太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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流れる時が変えるもの

 遠坂凛は間桐家と同盟を組むことを決めた。

 勿論信用など欠片もしていないし、信頼なんて更にあり得ない。それは大前提だ。

 だが、メルタトゥムに破壊されずに現存する魔術師の工房というのは、戦力としては非常に魅力的だった。

 仮に単騎で魔術師としてマスター同士で戦えば、数千年を超えて存在する魔術師に叶うはずも無い。

 しかし、工房という地の利を生かして戦えば、時間稼ぎは出来るようになる。

 貧弱な者でも、強い武器を持てば強壮たる者への牽制くらいは出来るだろう。

 勿論、同盟相手の持つ強力な武器は、己の背中に刺さる可能性も十分にある事を忘れるわけにはいけない。

 凛は相手を信頼も信用もしていない。してはならない。

 ただ、互いに利用しあうことを決めるだけだった。

 

 情報を提供してくれた者が、メルタトゥムの手の者であった事実は記憶に新しい。

 遠坂凛は常に警戒を抱き続ける必要を理解した上で相手の懐に飛び込むことで、メルタトゥムの次の奇襲を押さえ込もうと考えた。

 

 

 持ちかけられた同盟への参加は慎二が勝手に決めたことではあったが、臓硯はその決断を責めること無く肯定した。

 勿論それは、遠坂に対しての優位を保つこと。

 弱みに付け込んで更に次の世代に、孫の番として遠坂の血を入れて零落した魔力回路の回復を図ることもある。

 だが、それ以上に臓硯には重要なことがあった。

 

 『敵』は仮に慎二を矢面(生け贄)にしても、手段を選ばず間桐の家ごと攻撃してくるような相手だ。

 戦争に負けたとき、己も滅ぼし尽くされる可能性は大いにあった。

 虫一匹残さぬ大蹂躙を避ける為には、敵を倒すに値する戦力、または体の良い目立つ囮が必要だった。

 それが凛とそのサーヴァントだということは言うまでもない。

 

 永き時に摩耗された記憶はセピアの色さえ残っていない。

 老人には嘗て求めた光の熱さは思い出せないが、間桐臓硯の今の願いは永遠の命、即ち滅びぬ事である。

 彼が遠坂との同盟を結ぶのを許可させる最大の要因になった相手こそがその体現者である事は、完全に皮肉であった。

 

「サーヴァントの共闘は前提であるからとして、

此方が提供するのは、敵の初手をも退けた防衛拠点。で、其方が提供出来るものは何だ?

…今払えぬと言うのなら、ツケ(・・)というのも構わないが――――――――」

 

 遠坂凛は表面には出すことは無いものの危険を感じていた。

 この妖怪のような男に借りを作る恐ろしさを、本能的に理解していたからだ。

 少女が翁に感じた恐怖は、土地の貸し出しで相手から金を巻き上げる不動資産家としてだけでなく、もっと生物的な恐ろしさであった。

 

 現在この間桐家の応接間には、同盟の締結の為に、それぞれの代表が存在している。

 勿論代表者とは、マスターである凛と慎二であるが、先程から慎二は一言も発していない。

 いや、発せていない。何故なら、相談役としてその場に居座った祖父が全て主導権を持っているからだ。

 

 だが、遠坂凛には臓硯にはない武器がある。

 

「私の知りえた敵二組。そしてイレギュラーとして関わっている戦力の情報を提供するわ」

 

 凛の選択、それは情報だった。臓硯が恐れる『敵』であるメルタトゥムとサーヴァント。

 そしてメルタトゥム配下のサーヴァント、そして『タタリ』の存在という情報だった。

 

 

 臓硯としては、己が間一髪で防ぎ切ったものの、下手をすれば工房と血筋を纏めて滅ぼしかねない敵の情報は知りたかった。

 相手のマスターに関しては正体は割れた。わざわざラジオ放送で挑発をかけてきたことを孫から聞いている。

 特殊部隊を使う事で、手の内を隠したまま攻撃してきた敵。

 一緒に湧いてきた蟲達は、サーヴァントの攻撃ではなく、あくまでマスターの攻撃に過ぎなかった。

 つまり、臓硯にとって、メルタトゥムのサーヴァントの情報は未だ不明なままだった。

 第一、特殊部隊を借り受けして、他の国で運用させられる権力というのがそもそも異常である。

 魔術師でない人間(・・・・・・・・)による暗殺を恐れて遠坂の娘が逃げ込んでくるのも当然だと頷けた。

 勿論、それも相手の思惑の内かもしれないが、それでもそうする他の選択肢が少ないという時点で、その誘導は強制と化している。

 思わず敵のやり口に称賛してやりたくなる程だった。

 

 

 凛が説明をしようとする前に、臓硯は関係者として間桐桜を連れてきた。

 そして、間桐家の召喚したサーヴァントとしてのアーチャーも。

 本来は、更に奥の手があるが、間桐臓硯はそれを正直に凛に告げる必要もないと思っていた。

 

 凛としてもここに間桐桜がいることはわかっていた。それでも、思わず部屋に入ってきた桜から目をそらした。

 何故なら、間桐桜こそ、遠坂凛にとっての間桐家との因縁であったからだ。

 間桐桜。彼女は養子であり、かつての旧姓を遠坂桜という。

 つまり、――遠坂の家に売り棄てられた遠坂凛の実の妹だった。

 

 そして、間桐臓硯はアーチャーの本来のマスターは間桐慎二ではなく、間桐桜である事も明かした。

 それには姉妹で殺し合うことに抵抗があるであろう凛への嫌がらせ以外の理由は、全くと言っていいほど特にないのだが…。

 

 

 至近距離にて優位なセイバーと、遠距離のエキスパートたるアーチャーの組み合わせ。

 尋常なら、これはかなり有利な条件と言ってよかった。

 だが、凛が敵の情報を述べたとき、その優位性は崩れるどころか、建ってもいなかったことが間桐臓硯には理解できていた。

 シンプルに理由を纏めるなら、相手は尋常では無かった。それに尽きるであろう。

 

 

「間桐、遠坂、加えてアインツベルンも引き込まねば、勝利は見えることさえないだろうな…」

 

 臓硯は呟く。しかし、その方法は見つからない。今、アインツベルンから来たマスターがどこにいるか、あいにく見当さえもつかない。

 無いとは思うが、もしも衛宮切嗣(以前)の様なマスターなら、その居場所を把握するのは難しいだろう事は間違いない。

 

 

「…それなら問題は無いと思う」

 

 ここにきて、漸く間桐慎二は口を開いた。

 

 孫である慎二の発言に臓硯は余計なことをと思った。

 先程の発言は、暗に遠坂だけの助力では力不足だという趣旨を孕んでいた。故に、更なる要求を重ねていく布石であったのだ。

 卑屈なくせに、こういう時だけ前向きな慎二()を、臓硯は心底不出来だと思った。

 

「どうしてそう言える」

 

 こうなっては臓硯も仕方ないので、その話を促すことにした。

 

「今夜、アインツベルンの城跡に来るようにラジオで言っていた。

それに、この家の入口に燃えた城の絵が描いたカードが置いてあったよ。

恐らく、アインツベルンにも何らかの手段で情報は伝わっているはずだ。他のサーヴァントも来るかもしれない。

そこに集まった、サーヴァント全員で組んで対抗すれば、相手が凄い奴だとしても何とかなる。

きっと現地についてからでも同盟は間に合う…だろ?」

 

 最後のほうは自信がなさげだったが、慎二は己の意見を言い切った。

 それに対して、臓硯と凛は――――

 

 

 

「わかってはいると思うが、それは――――――――」

 

「――――確実に罠よ」

 

 

 名策士慎二の意見はあっさりと潰された。

 そこで最初のように大人しくしておけばいいものの、それが出来ないのが間桐家の魔術師としては不出来な方の孫の慎二である。

 だから、こう言い返したのだ。

 

 

「罠がなんだよ。罠だとわかってるならそれごとぶっ壊せばいいじゃないか」

 

 それは、先程策士ぶっていたとは言えない程の、無謀な策、いや無策に近い暴挙と言えた。

 

 

 

 だが、それは一つの手段として、極めてシンプルなだけで取り得る手の中ではそれなりに有益な方法だった。

 慎二にしては十分だと臓硯は言い残して去っていった。

 暫くした後、慎二も応接間を去っていった。

 

 

 取り残された人間は二人。

 遠坂凛と間桐(・・)桜――――

 

 気まずいながらも凛は己から話しかけた。

 

「桜、その―――――――」

 

「それでは遠坂先輩(・・・・)、今夜は同盟に従い共に敵を倒しましょう」

 

 そう言って、桜もアーチャーと共に、その部屋を去っていった。

 この会話こそが、今の二人の関係ともいえた。

 時と共に相手には知らない過去が積みあがっていく。時と共に相手に知られない己の過去が積みあがっていく。

 かつては同じ場所から見えた未来が、いつの日にか違う光景に変わっていく。

 

 過ぎ去りし時が、摩耗を起こしていくのは信念だけではない。

 絆も、愛も、希望も、永き時の果てに砂に変わる建造物のように風化していく。

 神でもない人間にとっては、永遠には程遠い、高々数百年、数十年、時には数年の月日だけで元の形を失うには十分である。

 凛はその事実を、少しだけわかった気がした。

 

 

 ただ一人応接間に残された凛に、セイバーはかける言葉も見つからなかった。


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