Fate/stay night 【select the fate】 作:柊悠弥
言峰協会に着いてからは、時間の経過が酷く遅く感じたものだ。
無力感を噛み締めながら、礼拝堂に座り込んでいるしかない。
両手を強く握り締める。下ろした腰が落ち着かない。
セイバーは教会の外で待って貰っている。セイバー本人の希望で教会の外で待って貰っているものの、無理を言って一緒に来て貰った方がよかったかもしれない。
この行き場のない感情を吐露する相手が欲しい。それほどまでに礼拝堂の無音と、この座っているだけの時間が苦痛だった。
やがて、時間が経ち。
「……まだそこに居たのか、衛宮士郎」
その声で目を覚ます。いつの間にか俺は眠ってしまっていたらしく、座ったまま寝ていたせいでほんの少し腰と尻が痛んだ。
でもそんなのは関係ない。即座に立ち上がり、言峰に駆け寄って。
「美綴は。美綴はどうなったんだ!?」
思わず声を荒げながら問いかける。同時に言峰は眉間に目一杯に皺を寄せ、大きくため息を吐き出した。
「あまり大声を出すな。治療は成功したが、彼女の容態はあまり良くない」
言われて、思わず右手で自分の口元を覆う。興奮しすぎるのも良くない。かえって、美綴の体調を悪化させるだけだ。
「……治療は成功したのに、容態は良くないってどういうコトだよ?」
「そのままの意味だ。私はあくまでも最善を尽くし、彼女を救った────しかし、彼女を完全に
……相変わらずコイツは遠回りな物言いをする。こういうところが少し苦手だ。
まるで俺の反応を楽しんでいるようだった。舌打ちを交えたくなる気持ちを押し殺し、今度はこっちが大きくため息を吐いて。
「……つまり?」
「彼女はあまり長くない。このままでは死んでしまうだろうな」
思わず目を見開く。
予想はしていたことだ。なんとなくそんなことを言われる気はしていた。けれど、面と向かってソレを言われるのとはまた違う問題で。
足がわずかに震える。思わずたじろぎ、言峰から一歩距離をとった。
「しかし、ソレは『魔力を補給しないのなら』の話だ」
「魔力、を? なんでだよ。美綴は魔術もなんも関係ない、一般人のはずだ」
「ああ、一般人だったろうな。しかしライダーとそのマスターに、こちら側に引き摺り下ろされてしまったのだよ」
思い返すのはあの時の風景。ライダーは美綴の首筋に吸い付き、何かを吸い上げていたように見えた。
「もしかして、ライダーはあの時に何か……」
「ああ。キミの言っていたことが事実なら、ライダーはその時に美綴綾子の生気を限界値まで吸い上げたのだろう」
「……でも待てよ。それだと魔力はなんの関係もないだろ? 安静にしてればソレは回復するはずだ。魔力を摂取しないと死ぬ、なんて話にはならないんじゃないのか?」
人間の生気とは文字通り生きる気力のコトだ。簡単に言えば『元気』のようなもの。それは魔力とは違う。
「……そうだな。だが言ったろう? ライダーはその生気を
言峰はゆったりと話しながらも間を開けて、礼拝堂には俺の息をのむ音だけが聞こえた。
「しかし、そこでライダーは何かの拍子に、美綴綾子に魔力を流し込んだ。それは彼女を生かす行為であり、殺す行為なのだよ」
「生かして、殺す……?」
「そうだ。身体の中の生気が限界値まで吸い上げられたことで、美綴綾子の身体は『死』を予感した。身体のあやゆる場所から生気をかき集め、生き長らえさせようとしただろう。しかしそこに、サーヴァントの濃密な魔力が流し込まれた。となれば、」
美綴の悲痛な悲鳴と、蹲る姿。目尻に涙を溜めながら、俺に向けた視線が。その全てがフラッシュバックする。
「サーヴァントの魔力は生気など簡単に凌駕する生命力の塊だ。美綴綾子はその魔力に酔わされ、依存し、彼女の身体自体が動力源の殆どを魔力で補うように作り変えられてしまったのだろうな」
『オマエがノロマなせいで衛宮なんかに見つかっちまったじゃないかよ。なあ!!』
多分あの時だ。あの時、あの瞬間、蹴り飛ばされた拍子に美綴の身体は────。
頭が痛くなる。俺はあの時救うことができたんじゃないか。俺が躊躇わずに、慎二を止めることができていれば。
「……美綴を助ける手はないのか」
これは俺の責任だ。なら俺が美綴を助けなくちゃいけない。何か、手があるのなら。
「さっき言った通り定期的に魔力を供給してやる必要があるだろうな。それか……いっそ、楽にしてやるコトだ」
「────それは、できない」
彼女の命を奪う。そんなのは救済とは言えない。
美綴の命を助け、生き長らえさせるコト────それが最低条件だ。
「そうか。なら答えはひとつだ。体内に取り込まれたライダーの魔力は殆ど摘出したからな。あとは、衛宮士郎、キミと……」
態とらしく首を横に振りながら振り返る。視線を向けたその先には扉があり、
「……美綴」
その前には、美綴綾子の姿があった。
美綴は扉に腰を預けながら、弱々しい視線で俺のことを見つめている。きっと、俺たちの話を聞いていたんだ。
かける言葉が見つからず、美綴に歩み寄る。
「……全部聞いてたよ。あたし、長くないんだろ? そうなっちゃった理由は、よくわからないけど」
「……ああ。でも、諦めるのは、まだ早くて」
続く言葉が出てくれない。
酷く気まずい沈黙が流れる。もごもごと口の中で言葉を転がして、結果出てきた言葉は、
「そのままの状態で家に返すわけにはいかない。一旦、ウチに来て話をしよう」
問題の解決を先延ばしにするような。どうしようもない言葉だった。
───√ ̄ ̄Interlude
起きた瞬間から感づいてしまうような異常。自分の身体が、自分のものではないような気がしてしまうほどのソレ。
性欲でも食欲でも睡眠欲でもない。自分の中でよくわからない欲望が根付いてるんだ。
例えるならば食欲に近い。あたしの身体が、誰かの血液を欲している。
いや、欲してるのは血液じゃない。血液から発生する何か。それをあたしの身体は欲してるんだ。
────ホシイ、モット。
身体の中で囁く声はまだ抑えきれるものだけれど。
────モット、モットチョウダイ。
これが抑えきれなくなった時、あたしはどうなってしまうのか。
想像しただけで寒気がする。理解できない欲に心臓が早鐘を打ち、胸が痛んだ。
この欲に身を任せてはいけない。大きく呼吸を繰り返し、首を横に振って、それでようやく自我を保つ。
「……あたしは、」
あたしは、いったいどうなってしまったんだろう。
◇Interlude out◇