太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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感情の入ったグラス

 寛容な者にも許し得ない一線がある。

 それは人によっては妻のことであったり、母親のことであったり様々だ。

 だが、心しなければならない。

 寛容な者をして許せぬ事を犯してしまった者には、想像も付かぬ報いが待っている。

 暖かな日差しをもたらす太陽は時に命を渇殺し、美しき明りをもたらす月は時に人を狂わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「不届き者めが」

 

 

 娘が生み出した砂漠の上に、十匹を超えるスフィンクスを太陽王は召喚した。

 スフィンクス。それは怪物にしてエジプトにおける狛犬。

 律を破る不届き者に、その爪を立て、その牙を刺す神獣。

 

 持ち主の命を削る因果式を省き格落ちさせた模造宝具。

 弓兵の代名詞たり得るアーラシュの生き様さえも穢したようなその改変宝具を使い、そしてそれを使い捨てた。

 元より使い捨ての宝具でこそあれど、己の命を共に費やすのと、消耗品として使うのでは大きく意味が異なる。

 

 太陽王の認めし戦士の生き様を汚した有象無象には、相応しい末路を用意しなければなるまい。

 故のスフィンクス。

 他の怪物とは違い、法と律により存在する神獣。

 故に、為してはならぬ決まりを破った者への仕打ちとしては相応しかった。

 

 

 とはいえ、赤き贋作者も英雄の一端。

 躱し、斬り、防ぎ、刺し、受け流し、叩き、躱してまた斬り裂く。

 並の武芸者では無い英雄の名に相応しい武の理により神獣へと対処していく。

 それでも神獣相手には大きな傷が付けられてもいないし、逆に一撃でもその攻撃を受けては危険な上、回避と防御は常に紙一重。

 だが、紙一重でどうにかなるのなら、その紙一重で何とかするのがこの弓兵であった。

 更には先程の礼とでも言うように、最優の剣士が加勢に加わる。

 

「感謝する。

尤も、私がアレで倒されるとは思ってはいないだろうが」

 

 

 先程セイバーに言われた言葉を皮肉るように、加勢への感謝を述べるアーチャー。

 セイバーも、若干宜し過ぎる性格をした相手に小さくため息をついた。

 

 

 

 剣士と弓兵はスフィンクスへと足止めされ、狂戦士は単身で王女へと差し迫る。

 とはいえ、かの大英雄と比べれば、他の英雄の支援などあっても無い様なもの。

 元より単身で十分以上。

 狂ってさえ居なければ、王女の幻惑さえも見抜けたであろうが、狂って尚その武芸の冴えは鈍らない。

 もし幻惑の砂で作られた虚像しか見えないのなら――――

 

「バーサーカー。全部、ぜーんぶぶっ壊しちゃえ」

 

 

 徹底的に周囲全てを粉砕すれば良いとばかりに幼き主の命に従い、拾い上げた得物を振り回し砂上の台風のような猛威を振るう狂戦士。

 その攻撃はスフィンクスや、同盟を組んだはずのサーヴァントや他のマスターにさえ無差別に襲いかかる。

 まさしく狂戦士の本領の発揮だった。

 

 必死にその場から離れ始める間桐慎二。

 彼の目には黒き暴風が破壊をまき散らしているようにしか見えなかった。

 

「なんなんだよ…こんなの絶対おかしいだろ」

 

 

 触れたら死ぬのなんて考えなくてもわかる、今まで最も死が近いこの状況で彼は怯えて苛立っていた。

 無力な者。それは無様で惨めと言えよう。

 そんな者が怒りを持つことすら烏滸がましい。

 怒りとは、その物事に対する、可逆的な解決法を持たない許容値の低さから生まれるものなのだから。

 しかし、これは希有な才能と言えよう。

 死に怯えるだけの人間なら、それこそ星の数ほど居る。

 しかし、己の無力を証明する神の如き暴力、即ち理不尽に対し恐怖があったとしてもそれでも苛立ちを持てる者。

 それは、『正しき怒りの体現者(勇者)』になり得る素質の一つ。

 ただ一つ残念だったのは、彼にはそれ以外の才能に満ちては居ながら、魔術の才に全くといって良いほど恵まれなかったことである。

 勇気無き力ある者を勇者とは呼ばないが、力無き勇気を持つ者も勇者とは認められない。

 …例えそうだとしても、演じる気のない演者よりも、舞台に上がることを欲する観客の方が、輝きに満ちたものなのだ。

 

 バーサーカーは、狂える思考の中、恐怖と自惚れと怒りが混じった小心者の人間に、何処かで出会った誰かを思い出しそうになったが、狂気の中で思考は泡のように溶けて消えた。

 しかし、その逡巡のおかげで間桐慎二は暴風に巻き込まれる前に距離を取って回避ができた。

 

 

 

 

 見た目からでも十分にわかる圧倒的な耐久性能を持つバーサーカーに対して、メルタトゥムも、姿を隠している文字通りの隠し札であるキャスターとそのマスターも攻撃の一手は打たない。

 そう言った野蛮な部分は父親にでも任せるに限ると考えているのかはわからないが、メルタトゥムは一切バーサーカーに直接の手出しはしない。

 

 代わりに、時折透明な砂塵の中より出でては、遠坂凛への奇襲攻撃を仕掛ける。

 その長い脚で鋭い中段蹴りを放ち、不完全なガードで咄嗟に塞がれたところで頭部への上段蹴り。

 それも凛が上半身を反らせた事で躱されたが、上段蹴りの爪先は既に下を向いている。

 身体を反った状態では充分な防御も難しいと考えた凛は、振り下ろされる脚に対して、膝の蹴り上げで反撃する――と見せかけて身体を捻って回避した。

 

 しかし凛が起き上がる時に、メルタトゥムの反撃は無かった。

 それは先程までメルタトゥムが居た場所に岩の様な斧が薙ぎ払われていたが故に。

 

 

 そして狂戦士の攻撃が過ぎた直後、凛は背後から気配を感じた。

 前には狂戦士が得物を振り払った軌跡が未だ空間に威圧感を置き去りにしている。

 既に通り過ぎた後だというのに、その前には踏み込めない…。

 

 

 とでも自分の友は考えているのだろう。

 凛はそう考えながら躊躇無く前へと回避した。

 凛の肩を僅かに切り裂いたのは鋭すぎる王女の回し蹴り。

 しかし、凛の背後に向かって巌のような巨人は躊躇無く刃を振り下ろした。

 

 

 千切れ飛ぶ金細工の輪を足首に付けた肉片。

 

 

 

 

 

「――――リン、安心して。この程度では私は死なないわ」

 

 王女が拾い上げた足は砂へと代わり、王女の膝から下を再構成した。

 

「化け物ね」

 

「その言い方は傷つくわ。それに少々乾くの。

貴女が潤して下さるかしら?」

 

 再び構築されたメルタトゥムを狂戦士が叩き潰したが、今度は肉が舞うことも無く完全に人型の砂を砕くだけに終わった。

 そして凛の視界の端で、己の足を掴んだ左膝よりしたが無い美女が先程の焼き増しのように足を修復していた。

 足を失っても直ぐに再生させず、先ずは砂の虚像で狂戦士を引き付けてから、安全に再生したということなのだろう。

 

 メルタトゥムはマミーである。

 マミーは依存度の低い吸血種である。

 その肉体の維持や再生に、僅かながらの血液を必要とする。

 そして、その衝動は命の危機の他に、ある感情が高ぶると強まる。

 それは、時に恋であったり愛であったり友情であったりと呼ばれるものだ。

 

「――――好きだから、吸いたいの」

 

 唇を指で撫でながら、冗談なのか本気なのかわからない事を言い放つ王女は、女性の凛から見ても蠱惑的であった。

 呆気に取られた一瞬、メルタトゥムは凛へと急接近しており、凛は遅れながらもその焦りをおくびにも出さずに迎撃の構えを取る。

 だが、慣性など無いかのように凛の友は停止した。

 足の先についた大地の砂が王女の急制動を可能としたのだ。

 そして、反撃として振るわれた鉄山靠をその寸前で躱し、片手を地に突いて両足での回し蹴り。

 足払いで宙を舞った凛へ待っていたのは容赦の無い膝蹴り。

 

 迫り来る狂戦士から逃げる意味も込めているのかはわからないが、先程急停止したのとは真逆に、空中で見えぬ砂を足場として更に加速したメルタトゥムは吹き飛ばされる凛へと追撃とばかりに、追走、いや追翔しながら更なる連撃を打ち込む。

 そして凛より一足だけ早く大地へと足を付けると、誘うように握って伸ばした左手を小指から順に開いた。

 

 

 砂の大地より現れるは鎖。

 幾十もの鎖が大地より出でて、凛に絡まり天高く伸びていく。

 後は手を閉じれば、絡まった鎖が閉じるように捻れる。

 ここで凛は終わりだった。

 少なくともメルタトゥムはそう見限った。

 

 

「大切なリンだから、最後の機会をあげる。

私の従者(モノ)になりなさい」

 

 それは凛にとって、明確な格下へ対して授けられる慈愛だった。

 それは凛にとって、従者に成り果てて、友という形を失う契約だった。

 それは凛にとって、敗北を求める宣言であった。

 故に、凛はこう言う。

 

「答えはノーよ」

 

「…残念ね」

 

 遠坂凛はそういう女だと知るが故に、後悔と満足を感じながら王女はその処断を決めた。

 其処に憂いはあっても躊躇は無い。

 

 せめて一瞬で終わらせるのが慈悲だと、閉じかけた手を開き直して手を叩くと、砂中より、ギロチンの歯を持った巨大なアリジゴクの頭部が凛の下で口を開き――――

 

 

 

「今宵のワルツはここまでにしましょう。

遅れてきたにも関わらず、曲目をタンゴに変えて欲しいというお客様がいるみたいなの」

 

 

 砂の鎖とアリジゴクは解けるように消え、凛は地へと落とされた。

 

 

「私はアトラス院から来た者です。

どうか、このタタリの討滅に助力願いたい」

 

 

 

 

 王女を討ちに集まった者達の前へ姿を現したメルタトゥムの隠し札であるシオン・エルトナム・アトラシアが銃を構える先には、悪夢の脚本家『タタリ』がいた。

 タタリに対して優雅に微笑む王女の表情は、エサにかかって獲物が釣れたからなのか、それとも友を殺さなくて済んだからなのか。

 真実は、彼女以外に知る者は居ない。

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