太陽王の娘   作:蕎麦饂飩

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問うべきは天か己か


乾き飢え、しかし無へは還れぬ者たち

 タタリ/ズェピアに崩壊が訪れた。

 術式が、契約が、理念が、理想が、存在が、全てが破戒されていく。

 端から中央に掛けて亀裂が進むように、膨大な魔の羅列がほぼ一瞬の時を以て破戒されていく。

 

 それは『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』。

 神代の魔女メディアの宝具にして、一切合切の魔術を否定する短剣。

 それは令呪の様な契約の類いでさえ、例外では無い。

 

 

 ここまで、■■の■■の為、第六■・第■魔法に挑み、その成就の為生きながらにして生きぬ事象となった。

 崩壊の為か混在する様々な情報が思考をタタリを埋めていく。

 ならば、此処で魔を絶つ剣に倒されるのか―――――――――断じて否ッ!!

 

 

切断(カット)切断(カット)切断(カット)切断(カット)切断(カット)切断(カット)切断(カット)切断(カット)ォォォッッ!!!!」

 

 崩壊が中央に到達する前に、崩壊していく己自身を己から切り放つ。

 憎悪も驚愕も復讐も把握も再起も全ての思考は後回し。

 とにかく、膨大すぎる情報故に消え去るまでにかかる、一瞬のタイムロスのその隙間に割り込んで、生き残れない自分自身を切断(カット)して、己を不完全ながらもこの地に残す。

 

 テレビの砂嵐のように、割れた液晶のように、不確定な存在と成り果てながらもタタリは在り(いき)延びた。

 

 

 血が、存在が、知性が、あらゆるモノが足りない。

 だが、この状況でそれを手に入れることは出来ない。

 敵は多数。その内1人は少なくとも己を即死させうる手段を持つ。そして、もうすぐ夜は明ける。

 呑み込んだ蛇は船頭の戦神セトへと討たれ、太陽は再び闇を明かす。

 一先ずは悪夢が明ける時間が来る。

 

 

 

 故に、タタリは、その包囲網の中、先ず討たれはしない姿を囮にして、この場から逃げ出すことにした。

 

 

 

 その姿は、ある姫がこの世界で熱心にその素晴らしさを説いた者。

 その姿は、世界から敬意を受けて余りある者。

 その姿は、太陽の化身が何より愛した者。

 その姿は、現存する姫の象徴に似た者。

 その姿は――――――

 

 

「その姿を騙るとは――――不敬の極み」

「手心を、加えるとでも?」

 

 これまでに無い表情と怒気を見せた太陽王は、ネフェルタリの姿を象った囮が作られた事実自体を許しがたいと断じた。

 錬金術師も、殺しきれなかったものの、この機会こそ逃す訳にはいかないと断じた。

 

 

 

「やめて」

 

 ――しかし、その貌の娘だけが、それを阻んだ。

 例え、タタリが編んだ虚構であろうと、母の姿が傷つけられるのは娘には耐えがたかった。

 故に、従うべき己の父と、従えるべき己の配下に向けて相対し、庇うように左腕を伸ばした。

 

 それは、タタリに希望をもたらした。

 

 

「いいこね。メルタトゥム」

 

 使える(・・・)駒を見付けたタタリは、その姿でもって王女を己の壁にして逃げようとした。

 そして王女は、そのタタリの方を向いた。

 

 

「…母上は私のことをメルちゃんって呼んでいたわ。

お願いだからこれ以上、母上を虚で歪めないで」

 

 微笑を浮かべながら、その澄んだ瞳から頬を伝って雫を流す。

 誰もがその王女を美しいと思った。

 

 だからだろうか、それとも模した姿に引き摺られたのだろうか?

 タタリは、人質を取ることも、利用することも無く、この日はその場から消えた。

 

 

 

 

「夜は直に明けるわ。

舞踏会はお開きにしようと思うの。どうかしら?」

 

 目尻に浮かんだ雫を拭い、残された参加者へとむき直して、提案という名の、断られるとは欠片さえ思っていない命令を発する王女。

 

「…ええ。いいわ」

「…ああ、今回だけは見逃してやるよ」

 

 遠坂凛と間桐慎二は今まで何処までも美しく強い賢いと思っていた女性の、浅ましくて弱くて愚かな面と、意外と可愛い愛称で呼ばれていた事実に挫かれていた。

 夜が明けて尚、戦闘を継続する意志は無い。

 

 

 

 残されたのは、家族を奪われた幼き少女だけ。

 

「…良いわよ。見逃してあげる。

でもね――――次は殺すから」

 

 

 

 

 かくして、英雄たちの狂乱は一先ずの区切りを終えることとなり、各人は己の住まう場所へと向かった。

 

 

 

 

 △

△ △

 

 ホテルピラミッド冬木内部。

 特にマミーであるメルタトゥムに睡眠は必要無いのだが、己が起きていてはシオンも眠りにくいという配慮や、不必要であれど、その様な無駄こそ愛すべきものだという判断から、メルタトゥムはメイキングされたベッドで眠りに就くことにした。

 それから暫くの時間が過ぎて、メルタトゥムが起きると、既にシオンは起きていた。

 睡眠を取っていなかった可能性がない事は、交代制で警備をしている仔猫型スフィンクスの報告で確認済みである。

 

 次の戦いに備えた会議の前に、メルタトゥムは浴場にシオンとキャスターを誘い、湯に浸かりながら女子会トークをすることにした。

 真面目なシオンは、そんな暇があるのかと疑問視していたものの、いざ恋バナが始まると、かなり話していたのは秘密である。

 

「サーヴァントに睡眠は必要が無いから、本屋でも見に行こうと思ったのだけれど、その途中でぶつかった眼鏡の相手が凄く紳士的で…。

知的な眼鏡が素敵で…ギリシャにあんな紳士的な男はいなかったから……良いわ」

 

「メディアは眼鏡が好みなのかしら?」

 

「いえ、ぶつかったときに感じた鍛え抜かれた身体と、それに奢らない自制心。

教師をしていると聞いたけれど、教えられる生徒が羨ましいわ」

 

 母以外に興味が無く、異性が性的嗜好の対象外なメルタトゥムだが、会話を打ち切る無粋を好むわけでも無い。

 無駄な会話の為に無駄な会話をする程の愚者では無いが、有意義な日常の為に意味の無い会話も必要だと知る程度には賢者である。

 

 この辺りで教師をしていて、眼鏡…。

 メルタトゥムには思い当たる節が、無くは無かった。

 だが、その前にもう一つ確認したいことがあった。

 

「初対面の者に職業を自分から語る教師に自制心を感じることは無いと思うから、確信の上で聞くけれど、相手の職業まで聞き出すなんて随分と交渉が得意なのね。それとも、…そうなのかしら?」

 

 特に、見当を付けている寡黙な葛木教師から、個人情報を抜き出したとしたら、随分と積極的にお話ししたのだろう。

 そして、それは最早――――

 

「もはや無垢な少女というわけでもないし、恋に落ちたなんて安い言葉を使いたくは無いけれど……そうなのかしら」

 

「そうかしら、年月を重ねたとしても、恋をすることは良いことだと思うわ。

法も理性も何もかも、愛の前では力無きものなの。

シオン、貴女もそう思うでしょう?」

 

「…えっ?

私は眼鏡男子の是非とかそういったものは――――…あっ」

 

 

 語るに落ちたどころでは無い。大した誘発さえ無い状況での自爆である。

 眼鏡男子という言葉で思い浮かべていた所での、恋バナ。

 シオン・エルトナム・アトラシアが出逢って、タタリを滅しきることは出来なかったものの、共に時を過ごした少年を思い出すには充分な材料だった。

 

「あー、そのー私は…」

 

 赤くした顔を逸らしながら、頬を指でかくシオン。

 私好きな男の子がいますサインをこれでもかと無自覚に発している少女を、スルーするほど女子会に参加した(かなり)年上の女性陣は甘くない。

 

 結局、観念したシオンは最終的には眼鏡男子について、己のサーヴァントと熱く語り始めた。

 それなりの時間が経過した後、男についての是非について見解も見識も持たず、持つ必要も無いと考えるメルタトゥムは、藍染めで作られたこの国の民族衣装『浴衣』を纏うと、浴槽に併設されたビーチチェアでアイス乗せファジージュースで火照った身体を冷ましながら、未だ続く眼鏡男子論議を見て楽しんでいた。

 無論、彼女の中の結論としては、眼鏡男子は興味の対象外で、母ネフェルタリに似合う眼鏡仕草を妄想することこそ価値を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 これは、夜が明ける僅か前のこと。

 

 

 嘗て、世界を祝福しようとした魔術師がいた。

 嘗て、世界を祝福しようとした錬金術師がいた。

 神の摂理に挑む者達を、天を目指した英雄を墜とした如く運命は嘲笑った。

 それでも、掴む信念の剣は折れず、その為に外道を以て魔道を征く決意を勇気した。

 しかして、その願いは折れ、腐り、朽ちて、風化し、やがてはそこに手段だけが残された。

 

 

「なんとまあ無様に負けたものよ。

孫が借りる映画でも、脚本家と監督と主演を同じ者が行う低予算映画はハズレが多いものだが、此度もその例に倣いそうじゃ」

 

「お前は………」

 

 

 

「なあに、何故かは知らぬが他人とは思えなくてな。

儂が力となろう。儂の力になって貰おう。

…異論など、無かろう?」

 

「…奇遇にも同じ事を感じていた」

 

 かつてズェピアが目指した果てなき夢と、かつてゾォルケンが目指した果てなき夢は近しくあった。

 そして互いにその夢に破れ、手段が願いを駆逐した共感が故に、こうして巡り会ったのは必然だったのかも知らない。

 時を経て互いに欠けた今に残る執念の残滓が、己の隙間を埋める様に混じり合った。

 

 叶わぬ願いは、叶わぬまま時を経て、やがて呪いへと変わる。

 人へ向けられた愛は、厄災の軛となりて、己と他者を区別無く苛む救われぬ絶望となった。

 呪いの花は、同種の花と契り、実を結ぶ。

 

 

 原初の願いを思い出せないのなら、最後の手段を貫くほか、残滓達には路は無いのだから――――

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