特にどうでも良いですが
『はい、皆様こんにちわ。いつもの時間がやって参りました。
FM冬木がお送りする、わたしの冬木アクト。
本日のお相手はパーソナリティの
『今度オープンする予定のピラミッド冬木の親会社のグループ会長、メルタトゥムよ。
敬意を込めてメルタトゥムさんと呼びなさい』
同盟相手を探す為、危険を冒して外に出ていた凛は、普段関わる事は無いのだろうが、偶々通りかかった鄙びた電気屋の横を通っているときに聞こえてきたラジオの音声に思わず吹き出した。
そしてこちらは特殊部隊からの暗殺に怯えているのに、と若干苛つきながら音の出る機械に近づいた。
『メルタトゥムさんのピラミッドホテルは世界最大の総合商社ネフェルタリグループの子会社で、先日このFM冬木も買収されてグループの一員となりました。
つまりはわたしの上司の上司のその又ずっと上の上司になるんですね。でも王様というよりは可憐なお姿でお姫様みたいですね』
『ええ、お姫様扱いされるのは慣れているから、そう扱って貰って構わないわ』
凛は思わずツッコむ。「そりゃそうでしょうよ」と。
『声だけだと解らないかも知れないですけど、実はメルタトゥムさんは今、学校の制服を着ているんですよ』
『何故か解らないけれど、この国では制服を着ると女の価値が上がると聞いたわ。利用できる物は利用する主義なの』
随分と商業主義な制服の扱いである。
確かにそう言う側面が無いとは言えないが、あんまりであった。
『そうですか、ファラオの娘の名を代々受け継ぐ敏腕会長は伊達では無いですね。
皆さん知っていましたか、メルタトゥムという名前は古代エジプトの王女の名前で、代々ネフェルタリグループの会長が受け継ぐ名前だそうです』
受け継ぐも何も本人でしょうが。
凛はメルタトゥムの面の厚さと、余裕に呆れた。
『さて、ここでお手紙の時間です。といっても急遽のゲストへのお手紙は無いので、先程来たメールの方から失礼します。
…えーっと、”好みのタイプはどんな方ですか。欲しいプロポーズの言葉と合わせてお願いします”だそうです。
これは、わたしも気になりますね』
『では先に欲しい言葉から言おうかしら。
そうね、”砂漠の真ん中で水と貴女の愛なら、貴女の愛が欲しい”なんて口説き文句も嫌いではないけれど、やはりシンプルに”好き(挨拶)”かしら。
といっても私はずっと好いている方がいるから、他の者に心を動かされることはないわ』
経済界や政界に多大な衝撃が走りそうな発言をさらりと述べたメルタトゥム。
恐らく、この発言はすぐさまインターネットに流れるであろうことは機械に疎い凛にも予想できた。
多分ファンが荒れるだろう。
凛がラジオを聴いていると、視界の先から見知った男が歩いてきた。
「やあ遠坂、どうせ遠坂も参加しているんだろう?」
気障ったらしい話し方で、実際にモテる魔力以外は割と優秀な男、間桐慎二が凛に話しかけてきた。
凛は話しぶりから間違いなく、何らかの形で参戦している慎二に警戒しつつも、ラジオを指差して黙り込んだ。
相変わらずラジオではパーソナリティとメルタトゥムが話している。
『続いてのお便りです。
”ネフェルタリグループの社長から見て、日本経済の欠点は何ですか?”だそうです。
ちょっと難しいお便りですね、ここは保留ということでいいですか?』
『いえ、答えさせて貰うわ。
やりたいことと、やっていることが違うことと私は思うわ。
例えば、宿泊者に持て成しをする従業員がいるとするわね。
そしてその従業員は、とある宿泊客に非常に苛立っているとする。
貴女ならどう思うかしら?』
『お客様は神様と言いますし…そこは我慢するしかないのでは無いでしょうか?』
『そこが私には理解できない日本人の特性ね。
お客様は神様だと思うなら、心から神への敬意を持つべきであるし、相手に不満があるのなら、口頭だけでもお客様は神様だなんて思ってもいないことを言うものではないわ。
奉仕ができない従業員、奉仕されるに値しない客、その客を客と認めたホテル。
何処かに問題があるのでしょう。
きっと相手に正面から批判をするには勇気がいるし、己の過ちを認めるにはさらに勇気が必要だわ。
己の
だからと言って、良くわかってもいない政治のせいにするのは、更に愚かといえるわ。私は実は商売よりは政治が得意なのだけれど、誰もがそうではないでしょう?
私のグループでは、その場で従業員・客・会社の何処に問題があるのかを判別させるわ。
そこで間違っているものを直ちに正させるのよ。私の独裁のもとにね。
自由・平和・平等。革命の波は瞬く間に広がり、民はその権利を享受したわ。
けれどもそれも行き詰ってしまった。権利があることが幸せとは限らないという事よ』
奉仕されるに値しない客という言葉を、出る杭は打たれる日本で告げるのはかなりのチャレンジャーであるが、元々そういうキャラクターで知られているメルタトゥムには痛手はない。
『でも、己を偽って、相手を偽って、会社へと偽ってでも穏便に済ませたい日本人の気質は、嫌いにはなれないわ。
だって、相手によく思われたいということでしょう。それ自体は素敵なことよ』
大体、こうやって上から目線のフォローが入るから、というのも大きい。
慎二がラジオを聞き始めてからは、小難しい話しかしていない。
思わず、いったい何なんだよと言いかけた慎二であったが、その言葉を呑み込むような言葉が流れてきた。
『…まさに王女の風格。二つ名は伊達ではありませんね。――傅いてもいいですか?』
『許すわ』
『では、わたしが傅く前に本日の曲をお送りしましょう。
今回お越しいただいたネフェルタリグループの王女様からのリクエストです。
今宵燃え尽きた城へと向かう知人達へと向けてというメルタトゥムさんの言葉と共にお送りします。
2013年のビルボードランキング4位の名曲『Magna Carta Holy Grail』と、日本では馴染みが薄いですがドイツで大ヒットしたMartin Goreの『Master and Servant』」、スターウォーズから『Battle of Heroes』。
3曲続けてどうぞ』
餌は見事にバラまかれた。
これは完全に挑発と言えた。
「おいおい…これって…」
まさかという顔をした慎二に凛は肯定した。
「そうよ。完全に嘗められているわ。『聖杯』『マスターとサーヴァント』『英雄の戦い』。あからさまに誘いにかけてきている。
この余裕綽々な王女様こそが今回の最大の敵というわけ。
倒すには一騎のサーヴァントでは心許ないわね」
凛としても間桐の家には色々含むところがある。
だが、これは戦争である。力あるメルタトゥムには思ったことを言って、思っていないことを言わない権利がある。
だが、力無い者には心にも無い事を相手に告げ、相手に嫌われないように縁を保つ必要がある。
恐らく、凛が誰かしらと同盟を欲している事を理解しての敢えての放送。
それがまた、凛の癪に障った。
「まあ考えておくよ。せいぜいお爺様が初手を弾き返したような敵だからね。
どうしてもというなら、同盟を結んでやってもいい」
だが、
故に、凛は一気に畳みかけた。
「共に、戦いましょう」
心にも無い笑顔と言葉で、慎二に手を伸ばした。
その勢いと、己の下心に従い、慎二はその手を取った。