「許せない。許せないよね。
そう思うでしょ、バーサーカー」
燃え尽きた城の跡地。
その城の主であった少女は、彼女に従う黒き巨人により叩き潰されたスフィンクスが咥えてきた招待状を破りながら呟く。
それは呟きと言うよりは、静かな慟哭に似ていた。
彼女には仕えていた二人の従者はもういない。
深夜零時を過ぎた瞬間に行われた戦車による奇襲攻撃から、聖杯戦争のマスターの一人イリヤスフィールを護る為に犠牲になった。
魔法のような優しい日常の欠片は、時計の針が二つ上を向いて重なったときに、雪のように溶けて消えた。
その二人が身をもってイリヤの命を守り、そして後をバーサーカーに託したからこそ、イリヤは今此処に生きている。
理性の無い戦士であるバーサーカーであるが、その二人の最期の在り方には理性が無いとは思えないような、敬意を持った礼で見送った。
スフィンクスを通じて送られてきたカードにはこう書いてあった。
『親愛なる城主様へ。
私が差し上げたリフォームはお気に召したでしょうか。
つきましては、今夜リフォームをお祝いさせて頂きたいと考えております。
酔い得る中身は此方で用意させて頂きますので、
つきましては素敵なドレスとグラスを用意して頂けると、ありがたく思います』
文面はシオンが制作して、メルタトゥムが承認したものであった。
シオンとしては、相手の怒りをメルタトゥムに向けさせることで、アインツベルンとメルタトゥムの動きを制御しやすくなるという思惑があった。
文の意味を要約すると、
『私が貴方の城をボロボロにしました。客を持て成す衣服や食器さえ無くさせる程に』
という意味になる。
メルタトゥムに意図は無く、完全に偶然の産物だが、イリヤにとっては
これにより、イリヤは相手に奥深くまで知られていると、本来以上に警戒することになった。
外にでも遊びに行こうなんて気分にはなるはずもない。
敵に殺されないように、そして敵を殺せるように。
イリヤはその二つの感情に、思考を占拠されることとなった。
狂える主人に、狂える従者。
なるほど、実にこの主従は似つかわしくあった。
「決めた、バーサーカー。この手紙をくれた人、絶対殺そう」
「■■■■■■■ッ!!!!」
深夜零時を過ぎてガラスの靴を履く姫は、靴ではなく憎悪という魔法を城に残し――――
――――其れを拾い上げた儚き白と、黒き巌は、
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間桐桜に召喚されたアーチャーは、この千載一遇、いや、億載一遇の奇跡に感謝した。
この弓兵は、掲げた理想に殉じるように、溺れるように、自分が守りたかった者こそを切り捨てた過去を持つ。
彼を慕い、また彼が守りたかった少女をその手で殺め、
軋む心を再び熱し、裂ける心を打ち鍛え直し、砕ける心を無理矢理に固めて、歪なほど真っ直ぐな鉄の剣のように――――。
これは、そんな彼への救いであったのかも知れない。
此度与えられた可能性を掴み取れるならば、きっと
真に正義の味方になった、成り果てた自分が最初に切り捨てた者こそ、彼が守りたい者であったのだから。
…護りたかった者なのだから。
「これは、負けられない。
いや、負けるものか」
己の自嘲するばかりの悪い癖で、少女の未来を汚したくない。
故に嘗て切り捨てた少年の時の口調で己とマスターの勝利を赤き弓兵は呟いた。
加えて、護りたい人間が少女以外にも、同じ陣営にいる。
これはなんたる僥倖、なんたる運命。
勝ち気な師と、その強さを誰よりもよく知る剣士がいる。
これは、負けられない。
負けて良いはずが無い。
かつて出会った自分の可能性とは若干別の道を歩んで、そして結局同じ結末を迎えた。
人々を救うために救いのない人生を送った。
しかし、それで良いのだ。
こうして、彼女を救える機会をもう一度与えられるのならば、己はそれで良いのだ。
あの男はかつての己を殺す事を願ったが、オレはかつての己が殺した少女を救う。
その結末で
別の可能性である自分への敬意と勝利宣言を、正義の味方は誓った。
そのガラスのような儚き夢を、深夜の鐘が鳴った後も残すために。
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「ご丁寧にも今夜半数近くのサーヴァントが脱落すると通告があった。
合わせて被害が大きくなるであろう事の謝罪もだ」
「あのお嬢ちゃんか。
いや、俺より歳は上か。
…流石に気が付かれては無いと思うが、わざとらしい程監査役扱いしてくるんだな」
『キョウカイ』の監査役にして、2体のサーヴァントのマスターである言峰綺礼にサーヴァントの内の1体、ランサーがメルタトゥムに悟られている可能性を提示する。
しかし、彼のマスターは気に留めもしない。
そして、もう1体のサーヴァントがその意見を無駄なものだと断じた。
「気付いてはいまい。相手が何を考えていようと、如何なる策を構えていようと、ただ真正面から蹂躙すれば良い。
そう考えてでもいるのだろう。
でなければ、そもそもその大半のサーヴァントを同時に相手取るような事もすまい」
もう1体のサーヴァント、ギルガメッシュは鼻で笑いながらそう答えた。
「ほう、ならばその
マスターである男の感情の籠もらない揶揄を不敬だと叱責した後に、ギルガメッシュは答えた。
「傲慢である事は王族としての必然。責める事はない。
それに英雄ですらないその娘に、
英雄でなければ相手にもしない。
英雄ですら、己の足下には及ばない。
其れはまさしく奢るに足るものの矜持だった。
「では、その父親が出てきたとしたら?」
綺礼の問いに、ギルガメッシュは己の勝利する結果は変わらないと答えた。
綺礼やランサーにはギルガメッシュがオジマンディアスは出てこないものと言ったように感じられたが、真面目に考えればメルタトゥムの縁者で最大戦力となるのは間違いなくオジマンディアスである。
一般的に考えれば、メルタトゥムの立場であれば、オジマンディアスを呼ぶ事が常道と言えた。
ある遺跡の隠し棚に保存されていたメルタトゥム自身の筆で、母への愛には優先されるものでは無いが、父こそが己の知る最高の戦士であり王であるとの資料が見つかったという話さえある。
尤も、とある財団に回収された後は行方がわからなくなっている資料である故に、眉唾物ではあるが。
しかし、ギルガメッシュはその可能性を、事実を含めての話をしたのだ。
「くどいぞ。
何も変わらん。
王が率いてこそ軍勢であり、王が号令を発してこその開戦だ」
父親であるオジマンディアスがサーヴァントを率いたのならば、それは軍勢であり、戦争の幕開けである。
しかし、メルタトゥムは王でも英雄でもなく、1人の姫に過ぎない。
世界に現存する最も古き
だとするならば――――――
「では、あの娘は何だ? あの娘がマスターであるなら何と呼ぶ?」
重ねるように問いをかける綺礼に、ギルガメッシュは当然の摂理を知らぬ者に呆れるように言い捨てた。
「アレは『姫』以外の何者でもない。
手に入れた者に王権と栄光を示す『願望器』。
戦いに参加するのではなく、戦いの勝利者が手に入れる類いのモノ。
もし、その運命を拒み、己が戦いに参加するというのならそれは――――――」
――――『試練』とでも言う他はあるまい。
英雄王は、それを解答にした。
彼から見れば、現存する世界最古の姫であるメルタトゥムが世界経済を動かす大財団を築き上げるは、当たり前の事でしかなかった。
現存する世界最古の姫にして、世界トップシェアのAI・OS開発企業のオーナーであり、世界最大の土地の所有者。
情報・資産・土地・軍事力・栄冠・信仰。それらが彼女を手にした者には全て与えられる事になる。
試練を超えて姫を手にした勇者は、王権を手にして国家を手中に収める。
世界が経済を通して繋がった現在に、神秘の時代より続く最古の姫が存在するというのなら、世界はメルタトゥムというトロフィーの副賞であった。
故に、彼女の意思がどうであれ、彼女が世界経済を握るのは偶然ではなく必然であるのだ。
『杯』『権』『願望器』。
それらから導き出される事がわからない聖杯戦争の参加者などいない。
綺礼も当然其処に行き着いた。
「では、メルタトゥムは――――――」
「現代に存在するオリジナルの聖杯――と言えば理解できたか?
有象無象には望む事すら許されぬ宝物である」
ギルガメッシュは機嫌良さげに答えた。
全ての王の始まりにして、全ての英雄の始まりであるギルガメッシュだが、己に関与しないオリジナルがある事を不敬とはしない。
メルタトゥムは王であるとも英雄であるとも騙らない。
彼女が紡ぎ続けるのは、王統記でも英雄譚でもない。
故に、ギルガメッシュの後塵でありはせず、倉に原典が存在する宝具の所持者でもありはしない。
敢えて言うならば彼女自身がギルガメッシュの倉に収まるべき宝物。
現在、メルタトゥムの物語のルーツはギルガメッシュの中にすらない。
其は、ガラスの靴を履いた少女。
其は、茨の城で永遠の眠りにつく美女。
其は、禁断の果実で覚めぬ眠りに沈んだ佳人。
世界に語られる幾つもの姫達の物語の生ける源流。
それは、全ての少女たちが夢見る『尊き幻想/舞台装置』。
「故に
これは、毎週日曜日の朝から放映されている『魔法王女☆メルタトゥム』を毎週欠かさず生放送で見ながら、全て録画しているという事実がなければ極めて尊大で雄々しい、世界最古の王による征服の宣言であった。
…その事実を知る綺礼とランサーは、英雄王から目を逸らし、互いに顔を見合わせた。