太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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夜明けに鳴く鳥は朝を呼ぶのか、朝に呼ばれたのか


夜明けに鳴く鳥は

 紫の服に身を包んだ錬金術師は、先程まで殺し合っていた者達へ、停戦と共闘を依願した。

 無論、それに乗ろうというマスターはメルタトゥム以外にはいそうにも無い。

 

「ここでタタリを倒せなければ被害は更に大きくなるのです」

 

 シオンはそう告げたが、今まで己の命を掛けた野望のために戦っていながら、じゃあ仕方ないので世界の平和を優先しましょうという人間はそもそも魔術師にはそうそういない。

 

 遠坂凛は、セカンドオーナーという建前を良心に従う理由として折り合いを付けられなくも無いが、イリヤスフィールにとってはそんなことは極めてどうでも良いことであった。

 

「それがどうしたの?」

 

 幼き少女は、無邪気に、全く興味が無いと言わんばかりに残酷に告げる。

 ここで、狂戦士と剣士のマスターを言いくるめれば、連鎖的に弓兵単独で戦いを続行することも無い。

 そう踏んだシオンは間桐慎二よりもイリヤスフィールの説得を優先した。

 

「…しかしっ、

聖杯戦争と類似していながら相反するタタリの研究成果は、アインツベルンにきっと役に立つはずです。

どうか、ご考慮を」

 

 そう。アインツベルンとして考えれば、タタリという存在は、新しい伝承(都市伝説)を元に虚構の人格と命を与える点において、伝説に謡われる英雄の贋作を呼び出す聖杯戦争に酷似しており、その研究成果は非常に興味深い物だった。

 更に言うなれば、タタリの人の恐怖(想い)を起点に具現化する点においては、悪意に反転して実証されることを除けば聖杯との類似点さえも見られた。

 それはアインツベルンとしての理性的な判断であれば、一族の目的を果たすための手段として聖杯戦争に参加を命じられたイリヤスフィール・アインツベルンとしては、極めて有益な選択肢だった。

 そう。アインツベルンとして考えれば。

 

 しかし彼女は、理性(アインツベルン)であることより、感情(イリヤスフィール)であることを選んだ。

 

 

「ごめんね錬金術師。――それでも殺すよ」

 

 

 少女の残酷にして無垢な声と共に、狂戦士が巨体を俊敏に動かし古代の王女を叩き壊す。

 叩き壊された王女の虚像は、またしても砂へと変わるが、それはイリヤスフィールも想定済み。

 偽物なのはわかっていても、叩き壊すという殺意を向けたことで何よりわかりやすい拒絶を示しただけなのだから。

 

 シオンの目論んだ、この場に居合わせた全てのサーヴァント対タタリの構図は、メルタトゥム対タタリ対バーサーカーへと変わった。

 少なくともシオンの契約上の主は、タタリと狂戦士の二組を相手取らなくてはならなくなった。

 普通に考えれば、メルタトゥムへの危険性は上がったと言える。

 とはいえ、古代より続く象徴の姫は普通とはほど遠い。

 

 

「私の優秀なシオンの事だから、全てが上手くいかなかった場合のプランも幾つも考えているのでしょう?

用意していなくても今すぐにでも用意できるのでしょう?

だから貴女を用いるのよ」

 

 

 状況が完璧では無くとも、己と父が完璧である以上何の問題も無い。

 常人と比べることさえ烏滸がましい自負が其処にある。

 シオンもその王女に仕えていると言うだけで、心の不安が指の隙間をすり抜けていく砂のようにこぼれ落ちては消えていく。

 

 

「――ええ、当然です。

現状は想定の範囲を出ていません。

元より、タタリを原因として3体のサーヴァントを有する同盟が本来の機能を停止したと言うだけで、目的は達成できています。

多対一から多対多の乱戦になった場合の仕込みは既に終えてあります。

少なくとも遠坂はこの地の管理者としてある以上、タタリを見逃してでも此方を取りに来ると言うことは考えにくいでしょう」

 

 その答えに、王女は少しだけ形の良い口から息を吐いて訂正した。

 

 

「素晴らしいわシオン。

…だけど、90点だわ。

リンがタタリを見逃さないのは管理者(遠坂)だからではないわ。

――――リンが優しいからよ」

 

 

 …空気が止まった。

 

 事も無げに告げる姫。

 顔を赤い悪魔にしてしまうその友人。

 

 赤い弓兵だけが、

「くくくっ、随分と良い性格のようだ」と笑っていた。

 

 

「…そちらの弓の陣営にも言っておくわね。

タタリ退治に乗らないかしら?

現代の英雄になれるかも知れないわよ?

手を貸してくれるなら、多少流れ弾が来ても(・・・・・・・・・)文句は言わないつもりよ」

 

 それは、タタリに対峙するのなら、隙を見せたメルタトゥムを攻撃しても良いという事。

 勿論、それはシオンが気にもしなかった間桐慎二へ切符を手渡したメルタトゥムの誘いを無碍にすると言うことであり、タタリを敵に回してメルタトゥムをも狙う余裕が無ければ出来ない事。

 

 

 貫くべき義理は当初に結ばれた同盟にあり、通すべき道理は巨悪たるタタリを倒すにある。

 

「僕が英雄に?

幾ら僕でも其処まで勘違いしたりはしないさ。

口車に乗せるには大袈裟すぎたね」

 

 慎二はそう答えた。

 しかし、メルタトゥムは、それを否定しない。

 

「そうかしら。

英雄を定める象徴()はそうは思わないわ。

昔であっても今であっても、遙か未来の先であっても英雄の条件は変わらない。

英雄になろうとも思えない臆病者には、英雄の資格など無いわ。

マトウシンジ、――あなたはいったいどちら?」

 

 勿論これは、メルタトゥムの挑発ではある。

 しかし、彼女が信じている持論である。

 彼女にとって謙遜ばかりで、手に掴みにいくことをしない者は『勇者』足り得ない。

 そして慎二は――――――

 

 

「…ああ、わかったよ。乗ってやる。

だが、タタリごと倒してしまっても文句は言うなよ。

そういう事だ。わかったな、アーチャーッ!!」

 

「――ああ。

だが、別に全てのサーヴァントを倒してしまっても構わないのだろう?」

 

 アーチャーは、生前の親友が素直で無い表明をしたことに、素直で無い賛辞を勝利宣言として送る。

 本来は借り物の筈の主従。

 しかし、彼らには主人のみが知らない絆があった。

 

 

 

 剣士と弓兵の主従が矛先を変える中、狂戦士の主従だけが取り残された。

 

「ふーん、裏切るんだ。

まあ良いけどね。バーサーカーだけがいればそれで良いし。

うん、もう全部ぶっ壊しちゃえ」

 

 その期待の反転は怒りになる。

 家族を喪った傷を埋める仮初めの同盟は、少女が思う以上に早く瓦解した。

 …仲間なんて最初からいなければ、期待なんてすることは僅かさえも無かった。

 背中を任せられるのは狂戦士ただ1人だけ。

 最初からずっと理解出来ていた事実は、理解できていたはずの事実として少女の心を傷つけた。

 

 

 

 暗き闇の如き悪性情報式から生み出され顕れた第四次のサーヴァントやマスター達。

 ただ1人で全てを破壊へと誘う――いや、押し付ける暴威の狂戦士。

 伝説に名高い最優の剣士と、無限の刃を持つ弓兵。

 アトラスの錬金術師と、黄金の太陽王。そしてその娘。

 

 剣が舞い、暴力が弾け、銃声が絶え間なく響く。

 

 咲き乱れ、散り乱れる戦争。

 いや、これは寧ろ暴争。

 制御など無い。そんなものは存在しない。

 誰だって制御など出来ない。

 そう思っても間違いなどあるはずも無い。

 そう、姫とそのお抱えの軍師を除いて誰もがそう思って仕方が無い状況だった。

 

 メルタトゥムは、自身の虚像を使って、狂戦士の攻撃をタタリの虚像に巻き込むように誘発させる。

 アーサー王は、双槍の剣士と今度こそ全力で切り結ぶ。

 弓兵は、若き日の父と悪性情報で作られたもう一つのアーサー王に戸惑いながらも生き延びる。

 狂戦士は偽物であれ本物であれ、他の者であれ構わずその半神の力を振るう。特に主が殺せと叫んだ銃を持つ魔術使いと太陽王の娘を逃がすつもりはない。

 錬金術師は、タタリのみに集中して弾丸を放ち、視えぬ糸で縛り上げ刻む。

 そして太陽王の娘は、姿を隠して父の横でそれを眺めていた。

 

 

「…纏めて薙ぎ払えば終わるが、どうする?」

 

「…これ程答えのわかっている問いに答える無粋などありません

今、この地上にこれ以上美しい命の輝きがあるでしょうか?」

 

「ああ、勇者の絢爛とはまさに余が覧じるに相応しき舞台。

これ程美しいものはそうそう無い。――――我が妻ネフェルタリを除いてな」

 

「――ええ、私の母上は別格です」

 

 

 ちょっとどころで無く手遅れな妻コンとマザコンは、自分達が閲覧するためだけに用意された英雄劇を満足そうに眺める。

 華麗に美しく、壮麗に残酷な戦争。

 其処の果てにある結末を求めながら、その先に辿り着かない夢中を興じる。

 その手には何時かのファジージュースを弄びながら、親娘はグラスを口に付ける暇も惜しんで戦いの光景に満たされていた。

 

 

 しかし、色は匂えど散りぬるもの、諸行無常の響きは訪れる。

 輝ける時にも終わりは存在していた。

 

 美しき槍の使い手は虚構の身であれど満足いく決着に感謝して消えた。

 正義を目指した父は息子と娘に何かを告げることも無く消えたが、弓兵はその担われた武器の解析を以て、蓄積した経験と想いを知った。

 征服王は、これ程面白い戦場に混じること無く、眺めるだけで良いとは変わった趣向だという風に太陽王とその娘を視線に入れた後に、狂戦士と打ち合い、その結果満足して消えた。

 暗殺者と狂った軍師はまるで役者不足――その当初の評価に甘んずることは無く、圧倒的な数の暴威を全て戦線に投入して見事な戦をしては散った。

 そしてもう一つのアーサー王は今、本物のアーサー王によって切り伏せられ、第一幕が下りようとしていた。

 

 

 しかし、脚本家であるタタリはそれならばと、その続きを用意している。

 シオンがそうであったように、ワラキアの夜もまた、不利で終わったままで策が潰れる程度の脚本などは書きはしない。

 寧ろ、脚本に掛けて言えば上をいく自負があった。

 

 

 

「素晴らしい。絆は裏切りに変わり現在は過去を呼び出し現実は虚構を乗り越える。だがしかし其処に救いは無く希望は無く三千世界の果ては煉獄であり吊るされた糸が堕ちる運命はその糸にこそ内包され英雄を定義するもその資格はその手段にこそ否定される。

持ち主を求めぬ()(勇者)を削り合わせ朽ちて錆びた刃の墓場で笑うもやはりその死の先にさえ死は訪れん」

 

 虚構の代役を立てて、言葉遊びのような戯れ言を息継ぎさえ無く騙った『タタリ』。

 それに対して生き残った英雄たちは一斉に攻撃を放つが、存在していないものは倒すことなど出来ない。

 

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!

ズェピアは既に消え去り、残された悪性情報に過ぎない私に死など存在し得ない」

 

 タタリの虚像は、嘲笑うように嗤う。

 それがシオンの心を削る。

 その証拠に、シオンは口元を隠すように押さえて下を向いていた。

 

 

 その絶望したかのような仕草に気をよくした脚本家は、己の脚本の出来のみならず、その脚本が書かれるに至った語られざる裏設定までを、己の誇りの如く語り出す。

 

「終わらない悪夢など無いが、始まらない悪夢などもまた存在しない。

太陽は昇る。しかして太陽は再び蛇に呑まれて沈むのだ。

契約が沈む千年の月の夜まで、再生する悪夢に呑まれて怯えながら死ねぇっ!!

式に過ぎない現象故に、殺す事など出来はしな――――」

 

 

 

 

 

 その言葉は途中で途絶えた。

 

「――――それは違うわ。

契約に基づいた式に過ぎない存在故に、貴方は此処で殺されるのよ」

 

 

 タタリに突き刺された幾度も鋭角に曲がった短剣。

 その柄は、太陽の神を系譜に持つ、神代の魔女に握られていた。


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