Fate/stay night 【select the fate】   作:柊悠弥

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第12話 『乱入者』

「ねーちゃんを、返してもらいに来ました」

 

 聞き間違いでもなんでもない。目の前の少年は────美綴の弟は、美綴を返してもらいに来たと。俺の瞳に、まっすぐと、強い視線をぶつけながら言った。

 

「────、────」

 

 言葉が出ない。なんと返せばいいのかわからない。

 勿論、美綴を家族から奪った、などというつもりは毛頭なかった。けれど、美綴の弟の視線には、色々な感情が渦巻いて見える。

 言葉にするなら『懇願』だろうか。心の底から、この子は、美綴を俺に奪われた(、、、、)と思っているのだろう。

 言葉を選ばなくてはいけない。

 できることならば、美綴の弟に美綴を会わせてやりたい。大切な家族に会えない苦しみと悲しみは人一倍わかっているつもりだ。

 

 ────けれど。今の彼女に合わせても、余計に苦しんでしまうことは明白だった。

 

 俺が救いたいのは美綴だけではない。自分の手が届くのなら、誰も彼もを救いたいと思う。

 だからこそ、

 

「……悪い。今の美綴には、会わせることができない」

 

 直視できずに、目を逸らしながら。俺は謝ることしかできなかった。

 

「なんでですか。体調を崩してるだけって、聞いてるんですけど」

「事情は話すことはできないけど、とにかくダメなんだ……今は」

 

 叶うのなら、誰も苦しんで欲しくない。誰も苦しむ姿を見たくない。だから。

 

「……頼む。約束する。必ず、また会えるように……俺が、頑張るから」

 

 膝を床につき、額を擦り付ける。これが俺にできる精一杯の形だった。

 誠意が伝わったのかはわからない。あまりにも話が通じなくて呆れ返ったのかもしれない。

 頭を床につけたまま微かに遠ざかっていく足音を聞き、戸が閉まったところで、思わず床に四肢を放り投げるように倒れこんだ。

 

「……どうしたもんかな」

 

 なんとかする。そんな、根拠のない約束をしてしまった。

 残された道は美綴を救うこと────それは、聖杯戦争に勝ち抜くことと直結している。自分の退路を、自分で断ったということになる。

 

「勝つしかない、よなあ」

 

 誰に向けたわけでもない、意味のない呟き。

 俺は立ち上がる気力すら湧き上がらずに、セイバーが『朝食ができた』と呼びに来るまで、無気力に寝転がっていた。

 

 ◇◆◇

 

 桜は部活に行き、美綴はセイバーに任せて。ダラダラと答えの出ない────いや、答えが出ているのにそれ以外の存在しない答えを探して、思考を回しながら。歩き慣れた通学路を進んでいく。

 

 聖杯戦争に勝つ。

 

 言うのは簡単だ。誰にも負けずに、誰にも殺されずに、この戦争が終わるまで勝ち残ればいい。

 だけどここでネックになってくるのが美綴の存在だ。別に俺だって、いつまでも美綴のことを隠し通せるとは思ってない。

 ……守りたい相手が聖杯戦争において弱点になってくるとは思っても見なかった。美綴を抱えている限り、この街の魔術師は俺たちを襲ってくる。

 

 きっと、遠坂もだ。

 

 俺が言うのも少し違う気がするけど、魔術師の人間は何処か冷たい。

 特にバーサーカーのマスター────イリヤがいい例だ。

 無邪気な笑顔を浮かべるのに、『聖杯戦争』というのが絡んだ途端にあの冷たさだ。きっと、遠坂も例外ではない。

 桜が言うに、遠坂はこの一帯の魔術師の統括────だと言うのなら、美綴の存在は許さないはずだ。……なんとなく、桜と遠坂の関係は、それだけではない気がするけれど。

 そんな思考を淡々と繰り広げていたところで、気がつけば学校にたどり着いていた。

 

「やあ、衛宮。調子良さそうじゃないか」

 

 ────同時。聞き覚えのある声が、耳元でした。

 ぞわり、と背筋が震え上がる。その声に、覚えのない色が混ざりこんでいたからだ。

 上手く形容はできない。けれど、コイツは、今までとは違う────。

 

「……慎二」

 

 振り返った先にいたのは見知った顔。いや、見知ったはずの顔だ。

 ソイツはすっかり変わり果てていた。二の腕の先から無くなってしまった右腕はわかる。それは俺のせいだし、右腕が宙を舞う光景は、今も何故か忘れることができない。

 

 しかし慎二の変化はそれだけではなかった。

 

 白く、色素の抜け果てた髪。所々に元々の間桐の色────濃い青色は残っているものの、全体的に見て白の方が多い。

 さらに特筆すべきなのは瞳だろうか。色を宿しているのが、左の瞳だけなのだ。

 右の瞳の黒目はまるでそこに元から存在しなかったとでも言わんばかりに真っ白に染まり、もはや黒目も白目も区別がつかない。

 

 そしてそんな慎二に、周りの連中は目すらくれない。まるで慎二のことは見えていない、とでも言わんばかりに。日常に溶け込んでいる。

 

「ああ、そうだよ。僕は間桐慎二────間桐慎二だ」

「すっかり変わり果てたな」

 

 何かあったのか、とはとても聞けなかった。

 慎二の風貌は明らかに普通ではない。尋常ではない。それを聞いてはいけない。……そんな気がして。

 

「はははは! まあそう怯えるなよ衛宮、僕は今回は(、、、)挨拶しに来ただけだからさあ!」

「今回は……? おい慎二、何を企んでる」

 

 俺の声は届いているのだろうか。慎二の瞳はここの何処も捉えておらず、しきりに左手が自分の右手を探すように彷徨っている。

 いつも以上に甲高い声。それが、俺の背筋を逆なでにして行く。

 何故だろう。ここで慎二を逃してしまえば、取り返しのつかないことになる。そう思っているのに。

 

「慎二────!!」

 

 伸ばした手は、空を割いた。何も掴むことなく、虚しく。

 嘘のように静まり返っていた喧騒が辺りに満ちる。日常が、俺の周りに舞い戻ったのだ。

 

「くそ、なんなんだよ……」

 

 この聖杯戦争はひと筋縄ではいかない。そんな予感だけが、胸にふつふつと湧き上がった。

 

 ───√ ̄ ̄Interlude

 

 僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は────?

 僕は、ダレダッタカ。

 

『────慎二!』

 

 そうだ、僕はマトウシンジだ。それ以外の何者でもない。シンジ。マトウシンジ。間桐家の期待の長男。だから僕は桜にはないこんな能力を渡されたんだ。

 僕は期待される。僕は期待されてるんだ。ははは、期待されてるんだよ桜。お前とは違って、お前とは違ってさあ!

 今に見てろ桜。僕はやってやるぞ。やってやるからな!!

 

 ────あれ、やってやるって、何をだ?

 

 ◇Interlude out◇




お久しぶりの投稿です。何度目かわからないリハビリです。
慎二くんかなり来てます。温かい目で見てやってください。
どの伏線ばらまいたのか忘れてる感あるんで、また同じ話を士郎がし始めたりしたら『ああ、士郎また同じ話してる……』っておじいちゃん夕飯はさっき食べたでしょ、みたいな目で見てあげてください。
いっそ読み直すことをお勧めします。いやオススメされるべきなのは俺自身な訳だけど。……ともあれよろしくお願いします。

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