俺がリハビリを始めてから2週間が経った。吾妻さんは会った時のイメージ通り優しい人で、偶に話し相手にもなってくれた。腕の筋肉がある程度回復するのに時間が掛かったけれど、今では世界が変わる前の俺の体の状態に近い。正直、リハビリというものを舐めていたと強く実感した。何だこれ?こんなのを病人がやるものなのか?と思ったりもした。まぁ、俺の場合は2週間コースという一番ハードなものだった為、当たり前だったのかもしれない。
俺は迎えの車を用意してくれると言う柴崎さんの御両親を待ちながら吾妻さんに感謝の言葉を口にする。残念ながら看護婦さんは他の人の所に行っており忙しいのだという。
「今まで御世話になりました。吾妻さん」
「うん、完治おめでとう。君が寝ていた2年という莫大な時間と記憶喪失という大きな障害はこれからも君の足枷になってしまうと思う。それでも、どうか強く生きて欲しい。諦めないでいてほしい」
「はい、あんなに大変だったリハビリをしておいて人生諦めるとか、絶対したくないですね。吾妻さんも医者として頑張って下さい」
俺が吾妻さんと話していると後ろの入り口の自動ドアが開き、女の人がキョロキョロと誰かを探し始めた。
「さぁ、迎えが来たみたいだ。自分の人生、楽しんでおいで」
「あれが・・・・・・。はい、吾妻さんも」
吾妻さんに頭を下げ、入り口の方へ向かう。すると俺の存在に気付いた女の人は手を大きく振り、近づいた俺をそっと抱きしめる。
いきなり抱きしめられて困惑していたが、俺は取り敢えず言っておかなくてはならないと思い、この体のことを心配してくれていたことに感謝の言葉を伝えようとする。
「柴崎 凪さんのお母さんですよね。その、ありがとうござい――ガッ」
「雪君だぁぁぁ、雪君が居るぅぅぅ」
話している途中で物凄い力で抱きしめ、いや、拘束される。知らない人に耳元で泣かれ大変怖い想いをしているのだが、残念ながら柴崎母はそれに気付かない。目が覚めずに居た人物が目を覚まし、2年振りに再会したのだから涙脆い年の人にはそんな余裕は無いのだろう。
・・・・・・少し失礼なことを考えてしまった気がする。
「ごめんねぇぇ!仕事が忙しくてすぐに来れなくてぇぇ!!」
「あぁ、はい、大丈夫ですよ、全然。気にしてないですって。本当に」
「うわぁぁぁぁ雪君優しいよぉぉ」
静かにして欲しい・・・・・・。
急いで病院の外に出なければ吾妻さんや病院に居る人達に迷惑を掛けてしまう。
「えっと、ここ病院ですから一旦外に出ましょう!?皆見てます・・・・・・」
「あぁ!う、うん、ごめんね。つい嬉しくて・・・・・・」
俺の提案を受け入れ、柴崎さんの母親は迷惑を掛けてしまったと吾妻さんに御辞儀をしてから病院の外に出る。
「えっと、落ち着きましたか・・・・・・?」
「うん、うん。ごめんね、あんなに騒いじゃって・・・・・・あ、名前、教えてなかったね。凪の母の
「いえ、僕の方こそ御世話になりました。先程は言いそびれましたが、改めて、ありがとうございました。いつ目が覚めるかも分からない僕なんかを心配してくれて」
2年も目覚めない人間をあんなに泣く位に心配してくれていたのは正直少し驚いた。あ、大丈夫?とか、もう平気?位だと思っていたのだが、俺の予想は外れたようだ。
感謝を伝え、御辞儀をしてから話すと、やっと収まって来ていた柴崎さんのお母さんの涙腺は少しずつまた崩壊を始める。
「当たり前だよ、だって雪君は凪の大切な幼なじみだし、カードゲームでいつも凪の面倒見てくれて・・・感謝してもしきれないよ。雪君の御両親からも、後を任されたんだもの」
「後をって、もしかして・・・・・・」
入院中、親が来なかったことから何となく予想はしていたが、この世界での俺の両親は既に・・・・・・。
「心配そうな顔してたよ、でも、私が見てくれるって分かったら安心したって笑顔でね・・・。最後まで雪君のこと話してたよ」
「そう、ですか」
自分の知らない親が死んでいた。その親は死の直前まで自分の事を話していた。
この2つの事実は少し胸に来るものがあった。自分は何も知らないはずなのに、今まで大切だったものが突如として無くなってしまったかのような悲しい気持ちになるという初めての感覚に襲われる。
この世界の俺の、記憶を失う前の自分の心がそうさせているのだろうか。
話しをしながら歩いていると黒いプリウスの前に辿り着く。どうやらこれが迎えの車らしい。
「乗って、先に学校の方に寄って凪の所に行くから」
「分かりました」
そう言うと俺が席に着いたのを確認し、舞さんは柴崎さんの居る学校へと向かう。
座席に座っていると、車の窓付近に吊されているアルカディアスのストラップがあることに気付く。二頭身で可愛らしい。その横には何かの鍵が吊されている。家の鍵だろうか?それにしては少し特殊な形状をしている気がする。
「その吊されている鍵って、家の鍵ですか?なかなか特殊な形状ですね・・・・・・」
「ん?あぁ、そうだった!雪君のデッキ渡すんだった。つい忘れてた・・・・・・」
赤信号で車が止まると同時に白菊は質問をする。
舞は少し考えるような素振りを見せてからすぐに思い出した、と吊られていた鍵を手にし、白菊に渡す。
「学校に着いたらそれで後ろに仕舞ってある箱を開けて。前に使ってたデュエマのデッキが入ってるから」
「デュエマ・・・・・・はい。」
やっと、自分の知っているものが自分の手元に戻って来る。
思わぬ自分のデッキとの再開の可能性に胸が躍る。ワクワクしながら学校に早く着かないかと待ち遠しい気持ちで一杯になる。
車は信号が青になると直線に進み始め、窓から大きな建物が見えるようになる。近未来感が少しするが、前まで居た自分の世界にありそうな雰囲気はある。
そして、待ち望んでいたその時がとうとうやってくる。
「着いたよ~」
「出ます。後ろ開けますね」
「いいよ~」
許可を貰い、車から出て後ろのスペースに収納されていた大きめの木箱を鍵で開ける。
「おお、おおぉぉ~・・・・・・」
「良かった。記憶喪失もそこまで酷く無さそうだね。前の雪君と変わらずカードを見たら嬉しそうな顔してる」
この世界の記憶は最近の出来事から少し学んだこと位しか知らない為、記憶喪失と何ら変わりはないが、デュエマや前の世界で学んだことは別だ。ちゃんと記憶している。
箱を覗くと前の世界で使っていたデッキがそのまま入っている。ビマナ、ネタ、速攻・・・・・・何一つ欠けているデッキは無い。
「良かったぁぁ・・・無くなってなかったぁぁ・・・・・・」
「凄い心配だったんだね。前の雪君より表情豊かでお母さん嬉しいな~」
そう言われると恥ずかしくなってくる。
「じゃあ折角だからここでデュエマでもしてきたら?良いリハビリになるんじゃない?部活で生徒も居ることだし・・・あ、デュエマのルール憶えてる?」
「憶えてはいますけど・・・え、良いんですか?そんな勝手に入っちゃっても・・・・・・」
部活動がある為、生徒は当然学校に居る。こういうのは事前に色々な確認などを学校側に通すのが普通ではないだろうか?と思っていたのだが、どうやら舞さんの話によるとここの校長は舞さんが腕の立つデュエマプレイヤーとして活動していた頃のライバルだったらしい。その為か、デュエマプレイヤーで舞さんの御墨付き&授業や部活動の妨害、生徒への危害などが無ければ問題なく学校に入れるらしい。
・・・・・・少し規則が緩過ぎる気がするのだが、大丈夫なのだろうか。
「一応は
「ありがとうございます。じゃあ、そうさせてもらいます」
失礼します・・・と小声で学校に入る。スリッパを受け付けで貸してもらい、すぐ近くにあった生徒会室へと足を運ぶ。時計を見ると丁度昼頃。学生は昼食を取っているだろう時間だ。
「ふぅ・・・はぁ・・・ふぅ・・・よし」
生徒会室に着き、深呼吸をしてから扉を叩く。きっちり4回ノックする。4回で正しかったか心配になってきたが、そんなことよりも本当に自分が学校に居て良いのかやはり心配になる。心配し過ぎて胃が痛いくらいに。
扉をノックすると「はい」と声が聞こえ、目の前の扉が開く。
「・・・え、あ、な・・・え?」
「あ、えっと、久し振りです。柴崎さん。あー、リハビリも終わって今日退院しました」
出てきたのはこの世界で初めて目が覚めた時に真っ先に見舞いに来てくれた柴崎さんだった。見るからに混乱している。まぁ、夏休み中に病院に居るか家に居るかと思われていた人物がそこに居るのだから仕方ないだろう。
「取り敢えず、入ろう」
「あ、はい」
腕を掴まれ、やや強引に生徒会室に入る。内装を軽く見てみるが、あんまり元居た世界と変わらないどこにでもありそうな雰囲気に安心する。
部屋をキョロキョロと見回していると制服姿の自分より年下らしき生徒を確認する。見るからに警戒されていて少し苦しい。
「驚いたよ、いきなり来るなんて・・・・・・」
「すみません、柴崎さんのお母さんにリハビリに生徒会でデュエマして来たら、と言われて・・・・・・」
「え」
柴崎さんは物凄く驚いたのか、目を丸くして開いた口を隠すかのように手を口元に持っていく。何かあったのだろうか。
「・・・・・・デュエマを、知ったの?」
「え?あぁ、はい」
「・・・・・・デュエマを、するの?これからも」
「まぁ、そうですけど」
「・・・・・・んんんんんんーーーー、そっかー、うーーーん、そっかー・・・・・・やるのかぁ・・・」
「えっと、駄目でしたか?」
凪は駄目じゃないけどやっぱり実際にそうなると心配になる。と雪からしたら何のことかさっぱり分からない返答をすると、生徒会室に居た1年生を手招きする。
「何ですか先輩?」
「彼とデュエマして。ARは要らないから卓で普通に」
「了解です。あ、今は外道デッキしか無いんですけど良いですか?」
「何でも良いよ」
じゃあこれで、とデッキを持ち出す1年。凪を見ると迷ってても仕方がない、これで良い・・・・・・と何度も口にしている。自己暗示か何かだろうか?
「あ、ゆっきーお母さんからデッキ預かってるよね?」
「あ、大丈夫ですよ。預かってます」
「ルールは?」
「全く問題ないです」
返事をしながら木箱の中からデッキを一つ選ぶ。この世界での最初のデュエル。自分の一番使っているデッキを使おう。
雪は部屋の真ん中にあるソファに座り、机を挟んで1年生の子と対面する。
お互いのデッキをカット&シャッフル。超次元ゾーンの開示も忘れない。
「超次元です」
「了解です」
山札を置き、シールドを5枚展開。手札を5枚用意してサイコロをお互いに1回振る。
5と3。白菊の先行で決定する。
「宜しくお願いします」
「宜しくお願いします」
小さく御辞儀をし、すぐに自分の手札へと目を向ける。少し手札が悪いが、こんな事は日常茶飯事だ。この程度で負けた、等とは微塵も考えられない。
「俺のターン。プチョヘンザをマナへ、ターンエンド」(1マナ)
「僕のターン、ドロー。焦土と開拓の天変をマナへ、ターンエンド」(1マナ)
「焦土・・・ゴクガ軸のランデスか・・・?」
ランデス相手となるとこのデッキはもしかしたら相手にとって少し面倒な相手かも知れない。相手には悪いが、この勝負、勝たせて貰う。
「俺のターン、ドロー。テック団をマナへ、ターンエンド」(2マナ)
「4c・・・僕のターン、ドロー。ダイスベガスをマナへ、アナリスを召喚し、破壊。焦土と開拓の天変をマナチャージしてターンエンド」(3マナ)
テック団をマナに置いた時点で驚いたような表情を見せる1年に自分が何か可笑しなプレイングをしたのかと不安になる。
「何か変なプレイングしましたか・・・・・・?」
「あ、いえ、このデッキと同じ4c以上の使い手だとは思わなくて・・・・・・」
「え?4c以上は珍しいんですか?」
「はい、4c以上は扱いが難しく、並みのプレイヤーには難し過ぎて上手く使えないんです。生徒会のメンバーは一応は使えますが、あまり好んで使いはしません。4c未満のデッキに負けることが多いので。僕も今回は偶然このデッキしか持って来ていなかったので・・・・・・」
「成る程・・・柴崎さんも?」
「私も使えなくは無いけど、ゆっきーみたいに手足の様には扱えないかな」
この世界では4c以上は上手く扱える人が少ないらしい。自分でも4c以上は少し難しいとは思うが、まさかそこまで上手く使える人が少ないとは驚きだ。
「まぁ、俺もそんな上手く使えてるか自信無いんですけどね」
「それはこれからのデュエルの展開で分かりますよ。さぁ、デュエルの続きをしましょう?」
「そうですね、失礼しました。それでは、俺のターン、ドロー。テック団をマナへ、ターンエンド」(3マナ)
お互いに少しずつ先の展開への一手を打つ。手札が少々事故を起こしている雪に対し、生徒会1年はマナを伸ばし、ほんの少し差を付ける。
しかしまだ序盤。この程度どうということはない。と思っていた雪に1年は笑みを零す。
「僕のターン、ドロー。ハヤブサマルをマナへ、3マナ、爆鏡 ヒビキを召喚。ターンエンド」(マナ4)
「げっ、ヒビキ・・・・・・」
少しずつ少しずつ、場は雪に不利な状況を作り始めていた。
用語解説
カット&シャッフル:デッキを混ぜる行為。カードゲームをする場合に、必ず自分と相手のデッキに対して行う。ゲームの後でいちゃもんを付けられないようにしっかりしよう。
超次元ゾーン:ゲーム開始時にサイキック・クリーチャーやドラグハートというカードを置く場所。ここに置かれるカードはデッキの40枚には含まれず、無くてもゲームは出来る。
ランデス:相手のマナゾーンへ干渉し、墓地へ送ったりなどの方法で妨害するデッキタイプの総称。
デュエマ描写初めてだけどこんな感じかな?次回はガッツリデュエマ描写。ただ次話では終わらないかも。長いので。
という訳で今回の話で判明した、4c以上を扱えるのが凄いという謎。実際4c以上だと自分でも上手く使えているのか疑問に思います。まぁ、自信を持って使えばそれなりに強く動いてくれる良いデッキなんですけどね。
え?柴崎の母と校長の名前の元ネタ?やってないカードゲームのアニメでも、好きなキャラは居るものですよ、ええ。
不足デュエマ描写は感想の方で確保!の予定です。
では、次回も宜しくお願いします。