Fate/stay night 【select the fate】   作:柊悠弥

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第7話 『血、赤色』

「おまえ、衛宮……!! なんてことしてくれてるんだよ!!」

 

 Tシャツの袖を引きちぎり、慎二の腕を止血してやりながら罵倒を受け。小さく溜息を吐き出す。

 

「こうでもしないと慎二、あの本を手放さなかっただろ」

 

 腕の断面図は綺麗なものだった。セイバーはスッパリと綺麗に斬ってくれたらしい。二の腕を半分ほど残して、そこから先が切り落とされる形だ。

 ちなみにライダーは本が燃えた時点で姿を消していて、おそらく桜の元へと帰ったのだろう。止血が済んだ頃には空に闇が落ち始め、そろそろ夜が訪れると告げている。

 

「これに懲りたら大人しくしてろ。俺は慎二を殺したいワケじゃない」

 

 そうだ。別に俺は何も、慎二が憎くて殺したくて仕方ないとかそういうことではない。

 聖杯戦争の参加者として、美綴をあんなにした犯人として────襲いかかるのなら斬り捨てるしかないと。ただそれだけだ。

 

 慎二の返事も待たずにその場を去る。一刻も早く家に帰って、美綴を元に戻してやらなくちゃいけない。

 

 間桐邸からウチまでは徒歩で15分ほど。日が沈む頃には家につけるだろう。

 

 気持ち急ぎながら、駆け足で。セイバーとも大した会話を繰り広げることもなく、衛宮邸までの道を進んでいく。

 

「ただいま」

 

 息を切らし、汗を流しながら。玄関の扉を開いて目に入った光景は、何やら戸惑いを浮かべる桜と藤ねえの姿。

 

 胸に焦燥が走る。何か、良くない予感がする。

 

 ────どうしたんだ? そんなひと言も、発することができない。

 

 しかし現実は不条理に。問いを投げなくても、ゆっくりと、最悪の方向へと進んでいく。

 

「し、士郎……美綴さんが、ウチの何処を探しても居ないのよ」

 

 

 ───√ ̄ ̄Interlude

 

 

 ふわふわ、ふわふわ。

 足取りが軽い。自分の体じゃないみたいだった。

 辺りには闇が広がっているのに視界は良好。目の前を逃げ惑う誰かの小さな呼吸音ですら聞き取ることができた。

 

 駆ける、駆ける、駆ける。

 

 高揚感を胸に、湧き上がる欲に従い、まっすぐに、その背中を追いかけて。

 

 躊躇いもなくその首筋に食らいつき、ゴチソウを啜っていく。

 

 口の中に満ちるのは確かな満足感と、わずかな魔力。

 ああ、足らない。まだ足らない。もっと、もっと欲しいんだ。この程度じゃ、身体の疼きを止めることはできない。

 

 ずじゅ、じゅる、ずり、ずるる。

 

 下品な音は辺りに響き、いっそ艶めかしい空気まで放っている。まるでこの光景は一枚の絵画だ。きっと正しいことなのだと、錯覚させるほどに。

 

 ────違う。これは、これは。

 

 湧き上がる罪悪感と否定を欲と快感が押し殺す。

 淡い否定は食欲と快感の前では意味をなさない。無様に押しつぶされるしかないのだ。

 満たされていく。充たされていく。ずっと欠けていた心が、ずっと欠けていた何かが喜びをあげて、喉が潤い、そして、

 

「ぁ────、あたしは、」

 

 思考は、現実に回帰する。

 

「ちがう」

 

 必死に首を振り、否定する。違う。あたしは、本当に心の底から、コレを願ったわけじゃない。違う。吸ったのは、あたしじゃない。

 否定しても、いくら首を振っても、喉の潤いと口の中の血の味、心が充たされたような満足感が、現実を叩きつけてくる。

 あたりを見回せば、見慣れた景色が見える。

 深山町の住宅街の何処かだ。目の前に転がる死体はきっと、ここに住む住人のものだろう。

 

「やだ、やだ、違う、違うんだ」

 

 いやだ。こんなのは違う。あたしは普通の人間だった。普通の人間だったはずなのに。

 誰かに見られるわけにはいかない。だめだ。早く、この場から離れないと。

 早く逃げ出さないと。その一心で、身を翻したところで。

 

「……美綴」

 

 最悪のタイミングで、一番見られたくなかった人が、あたしの前に現れたのだった。

 

 

 ◇Interlude out◇

 

 

 ひたすら駆け回り、挙句に深い闇が広がる路地でソレは見つかった。

 一見(いっけん)艶めかしいとまで感じさせる光景。見慣れた女が、見知らぬ女の首筋に顔を埋め、その生命を啜る光景。

 定期的に聞こえてくる水音は俺の劣情を煽り、まるで誘惑されているようだった。

 

「やだ、やだ、違う、違うんだ」

 

 立ち上がり、焦ったように声を上げる美綴。首を大きく横に振りながら、振り返るその姿に。

 

「……美綴」

 

 俺は、思わず声をかけてしまった。何もかける言葉は見つからない────けれど、ここで何か声をかけなければ、美綴の大切な何かが壊れてしまうような気がして。

 

「違う、違うんだよ衛宮。これは……だめ、やだ、見ないで」

 

 美綴は必死に、口元に付着した血液を両手で隠しながら狼狽えて。一歩、一歩と俺から遠ざかっていく。

 途端に、びちゃり、と。何か足元で水っぽい音がして、恐る恐る視線を下に向ける。

 美綴の視線の先には死体(自分の犯した罪)がある。

 ソレはまるで美綴へと罪を突きつけているような。

 

「……シロウ、ミツヅリは」

 

 同時に、背後から声がした。俺と一緒に美綴を探し回っていたセイバーのものだった。

 セイバーは怯える美綴を見るなり、鎧へと換装。同時に不可視の剣を構えて、俺の横顔へと視線を送る。

 

「シロウ、指示を。おそらく、ああなった美綴は助けることができません」

「ま、待って衛宮、あたしは、」

 

 剣気を向けるセイバーと、狼狽えた様子で俺を見る美綴。

 胃がキリキリと絞められるような感覚だった。今までにない程に、重要な選択を迫られている。

 

『僕はね。正義の味方に────』

 

 俺が正義の味方なのだとしたら。この街の住人の命を優先すべきだろう。

 俺は見てしまったんだ。美綴の捕食を。そして、命が潰える瞬間を。

 

 だとしたら、下すべき決断はひとつじゃないか。

 

「……ダメだ、セイバー。美綴は殺すな」

 

 だっていうのに、俺は。美綴は助けることができる────そんな奇跡に、縋り付く。

 

「何故ですかシロウ! 言ったはずです。もうアレ(、、)は助けるコトができない────だというのなら、ここで楽に……」

「うるさい。美綴のことは助けるし、殺させない。それでも俺の指示に従わないってんなら令呪を使うぞ!!」

 

 俺には美綴を殺すなんてことはできない。殺させるだなんてことはできない。

 だって、美綴にはなんの罪もないんだから。コイツは、いつも通りの日常を送っていた……それだけなのに。

 たったひとつのことで、たった一瞬で、その日常を壊されてしまった。美綴は被害者であって加害者(倒すべき悪)ではない。だから。

 

 一画欠けて、やや不恰好になった令呪をセイバーに見せつける。同時にセイバーの表情は歪み、小さく唸りを上げた。

 

「この意味がわかるなセイバー。確かに街のひとたちの命は大事だし、だというならここで美綴を殺すことは必要かもしれない。……けど、セイバーにとっては聖杯戦争も大事なはずだ」

 

 令呪はとても大事なものだと聞いている。でも万が一、セイバーが言うコトを聞かないのならここで一画切ることに躊躇いなんてものはない。

 その覚悟が伝わったのかセイバーは大きくため息を吐いて、

 

「…………ッ、わかりました。シロウがそういうのなら、従いましょう」

 

 大人しく、構えた剣を下ろす。

 

 しかし、その武装が解かれることはなかった。

 

「ふふ、甘いなあ。すごく甘い」

 

 新たにそこに響く声。

 俺たちの視線は同時に一点に集まり、声の主へと釘付けにされる。

 美綴の更に後ろから現れた影。月明かりに反射する白い髪と、夜闇でも嫌という程に目立つ赤い瞳。

 その瞳は、美綴とセイバーのことは捉えていない。一直線に、俺のことだけを見つめている。

 

「こんばんは。随分と面白いことになってるね、お兄ちゃん?」

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン────イリヤはいつかの夜と同じように。場違いなほどに楽しそうな笑みを浮かべて、小首を傾げるのだった。




そんなこんなで一章完結です。今回は美綴の捕食シーンを士郎が目撃したあたりから、『Armour Zone』や『あんなに一緒だったのに』、『STYX HELIX』なんかを流しながら読んでいただくと良い感じに仕上がってます。……仕上がってるよね?
書けば書くほど士郎の歪さ、セイバーに対するバッドコミュニケーションが目立つようになってきました。なんだかんだでこのルートのセイバーの扱いは結構ひどいかもしれません……それから慎二も。
慎二に関してはコレからも意味をキチンと持たせて動かしていきたいとは思ってます。ここで捨てるにはかなり勿体無いですからね、彼。
美綴にはこれからもっと負の方向へとハマって行っていただく次第です。生暖かい目で見守っていただけると幸いです。

さて、次回からは2章が始まります。いつだったか言った通り、2章からはゆっくり展開していきますんで……こんなに鬼早な展開にはならない、んじゃないかな?とは、思ってます。
ここで言い切らずに保険をかけていくのは悪い癖ということでひとつ。

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