原 翔真は、その後どうしたのかは語ってくれませんでしたが、予想では、そこで管理者に嵌められたのでしょう。でなければ、夢原 翔真がZプロジェクトの犯人である、とは報道されなかった筈ですから。
ここまで書いていて思いましたが、管理者に見事、僕達は踊らされていたのだな、と感じてしまい、今更ながら悔しい気分になります。
夢原 翔真は嵌められ、強化選手達も、毒ガスで死亡。僕に関してはあの空間でのデュエマの敗北により、毒ガス以外にも死の要因があった訳ですが。
僕が生き延びて今こうして手紙を書けている理由でしたね。話が脱線してしまいました。スミマセン。
その時彼は、爆破音を聞いて施設の中を徘徊していたらしいんです。そして僕が管理者の居た管理室に倒れ付しているのを見て、無機質な表情で、震えた手で僕の肩を揺らしました。
彼は少し感情が顔に出にくいようで、内心ではきっと不安だったんだと思います。僕も彼の不安を少しでも軽くしようと声を掛けたのですが、どうにも、痺れてしまって会話をするのも難しくなってきていたようで。あぁ、これは駄目だな、と判断した僕は、兎に角伝えたいことだけを彼に何とか頑張って伝えました。
要約してしまえば、全てを託すと、そう伝えたんです。彼は優しいから、僕の背負っていた果たすことの出来なかった宿命も、代わりに背負ってくれました。
・・・・・・今でも、悪かったと思っています。僕はあの時最後に、彼に対して呪いを掛けてしまった罪の意識を感じているんです。いくらその宿命を果たすことが重大なことであったとしても、友人に、大切な友人に茨の道を進ませることになってしまったのですから。
その記憶を最後に、僕は、意識を失いました。人との争いを幾度も繰り返していた僕が次に目覚めた時には、本当の地獄が待っているのだろうと思っていました。ですが目覚めた時に目の前に広がっていたのは知らない天井で。そこからはアナタも知っている通りです。僕は自然と記憶を取り戻し、リハビリに耐え、こうしてアナタに手紙を書いている。僕からすれば、これは夢なのではないかと、本気で思ってしまいます。今もそう、笑顔を見せる茶髪の友人や、そんな彼と付き合うことになった彼女の姿が見れるなんて、思ってもいませんでしたから。
僕が事件発生から今に至るまでで知っていることはここまでです。
ですが、僕が“アナタに伝えたいこと”としては、事件の出来事でも、彼についてでもなく、彼が僕に言った救いの言葉です。
『人間誰しも、自分自身が世界なんだ。自分が変われば見える世界も変わってくる。そして、自分を諦めるのは、世界を諦めるのに代わりない』
だからこそ、僕も彼も、あの殺伐とした地獄を耐え抜けた。あの環境を変えたいと、心の底から切望していたから、だから戦えたんです。
人との争いに心が折れることは何度もありました。でも、その度にこの言葉が僕を支えた。何度も、立ち上がることが出来た。何としてでもこの地獄を変えてみせる。現状を変えてやる。そうやって世界を諦めなかったから、自分を諦めずにいられたんです。
後、彼はこうも言っていましたよ。
『だから、人の数だけ違った世界がある。そして世界というものは、常に変化し続けるものだ。まぁその、だからね、人から見た“完璧な状態の世界”なんてものは存在しない。いつだって変わり続ける、完成という概念の無い不完全なものなんだと思うよ』と。
賢いアナタなら、もう分かったんじゃないでしょうか?僕の伝えたいことは本当にこれが全てです。
またいつかお会いできたら、その時は――
僕とも、デュエマをしませんか?
考察のヒントとしては、『タイムチェンジャーのキーホルダー』と『茶髪の友人』。そして手紙を書いている『僕』、それから『代わりの管理者』かな?