また、前話に加筆(後半にエピソード付け足し)しました。
99話 果てしなき流れの果に その3 式典 前編
式典参加者は1200人規模となった。
花嫁が同時に四人というこの時代において異例の結婚式は、巨大なジオデシックドームの内部に建てられた再生ゴシック様式の建物で実施された。
花嫁は三者三様に美しかった。
メグは白、サビーネは赤、エリザベートは青、カーテローゼは紫のドレスを身に纏っていた。
この式典を自らの復権の場にしようと考えていたヘルクスハイマー伯も、娘の晴れ姿を前にして一人の父親に戻ってしまっていた。
「綺麗だよ。メグ。亡くなった母さんが見たらさぞ喜ぶだろうな」
「ありがとう。父上」
そう答えつつもマルガレータの心は別のところにあった。
ユリアンとの間に発生していた溝を解消できないまま結婚式に臨んでしまっていたのである。ユリアンに嘘をついていたと思われるのは本意ではなかったが、その辺りに関してきちんと話をする機会をつくることができていなかった。
新郎が新婦達と指輪の交換を行った。
帝国式をベースに、同盟、連合の要素を加えた人前式だった。
近年国際結婚が増えており、結婚式の姿もそれに応じて変化を生じつつあった。
証人役のネグロポンティ地球財団総書記が緊張で震えながらも祝辞を読み上げ、宣言を行なった。
「ここに宣言する。宇宙暦805年9月28日、ユリアン・フォン・ミンツ及エリザベート、サビーネ、マルガレータ、カーテローゼは夫婦となった」
歓声が巻き起こった。
結婚式の後は披露宴だった。
各テーブルをユリアンと花嫁のいずれかが回る機会があったが、それが問題だった。
ユリアンの友人席にいた面子は、
クリストフ・ディッケル、リリイ・シンプソン、エルウィン・ヨーゼフ・アッシュビー、ラスト・アッシュビー、アンドリュー・フォークだった。
エルウィン・ヨーゼフは対〈蛇〉、対地球統一政府戦への協力によって収容所を出ることを許された。本来は時間をかけてその判断が下されるはずだったが、リリー・シンプソンがユリアンのために働きかけた結果、結婚式前に
反対の声も根強かったが、エルウィン・ヨーゼフがライアル、フレデリカ夫妻の養子となりゴールデンバウムの名を捨てることが明らかになると、それも下火となった。
本人は「ゴールデンバウムの名を捨てる程度のことで、人類の繁栄に資することができるのなら、喜んで受け入れる」と平然としていた。
エルウィン・ヨーゼフ・アッシュビー。
後に遅れて来た英雄として語り継がれるようになる男がここに誕生した。
席にはもう一人、アッシュビーを名乗る者がいた。
面識のあったはずのユリアンは、その姿を見て固まった。事前に情報として知らされていなければ、余計なことを口走っていたかもしれなかった。
アッシュビー・クローン最後の一人、ラスト・アッシュビー。ラストは真紅のドレスを身に纏った可憐な少女の姿をしていた。レッドブラウンの髪と鋭い瞳がなければ、深窓の令嬢にさえ見えたかもしれない。
「僕に見惚れていると、後ろの花嫁達に怒られるよ」
「え、ああ、失礼」
振り返って見ると、サビーネが頬を見事に膨らませていた。
ラスト・アッシュビーは欠陥のあるクローン
として誕生した存在だった。本来あるべきY性染色体が欠失した結果、ブルース・アッシュビーの遺伝子を持ちつつ、男ではなく女として生まれた存在だった。
そのユニークさから、エンダー・スクールによる殺処分を免れた彼女は、レディ・Sと共に過去に戻った後、帝国領に潜伏した。
彼女は性別を偽って辺境諸侯の一人に取り入り、私領艦隊の影の指揮官となった。
そして、ブルース・アッシュビーによる帝国領大侵攻に合わせて、同盟軍に戦いを挑んだ。ライアル・アッシュビーと正面から戦い勝利するために。
小規模な戦闘で同盟軍に勝利し、フレデリック・ジャスパーすら撤退させた彼女だったが、やって来たライアル・アッシュビーには歯が立たず敗北して捕虜となり、その正体を知ったフレデリカ、ライアルと共に未来に戻ってくることになったのだった。
エルウィン・ヨーゼフとラストは義理の兄妹ということになるが、多くの者の予想とは異なりその仲は悪くないということだった。
ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムとブルース・アッシュビー。相容れぬ存在のクローンである二人が、食卓を囲んで笑い合うことのできる世界がここに出現していた。
そして、アンドリュー・フォーク。彼もリリイ・シンプソンの働きかけで療養施設から外出許可を得てユリアンの結婚式に臨んでいた。
「ありえない。こんな馬鹿なことが……何故真の救国の英雄の私がルドルフと席を共にしているのだ。しかもユリアン・ミンツの結婚式だと……」
しきりにブツブツ呟いているフォークにユリアンは笑顔で話しかけた。
「遠路はるばる来て頂きありがとうございます。お土産にチョコボンボンをたくさん用意したので持って帰ってくださいね」
「……キエエ」
フォークが白眼をむいて倒れたため、式が一時中断されることになってしまった。
ユリアンはフォークが病気をおして来てくれたことに感謝した。
ヤン、キャゼルヌ、ライアル・アッシュビー及びその家族の席ではひと騒動があった。
アレックス・キャゼルヌの妻オルタンスはユリアンにお礼を言った。
以前、娘のシャルロットを助けてもらったことに対してである。
そこまではよかったのだが、
シャルロットの発言が問題だった。
「ユリアンお兄様、そのうち私も家族に入れてください」
ユリアンは返事に窮した。
「いや、その、もう少し大きくなってから考えようか」
シャルロットは一瞬不満顔になった。
「もう16になったのですけど」
しかしすぐにポジティブに考えるようにしたようだった。
「でももう少しですね!」
「はは……」
ユリアンとしてはアレックス・キャゼルヌの引きつった顔が気になってしょうがなかった。
「随分と平然とされているのですね」
ヤンの妻であるローザは、状況を微笑ましそうに眺めているオルタンスに尋ねた。
オルタンスは表情を変えなかった。
「なるようにしかなりませんからね」
「……一体どうなると言うんですの?」
オルタンスは首を振った。
「知っていても、言わぬが花ということか世の中には色々とあるものですよ。あなたならおわかりになるでしょう?」
二人はしばし見つめあった。
やがてローザが視線を外し、笑顔で短く答えた。
「そうですわね」
「そうですよ」
二人はしばらく微笑み続けた。
ヤンは場の状況に困ったような顔で、ただ頭をかくだけだった。
ライアルとフレデリカは、ひとまず彼らを置いて、花嫁達にお祝いの言葉をかけることに専念した。
次に騒動が起きたのは旧ヤン艦隊の席でのことだった。
ハルトマン・ベルトラム少将が余計なことを言ったのである。
「ヘルクスハイマー大佐、失恋から立ち直ったようで何よりだな」
「おい!」アッテンボローが慌てて遮ろうとした。
「失恋?」
聞き返したのは本人であるマルガレータだった。
「ヤン提督が初恋の相手だったんじゃないのか?」
「え?」
マルガレータはここに至るまで自覚がなかった。改めて言われたことで、初めてそのことに気づき、顔を赤らめた。
しかし、タイミングが悪かった。
マルガレータの動揺する様子を、ユリアンは見ていた。
「この馬鹿。ちょっと来い!」
元上官のオルラウ中将が、ベルトラムを会場の外に連れ出した。
残されたアッテンボローは、場の空気をどうにかしようとした。
「この度はおめでとうございます。お二人の、いや、五人か、幸せそうな姿を見ると独身主義を返上したくなりますね」
ポプランがそれに応じた。
「独身主義を返上したからって、女性がわんさか寄ってくるわけじゃないんですよ」
「それがどうした。俺は一人で十分なんだよ」
「一人って誰かいましたっけ?」
二人の応酬で、妙な空気はなんとか消え去ったようだった。