太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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同じ地平に対する友へ

 焼け落ちた城があった場所で騎士・弓兵・狂戦士が一堂に会し、共通の敵を待っていた。

 騎士と弓兵は元より同じ陣営にあった。

 彼女たちと陣営が違う狂戦士とは出会い頭の一瞬、緊張が奔ったものの冷静な狂戦士の主従の側から矛を収めた事で其れも収まった。

 しかし、冷静で友好的なイリヤスフィールと、寡黙に従うバーサーカーは決して狂っていないのではない。

 ただ、狂気が純然と支配しているが故に、正気に見えるほどに狂っているだけなのだから。

 

「わたしはイリヤスフィール。こっちはバーサーカー。

先ずは倒すべき敵は同じでしょう?」

 幼女のような純粋な笑みで、幼女には似つかわしくない濃密な殺意を覆い隠しながらイリヤスフィールは手を伸ばして告げた。

 

 その後は互いに殺し合う事になるだろうけれど。

 伸ばされた手を握った遠坂凛は、イリヤスフィールに付け加えられた其の言葉を、今だけは考えない事にした。

 

「僕を置いて2人で勝手に話を進めるなよ。…まあ良いけどさ」

 

 桜の代理で参戦する慎二が、若干の置いてけぼり感が無い訳では無いが、ここに聖杯戦争始まりの御三家が共通の敵を討つために互いの手を取った。

 互いに対等だという意味を持つ握手という形を以て。

 それが束の間の虚構だとしても、かつて手を取り合った始祖がそうあったように、殺し合う運命になってしまった一族は再び手を取り合ったのだ。

 それは、そうしなくては倒せない敵の存在を示していた。

 ――――そう、透明な砂嵐の中より現れた、宙に浮かぶ彼女たちだ。

 

 

「皆様こんばんは。舞踏会へようこそ。

まずはこの舞台を提供してくれたアインツベルンへの謝辞を。

本日参加してくださった皆様、是非とも心ゆくまで踊り明かしましょう?」

 

 

 

 先程誰もいなかった場所に、誰もが釘付けになり、目を離す事を許させない『姫』がいた。

 そのドレスは、長く幅の広い一枚布の中央を首の後ろにかけ、首の前に巻いて交差して胸元を覆い、そのまま後ろに回して再び前で腰元を覆い、再度背面で臀部を隠すようにクロスして踝の先で垂れていた。

 左の揉み上げの一房を鎖型の黄金の宝飾具で縛り、袖先に黄金の装飾が付いた巫女の千早服の様な袖をノースリーブで身に付け、その美しい御御足を覆うはガラスの靴。

 シンデレラの起源はエジプトであり、メルタトゥムの生まれたとされる時代とほぼ同じである。

 当時のファッションリーダーでもあった彼女は、シンデレラの逸話の元であるとも、シンデレラの原典に靴を与えた魔法使いであるとも言われているが、その真相は最早現代では知る者は二人しかいない。

 その格好はまさしく、英雄王も拝謁している日曜朝のテレビ番組そのものであった。

 

 凄まじく余談ではあるが、ほどける事無く風に負ける事無く、ごく自然に胸回りと、端末側故に風の影響を受けやすい腰回りの布は自動的に視覚上の絶対守護たり得ているが、少女向けのアニメにするにあたり、様々な方面への配慮として布の下には短いながらもスカートが履かれている。

 更に余談ではあるが、この度舞踏会に臨むメルタトゥムはアレはアニメの話だからとスカートを身につけず、長き布一枚だけで済ませようとしたが、自分も結構肌の露出が覆い太陽王が、若い娘がそんな心許ない布だけで良くない、露出が多いのも良くないと諫めた故に女児アニメ同様にミニスカートも身につける事となった運びである。

 

 遙か遠くから完全アニメ仕様のメルタトゥムを眺めてご満悦の男がいたことと、太陽王の娘は年代的な意味では世界でもダントツトップで若い娘ではないという事実は、完全に余談である。

 

 

 

 

 

 主催の挨拶に最初に答えたのはギリシャの大英雄であった。

 なるほど、英雄の格から見ても何らおかしな事はない。

 …その返答が無骨な戦斧を投げつけるというもので無ければ。

 巨体とは裏腹に無駄の無い最短の仕草で投げつけられた得物は、豪腕から生み出される圧倒的物理衝撃を内包し、挨拶を終えたばかりの美女にキスをして砂のように爆散させた。

 

 そう。砂のように(・・・・・)爆散させたのだ。

 

 

 

 つい先程まで美女がいたところには、舞い散った砂が雪のように溶けて消えていく。

 そして、先程いた場所の真下にカーテシ―の姿勢で再び彼女は現れた。

 

 メルタトゥム。古代の王女にして現存する最古の『姫』。

 その起源は『権』にして、その属性は『集合』。

 人を集め、土地を集め、宝を集める。有形無形のものが『副賞』として彼女へと集まる。

 国家をピラミッドの如く頂点から末端まで集めあげて、来たるべき時に英雄に己と共に差し出す運命の女。

 戦場で戦う術を習わず、宮廷で護身する事を求められ、それを修めた。

 ファラオ流ではなく、戦わぬ姫としての戦闘術は相手を壊滅する事では無く、己が生き残る事に特化している。

 幻惑・回避・防御・再生・停戦。

 それらに長けた戦闘術は、初見だけではあったかも知れないが大英雄の初手を躱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルタトゥムは目的に全力を尽くす。

 そこに油断などは無い。

 故に、ここで使用できる戦力は隠し札で無ければ惜しみはしない。

 

 だが、凛は其れと同時にメルタトゥムが余裕は乱さない事を知っていた。

 メルタトゥムは余裕を以て優雅である事を遠坂凛以上に実践している。

 いや、実践というよりは、それが自然なのだろう。

 初日の奇襲であれ、事前の通告はあった。

 

 今でさえ、奇襲を仕掛けようと思えばその機会は、少なくとも二度はあった。

 全力は尽くすが、美学は曲げないのだろう。

 マキリとアインツベルンには攻撃を以て宣戦布告としたが、それも聖杯戦争の開始を待ってからだ。

 

 遠坂家の余裕というのが、弛まぬ努力と自制させる精神力によるものだとすれば、メルタトゥムのそれは才能であると凛は考えていた。

 何をやっても上手くいかない人間が事を為すには必死になる必要があるが、何をやっても当然のように上手くいく故に全ての物事が余裕となる。

 尤も、(性的な意味での)母の愛という、余裕をかなぐり捨てているものがメルタトゥムにもあるのだが、それは他人が知るところでは無い。

 全校生徒から羨望のまなざしを受ける凛でさえ嫉妬する、水中で必死に藻掻く事すら無く優雅にあれる水鳥のような女性が彼女の友だった。

 

 だが、凛は偶に感じるのだ。

 彼女の持つ余裕は、他者を同種とは認識していない故のものでは無いかと。

 愛玩動物や家畜が粗相をしたとして、憎しみを向ける飼い主はそうそういない。

 人間相手にされては厭な事も、己の保有する動物相手なら余裕を以て対応できる。

 だって、『対等』では無いのだから。

 彼女以外の人間は家畜だから気を立てる必要も無く、友と呼ばれる凛であれ、家畜で無いだけで愛玩動物という扱いなのでは?

 そんな、寒空の下で無くとも底冷えする想像を。

 

 

 

 古代エジプトの王女にして、(自作自演のアニメ制作により)最も高名な姫。

 大凡の常人が苦難と感じる事を、成人した健康な人が歩く事に苦労を覚えないのと同じように平然と余裕を以て為す。

 そんな彼女とは言え、戦う者として生まれたわけでも育てられたわけでも無い。

 生粋の戦う者『英雄』、その中でも更に特別な『大英雄』に余裕を以て戦うなど無謀という言葉すら生温い。

 彼女は『戦う者』(英雄)でも、『戦わせる者』()でもなく、『戦いの賞品』()だ。

 その賞品のために古来多くの英雄が争い、その勝利者が栄誉と共に手に入れた。

 姫を奪うために戦争は起き、姫が奪われた先に平和がある。

 『英雄』と『王』は戦いの最中にあるが、『姫』は戦いの原因と結末、つまり戦いの前後にのみ本来の居場所がある。

 

 

 だというのに――――

 

 

 

 

 集積した砂より再生しては、狂った大英雄や、それに続く彼にも劣らぬ英雄たちの猛攻を受けて再び砂へと帰る。

 ふと剣士である英国の王は直感に従い、最初に王女がいたすぐ真横へと跳躍して斬撃を放つ。

 そこに姿を隠した王女は確かに戦いの最中に居た。

 

 見えぬ剣が、見えぬ王女を切り裂く。

 …その、筈だった。

 

 

「流石ね。褒美は何が良いかしら」

 

 斬撃の直前に姿を己から現した姫は、己が切り捨てられる数瞬後に怯えることも無く優雅に笑っていた。

 彼女は己がその数瞬後に真っ二つになるなどとは欠片も思っていない。

 何故なら――――

 

 

「…剣を向けたのは太陽王()の娘と知っての狼藉か」

 

 姫が最も強いと信じる『王』にして『英雄』がそばに居るからだ。

 故に、己が奪われるなどとは彼女の思考の片隅にも存在していない。

 

 

 細長い鏡盾のような防具を娘の前面に出して、セイバーの斬撃を防ぎきった。

 そして――――

 

 

 

 

「そうね、決めたわ」

 

 最優のサーヴァントに向けて、砂漠の王女より『褒美』が下賜された。

 

 

 メルタトゥムの中にある魔術回路が沸騰した。

 血管が滾るように魔力が高密度を伴って消費される。

 名高い騎士王相手にだからこそ開帳される切り札、『灼沸せし神の血(BLOOD HEAT)』。

 強制解放される魔力は、密度と熱量を負荷されることで、魔力の消耗速度と引き換えに通常時を越えるものとなる。

 出し惜しみなどしない。油断などしない。

 メルタトゥムにとっては、本気で事に臨むことと余裕がない事は等号ではなかった。

 

 今まで切り捨てられてきたメルタトゥムを演じては散り、大地に敷き詰められた砂に一斉に魔力が籠もる。

 砂は敷かれた大地を喰っては増殖し、一面を砂漠へと変貌させた。

 そして砂の中から巨大な塔のようなものが天へと突き抜けた。

 それは塔にしては歪んでおり、禍々しかった。

 それは塔などでは無く、砂で象られた巨大過ぎるサソリの尾であった。

 

「光栄に思うことね」

 

 王女の言葉に従うように、サソリは円卓の王へとその毒針を差し向けた。

 針の先端は剣士へと引き寄せられるように真っ直ぐに向かう。

 その尾は濁流のように太く、その先端は目視に困るほどに細かった。

 

 

「セイバーッ!! 何とかしなさいっ!!」

 

 

 遠坂凛は、今まで友人として過ごしてきた古代の王女の本気が、現代の魔術師とは隔絶したものであったことを想定していたが、想定を超えていたことに狼狽しつつも、それを精神力で抑え己のサーヴァントへと命じた。

 その恵まれすぎた特別さ故に、自然体で余裕がある友に対抗せんとするならば、せめて表面上だけでも余裕があるように見せなくては。

 そうでなければメルトと『対等な友人』とあれるはずも無い。

 それは、魔術師としてでもマスターとしてでも遠坂の人間としてでさえも無く、メルタトゥムの友人として、1人の女としての意地だった。

 

 セイバーはその主君に応えようと、その神秘の剣で迎撃しようとしたが――

 

 

 

「ああ、それには及ばない。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 ――赤き弓兵の一手が、砂蠍の尾を破壊した。

 

 

 

 この時間軸では未だ信用はされていないのだとしても、それでもそれは()彼女(・・)を護らない理由にはなり得ない。

 この身は守護者。

 ならば、護りたかった者を、今度こそ護りきって見せよう。

 その意気を以て不敵に笑いながら軽く息を吐いた。

 

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 それは、宝具を無限に量産出来る彼故に出来る、宝具の使い捨て。

 模造宝具を生み出し、改変し、破棄する事が出来る彼だけの特権。

 造り上げた宝具を自壊させる際に発生するエントロピーを破壊へと転用する。

 他者から見れば、そこに神秘への敬意(建前)は無く、そこには目的を成し遂げる意思(目的)だけがあった。

 

 しかし、それを己の業と出来るものなど彼以外には彼自身しかいない。

 故の初見殺し。

 王女が切り札でやろうとした初見殺し(それ)を、同様に初見殺しで返したのは何という皮肉であろうか。

 とはいえ、未だサーヴァントの切り札を見せること無く、マスターである己の切り札を見せただけで伏されていた相手サーヴァントの切り札を開示させたというのは無視は出来ない。

 とはいえ、アーチャーは後悔などしてはいない。

 後悔だけで塗り固めてきた過去と比べれば、大切な人達を護れる今に後悔なんてあるわけ無いのだから。

 

 

「感謝します。

尤も、私がアレで倒されるとは思っていませんが」

 

 助けられたことに礼を言う、魔力耐性に優れ、迫る針すらも両断し得る技量を持った剣士に、

 

「ああ、違いない。

君ならきっとそうする」

 

 弓兵は綻ぶ頬を無理矢理皮肉気に曲げて笑った。

 

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)は、かつて失った彼自身の壊れた幻想(幸せな日常)を護る鏑矢となった。

 そう、そうなるはずだった。

 

 

 

 その矢が、太陽王をして敬意を払う弓の大英雄の矢を、ねじ曲げて改変し、自壊する仕組みを携えたもので無ければ。

 アーチャーがこの度模造の元にして改変を加えた矢は、中東において弓兵と言えばその人ありといわれる伝説の英雄の物だった。

 

「偽者が作り上げた贋作など、見るのも汚らわしい」

 

 

 …それは、本来別の黄金の王によって為された言葉。

 

 それは、自身の命を代償に平和を成し遂げた伝説を持ち、太陽王をして対等かはともかく、惜しみなく敬意を払う相手を貶された故の言葉。

オジマンディアスが生前認めるに値した弓の大英雄アーラシュを、侮辱するかのような赤き弓兵の迎撃は、太陽王から若干の優雅さと余裕を奪うほどのものであった。

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